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さきまわり

登場人物一覧

鹿王院 ミコト(p3p009843)
合法BBA
鹿王院 ミコトの関係者
→ イラスト


 その日は特に風が強く、ただでさえ身震いする冬のそれが、肌に突き刺さるように通り過ぎる日だった。
 身体が資本と言える仕事をしている以上、自分の体調には気を使っている。その日も十二分に睡眠時間を確保していたはずなのに、日が昇っても微睡みは立ち去ることを知らず、羽毛布団から脱するという行為は、如何様な試練にも勝る難題に思えた。
 惰眠を貪りたくもなるが、それではせっかくの休日が勿体ないようにも感じる。しかし布団から出るのはなんとも億劫で、嗚呼そこで、ひらめいた。ひらめいたのだ。
 そうだ、炬燵を出そう。
 もう冬も中頃を過ぎてしまったが、今年はまだ物置から出していなかったはずだ。出さないことに、何か理由があるわけでもない。何となく出さないまま、タイミングだけを逃してしまって、そのままになっているだけだ。
 それなら、理由もなく出していいはずだ。炬燵の中で蜜柑を食し、熱い茶を飲む。なんなら、あえて氷菓子を食べるのも乙かもしれない。
 そうと決まればと、イチカはすっかり冷めた目を開いて、布団から飛び起きた、のに。
「なんで、ばーちゃんの荷物持ちなんですかねえ?」
 時刻は既に昼前。イチカは寒空の下、大通りを歩いていた。
 腰をほぼ90度に曲げ、腕を幽鬼のように垂らし、如何にも『私はやる気がありません』というていで歩みを進めている。
 じゃり、じゃりと靴裏で響くそれは心地よいが、そのような感慨すら許さぬほど、今日の寒波は主張の激しいものだ。
 これでもかというほど防寒具にまみれた姿で、ゴリラのような歩行をしながら、それでも前を歩く祖母に遅れをとることなくついていく。
「儂とて、こんな寒い日に買い出しなんぞ行きとうないわ。それでも必需品は補充せんと仕方がないじゃろうが。それとも、お祖母ちゃんにひとりで買い物行けと言うのかえ? 孫が冷たいのう。昔はあんなに可愛かったのにのう」
「見た目が説得力ねえんだよなあ……」
 前を歩く祖母。祖母と言いはするが、いや確かに血縁上それで全く間違いはないのだが、一般的のその単語で想像できるそれと、祖母は似ても似つかない。
 こちらを振り向きながら鳴き真似をする祖母の姿は、自分よりも幼いであろう少女のそれだ。記憶が正しければ、自分が物心ついた頃より、祖母はずっとこの姿である。歳を取るどころか、まして若返る様子もない。
 鹿王院家七不思議、不老BBA。残り6つは諸説分かれるので割愛する。
 そんな妄想を繰り広げていると、いつの間にか、前を歩いていたはずの祖母は、自分の隣を歩いていた。
「そこはそれ、女はずっと若くありたいものじゃ」
「母親より見た目が若いばーちゃん持つ身にもなってくれよ」
「あいつも大概じゃろ?」
「ばーちゃんほどじゃねえよ……」
 思い出すまでもない母の顔。確かに若い。並んで立てば母子とは思われぬ程に。祖母がこれで母があれ。血筋なのかもしれない。
 鹿王院家七不思議、不老母。はやくもネタかぶりである。
「ばーちゃんってさ、生まれた時にババアで、だんだん若くなっていく種族だったりしねえ?」
「するかっ。そんなもん腹から出てきたら狂うわ!」
 尤もである。自分もいつか結婚をして、生まれた赤ん坊がジジババだったら気が触れる。
 そんな他愛ないやりとりを繰り返していれば、横から声をかけられた。
「おうミコトちゃん。なんだい今日は男連れかよ。いいブリが入ったんだ。買ってかねえか?」
 ぎょっとして、隣を歩く祖母の顔を見れば、にこやかな表情で声をかけてきた魚屋に手を振っているではないか。
「え、ばーちゃん。ここ常連なの?」
 祖母が、魚屋に。字面だけではまるでおかしくもなんともないのだが、この祖母を、ミコトを知っていると違和感しか無い。何かの隠語か符丁だろうかと首を傾げた、その時だ。
「えー、でもたっかあい。おかーさんが、今日はセツヤクだーって」
 薄ら寒いものを感じた。なんだ、この齢●●(機密)のババアから発せられる舌っ足らずなロリボイスは。
「なんだよー、わぁった、これでどうだい?」
 魚屋の男が祖母に立てた指を見せる。パット見何を示しているのか不明だが、たぶん数字だろう。値引き後の価格を指で表現しているのだ。
「だめでーーす。今日のヨサンはこれでーーーーす」
 祖母が舌足らずな声をやめぬまま、同じく何かハンドサインを返していた。やめろババア、せっかく若作りしてんのに仕草があってねえ。
「おいおいそりゃあないぜ。なあ、カレシ君からも言ってやってくれよ」
「孫です」
 魚屋のオヤジの矛先がこちらにきたので、思わず反射的に答えてしまう。嫌だ。天地がひっくり返っても祖母と恋仲に思われて嬉しい次男坊がこの世のどこにいる。
 しかし魚屋は一瞬きょとんとした顔を見せたあと、冗談と受け取ったのか、それとも単に聞こえなかっただけなのか、笑い飛ばすと祖母の方に向き直った。
「かーっ。しゃあねぇ、負けたよ。それでいいや、もってけ!」
「えへへ、ありがと、おじさん!!」
 やめて! そんなおばあちゃん見たくなかった!!


「良い買い物じゃったの。見てみぃ、この身の厚さ。今日はごちそうじゃな!」
 魚屋での一幕から少し歩き、隣を歩く孫に上機嫌で戦利品を見せてやると、イチカは非常に安堵した表情で胸をなでおろしていた。
「……なんじゃ?」
「よかった。いつものばーちゃんだ。魚屋でぶりっこする幼女ムーブのBBAは存在しなかったんだ」
「何いっとんじゃコイツ」
 もしかして、まだ目が覚めていないのだろうか。出かける前にはあんなにも溌剌として、物置の戸を開けていたというのに。
 青い顔をして両手を擦り合わせる孫に、それはそうと、と声をかけた。
「襲撃者の正体、何か掴めたのかえ?」
 やはり、このように奔放に見えるよう振る舞っていても、孫も一端の術者である。その一言で、顔は祖母を前にした孫から、プロフェッショナルと呼べるものとなる。
「……いいのかよ。こんなとこで話して」
 ここは市場の通り。右を見ても、左を見てもひとがいる。このようなところでなにか話せば、誰の耳に入るかもわかったものではないだろう。だがしかし。
「構わんよ。別に秘匿しておるわけでもなし」
 この場所を選んだのはわざとだ。買い物に出かける必要があったのは本当だが、それとは全く別種の狙いもある。
「この街には冒険者も多い。多少の血なまぐさい話とて、住民は慣れておるじゃろう」
「そんなもんかねえ……」
 耳を小指でかっぽじり、首をぐるりと回してコリをほぐしながら、イチカは口を開いた。
「正直、上手いよあいつら。結局術者のひとりも捕まえられてないし。あれから襲撃もない。正直なとこ、お手上げしたくもなるね」
 だがそれでも、諦めてはならない。一族が狙われているのならばなおさらだ。命を狙う集団がいるのなら、根から元を断たねばならない。
 襲撃者。以前、イチカが受けた術式の行使者である。頑強な結界にイチカを閉じ込め、一時、本家の守りより彼を隔離した。
 だが、それ以上の被害は受けていない。内部に罠のたぐいも仕掛けていなかったのは、結界をより強固にするために害意性の高いものを極力排除したのか。それとも、イチカを隔離していた時間に何かやりたいことがあったのか。
 しかし、イチカが襲われて以降、目立った動きはない。それ故に、足取りも掴めないでいる。このまま何事もなければ問題はないが、そうはいくまい。術式を生業とするような者が、ただの嫌がらせで事を終えるなど。ミコトは楽観視する気にはなれなかった。
「陰湿で、陰険でない術士などおるまいて」
「そりゃあ偏見じゃねえかなあ」
 とはいうものの、一方的に攻撃を仕掛けてくるような連中だ。きちんと根まで抜いてやらなければ、また粗雑な芽を見せることは容易に想像できた。
「とはいえ、術式の痕跡を辿ってはおるのじゃろ? 何か、わかったことはないのかえ?」
 ほれ、お祖母ちゃんに出来たことを言ってみい、というと、孫は露骨に嫌そうな顔をする。反応を返してくれるうちは可愛いものだ。
「当然、調べちゃあいるさ。けどなぁ、あいつらの術式、読みにくいんだよ」
「読みにくい?」
 言語、という問題ではないだろう。そういった壁は、この世界では非常に薄い。異なる世界から次元を渡って集ったこの混沌。それらの間、もしくは原住種族との間でコミュニケーションが成り立っているのは、ひとえに意思疎通の容易さによるものだ。
 この世界において、言葉が通じないということはない。意志を持って発せられた知性のある言葉は、必ず理解できるものであるはずだ。
 そうである以上、『読みにくい』という要因は他に考えられるのが妥当である。
「粗雑なのかえ? まさか、条件付与まで練られた術式が、そのようなことは―――」
「嗚呼、そうじゃねえよ。痕跡は隠れされちゃあいたが、それでも緻密で、精密。ただなんつーか……文化の違い?」
「うん?」
 文化の違い。そう言われてもミコトは首を傾げてしまう。イチカとしても、うまく言語化出来ないことに焦燥を得ているようだった。
「なんだろなぁ、考え方とか、ロジカルとか、そういうものが違うような気がする。思考回路が、俺のそれと違うんだ。だから、読みにくい」
 最後はイチカ自信も首を傾げてしまったが、なんとなく、理解は出来た。
 ロジカルとは短い飛躍の集合である。
 極端な話をすれば、「特定の相手と関わりたくない」と考える時、ミコトの論理では「その相手と距離を置こう」と考える。しかし、「だから殺してしまおう」という論理も存在する。相手への感情次第ではわからなくもないが、まず第一にそこへと至ることは尋常ではない。
 そういったロジカルの違いが、術式の違いを生む。得てして、文化の違いは、読み取りにくさに繋がるというわけだ。
「文化の違い、のう」
 そう言われても、玉石混交、人種の坩堝がこの世界の常である。それだけでは解答に辿り着くのは容易ではない。せめてその術式の特徴さえわかれば―――。
「―――あ」
「ん、どした、ばーちゃん?」
 思い至った、気がする。連中がそうであるならば、合点も行く気がする。これは論理とは異なる、発想の飛躍だ。理論を突き詰めた結果たどり着いた答えではなく、答えから先に閃いて、逆順的に理屈を詰めていく。
 だからこと、ここに至り、その存在は必要がなくなったので、ミコトは声を大にしてそう言った。
「なんじゃ、尾行られとると思っておったが、そこにおったのか」
「ばーちゃん?」
 不思議そうな顔をするイチカ。だが視線で背後を示してやると、驚いた顔をした男がひとり、踵を返すところだった。
「あれは……?」
「追え、イチカ。連中に繋がっとるじゃろ」
「……気づいてたのか?」
「うむ、しばらく泳がせて何をするか見ておきたかったがの。もうわかった。だからその必要もなくなったのじゃ」
 悠長に話しているが、問題はない。どれだけ距離をとろうと所詮は人足。イチカの術式を持ってすれば、その視界から逃れることは不可能だ。
「それじゃあ、任せたのじゃ。極力、生け捕りにせよ。情報を持っているかは、しれぬがの」
「え、ばーちゃんは来ねえの?」
 視線を相手から外さず、走る準備を整えていたイチカ。それを掲げて見せながらすまなさそうに答えてやった。
「私、おかーさんにこれ持って行かないと、傷んじゃうから!!」
「ほんとそれやめて……」
 ブリを見せて甘ったるい声を出してやると、孫は今日一番の嫌そうな顔をした。

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