SS詳細
The beasts are hungry now!
登場人物一覧
●紅茶に溶かし
曇天の下、案内されたのは接待用の部屋だ。
ミヅハと幻介は依頼を受けた。山賊を狩る、という簡単なものだ。
然し依頼人たる領主の案内は重鎮が来たときのようではないか。こんなにも重々しい空気になるとは思っていなかった。
紅茶を入れ、給仕が下がる。アフタヌーンティーに添えられた菓子を簡単に手に取れるような空気ではなく、ミヅハは伸ばした手を引っ込め、熱々の紅茶を口に含んだ。熱い。
緊張した面持ちで口を開いた男は、知っていることを口に出す。
「山賊を、殺して頂きたいのです」
なんとも言えない空気。だって、依頼だもの。其れくらい知っている。
然し其れが重要なことであるから依頼というものが成されるのである。
「ああ、解ってる。こんな大金を積んだのにそいつらを倒すのが今回の依頼でいいのか?」
頷いたミヅハ。依頼人より受けた高額依頼の内容は想像していたよりもシンプルで『解りやすい』ものだったからだ。
というのも、依頼人である領主の老人がローレットに指定してきたのは、男であることとそれなりに腕の立つものであることを条件に、さらに森の中でも戦える者というなんとも厄介な相手が居ますよと言わんばかりのものだったからだ。
「ふむ……しかし、どうにもそこまでしなければならない理由が解らんのだが。性別を限定せずとも腕の立つ者は沢山居るしな」
幻介の疑問はもっともだった。依頼主の要望を纏めるならば男性、それなりの実力者で森に慣れている者。それくらいで大金を積む必要はあまりない。依頼とて慈善事業ではないのだ。報酬はなるべく少なく、できるだけ良い仕事ぶりを求めたい。けれど彼等は大金を出した。ただの山賊退治で、だ。
依頼人は、黙った。
言葉が出ないのだろうか。其れまでに行ってきた穏健なやりとりがあったからこそ、ミヅハと幻介は顔を見合わせた。
そして、依頼人の口から溢れたのは、怒り混じりのため息だった。其の怒りは二人に向けられたものではなく、今回倒すことを依頼した山賊に対するものだろう。
振り絞るような声とともに問われたのは、思いも寄らぬ質問だった。
「……飢えた山賊をご存知ですか」
「……?」
丁寧に整えたのであろう白髪が僅かに乱れた。なんとか平静を装っていたのであろう、幻介のついた穴から、微かな綻びが解け始める。
「女を襲い、男を殺し、子供を痛めつけ……村を潰しに来るんですよ」
「……被害者は」
「女は十人、男は十四、子供は……もう何人やられたか」
苦々しい顔をして俯いた依頼主は、其の手をぐっと握り込んだ。きっと其の被害者の中には彼の子供も入っているのだろう、なんとか怒りを堪えているに違いない。
「そうか……そりゃあ俺達の出番って訳だな。な、幻介!」
「ああ。であれば、早速縄張りを教えて頂ければ助かるのだが」
「……っ、助かります」
慌ただしく地図を取りに向かった領主。其の背を眺めながら、二人は温くなった紅茶を啜る。
「にしてもよ、女を襲ったところで何が楽しいんだろうな」
解かんねえよ。小さく呟いたミヅハ。聞いていて気持ちの良い話ではない。だからこそ一層の気合も入るというものだ。
「恐らくは……そうだな。楽しいからこそ襲っているんだろうさ」
「どういうことだ?」
「其の女が既婚者であれば、身体を汚すことができるだろう? 男なら働き手が減るし、家庭を持っていたならば女が外に出る必要が出てくる。不幸の連鎖だな」
「……」
「子供が痛めつけられる。まぁ、骨を折られたり、女であれば……一生傷になる。此れもまた未来を潰すという狙いなのだろうな」
「……最低だな」
「ああ。狩る必要がある」
用意されたアフタヌーンティーよりクッキーを口に運ぶ。優しい味だ。吃度此れも領民が用意したのだろう。こんなにも美味しいものを作れる人が、殺されたのだ。そう思うと、酷く苦しい気持ちにならざるを得ない。
「お待たせ致しました。お話しても?」
ぱたぱたと戻ってきた領主。二人が頷けば、領主はテーブルに地図を広げ、山賊が住まうという場所に赤でばつ印をつけた。
「あれは此の辺りに塒を持っています。其れから、此の辺りは高低差が高く見つかりづらいです。が、其の分動きがあれば直ぐに見つかるでしょう。東は川がありますが……其処も彼等がよくうろついていますので、ご注意を」
「…………此の、」
「はい?」
「此処の、高低差があるところ。崖とかがあるのか?」
と、問うたのはミヅハ。領主は首を傾げるも、頷いて。
「はい。希少な薬草が咲くところなのです。今は彼等の縄張りですので、近寄るのも難しいですが」
「そうか……此れと同じくらい高い木、近くにあるか?」
「ええ、ございましょう。此の辺りは広葉樹が多いので針葉樹と比較するとあまり高いとは言えませんが、すくすく育っております故」
「なら、決まりだな。俺が此の近くの崖と木を移動しながら狙撃する。此れは撹乱の意味も込めて。場所が割れて襲われそうになったら降りて移動して援護射撃だ」
とは言いつつも近接ができるのがミヅハである。今回は幻介の邪魔にならないように援護に務めるのだが。
「了解した。拙者は揺動だな?」
「おう。俺は近付かれたらキツイしな。頼めるか?」
「勿論だ。じゃあ日暮れに行こう。まだ外は明るすぎるし、罠を仕掛けるにはちょっとばかし不向きだ」
「じゃあ飯でも食っていくとするか。領主殿、どこか美味しい店を教えて頂けるだろうか」
「は、はい……其れなら――」
呆気にとられる領主を横目に、二人は作戦を練り決定。余りにも簡単なやりとりに領主は不安げな顔をしていた――が、其れが懸念に過ぎないということを知る。
「領主殿、此の店はとても美味しかった――朝飯も此処で食って帰りたいくらいに」
「もうマジで美味しかったぞここ!!! 特にあの串肉なんかさぁ……今思い出してもよだれが出てくる。腹一杯で幸せだよ俺……」
「お、お気に召して頂けたなら何よりです……」
腹を擦り、幸せそうに笑い。そんな二人の様子に苦笑いする領主。
「よし、」「行くか」
「武器は持ったか?」
「ああ、沢山! 手数は多ければ多いほどいい。獲物が1匹とは限らないからな」
「今日は沢山居るようだ、唸れよ、ミヅハ」
「幻介こそ。頼むぜ相棒!」
空気が、変わった。
「それじゃあ、退治してくるぜ!」
「報酬の半分は店の飯に変えてくれ――絶品だった」
「其れ名案だな。さっさと終わらせてくるか!」
言葉こそ説得力はないものの、殺し合いに向かう彼等の表情は本物だった。
「――……どうか、ご武運を」
●不条理
世の中は不条理に満ちている。
例えば、思いがけぬ事故で腕を失ったり。
例えば、思いがけぬ災難で心に傷を負ったり。
そういったことで満ちているのが、世の中だ。
(――……手を出したのならば、出される覚悟も出来ているということだろう?)
先に構えたのは幻介だった。
山賊たちの塒、其の門へと只近付いて。
「おい、また一人餌が来たぞ!」
「今度はどうやって殺してやろうか」
一歩。後退の様子を示した幻介。山賊たちは下卑た笑みを浮かべながら其の背後に周る。
「おっと、此処がどういった場所かは理解してんだろ? 簡単に逃げられると思うなよな」
「まぁ、逃げようとしたやつもみぃーんな殺してやったけどな!」
ぎゃはは、と汚い笑みが木霊する。笑っていないのは、幻介唯一人。
「おい、こいつ何も言わねえぞ」
「聞こえてまちゅかー?」「おいおい、そりゃねえって!」
「まずは悲鳴から聞かなきゃ、なぁ?」
切れ味の悪いであろう大きな鎌を振りかざした山賊の一人は――
「――刃物の振り方がなっていないな」
腕を、失う。
「は?」
「い、いってええええええええ!!!!! 糞が、ぶっ殺してやる!!!」
「糞とはお前たちのような糞……いや、其れは糞に失礼で御座るなあ。まぁ其れ以下のお前達に使う言葉だ。解るか?」
「んだと、テメェ」
「簡単には死なせねえぞ」
「奇遇で御座るなあ、拙者『達』も其の心算なんで御座る――」
彼が俺と告げないのは仕事に含まれるなどと思っていないからだ。こんな屑を殺すことは只の手慰みに近い。蚊が居たら殺す。其のようなもの。気に入らないから殺すのだ。沢山の人が傷つき悲しんでいるからこそ、憎いのだ。
ミヅハも其れを理解していた。狩りの何たるかを理解していない下品な行い。美しくない其れ。泥よりも汚く、品がない。
――お前達が味わわせた苦しみを、何倍にもして返してやる。
ミヅハと幻介が共に立てた誓い。痛みを。苦しみを。与えてから、殺す。
沢山の人を傷つけ、殺めた罪は何よりも重い。だからこそ、地獄よりも酷い苦しみを。制裁を。
「だから、死ね」
縦一直線に振り下ろした斬撃は山賊を竹のようにスパン、と割り斬る魔性の一撃。其れは命を喰らっても止まることを知らず、森を駆け突き進む。
「おっと……やり過ぎてしまった。もう少し苦しめる筈だったのだがな」
『おい幻介! 揺動もいいけど俺だってちょっとは肩慣らししたいんだからな! 俺の分も残しとけよ!!』
耳につけた無線越しにミヅハが笑う。此れくらいがプロローグには丁度いいと。だから幻介も笑う。元より狩りの心算で殺しに来たと。
狩りとはそもそも一方的なもの。彼等の行う其れは狩りなどではなく只の暴力であり虐殺。只の暴力に近い。狩りとは弱き者の代わりに仇なす全てを駆逐するものなのだ。
「解っている……多分。まぁ、獲物は早いものがちだ。山賊流にな」
『うるせー! 今から火炎弾飛ばしたって良いんだからな!』
「おい、其れは森が燃えるから駄目で御座るよ。やるならもっと……毒とかの方が」
『毒ならししてないだろ! まったく。とりあえず今から撃つからな! 誤射に注意だ!』
「了解した。まぁミヅハ程の腕前なら俺の誤射などせんだろうに」
『圧かけんなよ! ――行くぞ!』
「応」
始まりの合図はたった一つの鉛玉。山賊の一人の目を穿ち、貫く。
「は?! っ、ああああああ!!!」
「行くぞ」
神速、神を断つ其の動き。身体を斜めに切り裂いた幻介は、踵を返して森の中へと突き進む。
「おい! 逃がすな、あいつを殺せェ!!」
おおおおおおおお、と怒号が響く。
「あーうるせえ……無線ってやつは此れだから」
耳が痛え、なんて目を細めたミヅハ。空に向けて弓を構え、放つ。無計画に放ったのではなく、計画的に。
「悪い奴らに帰る家なんていらねえよな?」
其れに、どうせ死ぬんだし。口笛混じりの其の一撃は、適格に塒を貫いた。幻介を追い遅れたものは惨たらしく矢に貫かれて死ぬ。
「狩りってのは、どこまでも一方的でなくちゃあいけないんだ」
『ミヅハ、二つ目のポイントに着く。罠はどこだ?』
「木の枝一箇所切っておいた、其の木の根を大きく飛び越えろ!」
『了解した!』
「追い込みは上々、だな! あとは俺に任せろ、幻介!」
ミヅハの指示通りに木の根を大きく飛び越える。其の先に合ったのであろう古典的な――しかし確実に効く落とし穴。下にはたっぷり毒を塗った槍を設置したものは、効果的に山賊達を貫いた!
「うわああ?!!!」
「くっそ、くそォ!!!! 森は俺達の森なのに!!!」
「残念ながらお前達ではなく俺達に味方したようだな」
『普段からの森の変化に気付かねえならお前達の森じゃあねえよ。どうだ、俺の罠は!』
森を駆ける。駆ける。駆ける。
ジグザグに。木を越え、根をくぐり、川を越え。そして最後のポイントに辿り着く。其処は、ミヅハが控えた広葉樹の下だ。
しかし。
「予定より小賢しい奴らだった、数があまり減っていない。どうする?」
『幻介がちょっと間引いてくれ! 遠くに居る方でいい、あいつらは罠の中には入らないからな』
「解った。ミヅハは其の儘アイツラを頼む」
『あいよ!』
幻介は山賊の肩を踏み、飛び越え、そして――
「悪いな、此処で仕舞だ」
裏咲々宮一刀流肆之型、華嵐。風の流れを読み、くるりくるりと舞うように敵の間を流れ、斬る。
ミヅハは構えた。
「行くぜ――!」
大樹の剣にして、新芽の矢――ミスティルテイン。
敵を射抜く其れは、深緑の魔剣の再現。美しき緑は軌跡に芽吹き、敵を只一直線に嬲り、喰らうのだという。ミヅハの魔力に触れて手元で魔力の葉を散らす其の矢は、危険だと本能に告げさせる恐ろしい業。
「ま、待て、俺たちが悪かった! だから、どうか命だけは、」
「そう云ってきた人達を皆殺したのはお前達だろうに」
「狩る者が、逆に狩られる側に回った気持ちはどうだ?」
「あ、あ、あああああ――――!!!」
一切の躊躇なく。ミヅハは其れを敵の中へと放った。
かくして、山賊たちは二人に狩られたのだ。
●其の獣は空腹だ
「あー、なんていうか。勿体なかったな」
「ふむ?」
「もうちょっとぱぱっと殺せたかもしれねえなーって思ってさ」
「まぁ確かに。今回は少々多彩だったな」
「まぁ、死ぬ前なら色々感じたほうが良いかって思ってさ」
「後付だろう?」
「ちぇ、バレたか!」
朝に帰るつもりが凝って昼になってしまった。
領へと歩いた二人を領主が出迎える。
「嗚呼、良かった、お戻りにならないかと!」
「ちょっとばかし遊びすぎちまったぜ。ただいま!」
「拙者は腹が減ったで御座る……飯にしたいのだが、構わないで御座るか?」
「勿論でございます。店を用意していますから、」
「やったぜ! 俺があの串を全部貰ってやる! お先だ!」
「あーーっ!??? 待てミヅハ、待てぃ!!!」
仕事を終えたばかりだというのに賑やかで騒がしい二人に領主は笑った。
ようやく安寧が返って来た。其れもたった二人の活躍によって。
「あ、まだ森には入っちゃいけねえってみんなに伝えてくれ」
「どうしてでしょうか?」
「多分まだ残党が居るだろうし、あとは遺体の片付けもしねえとだからな」
「大人でも辛いだろうに、子供が見るには酷過ぎるからな。片付けまでやってこその依頼で御座ろう」
「……では、お言葉に甘えさせて頂きましょう」
青い空が広がる空。
只の二人の男が齎した笑顔。
其の領にとって久しい平穏が訪れた。
其れを当たり前だというように、二人は走った。まるで、只の平凡な日常を味わうかのように。
おまけSS『平穏に住まうひと』
●はらぺこ
「おい! 其れは俺のシーザーサラダだろ!」
「注文したのは拙者で御座る。そういうなら串を返すで御座るよ!」
「うるせー! もう今頃俺の胃液で溶けてるし!」
「ならあげません、自分で頼むことで御座るな!」
食べ物は逃げないと解っていても、其れでもやはり美味しいものはたらふく食べたい。
依頼疲れもあり、二人は頼んでは食べ、頼んでは食べを繰り返していた。
「おい幻介、此れすっごく美味しいから食ってみろよ!」
「こっちも美味しいで御座る、交換するで御座る!」
「おう!」
美味しい美味しいと食べるは良いが、二人で店を貸し切ってしまった。
そんなことはつゆ知らず、店を営む夫婦の子供らしき幼子が二人に近付いた。
「おにいちゃんたちはだあれ?」
純真な其の瞳。微笑んだ幻介。
「只仕事をしに来ただけのイレギュラーズで御座る」
「おにいちゃんたち、とってもつよいの?」
「ああ、強いぜ! さっきも悪い人をこらしめてきたんだ」
頭を撫でながら語るミヅハ。
「えへへ、そっか。ありがとう、おにいちゃん!」
「おう。困ったことがあったらいつでも呼んでくれよな!」
「拙者たちが直ぐに駆けつけるで御座る」
「うん!」