SS詳細
趣向爆殺*鬼ガール
登場人物一覧
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『怪人暗黒騎士』耀 英司(p3p009524)は懐の広い男である。
曲者揃いの無辜なる混沌に流れ着いた後、「クリスマスこそ白米を食え!」と主張する怪人の対処を頼まれても「まぁ主張は自由だからな」と受け入れた上で倒したし、
水羊羹を食べる事で巨大化する謎の暴走魔物一族を討伐した時ですら「デジャヴ感あるな」ぐらいの気持ちで斬り捨てた。
「アンタ結婚できんの?」
我ながら本当に不躾だった。振り返れば英司は『花嫁キャノン』澄恋(p3p009412)を目の前にすると、どうにもガードが甘くなる。以前だってうっかり澄恋の綿帽子に顔突っ込んで深呼吸する奇行に走ったし、今回に至ってはレディに対して一番傷つきそうな言葉を向けてしまうなんて!
「えぇ、勿論ですよ! だってほら、見てくださいこの活きのいい旦那様!」
手元で呻く旦那様・試作品(頭部)を掲げながら夢見心地なきらきらした目で澄恋は語る。創り出した旦那様への澄恋の気持ちは真っ直ぐで、聞けば聞くほどふいに零した疑問が失礼であったと気づいてしまった。
「朝からビクビク痙攣していて、とっても調子がよさそうなんです!」
「あ、嗚呼。そうか。……その、悪かったな」
「何がでしょうか?」
――当人が気にしていないだけに、余計に。
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(気を許しちまってるって事か? 母性を感じて?まさか)
「……さん、Hさん。あの、聞いてます?」
名を呼ばれたのは何度目だろう。我に返った英司はテーブルを挟んだ向かい側の相手へ向き直った。後ろめたい事もないのに肩を丸めてボソボソと話す青年――確かカケルと言ったか。自己紹介された時の微かな記憶を辿ると、確かバラタナゴとかいう淡水魚の因子を持つ海種だとか。髪色は銀だがトータルコーディネートが地味色で、どんな街にいても気に留めない典型的なモブの空気を漂わせている。あれでも一応、ギルド所属の冒険者らしいのだが。
「大丈夫だ、聞き逃しをした事なんて無い。……さっきまではな」
「たっ、頼みますよぉ。僕の悩みを聞いてくれるのなんて、怪人さんしかいないんですから」
そもそも悪の怪人を名乗る相手しか相談相手がいないというカケルの交友関係が問題ではと思ったが、今回の悩みの本題もコミュニケーションの話らしい。
「僕、好きな人が出来たんです」
「へぇ、いい事じゃねぇか。それでどこまで進展したんだ?」
牽制のつもりか両手を前に突き出して、カケルはあわあわしながら早口で言葉を返した。
彼曰く気のあるあの娘は『純真無垢』という言葉がぴったりで、線の細いそれはもう可憐な女性なのだという。
氷の様に艶やかな長髪、愛らしい二本角。はぁと小さく白い吐息を吐いて、寒空の中で手を温める姿を見た瞬間。
(……あっ。どうしよう)
――恋に落ちる音がした。
その後も彼女を街角で見かける様になり、気づけば目で追っていた。
そっと目を伏せた時に気づく、長い睫毛。白くて柔らかそうな指先。見かけるたびに素敵だと思う所が増えていく。
気づけば両手に抱えきれないほど「好き」の気持ちが溢れ出して、心がぎゅっと締め付けられる。つまり――
「声もかけてねぇのかよ!?」
「だっだだだって、とっても大人しい
(まぁ、薄幸そうなツラしてるもんなぁ)
何にせよ、恋は人を変えると聞く。普段大人しいカケルが誰かのためにアドバイスを乞うのは珍しい。これはこれでいい兆候だと思った英司は、少し考えた後、カケルへ助言をする事にした。
「間違われんのは、自分に自信が無さそうだからだ。まずは自分に自信をもてる様にしたらどうだ? 例えば――」
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「あぁ、英司様。丁度よいところに!」
カケルの悩みを聞いた翌日、ローレットへ依頼を漁りに向かった英司を出迎えたのは、純真そうな白無垢の美女『花嫁キャノン』澄恋(p3p009412)だった。
「面倒ごとか?」
「はい。緊急の依頼がローレットに舞い込んで来たのですが、手の空いている特異運命座標が少なくて。一緒に行ってくださらないでしょうか」
「美人の頼みを断る口は持ち合わせちゃいねぇな。仮面で隠れて見せられないのが残念だが」
詳しくは道中でと告げるなり、澄恋はパタパタ走り出す。
その依頼は、元々ローレットとは別のギルドにもたらされたものだった。
天義の田舎町を魔獣が占拠し、討伐依頼をギルドに流した。そこまではよかったのだが、仕事を請け負ったのはたったの一人。
しかも冒険者になりたての素人で、受付嬢の制止を振り切って現場へ直行してしまったのだという。
「どう見ても勝算があるタイプではなかったと、受付嬢さんが心配されていまして」
「なるほどな。骨のある内に見つけられるといいんだが」
最悪のパターンなら、拾ってやる物も見当たらないほど原型を留めぬ場合もある。無辜なる混沌は英司から見れば西洋ファンタジーな異世界だが、そんな不思議空間でも根付いている悪は残酷なほど
「どう仕掛ける?」
正面から突っ込むか、死角から攻めて場をかき乱すか――少なくとも英司はそういう意図で問うたつもりだった。すると澄恋は頷いて、
「まずは花嫁修行プランBから参りましょう」
「……何て?」
急な作戦に英司が聞き返すうちに、澄恋は双怪刃『煌月・輝影』をスラリと抜く。
「
スブシャアアァァ!!
「「ぎゃああああぁーーー!??」」
「……何て??」
双剣を豪快にブンまわし、まずは入口の魔獣たちの首と身体を鮮やかに切り離す澄恋。理解が追い付いていない英司に再度問われると、雨の様に飛び散る鮮血を浴びながら彼女はよしっと満足そうな笑みを浮かべた。
「今のは結婚式のスピーチでのご挨拶の修行です。同時に食材の血抜きもする事で家庭的な花嫁さんアピールもバッチリだと思いまして」
「どこの世界に花嫁が食材の血抜きをする結婚式があるんだよ。いや、いい。百歩譲ってそういう習わしのある結婚式があるとしよう。
さっきさり気なく『プランB』と言ったが、『プランA』は何だったんだ?」
「英司様は『プランA』がお好みなのですね! それでは……」
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――普段の自分じゃやらない様な仕事をして、度胸をつけて見たらどうだ?
昨日、怪人さんに受けたばかりのアドバイスが、遠い日の事の様に思い浮かぶ。これがきっと走馬灯っていうやつなんだろうな。
結論から言うと、僕は死ぬ。ギルド嬢に止められた時に、ちゃんと耳を貸していればよかったんだ。どうしてもあの娘に近づきたくて、身の丈に合わない人助けなんかしようとするから。
「ぅ……うぅ……」
あまりの痛みに上手く声が出ない。魔獣達は倒れた僕にとどめを刺さず、うろうろ辺りを歩いてまわる。
苦しむ姿を楽しんでいるのかな。この悪趣味に突き合わされて惨い殺され方をするぐらいなら、いっそ早く喉笛を噛み千切っ――
「かっ弱い乙女ぇぇえええッツ!!」
……え?
ドゴォッ! と鈍い音がして魔獣が一匹、身体をありえない方向に捻じ曲げられたまま宙を舞った。鮮血が散る中、妖々と現れる白無垢。
これは幻なんだろうか? いや、違う。見間違えるはずもない。どろっどろに血に塗れたあの娘は……。
「
「すみ……れ、さ……?」
「まぁ。わたしの事をご存じなのですか? こんなにボロボロになって……間に合って良かったです」
街中でいつも儚げな横顔ばかりを見つづけていた、触れたら壊れてしまいそうな繊細な空気を纏った
嗚呼、あ、あ――
「なんてか弱い乙女なんだろう……!」
「待て待て待て待て!!!」
そうだ。自分でか弱い乙女だって澄恋さんは言っている。
だからどんなに血しぶきに嗤っていようとも、獣の臓物を抉りながらご機嫌にはミングしていようと、彼女はか弱い乙女なんだ。なんて……なんっって愛おしいんだろう!
極限状態に憧れの人のサイコパスな一面を見てしまったカケルの中で、プツリと何か切れてはいけないナニカの切れる音がした。
英司のツッコミも届いた様子はなく、駆け寄った澄恋を見上げて酷く場にそぐわない穏やかーな笑みを浮かべている。
「身体に獣の爪がいっぱい突き刺さってますね」
「そ、そんなに?やっぱり僕はもう……」
言いかけた瞬間、ぽすんとカケルの身体が澄恋の方に引き寄せられた。強い血の臭いの中に微かな甘い香りが混じってカケルの頭をクラクラさせる。
「治癒スキルかけるために抜きます。痛いでしょうが、わたしの手噛んでいいので耐えてください」
「え? えっ?」
「いきますよ。せーの!」
「ウ゛っ、ぐ!? んんンン゛ン゛ーーー!!!♡♡♡」
悲鳴と悦びの入り混じった様なくぐもった声。澄恋の腕にじわりと滲む血が、白無垢を新たに汚していく。
グロテスクと未開の快楽が入り混じる混沌とした空気を察し流石に「おい、あれ……」って怯えながら遠巻きにうろうろする魔獣たち。
「抵抗しろ、斬ってやるから」
そんな彼らに英司がかけられる温情は、普通に倒してやる事ぐらいしか見つからなかったという。
めでたし、めでたし?
おまけSS『誰か人ひとり埋められる穴を掘ってくれ。俺が埋まる』
「怪人さん、お久しぶりです!」
声の主を知っているがゆえに、振り向いた英司は一瞬、自分の目を疑った。
目を引く派手な
「分かりやすく染まっちまってまぁ……」
「あ、これですか? 違いますよ、僕の因子の性質です」
毛先まで綺麗に染まった髪を弄りながらカケルは笑う。
「婚姻色って言うんですけど、バラタナゴって繫殖期になると色が変わったりするんですよ。
澄恋さんのおかげで、好きって気持ちが何なのかやっと分かったんです!」
「……へぇ」
一件落着の気配を感じ、英司は安堵の息をついた。
が、しかし。カケルが放った次の言葉に絶句する。
「まずは澄恋さんの旦那様リスペクトで、身体から椎茸出汁の香りがする様に魔改造されて来ます。
上手くいったら適当にやばいダンジョンに乗り込むんで、澄恋さんと助けに来てくださいね、怪人さん!」