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幻想に咲く

登場人物一覧

かんな(p3p007880)
ホワイトリリィ

 鬨の声と、地の底からこみ上げるようなうめき声とが飛び交っていた。平原の草の緑に、飛び散る血の飛沫が赤く、目に突き刺さるようであった。
「押せ押せ、押せっ!! 背中を見せればやられるぞ!!」
「いぎっ、ぎゃああっ!? 俺の、俺の腕がっ、あぁあぁ!」
「くそっ、ロバート!! ロバートォっ!!!」
「そいつはもうダメだ!! 諦めろ、そいつごと突けッ!!」
「畜生、ちくしょぉぉおおっ!!!」
 二勢力のぶつかり合い。遭遇戦であった。幻想の外れ、領土を警邏中の騎士団と、平野を行く死霊の群が激突したのだ。
 戦況はあからさまな騎士団の劣勢。それもそのはず。死霊の群れはその数二〇〇超、対する騎士団は五〇名ばかり。数の上で圧倒的な差がある上に、死んだ騎士は呻きながら立ち上がり屍の軍に加わってしまう。瞬く間に半数近くの味方を失い、失った味方がそのまま敵の戦力となるのを見た騎士たちの胸に、重い絶望が影を落とす。
「くそ……!!」
「こんなところで……ここまでなのか……?」
 警邏は、簡単な任務のはずだった。ここ数年、目立った事件は起きていなかったのだから。日暮れには家に帰り着き、それぞれの家に帰って疲れを癒やして、明日からも何気ない日常が続く――そう信じていたのに、蓋を開ければこの有様。じりじりと退がる騎士団を嘲笑うかのように、死霊の群れの真ん中でローブの人影がカチカチと歯を鳴らした。――骸骨だ。人骨を組み合わせて作られた杖を持っている。先端には幼子の頭蓋骨、その両眼にはよどんだ輝きを放つ宝珠が填まっていた。――見る者が見ればわかっただろう。その骸骨こそが、奥義の修得の涯て、己の身の死さえも超克した死霊術師ネクロマンサーであろうということが。
 カチカチ。カチカチカチカチ。
 笑うような死霊術師の所作に習うように、腐りかけの、朽ち果てた、あるいは死にたての生ける死体リヴィングデッドどもが、冥府から突き上げるような、不快な響きで笑った。腐った声帯と死に立てで緩んだ声帯が、人間の声を真似する響きというのは、それだけで生きとし生けるものの戦意を削ぐかのようだ。
 生き残った騎士らにもはや戦う気力はなかった。そんなものは、冥府に落ちたかつての同胞が立てる、地獄の歌めいた笑い声に根こそぎ持って行かれてしまった。ああ。自分たちもあの列に参ずることになるのか。嫌だ。死にたくない。助けてくれ――
「くそっ、笑うな……笑うなよッ!!」
「来るな……来るなっ、来るな、バケモノどもォ!!!」
 剣を、槍を、縋るように持って振り回しながら退がる彼らを追い詰めるように、死霊たちは右翼と左翼に陣を広げて押し包み始める。それはまるで騎士たちの絶望を煽りたて、いたぶりながら殺すためにそうしているかのようだった。
 徐々に狭まる包囲網。背中を見せれば、即座に食ってかかられることがわかっているからこそ、騎士たちは背中を見せられない。
 死への秒読みが続く。受け入れられない絶望の中で、一部の騎士たちが玉砕覚悟で打って出ようとした、まさにそのときだった。

 死の匂いのする戦場に、不意に白い風が吹いた。

 騎士たちの目には、それはまさにかすむ雪風のようにしか見えなかった。
 死霊たちとてそれは同様だろう。その証拠に、白風が掠めた一角にいた死霊、十体ばかりのうち一体たりとも、その風を避けることができなかったのだ。
 風が吹いた瞬間に、十体のリヴィングデッドが、手と足と臓物をぶちまけられたかのように飛び散った。――轢殺ではない。斬殺だ。激突した質量により飛散したのではなく、何か鋭利なものでばらばらに解体されたのだ。
「――は?」
 騎士の一人が、間の抜けた声を上げた。草いきれを跳ね散らかしながら制動した白い飄風の正体が――白百合めいた、可憐な一人の少女だったためである。新雪のようにきらめく長髪に、よく研ぎ澄まされた刃のように美しく光る銀の瞳。真っ白なフリルワンピース。
「……死は確かに、すべての命にいつか平等に訪れるもの。けれど、これはきっと違うわよね」
 少女は呟く。鈴を転がすような声。どこからどう見ても美しいただの少女なのに、その両手には一組の双剣があった。『雪白の二対』。時の流れを加速させ、あらゆる障害を瞬時に撃滅する白の刃。混沌肯定による制限を受けてなお、その威力。騎士団を一方的に蹂躙していたリヴィングデッドを、ただの一瞬で十体、再起不能なまでに葬ってみせるなど、もはや人間業ではない。

 少女の名は、『ホワイトリリィ』かんな(p3p007880)。
 生と死の狭間に身を浸す永遠の白百合にして、この事態を察知した特異運命座標イレギュラーズの一人である。

『……!!』
 驚愕したかのように一歩退く死霊術師。かんなは銀の瞳を鋭く眇めた。動揺を示したのは死霊術師、その一体のみ。という事は、意思を持っているのは彼奴を措いて他にない。
「死してなお享楽のために人を殺すモノを、捨て置けはしないわ」
 かんなは弾丸のように跳ねた。遮る死者を二刀で悉く解体し、空中に汚泥めいた血液を撒き散らしながら驀進する。信じがたい速度。それだけ派手に敵を蹴散らしながらも、飄風纏い走るかんなの衣服には血の一滴すら染みない。
 死霊術師は飛び退きながら、全く唐突に現れた脅威に対抗すべく魔術を行使した。『死霊の結合』。斬り散らされた死体ばかりか、未だ五体を止めている死体たちまでもがバキバキ、めきめき、ぐちゃぐちゃと音を立てて寄り集まり、輪郭を失い、『結合』する。それは冒涜的な粘土遊びのようだった。でたらめに組み合わされた死体たちが、瞬く間に数メートルの巨体をした、頭部のない人型めいた肉人形コープスゴーレムへと姿を変える。
 後方で騎士団の兵たちの嘔吐く声が聞こえる。かんなは秀麗な眉目を不快げに歪め、「悪趣味」と吐き捨てるように呟いた。
 速度を落とさずに突貫する。
 雪白の二対による斬撃で肉を断ち再殺すれども、敵の魔術はその死すら超克する。命のあり方を歪め、死霊を永遠のモノとして使役するのがあの骸骨の死霊術なのだろう。――それは命に対する侮辱にして、無上の冒涜に他ならぬ。
「――在るべき形に還してあげる」
 哀れみを以て、その鎖から命を解き放つと謳う。
 かんなは雪白の二対の顕現を解除。捻れて収束する顕現武装『ナンバーレス』を、即座に五つの塊に分割した。分割されたナンバーレスが高速回転、白光帯びる球状となり、かんなの周囲を衛星軌道を描いて周回し始める。
 地を蹴り、さらに加速。
 振り下ろされるコープスゴーレムの拳を掻い潜る。一打、二打、三打、地面を揺るがす戦槌めいた重さの一撃が、土をまくり上げ砂埃を巻き上げた。――もうもうと立ちこめるベールめいた砂埃を斬り裂き、かんなが駆ける。四打目を避けるなり跳躍、ゴーレムの腕を駆け上り、空中高く跳躍。手を伸ばし、跳ね、自身に群がるように集まる五体のゴーレムを眼下に見下ろし、かんなは嘯く。
「眠りなさい」
 顕現武装、過剰顕現ナンバーレス、オーバーレブ
 五つの光球となった顕現武装の表面に白いスパークが走り、沸騰したかのように波立つ。
 ――ああ。あるいは、儚嵐はかなきあらしとは彼女自身のことなのやもしれぬ。
 かんなは、空中で竜巻めいて回った。一、二、三、四、五ッ!!!! ほぼ同時連続で蹴り出された五弾の顕現武装が暴走し自壊。弾けるなり、眼下すべてに破壊と死の嵐を撒き散らす。
 裏術式、『儚嵐』。その五連発動。いかにも優しげなその名とは裏腹、この術式の前で儚いのは、晒されたモノの命である。
 五体のゴーレムが、空間ごと破砕された。まるで天から視えぬ戦槌が降ってきたかのように、超威力の面的攻撃に圧し潰され、地に染みた。――それは完全なる破壊だった。いかなる死霊術とて、その有様となった死体を即座に再度使役するなど不可能。
 地面にふわりと降り立ち、かんなは膝をたわめ前傾姿勢。顎をそびやかし死霊術師がいこつを睨む。
 空の双眸に、恐れるような光があった。
 残った数体のリヴィングデッドを回りに集め、身を守ろうとしているのが視えた。
 ――だが、詰みだ。
 数体程度では、次の斬撃を防ぐに能わぬ。
「報いと沙汰は、地獄で受けるのね」
 かんなは弾けた。踏み込みの激しさに、足下で血の泥が同心円めいて爆ぜる。顕現武装再構成。――形を成すのは、死そのものを固めたかのような長刀。
 突撃するその終端速度は音速を超える。自分が立てた足音さえも置き去りにし、かんなは直進。叫ぶようにかっと顎を開いた骸骨らに擦れ違い様、ただ一撃だけ胴薙ぎを振るった。
 敵数対とすれ違うようにしてかんなは制動し、敵を背にしたまま血振りをするように刀を一振り。宙に溶かすように顕現を解除した瞬間、敵群の体は例外なく、上下二つに断たれて崩れ落ちた。魔力も生命力もすべてを吸い尽くされ、ただの死体に成り果てて。
 ――神速一閃。それはすべての『力』を食らう魔性の刃。
 名を、『鬼歌』。
「……」
 かんなはかすかに息を吐き、その場に敵がもういないことを確認して、踵を返す。
 まだ足を止めている場合ではない。
 彼女の絶技に目を丸くしている騎士団の生き残りたちを、領地に返してやるという仕事がまだ残っているのだから。

 ――彼女がいなければ死霊の列に参ずることになっていたはずの騎士たちは、道中、彼女を大いに称えたという。
 おお、魔を寄せ付けぬ美しき白百合。幻想の空に咲く、久遠の花――と。

  • 幻想に咲く完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2021年12月30日
  • ・かんな(p3p007880

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