PandoraPartyProject

SS詳細

ゆめゆめ忘れることなかれ

登場人物一覧

綾敷・なじみ(p3n000168)
猫鬼憑き
越智内 定(p3p009033)
約束
越智内 定の関係者
→ イラスト

 無ヶ丘高校の都市伝説。誰も知らないクラスメイトが一人増えているという噂。
 一人分だけ多く、座席が用意されている。それも、古めかしい何時の頃に使っていたのかさえ分からぬ学習机だ。
 新品に備品が替えられても尚、その机は一年生のある教室に置かれている。入学式の日に、無人でありながら異質な窓際、一番後ろの席。その場所に鎮座した机に誰もが違和感を覚えるはずだ。翌日、登校すればそんな机はどこにも置かれていない。旧校舎から拾ってきたのかと認識するような椅子も机も新品に取り替えられ、黒髪の少女が座っているのだ。

 ――入学式にあんな子見たっけ?

 ――てか、誰? あの子名前はなんだっけ?

 そんな声が口々に上がる。だが、その違和感も一瞬で忘れ去るのだ。ああ、そうだ。彼女は現川 夢華。夢ちゃんじゃないか。
 誰もがそう認識する。どこに住んでいるかも、部活動も知らない。どこのクラスかも分からないが、彼女が窓際の席に座って挨拶してくれたことだけ分かる。
 放課後、一人で廊下を歩いていると『夢ちゃん』と会う事があるのだ。「もう遅いですよ」と揶揄うように笑ってくれる彼女は何時だって古めかしい背表紙の本を持っている。
 下校時刻が迫る頃に「早く帰らないと」と急かす彼女に「夢ちゃんもね!」と返して帰る生徒は数多い。

「夢ちゃんってさ」

 だが、彼女だけは違った。綾敷なじみ。紫苑の色の髪に帽子を被った彼女はクラスでも変わり者だった。
 無ヶ丘高校には存在していなかったオカルト研究会を立ち上げたばかりの新入生。制服の下から覗いた猫の尾は『不思議ちゃん的アクセサリー』だとクラスメイトに揶揄われる。
 それでも彼女がクラスで浮かないのはその明るさだろう。誰にでも気安く、怪しいのに馴染んでしまう。どこにでも居るようで、どこにも居ない。そんな都市伝説紛いな少女。
 そんな綾敷なじみは現川夢華と呼ばれた少女の前に立っていた。
「夢ちゃんってさ、人間?」
 丸い瞳が不思議そうな色を灯す。その真摯な気配に夢華は「はい?」とこてんと首を傾いだ。首を傾いだ、と言うよりも勢いよく、あからさまに疑問であると分かり易いように『首を折った』と言うべきか。大仰すぎる仕草を前にしてもなじみは何の違和感も感じていない様子でもう一度同じ言葉を紡ぐ。
「どうしてそう思ったんですか?」
「夢ちゃんって、どこのクラス名簿にも名前がないよね。クラスメイトかと思ってたけど、違うみたいだし」
 流石はオカルト研究会。クラス名簿まで調べ上げたのかと夢華は小さく笑った。ならば質の悪いコスプレイヤーが紛れ込んで遊んでるとでも認識すれば良い。どうして人間であるかどうかの判断になるのだろうか。夢華は首を傾げたまま「それで?」となじみに問いかける。
「皆、夢ちゃんが無ヶ丘高校の子だよって言うんだ。けど、どこにも存在してない。存在してないのに、存在してるって変だよね。
 それって全然馴染んでない。でも、馴染んでるんだ。だからね、なじみさん……夢ちゃんって『同じかな』って思ったんだ」
 そう告げる彼女は帽子を取った。頭の上には猫の耳。普段は髪で隠している彼女には人の耳と呼べる部位が存在していないか――否、本来なら存在しているのだろうが、それさえ隠されてしまっているか。猫と同化した耳と尾は自在に意思により揺らいでいる。
「同じとは?」
「言いたくないかな」
 夢華はふと、顔を上げてから人の気配を感じてなじみを手招いた。素直に追従する彼女を連れて入ったのは伽藍堂の図書室だ。本来ならば巡回の教師がいの一番に確認して鍵を掛けるこの場所にいとも容易く入り込んでから夢華は椅子を引いた。
「お掛けくださいな」
「はあい」
 何の疑問も浮かべずに腰掛けるなじみに夢華は妙な違和感を感じた。どう考えても彼女はこちらを怪異であると認識している。だと言うのに、この緊張感のなさだ。猫耳や尻尾くらいならば現代技術でハイテクに動く可能性もある――と、言えど夢華は練達の技術的な物は分からない。そうかもしれないと感じた程度だ。
 にんまりと微笑んでいるなじみの前に座ってから夢華は息を吐き出した。先ずは、彼女がどこまで詳細を知っているかという話からだ。
「どこまで、ご存じですか?」
「悪性怪異:夜妖<ヨル>。私は『夜妖憑き』で、この子……自分に引っ付いてる子に代償を払っていること位かな」
「そこまでご存じならば結構です。お察しの通り、無ヶ丘高校の都市伝説。『うしろのあの子』だとか『一人増えたクラスメイト』の私は夜妖です。
 ですが、そんな不思議で不可思議なだけの生物ではないのですよ。現川夢華は、そんなクラスに一人増えちゃう程度のドッキリ妖怪ではないのです」
 夢華が微笑めばなじみは「だよね~!」と手を合わせて喜んだ。普通ならばたじろぎ、驚き、怯えるものだが彼女はやけに嬉しそうなのだ。
 何事か口をはくはくと動かしたように見えるなじみは「あ、聞こえなかったよね、ごめんね。この子、私の言葉を食べちゃうみたいなんだ」と肩を竦める。
(言葉を食べるのが代償――? そんな易い品で許してくれるような存在が憑いているようには見えませんけどねえ)
 夢華はなじみをまじまじと見詰めてから困ったように「ふふ」と笑った。
「猫鬼ですか?」
「おお、何でも知ってるねえ! そう。私に憑いているのは猫の鬼。そうは言ってもそんなにちゃっちいもんじゃないぜ?
 なんと、私に憑いているのは私のお父さんからの遺伝でさ。よくある話だよね。血筋を呪う。血筋を恨む。根絶やしにして、全てを終わらせる。まあ、そういう生き物なのさ」
 にんまりと笑ったなじみはつらつらと己の知っている事を話し続ける。それは彼女も患者として通う澄原病院から齎された情報なのだろう。
 例えば猫鬼びょうきと呼ばれるのは種類はあるが彼女に憑いているのは殊更に厄介な生き物らしい。彼女の父親は希望ヶ浜の外――詰まり、練達の研究者であるそうだ。なじみは詳細には知らないが恨まれるべくして恨まれた人であるそうだ。夢華は彼女のかんばせの面影を何処かのテレビで見たことがあるような気さえした。
(この顔――ああ、希望ヶ浜の停滞を許さずとした博士でしたか。近未来の技術を入れて再現性東京を拒絶したとか言う。5年以上前に失踪したとは聞いていましたが……)
 その博士と名字は異なっているが、母親がバッシングを恐れて彼女には旧姓でも名乗らせていたか。天真爛漫な少女ではあるが存外過去を背負って生きているようである。
 だが、まだその頃は年端もいかぬ少女だったなじみには詳しいことは分からないだろう。父親が人に恨まれるような仕事をしていたことを聞いただろうがあくまで他人事。
「――と、言う訳なのさ」
 彼女の父は呪い殺された、と言うことだろう。それも旧式で古代的な術式で。それこの『無数の恨みを集めて、より強い恨みが形を為した』とでも言うべきか。それが彼女の父だけではなく家族も全て呪えというならば遺伝的に彼女に憑いているのも理解は出来る。蠱毒のように呪いが積み重なってより強力な物が猫の形を模した。それが『猫の蠱毒』と呼ばれた猫鬼を形作り彼女の内部に生きているならば。
「どうして貴女は言葉だけで代償を払えてるんでしょうね?」
「んー……居心地が良いんだってさ。私という生き物が、猫鬼にとっては居心地が良い。
 そもそも、恨まれたのはお父さんだから、なじみさんと居ることが居心地が良いならそれ程積極的に手出ししないんじゃないかな? それに、言葉は財産だ」
「財産ですか?」
「そう。猫鬼は財産を奪う。だから、なじみさんの体をじわじわ痛み付けながら、なじみさんが最も価値があると思った言葉を食べちゃうんだ」
「なんともまあ!」
 くすくすと笑った夢華は「貴女は面白いですね。もうすぐ死にそうな顔をしているのに、随分と長生きするつもりなんですもの」と手を叩いた。
「私は悪性怪異:夜妖<ヨル>。その正式名はバンシーです。
 虫の知らせと言ってください。私と会えば近いうちに誰かが死にますよ」

 ――ばん。

 大きな音がしてからなじみの肩が跳ねた。カーテンの閉められた図書室の窓を見詰めるなじみに夢華は「見ない方が良いですよ」と首を振る。
「……誰が死んだの?」
「3年生の副担任です。小川野先生ってご存じですか? 幸の薄い、少しおどおどとした女性です。
 最近、顔色が悪かったでしょう。どうにも、プライベートでも酷い事があったようでして。私、死んでしまいそうだなって思ってたんです」
「それって、貴女がいたから?」
「いいえ、いいえ。私はあくまで予言者です。死を予言して、死を予期して、死を忠告するだけ。それ以上はしませんよ。
 ええ。この学校に居るのは『誰かに伝えやすいから』。時々、貴女のような夜妖憑きと出会えますし、街で私が死を予見しても誰も信用してくれませんからね」
 何処かで都市伝説にでもなっておけばそれは信憑性を増す。彼女は死を予期する生き物だ。故に、死を予見したならば誰かに告げねばならぬのだ。
 そうしなくては現川夢華という存在が終わってしまう。現川夢華と名乗った女の子で居るためには、現川夢華として誰かに認識されて、誰かに死を告げるだけ。
「……先輩は怖くなりました?」
「ううん。夢ちゃんこそ、私と出会ってびっくりしたでしょう?」
「ええ、まあ」
 夢華と向き合ったなじみは「私のこと、どう思った?」と問いかけた。夢華は聞かなくても分かることを問いかける彼女が可笑しくて目を細める。

「――もうすぐかな、と」

 その予感は何時だって変わらない。彼女の『腹』の中に存在する猫鬼が何時臓腑を食い破る気まぐれを起こすかは分からないのだ。
 故に現川夢華はずっと、彼女の傍に居た。彼女を居ていたのだ。彼女から感じる死の予感が、どこまで本物であるかが気になったから。
「じゃあ、夢ちゃんは、私の傍にずぅっと居てくれるんだね」
「そうですね。そう望んでくれるのならば、私は夢のように貴方の側に居ることは悪いことではないと思っていますよ。
 先輩が死ぬときは私が教えて上げられます。それって、先輩にとっては願った事でしょう。可愛い『貴女』であるためですから。
 ええ、けれど。私が側に居れば先輩は何時だって誰かの死を予見してしまう。恐ろしいとは思いませんか?」
 夢華になじみは「死ぬのは怖いことではないよ」とぱちりと瞬いた。
「お父さんだって、死んだ。お母さんだって、きっと『私ほど相性は良くない』から、この子が直ぐに食べちゃうさ。
 だから、怖くはないんだよ。誰かの死を予見したって。私は、寧ろその人を救うことの出来る誰かにお任せしちゃいたくなるぜ?」
 自分は救えないと彼女はそう言うのか。熟々面白いと夢華は目を細めた。屹度、彼女は『夢華の得た情報』をどこぞの誰かに――夜妖を祓う掃除屋や始末屋、祓い屋などと名乗る者達にあやふやな言葉でパスをするのだろう。成程、それならば『情報を財産として喰う猫鬼を満たせる』上に誰か見知らぬ存在を救う可能性さえある。
「ああ、夢ちゃん、私はなじみだよ。綾敷なじみ。だから、なじみって呼んで。先輩なんて言わないで。どうせ長い付き合いになるんだからね」
「じゃあ、なじみん」
「うん。夢ちゃん」
「私となじみんはどうせ死ぬまで離れられないんですものね。だから、仲良くしましょうよ。
 クラスメイトの皆さんと――『これから貴女が出会う』先輩達と過ごしている少しの時間くらい、仲の良い友達で居ましょうね」



「―――ん、な―――さん」
 肩を揺さぶられた気がしてなじみははっと顔を上げた。勢いが余りすぎて後頭部に走った痛みは「ごお」と奇妙な声を吐き出す『何か』に気付くきっかけでもあった。
 眠ってしまっていたのかカフェローレットのカウンターでは「あっち」と指さす音呂木ひよのの姿がある。アルバイトをしている彼女の困り顔を受けてから、そろそろと視線をやれば足下で蹲る越智内定の姿に気付いた。
「あれ? 定くん」
「お、おはよう……なじみさん。居眠りしてるからひよのさんが起こしてやれって。こんな所で寝てると風邪引くぜ?」
 なじみが見下ろせばテーブルの上には宿題が広がったままだ。問いの答えが分からないまま眠ってしまったのだろう。今日は客も少なく、夜妖事件も舞い込まないカフェローレットは静かそのものだった。aPhoneを見遣れば定が「どこに居る?」と連絡をしていた形跡が残っている。
「もしかして、なじみさんの事を探してくれてたのかい?」
「ああ、そうなんだ。ひよのさんにはもう言ってあるんだけどさ、次の休みに出掛ける計画をしてて……」
 aPhoneで出掛ける先のホームページを掲示しようとする定の横顔を眺めてからなじみはふと、思い出した。

 ――夢ちゃんってさあ、やけに定くんの事を気に入ってるよね?

 ええ、そりゃあ。だって、なじみんったら先輩のことをお気に入りではないですか。
 だから私も興味を持ったんです。先輩の傍に居るんじゃないですよ。私はなじみんの傍に居るから先輩の傍に居るんです。

 ――ふうん。まあ、私と定くんは仲良しだからね。ひょっとして定くんが死ぬのかなあなんて思っちゃったよ。

 いいえ、先輩よりなじみんの方が死んでしまいそう。ですが『私は死を告げる』んです。なじみんの死を告げるなら、先輩ほど適役はありません。
 だから、私は先輩と仲良くなろうと思うのです。私の此の悪辣さに気付いたって先輩は優しいから拒絶なんて出来ませんよ。
 私を殺したって、私を詰ったって、綾敷なじみを殺すのは猫鬼か、はたまた、その他。私はあくまでも貴女の死を予言するだけなのですから。

 ――それならいいや! 定くんや、皆が死んじゃったら私は悲しいからね。私が死ぬ最期まで、よろしくね夢ちゃん。


「……って、聞いてるかい?」
「え? んー。うん! 勿論。聞いてないよ」
「ええ……どうしたのさ。なじみさん。今日はぼんやりしてるけど、体調とか悪い?」
「違うよ。夢ちゃんのこと思い出してたんだ。今日は学校で会わなかったなあって思って」
 ふうん、と首を捻った定は屹度、気付いて居ないのだ。カウンターの奥でひよのが妙な顔をした事に。
 それは『現川夢華が何処かに現れて誰かの死を予言したと言う事でしかない。彼女が誰かの死を予見した事に他ならない。
 夢華が居ないから、どうしたという定の疑問に対して、なじみは「ふふ」と笑った。
 今は、気付かなくて良い。
 彼女のその性質も、彼女の在り方も。綾敷なじみが死ぬその間際まで――楽しい先輩と後輩で、友達で居てくれさえいいのだから。
 そうすれば『現川夢華はひとりぼっちなバンシーではない、普通の無ヶ丘高校の女の子』で居られると、綾敷なじみは知っているのだ。

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