PandoraPartyProject

SS詳細

本日私は修羅と成る

登場人物一覧

焔宮 鳴(p3p000246)
救世の炎


 今日も、ローレットにひとつの依頼が舞い込んできた。
 それは、とある領主が悪辣の限りを尽くしているのだというものである。
 早速、ローレットはその依頼を張り出し、勇敢な者たち(イレギュラーズ)が手を挙げるのを待っていた――のだが。
 その依頼は数時間もしないうちに、依頼掲示板から突然撤去された。
 不思議に思った情報屋が、受付の笑顔の素敵な女性に『あの依頼はどうなったのか』と聞いてみた。
 返ってきた答えはこうだ。
「ああ、その依頼ならもう、終わりましたよ!」


「ぅ、ぅう……」
 とんだ不幸だ。『炎嵐に舞う妖狐』焔宮 鳴(p3p000246)は、薄っすらと瞳を開けていく――淀んだ意識で腕が痛んだ。どうやら手荒く縄で両腕は拘束されているようだ。
 そして今度は額が痛んだ。僅かに床に水溜まりがあったので覗き込むと、どうやら額から血を流していたようだ。赤が酸化して黒くなった瘡蓋か額に張り付いていた。
 ――どれくらい時間が経ったかは判らないが、最後に鳴が記憶していた風景は複数の傭兵のような男に囲まれ、抵抗したら頭を木材のようなもので殴られた事だ。
 こんな幼い見た目の自分にも容赦なく攻撃を与えてくるあたり、あの男たちは野蛮である。
 だが殺さないまでの手加減はあった。
 つまり、何かしら生きて捕らえないといけない理由はあったのだろう。
 やっと目が暗闇に慣れてきた所で、鳴は周囲を見回した。ここで自分の炎を出して明かりにする手はあったが、今回は悪手だ。何故なら、それで何者かに気づかれる可能性は回避できないからだ。
 あえてこうやって拘束されたまま動き出した方が『か弱いもの』として扱われて都合はいい。
(……とはいえ、それで正解だったの)
 周囲には怯えている子供たちが身を寄せ合っていた。
 鞭で打たれた痕や、暴行を受けたような形跡がある子供たちが。
「お姉ちゃん……誰?」
「鳴は……鳴なの!」
 お姉ちゃんと呼ばれるあたり、自分は年上に見えているのだろう。だが新参者として一定の警戒はされているのか、子供たちは近寄ってこない。
 よく見れば、それぞれ手足を拘束されているのだが、躰を芋虫のように引きずって固まって何かから身を護っているようだ。その姿が、鳴の心に痛みと憤りの火を灯らせる。
(許せないの……)
 鳴の瞳が、ぐっと強く細くなった。
 もっと周囲を観察してみた所、ここは豪華な一室だ。まるで貴族やそれに値する者が住んでいるような雰囲気一色。
 窓は無い。恐らくここは地下であろう。
 だが不思議だ、地下室といえばもっとシンプルで掃除が行き届いていない物置きのような部屋が多い。ここまで豪華なのは、何か理由があるのだろうか。
 例えば良くないお戯れを隠している部屋とか――。
(この世界の一部の貴族ならありえない事はないの)
 勇者を多く内包しているローレットとは言え、混沌世界の完全な正義ではない。極稀だが、悪属性の依頼が舞い込んで来る事だってある。それが例えば、少女を連れ戻して(誘拐)欲しいとかそういった類のものは、悪辣貴族からが多い。
 そういった噂のひとつが本当に存在していて、子供が消えたと嘆く女性から依頼され、鳴は噂を辿ってここへやってきた。いや、あえて誘拐されてその内情を知ろうと暗躍してきたのだ。つまり鳴は、部屋の隅で震えている少年や少女たちとは真逆の目的で来ている。

 ――この一件を、終結させるために。それは使命感か義務か。

 がちゃりがちゃりと音がした――どうやら扉が開けられようとしているようだ。鎖や、複数の鍵を解く音が聞こえる。どうやら相当ここは厳重な警備がされているようだ。
 同時に、少女や少年はぶるぶると震えながら小さく叫び声をあげていた。それは異常な光景だ。
(一体ここで何をしていたの……?)
 鳴は咄嗟に扉のほうへ臨戦態勢を見せたが、いやいや違うと、すぐにか弱い少女にナリへとすり替える。
 光が乏しい場所であったが、開いていく扉から少しずつ光が漏れた。全て開き切ったとき、傭兵風の男が複数人部屋へ入ってきて、壁にかけてある蝋燭に火を点け始める。
 そうして、この部屋が明るく灯された所で、扉からずんぐりむっくりと太りながら、それでいて全身から貴族ですと言わんばかりにアクセサリーを巻いた男が入って来たのだ。
「何やら新しいおもちゃが増えたという、ね、ンン? キミかね、ンン?」
 男は特に警戒する様子もなく、鳴へと近づいていく。
「ひ、ぁ、……やっ」
 鳴は部屋の隅の子供たちと同様に、身を強張らせてみせた。我ながら名演技だなとさえ思える。
 男の風船のように膨らんだ指が鳴の顎を持ち上げた時、鳴の背中には寒気がゾゾゾと奔った。これは怯えではない、単純に不浄なるものに己の躰を赦した怖気だ。
「ンン? 良い顔だね押さなくて可愛いね、ンン? いいね楽しそうだンン楽しくなってきたよ、ンン?」
 指にいれる力を変えて、鳴の顔を舐めるように右へ左へとスライドさせ、文字通り鳴の全貌を見つめていた男。その隣から小さな影がひょこっと出てきては手を媚びるように擦っている。
「どうですかザギ様。上玉でしょう? で、できれば報酬をあげてほ、ほしいです、ね、ね」
 嗚呼、こいつだ、こいつが鳴を殴って連れてきた主犯格だ。
 鳴を襲った時はリーダー的な風格があったが、今はへこへこして媚び諂っている。このザギという男に飼われている末端か、小物だ。
「ンン? 傷があるね、イヤだね子供は優しくお連れしてって頼んでいるのにねンン? 使えないねンン?」
「いえいえ、でもこのように生きておりますし――」
 それが、へこへこしていた男の最期の言葉であった。
 銃声――。
 次の瞬間には、頭に風穴をあけて男は笑顔のまま倒れていく。
 鳴は思わず目を見開いた。
「ンン、使えないから鉛玉あげちゃったよンン? おい死体を片付けて、新しいおもちゃを手当してあげてンン?」
 鳴から手を離すと、ザギは命令しながら子供たちへと歩を進めた。
 鳴は傭兵の男に囲まれて額や、痣を念入りに手当てされるのだが――黒服の男の間から、ザギが少女の首元を掴んで部屋から連れていくのが見えていた。駄目――心の中で鳴は叫んだ。護るべきものが、指の間から零れていくような音が聞こえる。
「さあて、遊ぼう遊ぼうンン? ナニがいいかな、気持ちいのがいいかなそれともンンッ?」
 やがて、少女の叫び声が扉の奥へ消えていった――。

 限界だ。

「……さ……無い」
 鳴が呟いた言葉が、男たちの耳にはそう聞こえたらしい。
 何か言ったかと、男が片耳を鳴に寄せる。
「赦さない」
 刹那、暴と燃え上がる部屋の蝋燭の炎。
 蝋燭を一瞬にして掻き消すように見え広がるそれに、眼前の男たちは焦っていた。
 鳴は、両腕を拘束していた縄を燃やして男の腰に刺さっていた剣を抜いて、そのまま男の腹部を蹴り飛ばした。
 声を上げて倒れた男に反応して、他の男たちが一斉に剣を抜く。どうやら子供たちを人質に取る行為は一切ないようだ、腐ってもあの領主の持ち物である子供たちを傷つければ、今しがたそこで転がっているへこへこしていた男と同じようになるのを知っているのだろう。
 それはなんとなく憐れだが、かと言って鳴の手元は狂わない。
 突っ込んできた男の刃を擦れ擦れで躱した――成程、傭兵としての実力は持ち合わせているようだ。
 だが鳴が見てきたどんな剣戟よりも、遅い。回転して男の胸元を切り裂く、鮮血が炎のように立ち上った。
「どいて下さい」
 鳴にして低い声が部屋の雰囲気を制圧していた。
 先程まで怯えていた子供たちは、唖然とした表情で鳴を見ている。
「お、おねえ、ちゃん……?」
「私は貴方たちの母親から頼まれて此処に来ました。すぐにお家に帰して差し上げますから――だから」
 もう一度、鳴は立ちはだかる傭兵たちを見た。
「どいて下さい」
 傭兵たちは一瞬怯んだようにして、息を飲んだ。
「お、俺たちもあの領主に家族を人質に取られているんだ……ここで、命令を捨て置く事はできない!!」
 四人の傭兵が一斉に鳴へと攻撃を仕掛けてくる。
 側面から振られた一撃をかわし、上段から振ってくる刃を受け止めて弾く。
 更に後方から横に振られた剣を回転しながら剣で弾いた。
 こんな貴族のところにいないで、傭兵あたりで騎士をした方がいいような腕ばかりだ。何があったのかわからないが、傭兵たちは悲痛な表情で鳴へストレスをぶつけるように剣が降ってくる。その想いは重かった。
 もしかしたら、先程胸を貫いてしまった命も同じ境遇であったのだろうか――だが悲痛な心を伝播されていいことがあるというのか。
 かかってくるのなら、倒す。今はそれだけだ。
「鳴が全部止めます――いや、止めるの!! だから、此処を通して欲しいの!!」
「聞けるか―――聞けないんだああああ!!!」
 一滴の涙が傭兵の瞳の端から流れ、その涙を鳴は切った。

 地下室を出て、鳴は上を目指した。こういう建物は、領主の部屋は最上階というのが鉄則だ。
 地下室から出て、眩い光に少しだけ目を細めた鳴。返り血を浴びたからか、階段を上り切ったところで使用人の注目的は回避できない。その使用人全てが一斉に武器や、武器になりそうなカトラリーを持った。
「ここも、ですか」
 鳴はため息を吐いた。
 この使用人が全て、地下にいた傭兵と同じような境遇なのだろうか。
 だがその一つ一つを手間暇かけていたら、時間がかかる。
 時間をかければ、先程の少女がどうなるかもわからない。
 時間をかければ騒ぎを聞いて領主は逃げるかもしれない。
 故に向かってくる壁は全てなぎ倒すので作戦は決定している。
 早速階段を上ったところで、矢が飛んでくるのを切り裂いて回避した。
 階段の手すりに足を置いて飛ぶ。二階――足がついた瞬間に槍で疲れてきたのを身体を後方に海老ぞりにして回避。そのまま槍の柄を切り裂いて折り、目を丸くした使用人の顔面に回し蹴りを入れた。
「上、上に行かないとなの、通して」
「あああああ!」
 言葉が通じない。
 成程、矢張り押し通らねばならないか――群れて襲ってくる波に、鳴は無慈悲な表情を向けた。
「向かってくるなら、斬りますから」
 じりじりと近づく使用人の影。
「あの貴族の為に、死にたい人だけ寄ってきて下さい」

 ――ザギの部屋。
 何も纏っていない少女がベッドに寝かされ、その上を覆いかぶさるように領主が膝立ちになっていた。
「楽しいねえ支配欲が満たされていくようだよンン」
 少女は諦めたように瞳に光を灯さず、ぐったりとしている。腕には注射の痕があり、口から涎を垂れ流しにしていた。
「ンン、じゃあ今日はンン?」
 その時、ザギの首に冷たいものが押し付けられた。
 鳴だ、全身をぼろぼろにしながらも此処まで登ってきては、剣をザギに向けたのだ。
「その少女に触らないで」
「……ンン?」
 ザギは両手を挙げ、後ろを向こうとしたが、
「こっちは向かないで。向いたら首が落ちますよ」
「ンンッ」
 状況的には、鳴とザギはさっき会ったのだが、口調と音が変わった鳴を、先程のか弱い鳴だとはザギは思いもできないのだ。鳴も、ローレットとという後ろ盾はあれど貴族とひと悶着したとなればローレットの悪名が気がかり故に、正体を知られる訳にはいかない。
 しかし鳴の冷徹な殺気は隠せない――全身から冷や汗をかきながら、ザギは怯えた。
 傭兵!! と声を上げてみたが、誰一人としてこの部屋に来るものはいなかった。何故だ何故――。
「な、ななななにが、目的だンン? 金か、ンン?!! 子供たちならやる、売るなり焼くなりンンッ!!」
 首筋にあたる刃が、ぐっと押し込められぷつりと皮が切れて、血が流れた。
「やめえてくれいいいい!!」
「いいですよ、止めて差し上げます――ですが、彼等が赦すかはわかりません」
 段々と部屋に人の足音が増えていくのをザギは耳にしていた。
「お、お前たち……?」
 この部屋に、ザギに雇われていた傭兵や使用人が武器を持ってぞろぞろと入ってくる。
「お、おおおお前たち、まさかそんな、や。やめ――!!」


「という事で、ここの領主が行方不明になってしまってね。今も捜索しているんだけど、見つからないのよ」
「そりゃ、コワイねえ」
 ぽてぽてとやってきた鳴が、受付のお姉さんと情報屋の男の後ろで口笛を吹いて通過していった。

  • 本日私は修羅と成る完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2019年09月15日
  • ・焔宮 鳴(p3p000246

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