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ヴァトーとユリックの話~ファーストインプレッション~

登場人物一覧

ヴァトー・スコルツェニー(p3p004924)
鋼の咆哮

 腐り落ちた看板には「幻想ネバーランド」とポップな字体で描かれている。
 もとは遊園地だったのだろうそこは見る影もなかった。荒れたレンガ道にユリックは何度も転びそうになった。そのたびに手首を掴む大柄な男が、ぐいと引き上げてくれる。なんでこんなところへ連れてこられたのかわからない。不審者が出るという噂は聞いていたが、まっぴるまに出るとは思わなかった。特にこういう、買い物帰りの人間の身柄を拘束するようなタイプは。
 ユリックはおとなしくついていきながら男を観察する。ヤベー奴ならほどほど見てきた。何が目的なのだ。男の一心不乱な横顔からは何も読み取れない。ただ、なにか信念にかられて動いている、それだけはわかった。目が座っていて、真正面だけを見ている、あの目。
(厄介そうなやつだな)
 ユリックは警戒を強めた。逃亡は得策ではない。ここはなんとか対話をし、すこしでも多くの情報を引き出すのが手だ。そう考えて男の広い歩幅に合わせてついていく。男は遊園地の裏通りに入り、広い部屋へユリックを押し込んだ。机や椅子が端に寄せられ、ホコリをかぶっている。スタッフルームだろうか。
 男は木箱の中からカビたパンを取り出し、ユリックへ押し付けた。
「食え」
 もそもそしたそれを完食してみせると、男は初めて表情を緩めた。
「体に問題はないな。ここにいれば安全だ。アンタの管理は俺がするから安心してくれていい」
 混乱しそうな頭をなだめ、ユリックは男の言葉を脳内で反芻する。
「安全ってなんだ? 俺はなにかに狙われているのか?」
「狙われているというよりも、生きていけないだろう? アンタ『野良人間』だからな」
「『野良人間』?」
「そうだ、どこのシェルターにも属していない人間は野良だ。人間はひとりでは生きられない。だから俺達がいる」
 ユリックはぽかんとした。組織だって行動しているのか? だとしたらヤベーぞこいつは。背筋がぞわぞわして落ち着かない。へたをうたないよう、ユリックは言葉を選んだ。
「たしかに人はひとりでは生きていけないけど、それはおにーさんだって同じじゃね?」
 男は眉をひそめた。
「それはどういう意味だ?」
「おにーさんにも仲間がいるんじゃないかってこと」
「いや。この世界に来てからは俺だけだ。もしかしたら他の仲間もいるかもしれないが、現時点では俺一人で任務を遂行している」
 ユリックはピンときた。こいつ、ウォーカーだ。元の世界でのことを聞き出せば命が延ばせるかも知れない。
「さっき『野良人間』って言ってたけど、野良じゃない人間も居るってこと?」
「そうだ。シェルターに保護されている人間のことだ」
「じゃあおにーさんはなんなの?」
「俺か、俺は管理AIだ。人の種を管理・保管することが俺の使命だ。ここは俺の仮住まいだが、子供を連れていくと喜ぶ場所なのだろう? だからそうした」
 なるほど。ユリックは得心した。悪気はないのだ、この男に。ならば交渉の余地はおおいにある。さっきのパンをかんがみるに、男は管理者側の人間ではあるが、管理そのものについては最低限の知識しか持っていないのだろう。男の言うことを鵜呑みにしていたら干からびる。喉は渇いてきたし、トイレがどこにあるかもわからない。いまのところ紐で縛られたりはしていないが、男の目の届くところに居なければ即刻連れ戻されるだろう。そんな雰囲気がある。ユリックはことさら難しげな顔をしてみせた。
「にーちゃんに悲しい知らせをしなきゃなんない」
「なんだ」
「俺は既にシェルターに属している。『孤児院』ってところだ」
「なんだって!?」
 男は目が飛び出んばかりに見開いている。
「アンタくらいの年頃のこどもを外に放逐するようなシェルターか!? そこはあまりに危険だ!」
「いやいや逆なんだよ。この世界はにーちゃんがいたとこよりは安全なんだ。俺はそのシェルターから『買い物』というミッションを受けてそれを遂行している真っ最中だったんだ」
 ほら、とユリックは出番のなかった買い物かごを見せた。
「なるほど……町並みからして俺の知っている世界とは違うと思っていたが。そうだったのか」
 男は顎へ拳を当てて唸ると、ユリックへ深々と頭を下げた。
「ミッションの邪魔をして悪かった。俺にできることがあればなんなりと言ってくれ」
「じゃあ解放してくれな。あと、名前を教えてくれよ。俺はユリック」
「ヴァトー・スコルツェニーだ」
「よろしくヴァトーにーちゃん」
 ユリックはヴァトーへ向けて右手を差し出した。彼はとまどい、その手を見ている。
「それは?」
「これは握手っていうんだ。仲良くなるはじめの一歩。ほら、にーちゃんも右手だして」
 なかば強引に握手をするとユリックは、にっと笑った。
「これで俺たち友達だな!」
「ともだち?」
 それが何でどんな意味かは今のヴァトーにはわからなかった。だが胸の中がじんわりとあたたかくなるのを感じていた。

  • ヴァトーとユリックの話~ファーストインプレッション~完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別SS
  • 納品日2022年01月30日
  • ・ヴァトー・スコルツェニー(p3p004924

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