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猫と草の日向ぼっこ
登場人物一覧
『破壊の猫』陰陽丸はその日散歩をしていた。
雲ひとつない穏やかな晴れ。風はないがその分穏やかな暖かさが広がる散歩日和である。やさしい陽の光を浴び、自慢の毛はいつも以上にふかふかでふわふわでたっぷりになっていた。
この街は赤レンガの家が並ぶ美しい街だ。舗装された道路には等間隔に街灯が整備され、夜に淡い光を輝かせている。今は日中なのでその明かりは消えているが、かわりに太陽が暖かく街を照らしていた。
陰陽丸が今歩いているエリアは特別手が込んでいるエリアで、街路樹や花壇も丁寧に整えられている。青々とした木々と満開の白い花のコントラストが美しい。
広い道を大きな体――とは陰陽丸自身はあまり思っていないのだが――で進んでいた。
「なーぅ?」(うう~ん、休日が天気だととっても嬉しいですねー。街もキレイで、あ、あの花なんていうんでしょう)
白い花を見てうんうんとうなっていると、
――ぴょこん。
「にゃん! にゃーお?」(あれれ、気のせいでしょうか? 風がないのにすみっこが動いた気がします! まわりはぜんぜん動いてないのにおかしいです。ボクの見間違いですかね?)
小首をかしげてぶるんと身震いをひとつ。陰陽丸は金色の目をまるくして草を見た。
しーん。
待てども花壇はどこも動かない。
それはそのとおりだ。草はひとりでに動かない。当たり前の光景に陰陽丸は気を取り直し、散歩を再開するために歩き始めた。
が。
――ぴょこぴょん。
「にゃっ」(やっぱり音がしています!)
振り向くが、やはりどの植物も動いていない。
「にゃうー」(これはてごわいです)
仕方がないので前を向く、と見せかけて
「にゃ!」(なんーて、ひっかけですよ!)
三メートルを超える巨体を感じさせない素早い動きで振り返った。
――ひらひら。
驚くことに花壇にある大きな双葉が揺れていた。
「にゃお!?」(動いています!)
草は開き直ったかのようで、陰陽丸を気にせず揺れ動いた。
右へ、左へ。
ゆらゆら、ふらりふらり。
風もないのに草は揺れ動き続けた。
その動きに合わせて陰陽丸も自然と右へ左へ顔を動かしてしまう。
「にゃー」(これはなんでしょう?)
陰陽丸はしっぽをきちんと体に巻きけて座りその不思議な草の動きを見守った。陰陽丸は好奇心いっぱいの魔猫なのだ。こんな不思議なことを見かけたら興味が尽きないのである。ときどき「くんくん」と匂いをかいでみるけれど、草の匂いがするだけで特段ヘンなカンジはしない。
「にゃう?」(なんなんでしょう~? 勝手に動く草なんて……あ、オジギソウ? みたいな種類があった気がします。でもちょっとちがいますね?)
『Pi』
大きな二枚の葉から音がしたのだ。
「にゃ!」(しゃべりました!)
思わず立ち上がり逆毛をたてて威嚇態勢に入ってしまった。
だが、攻撃が飛んできたりはしない。
ふしぎな草は陰陽丸を意に返さず揺れ……ひょっこりと葉の下を見せた。
「にゃ、にゃおん?」(う、動く球根です! ……ではないですね。何でしょう、この不思議な生物(ひと)は?)
四十センチ程度の黄緑色の体にちょこんとした手と足。頭の上の大きな二枚の葉の間に小さな茎。それにまんまるな赤い瞳が宝石のように輝いていた。
彼、あるいは彼女は陰陽丸には興味が無いようで、ゆらゆらと体を動かして佇んでいた。
――じぃー。
――……。
陰陽丸とその生物(ひと)は見つめ合った。
ぽかぽかとした陽気が二者の体を暖めた。
先に動いたのは草の方だった。てこてこと陰陽丸の前を横切り、場所を定めると再び植物の中に戻ろうとする。
「にゃぁう~ん」(あ、待ってよ! ボクは魔猫の陰陽丸です!)
白い毛でおおわれた胸をぽんと叩いてあいさつのポーズを取ると、その草が起き上がり頷いた。
『Pi』
それは先程も聞いた音だった。どうやら彼(女)の声だったらしい。
この世界の言葉とも故郷の言葉とも違うが、不思議なことに陰陽丸には何を言っているのかが分かった。
「みゃーん」(ミドリさん、っていうんですね! しかも精霊さんだったのですね!)
『Pi』
「なぉん」(こんなところで何をなさっていたのですか?)
その質問にミドリは花壇を手で指した。
『Pi』
「なぁーん」(休憩ですか! ふむふむ、ギルドへ行く途中だったと。確かにここからだと結構距離があるかもしれませんね! よかったら、ボクも一緒に休憩させてください!)
『Pi』
二人――いや、一猫と一精霊は少し先にあったベンチに座った。
もっとも人間サイズのベンチは陰陽丸のサイズにまったく足りず、さんざんはみ出しながら諦めることなった。ミドリがベンチ、陰陽丸がレンガ道の上に横座りである。
天気良好。風光明媚。
散歩に気持ち良い日であるが、日向ぼっこにも最適でもあった。
「みゃーぅ」(ボク、あったかい太陽大好きなんです!)
『Pi』
「にゃーう、にゃんにゃん」(ミドリさんもなんですか! そういえば言葉もこっちの人たちとはちょっとちがうしゃべりかたですし、なんだかシンキンカン、わいちゃいます! ボクたち、似た者同士かもです!)
まったりと会話を楽しみながら毛並みを整えて居ると、ミドリの体がかなり土まみれであることに気がついた。
「なぁ~ご」(あ、土がいっぱいついてますよ!)
陰陽丸は言うが早いが手を差し出し、ふかふかの毛ではらってやる。
――ぼふっ、ぼふっ。
しかしミドリは飛び上がり、陰陽丸から距離をとった。
『Pi,Pi!』
どうやら陰陽丸は驚かせてしまったらしい。確かにミドリと陰陽丸の体長差は五倍どころではない。腕一本でもかなりのサイズ感だ。
「なぅん…」(ごめんなさい! ボク、ついこっちの皆さんが小さめなの忘れちゃって……)
『Pi』
「みゃー」(ありがとうなのです!)
陰陽丸の隣に戻ってきたミドリだが、立ったまま身振り手振りをしている。どうやら陰陽丸に伝えたいことがあるようだった。
(ん? なんですか? ボクにできることでしたら何でもしますよ!)
『Pi,Pi』
「にゃう!」(そういえばミドリさんはギルドへ行く途中だったんですね! なるほど。それならボクにどどーんと任せてくださいです! ボクも散歩の続きもできますし!)
陰陽丸はその大きな体を今度は驚かせないようにゆっくりとベンチの前に移動して、ミドリに向けて背中を見せた。ぱたぱたとキジ模様のしっぽが揺れ動く。
『Pi』
ミドリはそう言うとお辞儀をして小さな足を踏み出す。器用に陰陽丸の背中を登っていき、中腹あたりにところでちょこんと捕まった。
「にゃおーん」(へへん、ばっちりのれましたねー! しっかり捕まっててくださいです! それじゃあしゅっぱつしんこ~!)
『Pi』
こうして『破壊の猫』陰陽丸と『雑草』ミドリは出会ったのであった。