SS詳細
特別授業【粘土の粘り気と脳髄の酷似性について】
登場人物一覧
- ロジャーズ=L=ナイアの関係者
→ イラスト
●せんせーへ
せんせーへ。
このあいだは授業をありがとーございました!
めちゃくちゃたのしかったんだけど私美術とってないからぜんぜん会えないし、こんど会いに行くね。
なんか面白いもの用意しといてくれるとうれしーな。
また一緒に芸術しましょーね!
●せんせー、これって何?
「せんせー、今日は何を教えてくれるの?」
「また貴様か。私とて暇ではないのだ。何も用事がないのなら帰ることを推奨するが」
「ち、違うってえ。授業を受けたくてきたんだってば。ひどいなーもー」
「ふむ、授業を求めているのか。芸術に理解が深まったようで結構なことだな」
「ふふ、そーでしょ! 最近はもー赤がおきにいりでねえ。あとせんせーの授業受けたらなんか痩せるんだよね。理想体重乗る! テンションも上がるじゃん?」
「それはよくわからないがまあ好きにするといい。授業をしてやろう」
「やったー! 特別授業だ!」
木製の椅子を引いて豪快に座った生徒C、或いは赤城ゆい。彼女の名前などなんだっていいので生徒Cである。ご機嫌に黒髪揺らし、足をぷらぷら。その間にも先生ことオラボナは熱心に特別授業への用意を進める。
「せんせー、今日は何するの?」
「これだ」
どん、と重みを伴って卓上で音を鳴らしたそれは、曰く、粘土と呼ばれるもの。授業で使われるものはだいたい黒っぽくなんともいい難い臭い匂いがする。
「せんせー。頭の中ってなんだか粘土に似てません?」
「色粘土を捏ねるのは勝手だが、自身の虚を扱い給えよ。何せ私に『それ』は備わって『無い』のだ」
「ええー、まっさかあ。せんせーそんなに美人なんですから、ちゃんとつくもんついてますよ。胸とか」
「話を聞いているか?」
「聞いてますってば、耳ついてるし」
「臓物をぶちまけておいて、立派なものだな」
「もー怒んないでよ!」
相変わらず口元の三日月の赤でしか感情を読み取ることができないせんせー。あ、赤だ。綺麗だなあ。赤ってほんとに素晴らしい。こんなに素敵なものってないんじゃあないか。
「赤い粘土とかってないんですか?」
「臓物(えのぐ)を混ぜればよかろうに。そんなことも忘れてしまったのか」
「えへ、聞いてみただけですってば」
ぺたぺたこねこね。両の掌でこねてみる。せんせーも、一緒に。
「頭の中をイメージして作ってみよー」
「見たことが無いものをどう再現するというのだ。美術の心得としてまずは模写やデッサンがあるだろう、義務教育で何を学んだのだ」
「さぁてなんでしょーね。じゃあ模写してみなきゃ。どこに脳みそがあるんですか?」
「其処だ。用意してやろうか?」
「はい、ありがとうございます!」
そういうと先生は私を机に寝かせて、眠るように促した。
?
嗚呼そうだ此の瞬間がたまらなく痛くて苦しくて楽しくてふわふわして理解ができなくてあははははははは。
?
ごりごりと聞いたことのない音がする。次に目をさますとき私は『どうなっているんだろう』?
せんせーは優しいからなんだかんだ手を貸してくれる。私がわからないっていったら手伝ってくれる。あはは、せんせーはやさしいな、にゃはは。
ふわっとした浮遊感の中で血の気が引くような、なにか大切なものが消えていくような感覚がする。まあ別になんだっていいんだけど。
それにしても授業中に寝ていいなんてせんせーは太っ腹だなあ。まあ放課後の特別授業だし。そういうものなのかな。
?
ふわふわとろとろぐちゅぐちゅ。
●
いつの日だか、保健室に呼び出された。
日に日に肌が白くなる私を皆が心配しているらしい。でもご覧の通り私は健康だし、ちょっと戻したりする日が続いてるだけでいたって健康である。心配のしすぎだ。
だから私はけろっと笑う。心配のし過ぎだってば。しつこいくらいにそう繰り返して。
きれいな字で書かれた私の名前。それがうざったいほどに私が悪であると告げたそうだったから、破って捨て去った。どうして私が悪だと謗られなくてはならないのか。
そんなぐちゃぐちゃの汚い感情を飲み込んで、私は一日を過ごした。
私が異端であると。おかしいのだと。そういいたげな目を、何度見ればいいのだろう。
割と常識的なのだ。私は。口調はギャルのようだと、だれかに笑われたりもしたけれど。それなりに。やるときはやるのだ。
だから、不愉快なことは不愉快だと感じるし、嫌なことは放置したりしない。徹底的に退治する。
そうだ。あのときだってそうだ。変な先生がいるって聞いたから。でもこの目で見た。先生は変なんかじゃない。あれ。でも。あの日からだ。赤が大好きになったのは。なんでだったかなんて、わからないけど。あれ?
そんな私の心を知らず、保健の先生はため息交じりに口を開いた。
「赤城さん、また体重軽くなってる。これ普通に考えてありえない数字なのよ」
「えー、でも毎日ちゃんと食べてますよ」
「じゃあどうして30kgなの? 食べた後戻したりしてない? 本当に大丈夫?」
「だいじょうぶですってばあ、なんでそんな心配するんですか? こんなに元気なのに!」
「……次体重減ってたらおうちの人も呼びますからね。病院紹介します」
「ちょっと、そういうことしないでよ……気をつけるから」
両親は。来ないだろう。きっと。
興味がないのだ。だから私も彼等に興味はない。あったとしても、それは建前だ。
すねたような、困ったような表情をすれば、ほら。先生は満足したように頷いて。
「そう、それでいいの。なにか困ってることがあったら先生に相談してね?」
「はーい。信頼してる『せんせー』に相談するから安心してよ、先生」
それは
「……? う、うん」
「んじゃそういうことで。さよーなら!」
「はい、さようなら」
保健室を駆け出した。
きっと次此処に来る時は、私は元気か、倒れているか。そのどちらかなのだろう。
●
○月×日
早退
名前:赤城ゆい
症状:貧血、吐き気
体温:35.7℃
来訪時間:9:40
特記事項:体重が軽くなっていたが容姿に特段の異常なし
化粧で顔色を隠していたが驚くほどに青白い。鉄分不足だろうか
保健室で休養をとらせたところ一向に目覚める気配なし。送迎をつけて帰宅させた
●
「おい、起きろ。貴様、授業を受けに来ておいて寝て過ごすつもりか」
「へ?」
ぱ、と目が覚めた。ひどい頭痛に襲われる。身体が軽い。
「せん、せ」
歩こうとするが歩けない。ふらふらして、歩くこともうまくできない。ので机に座る。
「なんだ、貴様が脳を用意しろと言うから用意したのに」
「あはは、そっか、準備してくれたんだ。ありがとー」
「嗚呼、そうだ。曇りがなく美しいな。では授業を始めよう、席につけ」
「はあい」
なんとか、ふらつきながらも席に付けば、先生は満足げに赤を輝かせたように見えた。頭が軽くてふわふわする。くらくらするというのはこのことだろうか。
不確かな意識をなんとか保ちながら、先生が用意したと思わしき脳みそを眺める。ちょっぴりの美しい赤が付着したそれはまさしくみずみずしく、『今さきほど取り出されたばかり』のようだった。
指で触れてみればぷに、と弾力があるのが解る。爪を深く刺せば内側から血が溢れ出してくる。まさしく本物だ。
「でもこれいいんですか? 持ち主困ってるかも」
「貴様、困るのか?」
「いえ、私はべつに」
「なら大丈夫だ、早速授業を始めるぞ」
「はい!!」
つんつんと触れてみればぶにぶにとした独特の触感が返ってくる。これはなんの脳みそなんだろう?
不思議そうに脳みそをつんつく私を横目に、先生は興味もないといった素振りで教壇に立つ。私は咄嗟に近くにあった椅子に座り、姿勢を正して授業を受けるのだった。
「脳みそとは。脳髄とは。貴様、わかるか?」
「…………」
「これでは保健教師も泣いていることだろうな」
「て、テストで成績がよかったらいいんですよお」
「脳とは。主にグリア細胞と神経細胞からなる器官だが、そのどちらでもない構造も内在する。このように独特の形をしていることが多いのだろうな」
「ええーっと……この隙間は?」
「脳脊髄液の通り道となる空隙……脳室と呼ばれるものだな。脳はホルモン物質を分泌する内分泌系であるのだよ」
「へぇー! 詳しいんですね!」
「一応は教鞭をとるものだからな。次に行くぞ?」
「はい!」
「命を辿る学問だったか、曖昧ではあるのだが確か発生学においては、誕生前の胚の段階から、大きく前脳、中脳、後脳または菱脳の3つに脳が分類される。ここから更に分化が進み、貴様たち人間の場合は前脳が終脳と間脳、後脳は延髄、橋、小脳へと分かれるのだ」
「えーっと……どのへんですか?」
「この辺りだな。触ってみろ」
せんせーが指を指したところに突っ込んでみる。特に違いはわからないがやはり違うのだろう。
「ここがだいのーってやつ……?」
「そうだ、よく解っているな。俗に大脳と呼ばれるのは終脳だが、解剖学においては間脳も含めたこの前脳から発達した部位全てを大脳と呼ぶのだ、解ったな?」
「ほへー」
「自律神経などの貴様たちが無自覚無意識に行っている生命維持において重要な部位を脳幹と括ることもあるぞ。これは機能に基づく分類であり前脳・中脳・後脳のすべてに跨がっているのだ」
「……難しいこといってる」
「まぁ理解できないのも致し方ないことだろうな」
「あー、ちょっと馬鹿にしたでしょお?!」
「理解しがたいことを理解しろという方が実に時間の無駄だ。貴様が考えられないのも致し方ない、空虚に有を求めたところで無意味なのだから」
「せんせー?」
「粘土を持て。芸術とはまさしく己自身の手で想像するものだ」
――→ぐちゅぐちゅ――→
――→ぐちゃぐちゃ――→
――→べちょべちょ――→
「なんだかハンバーグをこねてるみたいですね」
「ハンバーグ? あの肉塊もどきか」
「いやいや、肉塊ですって。真っ赤なケチャップをかけて食べるのがベスト。ベストですよ!」
「貴様は赤に固執しがちだ、もっと様々な色に目を向けろ」
「だ、だあって、赤がとびっきりきれいなんですもん。ほんとならこの脳みそだって真っ赤に塗っちゃいたいくらいに!」
「貴様が授業ノートも赤ペンでしかとらないことに心配をしている教諭も何人か居ることは承知か?」
「……だあってえ……」
「言い訳はいい、せめて馴染む努力をしろ。それが貴様に出来る最善だ」
「はあい……」
べちゃべちゃと血をぶちまけた脳みそは元の形に戻るつもりもないのだろう、皮のようなものをのこして血を溢れさせる。血の色は少し汚くておそらくこの脳みその持ち主は『体調が悪いのだろう』と思わざるを得なかった。せめて健康になっているといいんだけど、そもそも脳を失って健康になることが出来るのだろうか?
まぁ
「せんせー、この脳みそどうするんですか?」
「貴様、無計画にも程があるぞ。以前の授業だって色々とものを忘れて返っていた癖に」
「あはは、なんか最近忘れっぽくて。でもほんとにどうするんです?」
「これを貴様が思う脳みそに成形してみろ。その後戻しておく」
「な、なるほど……大きさは?」
「貴様の頭の形にしてみろ」
「はーい!!」
頭の大体の内積を計算するのはせんせーに任せた。最近何かをするのがひどく億劫で仕方ないのだ。まぁこねるくらいならできるだろう。きっと。多分。
「せんせー、絵の具無いですか? 血の代わりに使いたくて」
「どうせ赤で染め上げるのだろう? 貴様、一辺倒にするなら皮までだ」
「はあい。皮ってなにで代用しようかな……」
「ゴムでも紙粘土でもビニールでも好きなものを使えばいい。貴様が脳だと思うものが脳なのだ」
「じゃ、じゃあこのスパンコールとか使ってもいいですかね?!」
「好きにしろ」
「やったあ! じゃあ私好みの可愛い脳みそにしちゃいますね!」
「脳みそにかわいいもクソも無いだろうがな」
「……確かに」
「まずは設計図……完成予想図を描くのが基礎だと何度いえばわかる。うまくいくのが常ではないのだからな」
「あ、シャーペンとってきます!!」
せんせーが用意してくれたまっしろな紙に、赤で、赤で、赤で! きれいな脳みそを。理想の脳みそを描いていく。
大脳はきらきらに。ラメをつけてもきっとかわいい。
せんせーがさっき教えてくれた脳みそを、その部位を辿るように少しずつ設計してく私だけの脳!
きっと完成したらどれだけきれいになることだろう。
「いいなあ、私もこんな脳みそがほしいなあ」
「ほしいならくれてやる。丹精込めて作ったのなら貴様が受け取るべきだ」
「い、いいんですか?!」
「ああ。いいと言っている」
「や、やったあ、それならもっと丁寧に作るし後ちょっと派手にしちゃおう!!」
オラボナせんせーのため息は聞かなかったことにした。
しばらく試行錯誤した後、私はついに成し遂げたのだ。
私の理想の脳みそをつくることに!
「元の皮を再利用して見ました!」
「なかなか上出来だ。貴様にしてはよくやった、では褒美の時間だ」
「え? 褒美?」
「貴様がよこしたチョコレイトとやらの礼をするついでだ、ホイップクリームを用意した。あれは私の好物なのだ、貴様にくれてやるつもりはなかったのだがな、まあ受け取り給えよ。これも指導者ならば当然だ」
「え、い、いいんですか?! これめっちゃ美味しそうです……いやなんかできたてなのはちょっと不思議ですけど。たしかクッキー持ってたので一緒に合わせてもいいですか?」
「ホイップクリームはそのまま楽しむのが最善であり美だ。それを汚し脅かすのは冒涜にほかならない」
「……わ、わかりました! 今日はカロリー0です、ええいままよ!」
せんせーが用意してくれたご褒美のクリーム。それはとびきりあまくて、刺激的で。
「……あ、あたまが、ふわふわします」
「当然だ。人間の口に合わせるのは少々苦手なのだ、失敗しても甘めに見ろ。授業料だ!」
●
やれやれ、興味を持たれると何をしでかすかわからない。
人間とは実に面倒で興味深い。
脳みそはちゃんとあったままに返してやった。あとは貴様次第だ。
精進し給えよ、赤城。
- 特別授業【粘土の粘り気と脳髄の酷似性について】完了
- NM名染
- 種別SS
- 納品日2022年01月30日
- ・ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
・ロジャーズ=L=ナイアの関係者
※ おまけSS『特別授業までの道のり』付き
おまけSS『特別授業までの道のり』
「せんせー、お弁当作ってきました! 一緒にどうですか?」
「せんせー、バレンタインのチョコ受け取ってください! えへへ」
「せんせー、一緒に帰りませんか?」
せんせー!
せんせー!
せんせー!
「ええい煩い、特別授業だ!」