PandoraPartyProject

SS詳細

湯は熱い方が良い、君の愛は冷めなければ良い

登場人物一覧

ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)
月夜の蒼
ルナール・グリムゲルデ(p3p002562)
紅獣


「うわー!!!」
 ばっさー、と書類を放り投げ、ルーキスは机に突っ伏した。
「駄目だ! 此れ以上領地で缶詰しても効率が落ちるだけだ!」
「はっはっは、うちの奥さんがいつも以上に煮詰まってるな」
 トレイに乗せた差し入れの紅茶に埃が掛からないように気を付けつつ、ルナールは笑う。領地を持つようになってから、よく見るようになった光景だ。
「……」
「おーい? ルーキス、紅茶だぞ。ミルク入れるか?」
「……」
 突っ伏したまま、ルーキスは何も言わない。
 じっとしていたかと思うと、顔だけを挙げてルナールの顔を見た。其の顔は今にも泣きそうで、これはいよいよだなとルナールは細君が心配になる。反面、そういう顔を自分に見せてくれるようになったのは夫婦になってからの進展とも言える。昔の彼女はそういう感情を自分の中で殺してしまっていたから。
「……旅行」
「旅行?」
 ルナールの耳は、ルーキスの僅かな声も聞き逃さないためにある。
「旅行行きたい。旅行行こう。そうしよう。今決めた」
「店も閉めてか?」
「閉める」
「……ルーキスがそうしたいなら、そうするか」
「何処かに行きたい……領地のアレソレを忘れられる場所に……」
「取り敢えず休憩がてら行き先を決めるか。ほら、紅茶」
「砂糖幾つ入ってる?」
「甘めに3つ」
「もう一個足して」
「了解」
 そうして、ルナールは混沌地図は何処にあったかと思案する。
 紅茶を飲みながら二人が決めた旅行先。其れは――



「ようこそいらっしゃいました」
 女将が丁寧に頭を下げる。
 此処は豊穣、宿場町にある高級旅館である。二人が奮発して借りたこの宿は、ひっそりとしていて他の客の気配を感じさせない。
 二人が旅行地として選んだのは豊穣であった。馬車と船を乗り継いで、島で休憩したりしながら辿り着いた豊穣は、すっかりと落ち着いた雰囲気であった。
 落ち着いて観光をした事がない、と二人で選んだ休養先。ご案内いたします、と女将が案内する先は平屋の旅館の奥。何もかも見るものが新鮮で、二人はきょろきょろと周囲を見回しながら女将の後に続く。
 押し引きして開ける扉ではなく、横にずらして開く障子が開かれると、新しい翠色をした畳が出迎えた。背の低い机が一つと、変わった形の椅子が二つ。
「奥に御座います露天風呂はかけ流しですので、いつでもご利用になる事が出来ます。浴衣はこちらに。お食事は18時となっております」
「ああ、ありがとう」
「何かありましたら遠慮なくお申し付けくださいませ」
 必要な事だけをすらりと告げて、部屋の扉を閉める女将の所作は美しかった。流石高級宿、従業員にもそれなりの風格が伺える。
「うわー……! タタミだよタタミ。すごいね」
「ああ。この椅子も椅子のような形だが少し違うな」
 いわゆる座椅子の形をした椅子に座ったルーキスだったが、どうにも具合が悪いらしい。あれやこれやと姿勢を変えてみたものの、最終的に横になってしまった。
 ルナールは其の隣に座り、小さな頭を撫でる。しなやかで指通りの良いルーキスの髪が、大きなルナールの指の間を抜ける。さらりとしてとても心地が良い。
「少し休んだら温泉入るか?」
「入るー」
 まるで赤子のように手をばたつかせるルーキスが愛しい。
 其の後は浴衣着ようね、と見上げて来る細君に、ルナールは優しい瞳で勿論、と頷いたのだった。



 露天風呂は思ったよりも広い。
 風呂の周りには洗い場があり、庭までついている。隅っこには松の木が植えられて、雪が重たげに積もっている。
 ルーキスをルナールが後ろから抱く形で、二人で露天風呂に浸かっていた。
「お湯熱いね」
「豊穣の地脈が暖めているらしい。……しっかり浸からないと外が寒いぞ」
 ルナールの言う通り、湯の外は冷たい。冷えた石に溢れた湯が流れて、僅かに暖めるものの、それでも石は冬の冷たさを湛えている。
 ルナールの頭の奥で眠気が首をもたげる。たまには温泉に入って、ご飯を食べて、寝る。そんな何もしない一日も良いのではないかという悪魔のささやきが聞こえる。けれども、其のささやきは奥方の一言で綺麗に吹き飛んだ。
「温泉入ったら、お店見に行かない? 近くにお土産屋さんとかあるのを見たよ」
「……ん、ああ。じゃあ見に行くか。浴衣は着る?」
「着る着る。でも私着た事ないからなぁ。ルナールは?」
「俺もないけど、浴衣の上に紙が載ってたから……あれが着方だと良いんだが」
「そうだねえ」
 ルーキスはルナールに頼りっきりだ。其れで良いさ、とルナールは頷く。頼られるのは嫌いじゃないし、相手がルーキスとなれば尚更だ。いつだって一人で立ち続ける彼女に、頼って欲しかった。其れは恋人や夫という肩書を得る前からそうだった。彼女が歩き疲れたときにもたれかかれる一本の大木になりたいとどれだけ願っただろう。
 彼は其れを手に入れたのだ。彼女の止まり木。彼女の恋人。彼女の夫。其の得難いものを、手に入れた。
 ――幸せだ。
 ほう、と胸に迫る暖かさに息を吐く。ルーキスもふう、と息を吐いた。同じタイミングなのがルナールには何処か嬉しかった。
 彼女の肩が冷えないようにと湯をかけてやりながら、松の木から雪がふさりと落ちるのを、二人で見ていた。



「ルナール、着方が判らない」
「こっちが上で、こっちが下だ。それで、ああ此処抑えてくれ。帯を巻いて……」
 二人とも、浴衣を着るのは初めてだ。
 豊穣の伝統衣装の中では簡単な方らしいが、何でも襟の上下にルールがあるらしく、ルーキスは混乱してしまう。
 ルナールに着付けてもらい、帯を巻く。ルナールも初めて着る筈なのだが、器用な男だなとルーキスは改めて感嘆するのだった。自分の身長とルナールの身長にぴったり合った浴衣は、女将が用意してくれたものだろうか。いやはや、と舌を巻くばかりだ。
 夫は自分の分をあっという間に着付けると、帯を結んだ。それからルーキスの帯に触れて、改めて其の結び目を確かめる。
「なんだか歩きにくいね」
「あんまり大股で歩くなよ、脚が見える」
「む。そんなはしたないことしませんとも」
 普段の自分はどんな存在だと思われているのやら。
 たしなめられて、ちょっとむっとする。するとルナールは其れに鋭く気付いて、宥めるように頭を撫でて来る。いつものやりとりだ、そうしてルーキスが機嫌を直すまでがセット。
「そうだな。俺の奥さんは楚々として綺麗だ」
「ふふん、そうだろう」
 じゃあお土産屋さんに行こう。
 ――二人の仲の良さの秘訣は、この切り替えの早さだとルーキスは思っている。拗ねてみせても怒ってみせても、ルナールは笑って宥めてくれるから。だからルーキスは其れ以上怒ったり拗ねたりする気になれなくて、次の話題へと移るのだ。気まずくもならないし、これで良いのだと思う。かつては二人、本気で喧嘩をした事もあったけれど……あの時はお互いに距離を計り兼ねていたからね、仕方ない。



 外に出てくると女将に告げると、雪が降り出したので、と紅い傘を一本渡された。骨の多い傘だ。当然のようにルナールが其れを差すから、ルーキスは夫の腕に己の腕を絡めて相合傘。
 出てみると人通りが少し増えていた。雪なのにみんな元気だと思う。土産物の通りへと脚を向けると、人通りは一層増え、喧騒が耳に入って来る。店主の威勢のよさは幻想にも通じるものがある。
「何処でも商売人は変わらないんだね」
「そうだな」
 雪の中をルナールとルーキスは行く。二人の要望は豊穣では珍しいのだろう。横目に見て通り過ぎる人の多い事だ。
 そんな視線をすり抜けながら、ルナールはルーキスに似合う何かがないかと周囲を見回す。自分の事は二の次で、一番は矢張り細君の事ばかり。まあ、今日買わなければならないという訳でもなし、たまには冷やかしだけでも良いんじゃないかと思った其の時、あ、とルーキスがルナールの腕を引いた。
「ん?」
「こっちこっち」
 腕を引かれるままについたのは簪の店だ。ルーキスは藍色の硝子球がついたシンプルな簪を手に取って、……ルナールの頭に添えている。あれ? 其処は自分が買いたいものを選ぶところでは?
「ルーキス?」
「いや、君に似合うなって思って。これ付けてみても良い?」
「良いよ、付け方は判るかい?」
 店主が頷いて、ルナールに問う。ある程度は、とルナールは頷いて、疑問符を頭上に浮かべながら簪を受け取る。長い髪を一房取って、くるくると巻き上げると簪を差す。
「おお……後ろむいて、後ろ」
 言われるままに後ろを向く。うんうん、とルーキスが頷いて、簪をするりと抜いた。今度はこっち、と背後から渡される。今度は様々な青硝子を用いた華やかな飾りだ。ルナールは言われるがまま、また髪をくるくると巻き上げて簪を差す。――おかしいな。こういうのは普通、俺がルーキスにすべきでは。
「うん、さっきの方が良いね。店主さん、こっち下さい」
 またもするり、と簪をルーキスは引き抜いた。そのままルナールが戸惑っている間にお会計まで済ませてしまう。袋は良いよ、とルーキスは断って、はい、とルナールに簪を差し出した。
「……こういうのは、俺が奥さんにあげるものだと思うんだが?」
「君には“青色が足りないから”ね。まあ、二人の家計から出したんだから二人で買ったも一緒だよ」
 ……青色が、足りない?
 ルナールは不思議そうに首を傾げ、それでも細君の贈り物を無下にする訳にもいかず、髪をくるくると巻いて簪を差すのだった。



 それからは店を冷やかして、結局何も買わずに宿に戻った。
 そうして18時、女将の言葉通りに晩餐が出た。カニの食べ方は知ってはいてもやるとなると難しいもので。二人で苦心しながら身をほぐし、白米と一緒にかき込む。
 ……旅の疲れが出たのだろう、敷かれた布団に飛び込むと、ルーキスは早々と眠りの世界へ行ってしまった。ルナールはもう少し部屋から見える雪景色を堪能したくて、窓際にある編み椅子に座る。

 ――……青色が、足りない。

 其の言葉を咀嚼していた。思えばルーキスは藍と金の瞳に、紅い鱗が点在している。己は紅に金の眸、紅い石が胸元にある。成る程、確かに己には“青色がない”。
 ないなら足せばいい。……そう思ってくれる奥方の、なんと愛らしい事だろう。お揃いが良いと思ってくれる其の愛らしさに、ルナールはルーキスを叩き起こして抱きしめてしまいたかった。
 一日目からこんなに嬉しい思いを貰ってしまっては、これから全ての日に甘やかして返すしかないじゃないか。
 ルナールは愛おしげに藍色の簪を見下ろす。其れをそっとテーブルに置いて、雪景色を眺める。ツバキの花が咲いていて、翠色に輝く葉に雪が積もっている。
 明日は何処へ行こう。
 明後日は何処へ行こう。
 娘や皆への土産は何にしよう。
 何より、この簪のお返しは何にしよう。
 ルナールは立ち上がり、隣の布団に入りかけ……思い直して、ルーキスが眠っている布団にそっと入り込み、彼女の小さい身体を抱き締めた。
 冠のような羽毛に口付けして、眠りに落ちる。長い長い休暇はこれから始まる。目一杯楽しもう、たまには休んだって誰にも責められるいわれはないのだから。
「……愛してる、ルーキス」
「……ん」
 其れが寝息か返答かは判らなかったが、背に回った細い腕が何よりの答えだった。

  • 湯は熱い方が良い、君の愛は冷めなければ良い完了
  • GM名奇古譚
  • 種別SS
  • 納品日2022年01月14日
  • ・ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535
    ・ルナール・グリムゲルデ(p3p002562

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