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in memoriam

登場人物一覧

國定 天川(p3p010201)
決意の復讐者

 Rapid Origin Online――仮想と現実を混ぜ合わせた練達での一件を経てから、國定 天川は探偵事務所を構えることとした。
 拠点としたのは旅人達の集まる都市国家、練達である。日本国の出身である天川にとって再現性東京などは知った土地を思い出させる為に利便が良い。
 召喚前は警察官という立場であったが、再度の人生では身辺警護からペット探しまで、何でも御座れの毎日だ。何でも屋と称されるイレギュラーズとの二足の草鞋は充実した毎日とも言える。
 だが、時折頭に過るのだ。順風満帆に生きる己は無数の屍の上に立っていると。そう思わせる度に酷い悪夢に魘される。

 ――どうして……?

 涙ながらにそう告げる妻の乱れた短く揃えた髪の向こう側で怨嗟に塗れた瞳が見える。彼女がぎゅうと息子を抱き締めているだけで息が詰まる。
 それが現実でなくとも、天川は何時までも苦悩する。
 男が妻子を亡くしたのはある種、男の責任であるように感じて堪らないのだ。
 ノンキャリアでありながら優秀な職務履歴と試験を残して、40歳で警視の階級にまで上り詰めた男は捜査一課の課長補佐にもなった。その当時に巷を騒がせていたのが『死こそ救済である』と声高に叫ぶカルト宗教団体『幸天昇』――天川もその動向を逐一チェックはしていたが、無差別テロを強行する事は想定されていなかったのだ。
 突如として市中を蹂躙した残忍な事件。妻の晶は外出先で息子の光星と共にその犠牲となった。それは息子、光星が12歳になった日であった。
 天川は誕生日を迎えた息子とのディナーを約束していた。だが、急な仕事で1時間の遅刻をする事を連絡していた。妻の晶は1時間の間、ディナーに行くレストランの近くにあるショッピングモールで過そうと息子に提案したらしい。彼女から届いたメールには「もっと遅れても良いよ。ゲームセンターで遊んでるから」と息子とのツーショット写真が添付されていた。
 だが――それが悪かったのだ。そのショッピングモールに突如として現れた幸天昇は手当たり次第に買い物客を殺害し、ショッピングモールに爆弾を仕掛けた。火を放ち、大袈裟なほどに無数の人々の命を奪った。
 不可抗力だ。誰もがそう口にしたことだろう。家族もお前の所為だとは誹ることはしない。妻の晶ならば「仕方が無かった」と笑うだろうという認識もある。だが――それでも、だ。原因を理解しても罪悪感は拭えない。
 もっと奴らに目を光らせていれば。妻と子供に気をつけるように言い含めていれば。あの日、遅れなければ。
 いや、其れよりも武装蜂起した幸天昇を食い止める手段を講じていれば……?
 苦悩が悪夢となって己を包み込む。後悔は男を包み込み夜な夜な悪魔と化した。鋭き牙を突き立てて男の眠りを苛んだ。

 眠れぬ日々を過ごす毎日は、自身の職務をも害する。天川は希望ヶ浜に存在する澄原病院へと訪れた。依頼人から通院を勧められるほどの顔色の悪化は流石に見過ごせぬ。
 澄原病院を選んだのは希望ヶ浜で一番に目に付く病院だったからだ。まだ召喚されて日の浅い天川にとって、澄原病院に関する情報は雀の涙程だ。夜妖憑きに関しての基礎知識はあるがそれを意識していたわけではない。
 通常の患者と同じように心療内科に受診し、カウンセラーを一人宛がわれた。年の頃は天川と同じ、澄原病院に勤めて長い男であるらしい。その雰囲気が故郷を思い出させて、天川は何とも苦々しい想いを噛み砕く。
 最初から全てを語った。妻子を無差別テロで喪った事。武装蜂起し国軍さえも出撃する事態となったこと。警察官であった職を辞し、身に付けた古流剣術を使用した幸天昇幹部の暗殺を企てたこと。軍との衝突の動乱で、一人ずつ着実に命を奪い続けたこと。最後の一人であった教祖――地堂孔善を殺害した後、天川は全てを成し遂げたと古巣へと自首をした。
 傷だらけの男は涙を流す嘗ての同僚に、驚愕に目を見開いた部下に苦い笑いを浮かべながらも晴れやかな気持ちでその手首へと枷を嵌められたのだった。
 国を騒がせたカルト宗教教団の幹部達を殺害したのだ。世間では様々な憶測が飛び交ったが、行ったことは私的な連続殺人である。そこに正義などなく、自己の精神安定のための復讐であったと男は語った。故に、彼は死刑判決を受けたのだ。


 晴れやかな気持ちで死刑台に上った瞬間に混沌世界へと召喚された。それは死に損ったと称するほかにないだろう。文字通り、男はタイミングを逃して生き延びた。
 カウンセラーは問う。復讐を後悔しているのか、と。
「復讐を後悔しているか? 全く。最高にスカッとしたぜ。まぁ無意味なのは理解してたさ。
 ……だが、連中が俺と同じ空気を吸って、同じ空間に生きているのが我慢ならなかった」
 殺したところで、妻子は戻らないと知っていた。それでも、だ。まだまだ生きたかった――未来を望んでいたであろう――妻とまだ12歳になったばかりの息子を思えばこそ、衝動を抑えきれなかったのだ。
「自死は考えなかった訳じゃねぇ。でもよ、もっと生きて居たかった奴が死んで、自分で終わりを迎えることも、戦いで自棄になる事も出来やしない」
 不器用すぎる男は、呻く。最後の瞬間は、あのタイミングしかなかったのだ。男にとっての終わりが遠離ったのはこの世界に訪れたからこそ。
「……。意味不明だと思うが聞くだけ聞いてくれ。イノリの奴が俺を善良すぎると言いやがった……。
 だがよ。違う。違うんだ。私情で……私怨で捨てたもんを今更みっともなく拾い集めてるだけなんだよ……。善良なんかじゃあねぇんだ……」
 天川は頭を振った。カウンセラーは静かに耳を傾ける。イノリ――それはR.O.Oで天川が相対した相手だ。世界をも脅かす大いなる災い。
 相対した男は美しいかんばせにどんな表情を浮かべていただろうか。言葉ばかりが身を包み、彼のその刹那の表情さえ天川には思い出せない。

 ――なぁ。イノリさんよ。アンタと他の連中のやり取りを見るに、アンタにも何か事情があるんじゃねぇか?
   ……本当にあいつらの言うことに一切耳を貸す価値はないと思ってるのか? 奴らは真剣、だと思うぜ。

 努力する若者達を思えばこそ、天川はイノリに言葉を投げかけたのだ。慮る気持ちを滲ませた天川にはっきりとイノリが声音に滲ませた苦さの意味は分かる。

 ――おいおい。やり難いじゃないか。そこの君は――ちょっと善良過ぎるな。
   そんな感傷は殺し合いには置いておきなよ。世の中には『絶対に交差しない都合、噛み合わない事情も理屈もあるんだぜ』

 噛み合わない、絶対に交差しない。それは自身と地堂孔善の在り方と同じであった。絶対に交差しないからこそ、命を奪った。
 彼らにとって死こそ救いであった。自身にとってはそうではなく、未来を奪った地堂孔善を酷く恨んだのは仕方が無かったのだ。
「今、拾い集めるのはどうしてですか?」
 カウンセラーの問いかけに天川は息を呑んだ。嘗て自分が捨てた者を拾い集めている。みっともないと罵られようと、やり直すように一つずつ。
「……練達の、あの戦いで……警察官として……刑事として市民を守った頃の誇りと矜持が良いものだったと、かけがえのないものだと自覚した……」
 辿々しくも繰り返した天川は頭を抱える。其れを自覚してしまったからこそ生き恥と罵られようとも男は悪役にはなりきれない。
 苦しげに呟く彼を見遣ってからカウンセラーは何も口にすることは出来なかった。男は妻と息子を救うことさえ出来なかった。何時までも付き纏う後悔に苛まれながら、今更自由に生きていいのかと葛藤を胸に抱いているのだ。
 もしも、誰かに殺されるならばそれでも良いと口にも出来ず生きるという選択肢しかとれやしない男は罪の意識に苛まれ続けている。
「奥様は『死ね』と仰るお方ですか?」
 カウンセラー以外の声が聞こえ、天川は勢いよく頭を上げた。扉の閉まる音がし、室内へと静かに入ってきたのは白衣を身に着けた灰色の髪の女である。薄く、曇の空を思わせるロングヘアーに片目を隠した女は「院長の澄原です」と頭を下げる。
「途中から立ち聞きをし、申し訳ありません。イレギュラーズの方がカウンセリングにと聞き及んだので先の戦いでのことかと思い……聞かせていただいておりました。
 貴方のプライバシーを侵害しようと考えたつもりではないのです。宜しければ私も力に慣れるのではないか、と思いまして……」
 申し訳ありませんと頭を下げた女は澄原 晴陽と書かれた名刺を天川へと差し出した。彼女にとってはイレギュラーズの男の診療に顔を出しただけなのだろう。
 夜妖憑きの対策を講じる病院である事から、イレギュラーズと関わることがそれなりに多かったのだろう。
 故に、晴陽は天川の話を聞いていた。聞き耳を立てた訳ではないのだろう。断りを入れて入ろうとした時に聞こえた言葉が余りにも――そう、余りにも『死にたがり』に聞こえたからだ。
「いや、構わない。……先生はここの責任者か」
「ええ。イレギュラーズの方に分かり易く言えば夜妖憑きの専門医です。表向きは小児科医ですが、基本は夜妖憑きと希望ヶ浜に対してのアプローチを行っています」
 カウンセラーに勧められ、頷いて腰掛けた晴陽は天川が気を悪くしたわけではないと気付き、ほっと胸を撫で下ろした。能面のような女ではあるが、そうした感情の機微は仕草から僅かに出るのだろう。特に、患者だと認識している相手の前では分かり易いように気を配ってくれているようだ。
「そうか。それで、さっきの話だが……言わない。言いやしないが、エゴなんだ。
 私情で、私怨で、救われないと知っていながら、無意味だって分かっていながら復讐なんて莫迦らしいことをするしかなかった」
「それは……エゴとは言いません。貴方が罪を負うことで奥様が浮かばれる訳はありません。ましてや喜んだり救われることもないでしょうね。
 ですが、貴方にとって其れが必要な過去であったというならば私は許容しても良いのではないか、と思うのです。
 ……混沌は、貴方のようにこの地に召喚された方は、誰しも何らかの後悔を抱いています。戻ることの出来ない故郷に思いを馳せ、故郷を作り上げた再現性東京に固執する。
 そんな私達と貴方はエゴで使命を捨て、莫迦らしいことをしているなんて仰らないでしょう?」
 女医は困ったように肩を竦めた。彼女は天川の行いを否定することはなかった。彼がそれに苦しみ続ける事は仕方が無く、再起へ導く為に言葉を尽くす訳でもない。
 澄原晴陽という女は、あくまでも同業者となる男の言葉を待つだけだ。
「アンタは莫迦らしいと言うか?」
「いいえ。誰しも苦しい過去も、忘れたいこともある。逃げ出したいことだって。
 ですから……それから逃れるために、私は此処で生きて行くしかできないのです。立ち止まっては、影に追いつかれてしまうから」
 晴陽をまじまじと眺めてから天川は「そうか」と呟いた。それ以上、どのように返せば良いのかが今の彼の脳味噌では絞り出すことが出来なかったからだ。
 華奢で頼りない印象に見えた女医が更に弱々しく見えた気がして、天川は首を振る。困ったような彼女の乾いた笑いは恐れを抱く子供の様でもあったからだ。
「……また依頼があったら声を掛けてくれ」
 静かにそう口を開いた天川に、晴陽は「ええ」と小さく頷いた。名刺の裏に書かれた電話番号は彼女への直通のものであるらしい。
「いつでもお声かけ下さい。貴方の困り事で結構です。勿論、私達も頼りにさせて頂きます。
 この仕事はお互い様。どちらにとっても、協力が必要なものでしょう……貴方は私達の力となってくれると信じています」
 それでは、と頭を下げて去って行く晴陽の様子をぼんやりと眺めながら天川は呟いた。
「必要な、過去か」
 そう言葉を紡ぎながらも、彼女はどこか押しつぶされたかのような表情を見せた。
 年若くしてこの様な大病院の院長となった彼女に重く掛かるのは重責か。それとも、彼女にも人には言えぬ過去があるのか――それを初対面であった男は知る由はないが、何処か気になった。
 あの苦しげな笑い方は、いつかの日に見た『義弟』にもよく似ていたのだ。ただ、其れだけを思い浮かべながら天川は煙草を硝子の灰皿に押し付けて苦い息を吐き出した。

  • in memoriam完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2022年03月08日
  • ・國定 天川(p3p010201

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