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零と武器商人とレジーナの話~コラボ企画GO~
登場人物一覧
パリッと音を立てて焼きたてのパンの表皮が破れる。ナイフはそのままパンを切り裂いていき、まな板とぶつかって軽い音をさせた。切り分けられたパンのひとかけら、それに溶かしバターをつけ、生クリームを載せ、最後に旬のいちごをちょいとのせる。零はレジーナへ向けてそれを差し出した。
「さ、召し上がれ」
「おいひいい~~~! ただのフランスパンがこんな豪華なスイーツに変わるなんて!」
ぱくりといったレジーナが足をバタバタさせた。
「いや、レシピは師匠の受け売りなんだけどね、はは」
零は顔を赤らめながらもどこか得意げだ。
「元のパンが美味しいからねぇ。まァ何をしても美味しくなるさ」
入れ知恵をしたという武器商人もそっけない言葉に反してぺろりと食べ終え、白いナプキンで白磁の指先を拭く。
「おかわりはいただけるのかしら?」
「どうせならマンゴーと食べ比べてみるのはどうだい」
武器商人は袖の中からするりと黄色い果実を取り出した。よく熟れていて手に取るのも難しそうだ。零はそれを両手で捧げ持つように受け取り、大きく刃を入れて種を取ると一口サイズに切り分けていく。なんでそこから、などという野暮なツッコミを入れるものはこの場に存在しなかった。魔法使いとはそういうものだ。零もフランスパンに関しては魔法使いと言えそうだ。なにせ彼のギフトは誰が食べても美味しいフランスパンを何時でも何処でも幾らでも出せる、というある意味チートな能力だった。
汗と涙の結晶であるギフトだが、零には商売っ気がまるでない。無から出たものでお金を取るのは気がひけるのか、安値で販売している。ときに飢えた相手へ無償で渡したりもする。そんなこともあって、彼の経営する羽印マートは常に赤字と黒字がせめぎ合っている。
武器商人としては、そんな彼の欲のなさが危うく思え、同時に好ましい。なのでそのモノが全国展開している商人ギルドサヨナキドリにおいて、羽印マートの賃料はべらぼうに安い。ちょっとでも高くすると零ではやっていけないだろうし、そうなると混沌の6割をしめる零のフランスパンがサヨナキドリから離脱してしまうことになる。それは商売人である武器商人としては、非常に惜しい。サヨナキドリでも零のフランスパンは人気なのだ。特にバゲットは飛ぶように売れる。昼頃には売り切れていることもザラだ。これは費用対効果というやつが高いからだと武器商人は睨んでいる。
などと武器商人が思考を遊ばせていると、ひととおりもしゃもしゃしたレジーナが満足そうに吐息をついた。
「はあ……ついつい食べ過ぎちゃったわ。お昼もよろしくね」
「レジーナは本当に俺のパンが好きだよな。いいよ。用意しとく」
「零って人柄もいいわよね。ああもうおなかがすいてきちゃったわ、ダメダメ、この空腹はお昼のためにとっておくのよ我(わたし)!」
「いま食べたばかりじゃないか」
ころころと笑いあうレジーナと零。それを武器商人は優しい目で見ていた。
テーブルへ片肘をつき、さて、と場の雰囲気を捕まえる。
「今日はなんの用事だったかな、女王サマ」
「そうそう、忘れるところだったわ。我(わたし)のTCG『アストラークゲッシュ』とのコラボの話だったわよね」
そう。そのためにレジーナと武器商人は零のパンを試食していたのだ。試食が本気食いになってしまったことはこの際、脇へ置いておく。
「『アストラークゲッシュ』かあ~。俺があの有名TCGとコラボできるなんて夢みたいだな」
零の元いた世界でも『アストラークゲッシュ』は大人気で、広告を見ない日がなかったほどだ。最強、不敗、などなど、男の子心を掻き立てられるワードの数々に零自身もついつい新作が出るたびにチェックしていたりしたのだが、今はそれも遠い昔の話。
レジーナはもともと、その『アストラークゲッシュ』における最高レアのカードだ。カードが大召喚によって概念だけ混沌へ呼ばれ、そこで意思を持つに至った。本来の彼女は武器・道具の集合体で、いま零に見えている美少女は幻影を投写したに過ぎない。人型コミュニケーション用素体といったところか。豪奢なねじくれた角が冠のように頭部を彩っている。それをきれいだなあなんて思いながら零は人差し指を立てた。
「こっちでの『アストラークゲッシュ』事情はどうなってるんだ?」
「よくぞ聞いてくれたわ!」
レジーナはいきいきと分厚いカタログを取り出した。さらにその知覚へ次々とカードを置いていく。
「まずスターターパックでしょ? それからブースターパックの第一弾『魔女の導き』、第二弾『女王の覚醒』、さらにさらに『暗殺令嬢』が収録されているコラボパック第一弾『蒼薔薇庭園』。他にもいろいろなレアカードを発売してるわ。特にこの『聖女ユスティーア』は……」
「ああ、ありがとう。なんとなくわかったよ」
「そう? まだまだ話し足りないのに」
レジーナは残念そうに口を結んだ。もとがTCGのキャラだけあって、入れ込みようがすごい。実際レジーナにとって、『アストラークゲッシュ』を再生させるのは彼女の力を取り戻す一環になっている。熱も入ろうというものだ。
「それで、今回はコラボパック第二弾ということで、零の羽印マートに協力をお願いしたいの」
「うーん、まだ具体的に何するかわからないけど、いいよ?」
「言質とったわ。ありがとう社長さん」
「へ? 誰が?」
「零に決まってるじゃないの、羽印マート社長、他に誰が居るっていうのよ」
「お、おおおお、おお俺がしゃちょおお!?」
「自覚がなかったのかね……」
武器商人は零の反応にすこし呆れた。商売っ気がないとは思っていたけれど、まさかこれほどとは。
「一国一城の立派な主じゃないか。違うのかね?」
「え、えええ!? いやその、たしかに店は経営してるけど、サヨナキドリのほうは師匠に任せっぱなしだし、俺はパンを納入するだけで、いいとこ雇われ店長くらいの気分だったけど……」
「社長よ、社長。零、胸を張りなさい」
「いや、そんなプレッシャーかけないで、俺、ただ単にギフト使ってるだけだから」
「そんな弱腰でどうするのよ、これから『アストラークゲッシュ』とコラボするのよ。羽印マートは一気に有名になるわよ」
「ううん、有名とか、そういうのはどうでもよくて、単純にレジーナが喜ぶからいいかなって、それだけなんだけど……」
「しゃきっとしなさいよ、しゃきっと。零はなんのために商売してるのよ。我(わたし)は自分の力を取り戻すためと、お客の喜ぶ顔を見たいからだわ」
「喜ぶ顔……」
零は糸目をさらに細くした。
「うん、俺もお客さんが喜んでくれると嬉しい。そのためにパン屋やってる。その点ではレジーナと同じだな」
零が拳を握り込む。
「よし、やる気出てきた! ガンガンコラボしよう、レジーナ!」
「オッケー、やるわよ!」
零の拳をレジーナが両手で包んだ。コラボ企画第二弾の始まりだった。
とはいえ。
「何しようかなー」
「零のパンにおまけでカードを付けるってのだけは、決まってるのだけれどね……」
そう、肝心なのはアイデア出しである。
「どんなカードを付けようかしら。やはり限定レアを一枚って感じかしら」
「どのパンに付けるかも大事だよぉ」
「売れ筋のバケットに付けるのが正解かなあ」
「そうねえ、やはり知名度と比例させるのがいいかしら」
「どうだろう、食品ロスの問題もあるしね、我(アタシ)は売れ残りがちな商品に付けてみるのが吉と考えるね」
「だけどそれじゃ、あの問題が発生しやすいかも……」
零は腕を組んだ。
そう、いちばん怖いのはカードだけ抜き取られてパンは捨てられる……売上だけ見るとそれでいいのだが、一介のパン職人としては断固拒否する事態が起こるのは間違いなかった。世の中にはレア目当てにン十万Gぽんと出せる人間がごろごろいるのだ。特にこの世界には名誉欲だけでできている貴族なんていうイキモノもいるのだし。彼らがただレアカードがほしいというだけで羽印マートへ押し寄せるのは目に見えていた。普段ならただの上客なのだが、欲が絡むと人間本性をむき出すものである。そういう層にも零のパン人気が周知されているのがまた辛い。商売とは世知辛いものだ。人気を取るか、真心を取るか、零はまたもその選択を迫られていた。
「ううう。俺としては、パンが捨てられる事態だけは避けたい! ひとりでも多くの人に笑顔を届けたくてやってるんだから!」
「うーん、そうね。零の気持ちはよくわかるわ」
「そもそも論だが、零はどのパンがどれだけ売り上げているのかを知っているのかい?」
しばしの沈黙の後、零はきっぱりと言った。
「してない」
やっぱりか、と武器商人はこめかみを揉む。これは少々甘やかしすぎているかもしれない。一度営業部に放り込んでみようかなどと物騒なことを考える。
「では毎日納入しているパンの割合を思い出してごらん、多ければ多いほど売れ筋商品だよ」
武器商人は切り口を変えてみた。これはさすがに思い当たる節があるのか、零は指折り数えだした。
「えーとまずバケット、それからバタール、ブール。このへんだな。あとはー季節モノを混ぜ込んだエピとかクッペとか、か。そんで変わり種のタバチェールとかシャンピニオンとかは、その時の気分で」
「把握はしているんだね。よかったよかった。してなかったらお仕置きしようかと思っていたよ」
「えっ、俺、何されんの!?」
椅子ごと後ろへずり下がる零は無視して、レジーナは武器商人へ顔を向けた。
「ええと、ごめんなさい? バケットくらいはわかるのだけど、ほかはどんなパンなのかしら」
「どれもフランスパンだけども形が違う」
武器商人が人差し指で宙を指差すと空中に日本もフランスパンのまぼろしが浮かび上がった。
細長く切れ目の多いパンと、その半分程度で少しばかり太いパンだ。さらにそのとなりへ大きな丸いパンが映し出される。
「長いほうがバケット、短いほうがバタール。違いは長さと食感だね。そしてこれがブール、前の二本に比べるとふんわりした食感だよ。一時期は盾に使ってたかねぇ?」
「また懐かしい話を」
と、零が横目で武器商人を見やる。
「あら、ならば我(わたし)が普段食べているのはバタールということになるのね」
「そうだな、配達品はだいたいバタール。バケットは値段の割に量が多いから貧しい家の人が喜んでくれるイメージかな」
すこしうれしそうな零の表情。おそらくパンを恵んでいるときのことを思い出しているのだろう。
「……そういう家の子がさ、もうちょっとはしゃいだりしてるところが、俺は見たいのかもな」
「ふむ、零の想定する客層は一般市民、コラボパンはバケットと」
どこからともなくペンとインクが現れ、メモ用紙へカリカリと武器商人のつぶやきを記録していく。
「うーん、そうねえ。できるかぎり零の意思を汲んであげたいけど、やっぱり貴族なんかの富裕層も相手にすることを考えないと。たとえば我(わたし)のような、ね」
「そっかあ……」
零がしょんぼりしている。
「そういう相手に、もうひとつ注意しなきゃいけないのは、転売」
「転売か、それは腹が立つな」
「そうでしょう? 零が想定しているようなお客へカードが届かなくなるのよ。我(わたし)はこっちのほうが許せないわ」
「うーん、どうしよう?」
「そうね、購入制限をするとか、あ、いっそ受注生産にするとか!」
「それこそ俺が想定してる層に届かなくなる気がするんだけど……」
「あ、そうね、難しいわねぇ……」
うーんと頭をひねるふたり。今日はこれ以上の発展は見受けられそうにない。そう判断した武器商人は、ぽっと思いついた一言を口にだした。
「発想を変えてみるのはどうだろう。女王サマ、カードに魔法はかけられるかい?」
「武器商人ほどじゃないけど、多少は。どんな魔法?」
「姿を消す魔法」
零は首をひねっている。だがレジーナはピンときたようだ。
「なるほど! パンを食べ終わったらカードが出現するようにすればいいのね!」
「そういうこと」
「そういうのあり!? ありだな、ここは混沌だもんな! あー、でもそうか。食べなきゃカードが手に入らないから色んな人が俺のパンを食べることになるのか、うん、ありかも」
「ふふ、カードの内容は任せて。みんながほしがるようなのを作ってみせるから!」
レジーナは輝く笑顔を見せた。