SS詳細
マヤとパンツと都市伝説
登場人物一覧
三味線の音が聞こえる。
小刻みに連続する小太鼓に乗って激しく上下する音階。
腐った下水管のような臭いとサビだらけのパイプ類。黒く淀んだコンクリートと明滅する蛍光灯。
長く伸びる通路に散る、火花。
ゆっくりと歩く少女のブーツが、水たまりを踏み――髪が、ふわりと。
刹那斬閃。
八斬八突。
疾風迅速。
虚空裂断。
明滅ひとつが起こる間に、長い茶髪にパーカーを羽織った少女は、拳銃を持った男を八つ裂きにしてた。
振り抜く刀をきらりと返し、吹き上がる血に振り返ることも無く、肩から提げていた鞘を素早く投擲。回転して飛んでいった鞘が曲がり角から飛び出した相手の手にぶつかり、動きの遅れたところに急速接近。
相手が銃を構えるより早く、その手首を刀でもって切りつけた。
悲鳴をあげ、銃を取り落とす男。
地面を撥ねる拳銃の音が二度目を刻むより早く、蛍光灯の反射する刀身の閃きと長い髪先で描く円が渦巻くように踊った。
男の背後へと回り込み、その時には既に胸から脇腹までを切り裂かれていた男が崩れ落ちていく。
が、新たに飛び込んだ通路の先で既に拳銃を構えていた男たちが即座に銃撃。
咄嗟に飛び退き刀身で銃弾を弾くが、弾ききれなかった分が肩に命中。後ろ向きに転がりながら鞘を拾い上げ、逆手順手の二刀構えで銃弾をはじき飛ばしていく。
肩に打ち込まれた銃弾がひしひしと痛み、パーカーに赤黒いシミを広げた。
「ちょっと探りを入れただけなのに、なんでこんな目にあうのよ!」
彼女の名は、遠野・マヤ(p3p007463)。
『ただの少女』――だった筈の、イレギュラーズである。
マヤが激戦のただ中に置かれるに至った経緯を、そのキッカケから説明せねばなるまい。
おそらく始まりと言えるのは数日前。
マヤが自室でパーソナルコンピューターの電源スイッチを入れた瞬間から語るべきだろう。
薄暗い部屋にはアクリル製のディスプレイ棚。
人型ロボットプラモデルや怪獣のソフビ人形。特撮変身アイテムトイや少数の美少女フィギュアが並ぶ棚を横切って、ゲーミングチェアの背もたれに引っかけた猫耳ヘッドギアを手に取る。
椅子にどかっと腰を下ろし、ヘッドホン&マイク一体型のギアを装着した。
机の下に置かれたラップトップPCボックスに手を伸ばし、慣れた手つきでスイッチを押し込む。
聞き慣れた起動音。
重なるように始まる、どこかのアニメで聞いたことのあるような日常BGM。
まるで自分を俯瞰したかのような気分に、マヤは小さく息をついた。
PCの起動まで数秒とない。
なにせここ最近に入った『お小遣い』で奮発して買った高性能PCである。
即座に立ち上がったボイスチャットツールからコールサインが現われ、マヤはヘッドギアの耳部分にある応答キーを押した。
『おっすー。トーヤマさん。今帰り?』
「ん。そんなとこ」
ボトルに口をつけながら、マウスデバイスに右手をかける。
ボールの大きなトラックボールマウスである。キーボードは青白く光るゲーミングキーボードだった。
本来非効率な組み合わせとは言われるが、もっとも少ない動作で入力が完了するこの組み合わせを、マヤは好んでいた。
そうした視点で見れば、この部屋は『画一』している。
部屋の扉をあけて直線数歩でPCに至る家具配置。その途中でパーカーと刀を引っかけられるドア横のハンガーラック。
ベッドにはネコのぬいぐるみが並んでいるが、どれも壁側にぴったりとくっつけられていて眠る動作を邪魔しない。
アクリル棚に並んでいるのも、どれもスピードや動作効率の良さそうなロボばかりだ。
特に目を引くのがメカを手足に装着した美少女キャラのフィギュアだが、どれも日本刀を構えるポーズで固定されていた。
最もよく見える場所に飾られているのが、青く長い髪の、氷のように冷たそうなキャラクターである。
一般的なオタク趣味なようで、どこか鋭い。
マヤは動画配信サイトにアクセスしてアニメを流し始めた。
棚に飾られたフィギュアと同じキャラクターがなぜか歌いながら悪党と戦うアニメである。
『今週GGの作画ヤバくない?』
「やばい。今見てる」
丁度、アニメ動画では激しい格闘シーンが流れていた。光線銃を撃つアンドロイドたちを刀一本で……否、刀と鞘の二本で切り抜ける青髪のキャラクターが描写されているようだ。
『ところでさ』
「んー」
『乙女のパンツってどこで売ってるの』
「んー……ん!?」
生返事していたマヤは、口に含んでいたコーラを吹き出しそうになって咄嗟に口元を押さえた。
室内BGMが変わり始めた気がする。
「なんなのよ、急に」
『いやトーヤマさん、パンツに詳しいって聞いたから』
「人聞きの悪いこといわないで!」
混沌の世は不思議なことだらけである。
練達という比較的ぶっ飛んだ国に暮らすマヤですら仰天するような出来事が混沌世界にはあふれていて、最近は頻繁にそう言ったものに遭遇するようになった。
最初の不思議体験はいつのことだったろうか……。
今のように何気なくアニメを見て過ごしていた時のこと。突如として空中庭園に召喚され、世界の破滅がどうとかローレットがどうとか(こちとらジャージにTシャツ姿だっていうのに)突然説明されるという軽い地獄を味わった後、このままではナメられるとその辺のアイテムで何とか体裁を整え、好きなアニメキャラになりきる気持ちでクールな美少女召喚者を演じてみた……のが始まりだっただろうか。
それからというもの。ちょこちょことモンスター退治にかり出されたり、練達に暗躍する地下組織やクリーチャーと戦ったり、奴隷商人と渡り合ったり女騎士を狩ったり……。
なんだか一言では言い表わせないような日々を、近頃は送っていた。
中でもヘンテコだったのは、先輩召喚者(共通してイレギュラーズと呼ぶらしい)たちと装備品のトレードをこなしているうち、物々交換における通貨変わりとしてパンツが用いられていたことである。
刑務所ではタバコが通貨のかわりになるとアニメで聞いたことがあるが、よもやパンツとは。
しかも『乙女のパンツ』なるパンツは特別に高価できりのいい数字であるためカスパール・グシュナサフの名刀レプリカがパンツ何枚といったレートでトレードが成立したりする。
途中から感覚が麻痺してパンツを札束みたいにぺらぺら数えていた自分がいたが、こうして聞いてみると短い間でだいぶ染まってしまったような……いやいや。
『ねえ、なに聞いてるの? 変な音楽ながれてない?』
「幻聴よ」
『えっでも』
「幻聴よ」
咳払いをし、ちらりと棚を見る。
クールな美少女フィギュアが刀をこちらに突きつける姿勢をとっていた。
「ぱ……下着になんて詳しくないから。乙女の、その、あれのことだって知らないわよ」
『でもローレットのギルドには売ってるんでしょ?』
「……う」
売ってる。
買ってる。
通貨にしてるしぺらぺら数えてる。
「じょ、女性用のショーツだってだけでしょ。そんなのどこにだって売ってるわよ」
『ふーん……魔剣より高い値段で売ってるっていうから、使用済みのを売ってるのかと思った。トーヤマさんまでそんな商売に手を――』
「人聞きの悪いこと言わないで!」
独自文化を築く練達階層都市。深緑ほどではないにしろ、外の情報をあまり入れない住民も多いという。自分が流れ出所属することになったローレットというギルドがどういう扱いを受けているのか、ちょっと怪しくなってきたマヤであった。
『そっか、勘違いならよかった。今さ、七七番街のほうでローレット印の乙女のパンツが販売されてるってツブヤイターで見たから気になって』
「ふーん……ん」
初耳である。
そんなハンバーガーショップの地方出張店じゃあるまいし。
『イレギュラーズの写真付きでパンツが買えるんだって』
「んー……」
初耳どころの話では無い。
「ちょっとその話、詳しく教えて貰ってもいい?」
マヤの調査が始まった。
身に覚えのない不名誉はそそがねばならぬ。
それがパンツを写真付きで販売するなどという不名誉であるならなおさらだ。
マヤは独自のネットコミュニティの情報をもとにエリアと時間帯を絞り込み、周辺の住民に聞き込みを続け、そしてついに……。
「パンツー、パンツー、イレギュラーズの乙女パンツはいらんかねー」
屋台を引く男を発見した。
有名イレギュラーズの写真をぺたぺた貼り付けた屋台には、色とりどりのパンツがぶら下がっている。
嘘であってほしかった。
「ちょ、ちょっとあなた……!」
屋台の前に飛び出し、肩から提げた刀に手をかけた。
「私たちのぱ……下着を売るなんてどういうつもりよ!」
「わたし……たち? 貴様、まさかローレットの手の者か!」
そこからの展開は流れるようであった。
屋台パンツ売りは懐から拳銃を取り出したかと思うと即座に発砲。
取り出したものが銃だと気づいたマヤは刀を素早く抜いて銃を打ち払い、相手をタックルで突き飛ばした。
転がった相手は床に散ったパンツをひろい、地下階層へ続く階段へと逃げ込んでいく。
それを追いかけて……冒頭のシーンへ至るのであった。
刀と鞘で弾丸を弾き、数発を腕で受けながらも突撃。
踊るように刀を払うと、男たちを斬り捨てた。
そして、パンツを大量に抱えて尻餅をついたパンツ売りに向け、クールに刀を突きつける。
「た、助けてくれ。ちょっと資金稼ぎをしたかっただけなんだ。これだって偽物だし、な? 見逃してくれよ」
「大体……なんでこんな商売しようとしたのよ」
「だって」
男はパンツを翳していった。
「ローレットって自分のパンツ売ってるんだろ?」
パトカーのサイレンが遠ざかる。
マヤは肩から提げた刀をしょいなおし、家への道を急いだ。
なんかもう帰りたい。
いちはやく帰って、DVD鑑賞に没頭したかった。