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すげかわり

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鹿王院 ミコト(p3p009843)
合法BBA


「子供が、消える?」
 村の現状を説明する男の物言いに、何か引っかかりを覚えたナナセは、話の途中であるにも関わらず、思わず、言葉を返していた。
 土の香りがする男だった。おそらく、長年畑仕事に従事しているのだろう。痩せているが、衰えてはいない。刻み込まれた皺のひとつひとつに、誠実さと実直さが見えるような、そんな男だった。
 男は村の代表だというが、特別裕福であったり、高い地位にいるというわけでもないらしい。それは村に着いて通された男の家と、出された白湯が物語っている。
「はい、子供が、消えるのです」
 男は今しがた口にしたそれを、表現に、物言いに違いはないと説明するかのように、そう繰り返した。
「拐われる、ではなく?」
「はい、拐われる、ではございません」
「では、隠れる、ではなく?」
「はい、隠れる、ではございません」
「では……いいえ」
 ナナセはその先に発しようとしたそれを飲み込んだ。男は、村は、子供を失っているのだ。そこにあまり、残酷な言葉を投げかけるものではない。
「子供らは山に入ったわけでも、森に潜んだわけでもありません。小さな村です。子供らが遊んでいるところは、いつだって大人の眼についている。危険を冒そうとすれば直ぐに伝わります。だというのに、子供たちは日を追う事に、ひとり、またひとりと、夕飯時になっても帰ってこなくなるのです。消えたと、そう言うしかないのです」
 ああ、なるほどと。ナナセハ合点がいった。
 村を総出で山を洗うなど、森を巡るなど、とうにやったことなのだ。それでも子供らは見つからなかった。当然だ、子供たちは山になど、森になど入っていないのだから。
 子供たちは村を出ていない。村にいながらにして、姿を消したのだ。
 捜索の限りを尽くし、邏卒の協力を仰ぎ、飯も喉を通らず、夜も眠れず、そうしてほとほと困り果てた末に、ナナセに、鹿王院の縋ったのだ。
 如何様な力でも、消えた子供を取り返してほしいと。
「そして、おかしなことがもうひとつあるのです」
 なんとも説明をしづらそうに、男は語る。
「子供らが、まだ消えていない、残った子供らが、まるで誰も消えていないかのように振る舞うのです。日に日に子供は消えているのに、皆が揃っているみたいに遊んでいるのです。外は危ないと、子供が消えていると諭しても、聞きやしません。今日も消えた子らを含めて遊んできたかのように語るのです」
 男の言葉に熱が入り始めた、その時だ。
「爺ちゃん、遊んでくるよ!」
 その声に、男はびくりと身を震わせた。
 顔は強張り、肩が震えている。
 真実、恐ろしいのだろう。自分の孫が、ではなく、得体のしれないことが起きている今現在が、何もかも。
「……爺ちゃん?」
「あ、ああ、行っておいで」
 男は果たして、笑えていただろうか。孫を愛する祖父の姿を、見せされていただろうか。
 ナナセの位置からは、どうにも影になっていて、その表情を伺うことは出来なかった。


「まーよーえまーよーえ」
 昼下がり、村一帯を見て回るナナセの眼に、遊んでいる子供らが見えた。
「ふたごのもどきのおおさまはー」
 その様子を見るべく、彼らに近づいていくと、次第にその姿が鮮明になってくる。
「ひーとになく、ひとりなく」
 鮮明になるほど、彼らのわらべうたもまた、大きくなっていく。
「なかせたおとなをゆるさないー」
 視界に映る子供たちが増えていく、増えていく。
「みーぎ、ひだり、みーぎ、みぎっ」
 その歌が終わるのと同時に、彼らはいっせいに、ぐるりと首をひねり、ナナセを見た。
 それはじっとこちらを見ている。じっと、じーっと、こちらを向いている。
「やあ、驚かせましたか?」
 子供らは動かない。小さな村だ。外の人間というのは非常に目立つ。子供心ながらに警戒しているのだろう。
 だがこれは、嗚呼と、ナナセは合点が行く。
 なるほど、この子供らは確かに異質のものだ。
 じっとこちらを見上げていることが、ではない。子供たちの数が、多いことが。
 距離が近づくに連れ、子供たちの姿は鮮明になり、視認できる数も増えていく。それは近づけば、近づくほど増えていく。許可を得れば、子供らの輪にも入れそうな程の距離まで近づいて、やっとわかる。
 なるほど、たしかに子供たちが誰も消えていないかのように振る舞うはずだ。
 この近さなら、誰も消えていない。子供たちはみんな、ここにいる。ナナセの眼にも、そう写っている。
「邪魔をするつもりはありません。どうぞ、続けてください」
 そんな事を言いながら、立ち去る素振りも見せないナナセ。それを非難するとか、追い出そうとするとか、そういったことはせず、子供らは怪訝な顔を浮かべながらも、また遊び始めた。
(さて、これはどういうことだろう)
 子供たちはこの距離では誰も消えていない。この距離限定で言えば、何の異変も起きていないことになる。
 しかし、異変は現実に起きているのだ。事実、大人たちは子供らがひとり、またひとりと消えているのだと認識している。ナナセの仕事は、この異変の解消であるのだ。見えないものを、近づけば見えますよ、などと嘯いて帰ることは出来ない。
 では、この異変の正体はなんだろう。仮説を立ててみる。
 ①異変は現象である。何らかの異常現象により、子供らは『集団』かつ『至近距離』でなければ視認できなくなっている。
 ②異変は見えている子供である。実際に子供らは消失し、残った子供だけが存在しない仲間を見せられている。
(問題は、どの子が消えた子なのか、わからないことだ)
 そう、この場にはもうひとつの異変が発生している。
 ナナセは今、子供たちひとりひとりを判別できないでいた。やっと全員を把握できるようになった距離。この距離まで近づいてから、誰が誰だかまるでわからないのだ。
 先刻顔を見たはずの、依頼を話した男の孫さえもわからない。ひとりひとりは顔が全く違うはずなのに、それぞれの特徴を見分けることなど難しくはないはずなのに。
(長期戦は避けたかったが……)
 もしかしたら、解決の術は村の他の場所にあるのかもしれない。村の全容を、ナナセはまだ把握していない。それでもこの場に留まることを選んだのは、術士、鹿王院ナナセとしての直感であった。


 うまくいった。
 またひとり、増やすことが出来たと、それはほくそ笑む。
 この村の住人は愚かだと、そいつは嘲った。
 ひとり、またひとりと仲間が消えているというのに、その標的となっている幼い個体すら制御できていない。おかげで随分と力を蓄えることができた。この分なら、そろそろ子供はまとめて頂いても良いかもしれない。
 そうすれば次は大人だ。震えて孤立している彼らを、橋から順に追い詰めてやろう。
 もう、村全体が自分のものになった気がして、そいつは笑う。だがその姿に、遠くからでは消して見えないはずのそいつに、声をかけるものがいた。
「まあ変則的にではありますが、概ね②というところでしょう」
 驚いて振り向くと、そいつは昼間に見た、村外の人間だった。どういうことかと訝しんでいると、人間は表情を変えないままで言う。
「見えていることに不思議はないでしょう。この距離なら近づけば目に入る。それはそちらのルールじゃありませんか」
 それは正しい。だがそんなことは問題ではない。近づけば確かに見える。だが、近づかなければ見えないのだ。それなのに、どうやってこの人間は自分に近づいたというのか。
 それに、おかしい。この人間、どうして、どうして、眼がみっつもあるというのだ。
「ああ、気が付きましたか。この眼、そうですね。わかるんですよ、人間でないなら、一度決めれば、どこまでだって追いかけられる」
 その意味は、そいつにはわからなかった。だが、この人間は何らかの手段を持って自分を追いかけ、こうして近づいたのだ。
「おや、思いの外余裕がお有りのようだ。それとも、危機意識が足りないのですか?」
 人間が近づいてくる。手を伸ばし、ゆっくり、撫でるような仕草で。
「はい、これでおしまいです」
 しかしその手は頭には置かれず、細い首にかかり、ゴキリと音を立―――暗転。


 どさりと、それはナナセの手から落ちた。
 人間の子供、のようなものだ。
 それに擬態した何かだ。
 そいつは子供を奪い、それに取って代わり、子供らの群れに混じっていた。
 そうしてひとり、またひとりと、子供たちの輪の中で自分の仲間を増やしていく。すげ替えていく。
 力の弱い怪異はいつだってそうだ。ずる賢く、攻略されない方法を考えて、遅効性の毒のように浸透し、力を蓄えていく。
 こいつで、最後の一体だった。一晩の内に片付いて良かったと、思いながら自分の手を見る。
「―――ふむ」
 子供のような、何か。
 その細い首をすべて締め、折り、絶命させてまわったのだ。この手にはまだその感触が残っている。
 細い、無垢のような、柔らかいそれを―――
「ひとまず、泊まるところを探さないと」
 今しがた葬った怪異のことなど気にも止めていないというふうに、ナナセは立ち上がり、懐から端末を取り出すと、耳に当てた。
「ああもしもし、イチカですか? 遅くなってしまって、どうやら今日は外泊するしかないようです。夕飯は不要だとお祖母様に……え、イチカもまだ帰っていないんですか? どうしました、話してご覧なさい」

  • すげかわり完了
  • GM名yakigote
  • 種別SS
  • 納品日2021年12月31日
  • ・鹿王院 ミコト(p3p009843

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