PandoraPartyProject

SS詳細

アイの求め方

登場人物一覧

チャンドラ・カトリ(p3n000142)
万愛器
冬越 弾正(p3p007105)
終音
冬越 弾正の関係者
→ イラスト

●愛とは
 練達のとあるカフェ。今日は珍しい二人がカウンターで注文の品を待っていた。
 やがて注文した飲み物を受け取ると、揃ってテーブルに着く。
「今日はわたしのような者をお誘い頂きましてありがとうございます。嬉しく思いますよ、弾正」
 少し奥まったソファ席。チャイの湯気を燻らせて礼を述べたのはチャンドラだった。
「いや、礼を言うのはこっちの方だ。こんな話ができるのは……チャンドラさんくらいしか」
 その対面。チャンドラより遥かに大柄な弾正は、珈琲のマグをテーブルに置いた。暗い液面に店の照明が映って揺れている。
 弾正がチャンドラを誘った理由は『悩みの相談』であった。
「信頼もまたアイです。わたしから求めることは致しませんが、アイして頂けるのは喜ばしいこと。ましてや、ただの一度の出会いしかないわたしにたってのご相談とは、どのようなお話か気になるではないですか」
 微笑んで顔を向けるチャンドラ。悪く思われていないことは安堵しつつも、弾正はこの悩みをどう口にすれば伝わるのか、未だ言葉を選べずにいた。
 自由にアバターを作れるR.O.O内はともかく、現実の自分は人に好かれにくい強面の部類であると思う。他の理由でも挫折や大失恋を繰り返してきた。『自分は人付き合いが上手くない』――それが、弾正の自己評価だ。
 それでも、嫌わないでいてくれる人がいる。絶対に嫌われたくない人がいる。
 だからこそ、今日はチャンドラに付き合ってもらっているのだ。
「実は……特異運命座標として、ではなく……」
 少しずつ、弾正は語り始めた。

 弾正はカルト教団『イーゼラー教』に所属している。
 そこでの活躍が認められ、《隠者ハーミット》様の配下になった。《隠者ハーミット》様とは『イーゼラー教』の幹部の一人だ。
 だが、弾正は《隠者ハーミット》様の顔を見たことが無い。指示を受けることはあるが、全てが人づてだ。
「きっと俺は《隠者ハーミット》様に嫌われているから、こんな仕打ちを受けているんだ。
 愛を知り尽くしたチャンドラさんなら、なにか俺が愛されるアドバイスをして貰えるのではと思って……」
 そこまで話すと、弾正は思い詰めたように言葉を切って塞ぎこんでしまった。
 藁にもすがる思いだったのだ。一度の出会いしか無い相手でも、愛を謳う彼なら何かをくれるのではと。確かな何かが欲しかったのだ。
 チャンドラは、首を横に振ると困ったように笑った。
「買い被りはいけません。わたしのアイとは、つまるところ独善でしかなく。知り尽くしたなど、とてもとても」
 それでも良いのでしたら、と。彼に促されるまま、弾正は顔を上げる。
「無関心でないならば、わたしはそれをアイと捉えます。主従でも、捨て駒でも、好きでも嫌いでも。存在を認識して頂けている……それはもう、アイではないでしょうか?」
「それは……」
 全くの的外れではない、と思う。「好き」の反対は「嫌い」ではなく「無関心」――とは、どこで聞いた言葉だったか。
 しかし、それでは弾正の問題は解決しない。弾正は好意的に愛されたいのだ。役に立って、会いたいのだ。言葉が欲しいのだ。

「おう、弾正! 面白そうな話をしているじゃないか」
「道雪サン!?」
 存在感も前触れもなくかけられた声に、弾正の肩が派手に跳ねる。
「おや、お知り合い様で? お話がおありでしたら、わたしは席を外しますが」
「いいや、むしろ俺が是非混ぜてもらいたい。愛がどうの……って聞こえたが? コイバナってやつか?」
 席を立とうとするチャンドラを、道雪と呼ばれた男が引き留める。更に発明家の性がそうさせるのか、弾正にはぐいぐいと突っ込んできた。
 彼こそは、教団への入団前から弾正を知る古い友であり、今は《隠者ハーミット》様の代わりに指示を伝えてくる同志でもある辻峰道雪であった。

●そのアイの名は
 話題が話題なだけに弾正は最後まで渋い顔をしていたが、《隠者ハーミット》様に関わることなら協力できるかもしれない――とまで言われると、結局押し負けてしまった。
 律儀に飲み物まで注文した道雪が席に着くと、話が再開する。ちなみに彼の飲み物は新発売&期間限定のラテだとかで、トッピングがすごい。色もすごい。爽やかに青い。どうして。
「どこまでお話ししましたか……ああ。ただ存在を認識して頂くだけでは足りない、というお話でしたか?」
 飲んでいたチャイを緩やかに置いたチャンドラ。その口からこれまた滑らかに発せられた話の総括に、弾正が盛大にむせた。
「そっ、そうは言ってない!」
「指示を貰うだけでは足りない、と。顔を見せて貰えないから困ってるなら、そういう事になるか?」
 隣では道雪も噛み締めるように頷いている。だから混ぜたくなかった……! とは弾正の心の悲鳴。
わたしにとっては、嫌うこともアイではありますが……好ましい相手に任務を下すのと、嫌う相手に下すのと。アイする意味が違うのではないでしょうか」
「と、いうと……?」
 聞き返す弾正に、チャンドラはそもそもの『組織』というものについて所見を語る。
 上に立つ者は好きや嫌いではなく、向き不向きで任務を任せるものではないのかと。
「それでも敢えて、好き嫌いで任せたがる方なのだとしたら……ええ、ええ。わたしはとても愛おしく思います」
「愛おしく……チャンドラさんが……?」
 己の頬に掌を添えて、溜息をついて愛を語る様は。疑問と同時に、弾正の胸の裡にざわめきを生んだ。
 彼が口にする『愛』が様々な意味を含むことはわかっている。
 ただ、自分が愛されたい相手を「愛おしい」などと表現されると、何かを感じずにはいられない。
「向き不向き、効率よりも優先される好き嫌い。わたしはこう考えます。
 好ましい相手に任務を下すのは、信頼ゆえ。下さないのは、庇護ゆえでしょう。嫌う相手に下さないのは、当然不信ゆえです。
 ……嫌っている相手に敢えて任務を下すのは、効率目的でないなら致命的なアイです。憎悪、という名の」
 嫌っている相手の成功など望むはずがない。つまりは、その任務を失敗しても構わない相手。いっそ失敗による失脚や死亡を望むような、恨みつらみ。妬み嫉み。
 あるいは、敢えて成功させることで別の苦難を味わわせたいか――とにかく、熱量のある憎悪アイだろうと彼は語る。
「考えただけで打ち震えてしまうほどです……それほど熱烈に、執拗にアイして頂けるなら」
 恍惚として語った後、チャンドラは「それで」と。
 結局、弾正は真実《隠者ハーミット》様に嫌われてアイされているのかと訊ねた。
「わからない。それがわかれば悩まない! 顔もわからない、声も聞いたことのない方なんだ!
 だが……与えられた任務はこれまで全うしてきた。厳しい任務もありはしたが、無理難題ではなかった……、と思う」
「…………」
 再び悩む弾正。問うチャンドラ。
 その二人を見つめる道雪の表情は、友人と共に困っているようなものであった。

 ――果たして、その内は。

(実に興味深い)

 『道雪を名乗る男』は、その実感情がわからない。
 経験と記憶からパターンとして推測はできても、感じることができない。
 感情表現も模倣や再現に過ぎない。
 ただ、感情を真の意味で会得したいという願いだけは真実だ。
 そのための手段は選ばない。それを悪と思う感情が無い。
 あらゆる犯罪に手を染め、かつては『イーゼラー教』とも敵対していたが、ある日自らの手でかつて所属していた犯罪組織を潰した。
 カルトに頼るような人間の心理を間近で観測できれば、素知らぬふりをして『上司の使者』を名乗り部下達に接すれば、きっと感情というものに近付ける気がしたのだ。

 ――彼こそは、《隠者ハーミット》その人なのである。

(感情のわからない私が、感情で指示を出すことは無い。しかし、そのように愛情を考察することが可能なのか。
 人の感情とは……ますます興味深くて、羨ましい。私も一度くらいは悩んでみたいほどに)

●愛されるためには
 《隠者ハーミット》本人に聞かれているとは本人以外の誰も露知らず、弾正の相談は続いていた。
「改めてお聞きしますが……弾正は『好意的に』『愛されたい』のであって。『愛したい』のでは、ないのですね?」
「『愛する』のは……まあ、な。というか、『愛されたい』ってのもまず部下として、信用されたい……って所からになるか?」
 話している内に、段々自分の感情も整理できてきたかもしれない。段々落ち着いてきた弾正の様子に、チャンドラはしばし考えるように視線を落として笑んだ。
「困りました……初めから、わたしと真逆ではないですか。わたしはアイされることを求めず、アイせるものを探す身なのですから」
「愛されることと、愛することと。愛情に違いがあるってことか?」
 訊ねたのは、弾正ではなく道雪だった。
 チャンドラは最後に残ったチャイを飲み干して、一息つく。
「アイする方が盲目的で、自由で楽しいですから。アイされるには、多くの努力と……忍耐と受容と、色々と。用意が沢山必要になりますので」

 ――報われなかった時、どうするかの用意も。

 紅を引いた唇が、訳ありげに弧を描く。
「さて……随分と長くお話ししてしまいましたが。アイされるための努力とは、随分と時間もかかるものですから。早速励んでみてください」
「努力と忍耐と、受容と……難しいが、参考にしてみよう。今日は付き合ってくれて感謝する」
 礼を述べると、弾正は空になった皆の容器をまとめて片付け、カフェを後にした。

「……」
 言葉も尽きる帰り道。
 愛されるための努力――とは。

おまけSS『とある千殺万愛と■■』

●アイとはつまり
「やあ。先日は失礼したね」
「貴方は、確か……道雪、と仰られましたか」
 弾正が悩みを相談した後日。
 いつものように弾正に指示を出した帰り道の道雪がチャンドラを見かけた。
「覚えてくれていたとは有難い。あの時はとても興味深い話をありがとう」
「お悩みの解決に至れなかったことは残念ですが、あれから弾正はどうされています?」
「ああ、彼なりに頑張っていると思うよ」
 にこにこと答えて、その姿を観察する。
 先日。愛について饒舌に語っていた口が、その最後には拒むように弧を描いたのを見逃す■■ではない。
「ひとつ、気になったことを聞いていいかな」
「ご随意に」
「もし、彼の愛が報われなかった時、きっとショックを受けるだろう。
 それを乗り越えるためのアドバイスなんかはあるかい」
「…………」
 彼はまた弧を描いたにこりと笑んだ
 確実に何かがあったのだ、『報われない愛』について。
 だが、下手に藪をつついて好感度を下げるような下策は■■は取らない。
「まあ、愛されてるかもわからない内からする話でもないね。聞き流してくれ」
「……これは、あくまでわたしなら、という前提ですが」
 正面を向いて振り返ったチャンドラは、金と銀の眼を輝かせて細める。
 楽しそうに、愛おしそうに。
「丁寧に、丁寧に。アイを教えて差し上げます。
 その瞳に正しく映るように。その顎が正しく名を呼べるように。腕も脚も、皮膚の全ても。心臓の鼓動さえも。全て全て、わたしの手で深く、深く。アイを教えて差し上げたいです」
「ははっ、それはわかりやすいや! わかりやすいのはいいことだ」
 どこか狂気的にも聞こえるアイの言葉を、道雪は軽妙に笑った。
 なぜか、愛のわからない道雪でも想像できてしまったのだ。これは肉体に直接刻み込む、愛という名の殺意だと。
 感情を得るために手段を選ばなかった彼だからこそ至れたイメージだとでもいうのだろうか。
「おや、何を想像されたのでしょうか?」
「言っていいのかい?」
「口にするのも憚れるようなアイは、わたしは持ち合わせておりませんので」
 軽口のようになっていた応酬に、思わずチャンドラから笑みが漏れる。
「……とにかく。少なくとも弾正は、そのようには至らないでしょう」
「……そう、かもな」
 言葉の上では彼に同調したものの、その本心は些か違う場所にあった。

 ――興味はある、と。

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