PandoraPartyProject

SS詳細

禍根

登場人物一覧

フラン・ヴィラネル(p3p006816)
ノームの愛娘

 悪辣なまでの馥郁が鼻腔を擽ったのには、おそらく所以が在ったのだろう、有るべき世界の何か、重要そうな部位がぼろりと欠けている。総てを抱擁していた緑色の雫が地面、いいや、別の平たい、永久に続くような果てへと染みていく。おかしい、そう思えていたのは少し前の己だろう。弄された虚側がグツグツと、グチグチと樹皮を煮立てている。いっそ神様にでもお願い事を投げたら如何なのかとカオスが紡ぐ、ドゴドゴ・ドゴドゴ・ドゴドゴ、胸部に打ち付けた衝撃で視界がひっくり返った。気持ちが悪い、不可視の懐に突っ込んだ頭部、呑まれる、吸い込まれる、落ちてしまう。鬱陶しそうに退けられた精霊が悲しそうに震えていた――いったい誰が如何して、オマエに種火を渡したのか――咽喉の奥で詰まっていた『あたし』がどろけて異る、脊髄の先端に粘ついていた『あたし』がとろけて異る。まるで再現された悪意のように『あたし』がじんわりと融合して異く。ここがどこで彼が何者かなど考えている余裕はない、慈悲深いポルタ―・ガイストが漸く重い腰を上げた。先輩! 先輩は万歳三唱のやり方を理解していますか――これは『あたし』ではない。
 妖精はひどく気紛れなのだと昔の人は告げていた、他者に出会えば逃げるのか、自由気儘に振り回して、どっかに消えるに違いない、と。そう、あの日はとても綺麗な青空で在り、あまねく雲がいわしのように演技していた筈。物騒な事はいっさい起こらないだろう、素敵な素敵な日常の時。チク・タクと鳴いていた鳥さんにご挨拶だ。こんにちは、おはようございます、いい陽気だよね――寝惚けているのかとふかふかしたパンが笑っていた、そんなに意地悪言わなくたっていいじゃないか。ぐるりと目玉を遊ばせて呆れた風味、スープにひたした白生地がびちびちと騒いでいる――森林浴でもしようか、天啓が降りた。
 最終的には神頼みが一番良いのだと怠惰な人は説いていた、ざぁざぁと屋根にあたるシメリケのひどい妄想か。ちゅんちゅんと失せていく群れをあとにして『あたし』は肉片を食んでみる。こんなにも美味しいものは生まれて初めてだ、そもそも『あたし』はいつからハツを持っている。気にしない、何故ならばこんなにも塩胡椒が合うのだから。メインの次はデザートに決まっている、嗚呼、甘い々い汁気たっぷりの果実……。
 たまっていく、いとしい、いとしい、倒錯が留まっている。つもっていく、愛らしい、愛らしい、あたしの臓腑が働かない。違和感に気付いたのは食べ終えてから数時間後だった。誰もいない、あんなに騒がしかったお爺ちゃん、お婆ちゃん、鳥の群れ、挙句は『いつも隣にいた』小さいみんな。幸せの絶頂から不意に押されて、底へ底無しへ浮かぶような悪寒。噛み付いて破片となった果実を投げ棄てて、無意味に走る、ただ駆ける、どこにいるの。みんな、どこに――つまずいた、鼻っ面と膝小僧がじくじくと泣いている、泣きそうなのは『あたし』だと知っているのにグィ、と、こらえた。
 何か大切な事を忘れている、何か大事なものを失くしている、焦燥に攫われながら立ち上がり、無碍な逃避を再開する。文字通り後ろ髪を引かれるなんて『あっては』いけない。たくさんの腕が蠢いて、我先に寄越せと喘鳴している気配だ。嫌、いや、いやだ。捕まりたくない、いっそこの場で息の根を止めてくれた方が幾等か温情だ、こないで、こないで、云々と叫んだところで化け物は『あたし』を玩具としか認識しないのか。
 これは『あたし』でしかない――万歳三唱を終えた『あたし』が吐いても吐いても出てこない、元凶だろう果実に絶望を見出した。このまま生涯、誰ともお喋りする事なく、得体の知れない肉の塊と鬼ごっこしなければ成らないのか。違う、ひとつ、やりたくないけど『やれば』どうにかなる方法を思いついた。額からこぼれる脂汗、冷えに々えた背筋が覚悟を決めろと脳髄をころす――本当に? 腫瘍がまるで善玉のように首を傾げた。
 握り締めていたナイフがぼろりと転がった、無理、痛みが脳裡に描かれて嘔気が加速した。いいや、何もかもが逆位置だ、逆回転だ、遡っていくのだ。如何して今まで腸を嫌っていたのだろう――別に、共生する事に『がい』が有るワケではない。むしろ、世界が、悉くが茫々と膨れ上がって往く――もっと購入しなさいとお呪いが連なっている、これ、ください。ありがとう、ありがとう、ありがとうございます。

 気付けば『あたし』は発芽していた。
 たくさんの緑に囲まれていた。
 たくさんの肉の塊と同化していた。
 無理矢理に開かれた顎が、涎まみれの慈愛。

 目覚めた。目が覚めたのだ。いつ、どこで眠り、何をしていたのか記憶にないのだが、やけに「おなかいっぱい」だった。だぷだぷと揺れている胃袋が若干の不自然を孕んでいる。それでも問題はなく、今日が終わろうとしていた。
 Z――Z――Z――Z――!

  • 禍根完了
  • NM名にゃあら
  • 種別SS
  • 納品日2022年01月30日
  • ・フラン・ヴィラネル(p3p006816
    ※ おまけSS『齧りかけのバナナ』付き

おまけSS『齧りかけのバナナ』

 境界を越えた先で神が降りた。
 避けられない禍根を患うかのように、吊るされた果実を齧るのか。
 あまく、粘ついた代物を『うまい』と思えたのは僥倖だろう。
 ――今は帰ってくるだろう事を祈る他ない。
 神が祈るだなんて莫迦みたいじゃないか――惨事の慌ただしさが懐かしく思える。
 女の子とゴリラは強いもん――。

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