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Blue Rose With Me?

登場人物一覧

リーゼロッテ・アーベントロート(p3n000039)
暗殺令嬢
善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)
レジーナ・カームバンクル

●蒼薔薇迷宮
「身共の庭園は如何でして? この場所は私の自慢ですのよ」
 問い掛け自体は中々に愚かしい。
 恐らくは問い掛けた自信家とて、愚問と理解している事だろう。
 幻とも称された青い薔薇に囲まれる夜の庭園は溜息を吐く程に美しい。
 庭師の手によってか一分の隙も無く手入れされた――この庭園の主は僅かな隙やミスを寛容に赦すタイプでは無い――生ける芸術のような植生は訪れた誰をも魅了せんとする、実に見事なものだった。
「とても綺麗ですよ。ええ、『お嬢様と同じ位』」
「うふふ。お口がお上手ですこと」
 曰くそんな薔薇の庭園の『お気に入り』を一望出来る広いバルコニー・テラスにはアンティークの机と椅子が二組用意されていた。僅かな軋み音を立てたその椅子に体重を預けるのは二人の『少女』。
 ……少なくとも見た目は少女である。その本質がその通りである保証までは出来ないのだが。
 ともあれ、そんな二人は向かい合わせに座って夜の歓談を愉しんでいる。
 そんな二人の内の一方、善と悪を敷く 天鍵の 女王 (p3p000665)――つまり、レジーナ・カームバンクルは考える。
(きっと、この方は)

 きっと、この方は、美しいもの以外を見たくはないのだろう――

 皮肉な確信だが、恐らくはそう間違ってはいない。
 彼女は彼女を構成する世界に『好ましいもの』の他を認めない。そういった性質である。
 なればこそ、なればこそ。彼女のその『ささやかな楽園』に触れる事は。
 蒼薔薇の園に誘われる事は、このレジーナが長い間持っていた強い願いだった。
 願っても叶わず、叶ってしまえば余りにも呆気無い――「寄っていきなさいな」。
 戯れで街角に出る彼女を送り届けて何度目か――夜道に護衛が必要なタイプでは無いのだが――突然の誘いは、表面上だけでも虚勢を張り、クールであらんと努力するレジーナの表情筋におかしな労力を強いる程に望外なものとなった。
『暗殺令嬢』の忌み名で通る向かいの彼女――庭園と屋敷の主人であるリーゼロッテ・アーベントロートは、その可憐な外見を裏切るかのように、この幻想で最も嫌われ、畏れられる個人の一人ではあるのだが、言わずもがな、レジーナにとっては只々美しく、只々愛おしい幻想の至宝に他ならない。
「自慢の庭園に素敵なオトモダチ。美味しい紅茶。夜更かしも、たまには宜しくてよ」
「『オトモダチ』、ですか」
「あら、心外かしら。レジーナさんは私のオトモダチではない、と。嗚呼、悲しい台詞ですわあ」
「……そういう事を言っているのではありません!」
 銀の鈴が転がるような美声がレジーナの耳をくすぐった。
 少し憮然とした顔をしたレジーナの気持ちを恐らくは明敏に察しながらそんな風に戯れる。
 リーゼロッテは生粋のサディストであり、その在り様は気まぐれな猫のようですらあった。
(本当に、我ながら……)
 楽しそうに自身を弄るリーゼロッテを半ば恨めしそうに、半ば呆れるように眺めたレジーナはまた考えた。
 彼女に特別な感情を抱いたのは――抱いてしまったのは一体何時の頃からだっただろう?
 切っ掛けは何だっただろう。
(私がアストラーク・ゲッシュの武力カードだったから?)
 それもあるかも知れない。
(その銀色の髪が、ルビーの瞳が、尖った耳が――或いは私に似ているから?)
 それもあるかも知れない。
(女性でありながら大貴族の当主代理を務めているから?)
 過去の記憶から男性というものに一歩距離を置きがちなレジーナだからこそ、その意味も大きいかも知れない。
 ともあれ、重要なのは。
(私が、恋をしているという事――)
 憧れの時間は瞬く間に駆け抜けて、残ったのは燃えるような熱病だった。
 噎せ返るような薔薇の香りに包まれて、白磁のカップに薄い唇をつけるリーゼロッテの顔を眺める。
「そんなにじっと見つめて、どうなさいましたの?」
「お嬢様も『薔薇』を愛でる事はありますでしょう?」
「……あら、私。手折られてしまいますのね。ふふ、愉しみ」
 くすくすと笑うリーゼロッテに真っ向から答えるレジーナは「出来ますなら、すぐにでも」と応じた。
 彼女は無謀だが賢明だ。ぽんこつだが理解もしている。
 一見すれば相反する状況は確かだが、リーゼロッテの抱く『迷宮』の性質を他ならぬ彼女は知っている。
「お嬢様は意地悪な方ですから」
「そうかしら」
「ええ、そうですとも。意地悪な方ですから、足掻く誰かをお楽しみになられている。
 蒼薔薇の迷宮は何処にも無くても、すぐそこに広がっている。
 ……つまる所、何かを惑わし、帰す気がないのは当のお嬢様自身ではありませんか」
 言葉遊びは幾らでも続くだろう。
 さりとて、リーゼロッテのそれは何の本音も示しはすまい。
 彼女は何度も繰り返す。「皆さんは大好きなオトモダチ」。
 言葉に嘘はあるまい。しかして、それ以上の意味もあるまい。特異運命座標(イレギュラーズ)は彼女の無聊を慰めた特別な存在に違いないが、レジーナ・カームバンクルは『特異運命座標(イレギュラーズ)等という冠なくして、個でありたい』。横たわる難題は辛うじて一部を達成しているかも知れないが、レジーナの望む遥かからは程遠い。
「今夜は粘りますのね」
「ええ。迎え入れたのは貴方です」
「成る程、それはその通り」
 夜に揺れた紅茶の湯気越しにリーゼロッテの美貌が苦笑した。
 これも付き合いがあるレジーナだからこそ言い切れるのだが、何時も華やかで何より享楽的な彼女がそんな表情をする事は酷く稀有な出来事でもある。
 そんな特別に遭遇した事に彼女は少しだけ満足し――しかけて、咄嗟に首をぶんぶんと振った。
(こ、こんな事で満足していては、とてもお嬢様には届かない!)

 冷静に努めよ。常に気を張れ。ここは乙女の戦場だ――

「考えてみれば、貴方も不思議な方ですわよねぇ」
 何処まで見透かしてか余裕綽綽の表情に戻ったリーゼロッテの赤い瞳がからかうような色を帯びていた。
「不思議、とは?」
「世間では私のお茶会に――それも夜会に招かれるなんて、冥府の招待状のような扱いですのに。
 可愛らしい顔を真っ赤にして、あんなに一生懸命にコクコクと何度も頷いて――
 あの時のお顔ったら、もう。絵師にでも描かせて飾っておきたかった位」
「……お嬢様!」
 リーゼロッテの戯れをぴしゃりと一喝したレジーナだったが、実を言えばその内心は複雑だ。
 圧倒的な攻め気質であるリーゼロッテに比してレジーナは実はそんな風でもない。流されかかる事は多々あって、さりとて彼女が気を張って虚勢を張ってこれを何とか耐えるのは……
 乙女の直感と言えばいいのか、流されればその先はきっと袋小路だ――そう確信しているからである。
「ああ、怖い。怒られてしまいました」
「……怒った訳では、ええと。ですが、その、そういうのは」
 咳払いをしたレジーナは意を決してリーゼロッテを真っ直ぐに見直した。
「そういうのは、心臓に悪いのです。私は――」

 ――ええ、私は。お嬢様をお慕い申し上げているのですから。

 薔薇の庭園を温い風が吹き抜けた。
「案外」
「……はい?」
「案外、そんな風に言われた事はないのです。
 ですから敢えてお聞きいたしますけれど。それは『告白』で宜しいのかしら?」
 カップを傾け、紅茶を楽しむリーゼロッテが問い返す。
「……っ……」
 その姿は余りにも静かで、平静のままで、頷けば全てが終わってしまうような、そんな気さえさせていた。
 だからレジーナは一瞬だけ、戸惑わざるを得なかった。即答は出来ず、白い肌に朱がさした。
 態度は、顔色は言葉以上にモノを言い、リーゼロッテは繰り返しを問わず、夜に語る。
「私ね、余り特別に親しい方はおりませんの。
 それは、私はアーベントロートの娘ですから。周りには多く人間がおります。
 市井で何と称されようと、父祖代々当家に仕えて参りました者も多くおりますし、これでも貴族の娘です。時に金銀財宝を携え阿る者もおりますし、政治的なあれこれも含めて社交も――求愛の真似事をされた事もございます。
 でもね、レジーナさん。私にはそれでも特別に親しい者はおりませんのよ」
「何故だと思います?」とリーゼロッテ。レジーナは小さく首を振った。
「分かりませんわよね。実を言えば、私にも分からないのです。
 どうしてか、退屈で退屈で――何を言われても、求められてもまるで響かなかった。
 まるで神が『そこには運命なんて無い』って――そう言い切っているかのように。
 でもね、こうも思ったのではなくて? 他人に興味が持てずとも、身内ならば、と。
 ……レジーナさんは私に詳しいから。私が当家の名代なのは御存知ですわよね」
「それは、勿論」
 リーゼロッテはアーベントロートの当主ではない。
 アーベントロート侯は――リーゼロッテが殺してしまったという市井の噂が本当で無ければ――存命の筈で、表舞台に出てきていないだけ、とされている。リーゼロッテの性格からして本当に当主がもう存在しないのであれば名代等という面倒な立場に甘んじるとも思えないのは確かなので、感情を抜きにしても噂には余り信憑性は無い。
「私ね、実は――物心ついて『父』に会った事はありませんの」
「……は?」
「言葉通りの意味です。
 私、生まれてこの方、ずっとアーベントロートの娘ですが、父には会った事が無い。
 もっとも、私が名代になる為に必要な準備は全て済んでいたのですけれど」
 少なくともこの言葉はレジーナにとっても初耳だった。
 彼女がこの夜に何を考えてそれを言ったのかは今の所、分からなかったが――その言葉の意味に肌がざわつく。
 まさか冥途の土産とは言わないだろうが、それを言いだしてもおかしくない位のお嬢様だから。馬鹿馬鹿しい位に美しい彼女は、悪辣なまでの棘を併せ持っている。熱病に囚われた自身は哀れな犠牲者に過ぎまい、とレジーナは軽く自嘲した。
 しかし、退くか否かと問われれば――
「続きを」
 ――愚問過ぎて、答える意味さえ持ち得ない。

 いつか、この恋を実らせたい。
 そう思った時から決めていた。
 その為なら何でもしようと。身分が邪魔ならば奪ってしまえばいい。必要ならば爵位だって目指そう。
 世界中が彼女の敵だったとしても、自分は最後まで彼女の味方であり続け、盾になるのだと。
 物語で散々に描かれ、その記憶を引き継ぐが故に……初めて生まれたその気持ちには正直であること。

 レジーナ・カームバンクルの存在意義(レゾンテートル)はこの恋に根差していた。
 或いはそれがこの混沌に呼び出された意味であるかのようにも。
「面白い話もありませんけれど、つまりはそういう事ですわ。
 誰の言葉も私には響かず、家族の温かみなんてものも存じ上げません。
 なればこそ、私は一人で――それと厭うた事も無い……訳でもありませんが、少なくとも私は『誰かが居なければ生きていけないような女』ではございませんの。
 ええ、何故私が特異運命座標(みなさん)を特別に思ったかは知れません。
 しかし、皆さんは少なくとも私の琴線に触れたのですわ。運命を感じたのですわ。
 でもそれは……あくまで『皆さんが皆さんだからこそ』。
『皆さんの輪を抜け、貴方になるならば』……私はいい相手にはなりません。
 それでも、そんな私にレジーナさんは恋を歌いますの?
 私達、同性ですのに。貴族の娘である私に、愛して欲しいと仰いますの?」
 椅子から立ち上がり、身を乗り出したリーゼロッテの白魚のような綺麗な指がレジーナの顎を捉えた。
「それは食べられてしまうだけではなくて?
 愛し方さえ知らない私に、この茨に抱かれて。
 全身を毒に浸して、蒼薔薇の迷宮に骸を晒す――物語の王子様だって寄せ付けない、この場所で。
 レジーナさんはそんな未来をお望みかしら?」
「――――」
 レジーナは息を呑んだ。
 顔をぐっと近付けて、酷く嗜虐的に視線を注ぐ至近距離の彼女は圧倒的に美しく、毒々しい。
 凄絶なまでの美貌と魔性は分かっていても全てを凍らせるまさにアーベントロートの呪いだった。
 引き返すなら今である、そう迫る彼女は恐らくは一つの嘘もなく、せめてもの好意で『警告』しているに過ぎない。
「……でも……」
「……?」
「それでも!」
 顔を真っ赤にして潤んだ瞳でリーゼロッテを見つめ返す――レジーナはもう完全にポンコツで、それでも顔を背ける事はしない。キスさえ出来そうなその距離で、互いの息遣いさえ間近に感じながら。
「それでも、私は、私は……っ……お嬢様が――!」
 好きなんです、愛しているんです――という続く言葉をリーゼロッテは言わせなかった。
 白い指で唇を撫でてそれを制する。
 顔を離して肩を竦め「困った方」と本日二度目の苦笑い。
「う、うー……」
「本当に困った人ですわよ」
 涙目で煙さえ噴きそうなレジーナの頭をぽんと撫でたリーゼロッテは言葉とは裏腹に何とも複雑そうである。
 先程までの毒気を隠した彼女は『泣かせてしまった可愛い人』に少しだけ罰が悪そうだった。
 止めたかったのは本音であり、脅しも唯の脅しではあるまい。リーゼロッテ・アーベントロートが触れる誰をも傷付け、破滅させてしまうのは本人が誰より知っているのだから。
 ……とは言え、気まずい状況はお嬢様にとっても居心地が悪いものに違いない。
 だからなのか、彼女はこんな風に言葉を投げた。
「分かりましたから。もうそんな顔をなさらないで。
 ……頑張ったご褒美を差し上げます。レジーナさんは私に何をお望みになります?」
「……え?」
「無理を言わなければ叶えられる範囲でなら、お願いを聞いてあげますから」
「……」
「……………」
「……で、では……その、私はお嬢様と愛称で呼び合いたいと。レナって呼んで下さったら。
 あと、お嬢様は何てお呼びすれば良いのでしょうか。畏れ多いのは確かなのですけれども!」←必死
「……さっき泣いたカラスがもう笑った」
 意外と現金でタフなレジーナにリーゼロッテは肩を竦めた。
「では、レナさん。私の事はリズと」
 悪戯気に口元を綻ばせたリーゼロッテは不意にレジーナの耳元に唇を寄せた。

 ――但し、二人きりの時だけね。その方が、秘密の花園みたいでしょう?

 微かな温もりと、吐息の交錯。
 綺麗な薔薇にはきっと棘は欠かせない。
 嗚呼、それは――少女を『酩酊』させる、密やかなる毒のよう……

  • Blue Rose With Me?完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別SS
  • 納品日2019年09月17日
  • ・善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665
    ・リーゼロッテ・アーベントロート(p3n000039

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