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髪香り
髪香り
登場人物一覧
ヴィーザル地方の夏は短い。
雪解けの草原は太陽の光を浴びて急速に青々とした草花を伸ばす。
一分一秒でも惜しいと育っていく草にそよぐ風が吹き抜けていった。
ギルバートはジュリエットを連れて馬を走らせる。
彼女が落ちぬようにしっかりと支えるものだから、自然と距離は近くなった。
冬の装いよりも軽装であるから、彼女との隔たりも少ない。
けれど、ジュリエットはハイエスタの民ではないから、まだこの高原の気温は寒いだろう。
馬に乗るときには風よけの為に薄手のマントを羽織るのだが、前に座る彼女の方が風を受けるから体温が下がっているようだ。
腕を僅かに擦る少女の指先を見れば分かる。
ギルバートは夏用のマントでそっと彼女を包み込んだ。
そして、マントが飛んで行かぬように裾を自分のベルトに挟み込む。
「すまない。その、見た目は赤子のようだが、君が寒いといけないのでな」
「い、いえ……ありがとうございます」
先程よりも近い距離でジュリエットの声が聞こえた。
体温を孕んだ髪の香りがギルバートの鼻腔を擽る。
数種類の花香の中に僅かに質の良い石鹸の香りが混ざっているのだろう。
それと、心臓を掴むような甘い香りだ。
ギルバートは馬の手綱を強く握る。
馬の行き先に集中しなければ、ジュリエットに「君は良い香りだ」なんて言ってしまいそうだから。
二人を乗せた馬はゆっくりと草原を往く。
少しでも彼女との時間が長引くように、ゆっくりと――