物語と空想の世界にて

登場人物一覧

　レッドの出身世界とは、物語が人々の感動を喚起することにより、そこに語られる空想が具現化する世界であった。
　人々の止め処ない空想は、かつては世界を豊かたらしめていた。飢えた人々は食べ物を腹いっぱいに食べることを夢見て物語を紡ぎ、ひとたびそれが叶ったならば、次は好きなもの、上等なものばかりをたらふく食べる物語。その後は、知る限りの究極の味。それから、この世のどんな食べ物よりも美味な天上の食事……。食べ物にかぎらずどんなことでも、そうやって人々は空想に空想を重ね、きらびやかな生活を実現させてゆく。

　だが人は、慣れる生き物だ。最初は感動を生んだ物語でも、繰り返し同じような物語が作られれば飽きがくる。新たな感動を得るためのハードルは高くなり、次第に新しい物語が作られる余地がなくなってゆく――そしてそれは皮肉にも、もっと世界を豊かにしようと考えた者たちが物語を共有する場を空想したことで、全ての物語の消費速度が激増したがために発生してしまった悲劇だ。
　物語文明の滅びの始まりだった。天上の食事は消え失せたばかりか、再び日々の糧にも困るようになる。なのに、昔はあれほど人々を感動させた満腹に食べるだけの物語では、誰の心も動かせない……元より病に冒されており、満ちることを知らなかった少女を除いては。

　歩くことすらできなかった少女のために、母親はひとつの物語を創作した。誰でも歩き、跳ね、踊れるようになるというその靴の物語は、少女にだけは焦がれる空想だ。
　故に、この滅びかけた世界においても、その靴は確かに少女の下へと現れた……彼女が多くの体験をできるように。そして今度は彼女自身がその体験を元に全く新しい物語を綴り、誰かを救う語り部となれるように。
　無辜なる混沌という未知の世界は、彼女が新しい物語を生むためにインプットする場だとも言える。