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或る日存在した「鍛錬風景」
登場人物一覧
「しっかし師匠、うちらの道場も有名になりましたなぁ」
「ったりめぇだ。…既にこの街の表立った武術系の道場は全て潰した。…道場主は皆再起不能。有名にもなるさ」
「その名声を聞きつけた道場破りどもは…全て前の道路で伸びてますしねぇ。それを恐れてか、サツ共も寄り付かねぇ。楽なもんですぜ」
ハッハッハ、と下品な笑いが、四方から一斉に沸き起こる。
――その笑いを中断させたのは、みしりと、道場の床が軋む音であった。
「――『真武刃流』。名前だけは大層なものだな」
そこに立っていたのは、功夫服の精悍な男。
腕を後ろに組み、まるで自分の家でもあるかの如く、道場へと踏み込んでくる。
「なんだぁ? 新しい道場破りか?」
短刀を肩に担ぐように持った、道場の一員らしき白服の男が、侵入者へと接近する。
「外で伸びてる奴らは見ただろ?あんたも――」
ドン。
「…木人風情が、口を開くな」
――白服の男が最後まで言葉を発する事はなかった。
震脚による床の軋みと共に、下段から打ち上げるようにして放たれた崩拳によって喉をつぶされ――そのまま拳に喉を貫かれ絶命していたのだから。
(――組まれた手は、弓を引くが如く、力を貯める為の構え…発すれば其の勢、雷轟が如く…八極拳か!)
他のメンバーが、その残虐さ、強靭さに恐れを成し、動けなかったその中でも。道場主の男のみは、心を落ち着け、状況を分析していた。
――功夫服の男の武術の種類は、理解した。ここで真武刃流側に利があるとすれば、数に勝る事。――そして、真剣を武器としている事。
功夫服の男の袖から覗く腕、そしてそれに刻まれた無数の傷跡は、彼が決して鋼鉄の身体ではなく、兵刃に対して『無敵』ではない。
――少なくとも、道場主はそう判断した。
「一斉に掛かれ!手を抜いたら劉のように一瞬で殺されるからな…10回でも100回でも、殺すつもりで刺して斬って蜂の巣にしてやれぃ!」
道場主の号令によって、一瞬にして統制を取り戻した男たち。四方から各々が兵器――長短異なる刃を、それぞれ構える。
「ゆけい!!」
号令と共に、怒り、そして恐怖に駆られた男たちが、一斉に突進する。
周囲全てを埋めつくす集団駆けが、功夫服の男――李 無月へと襲い掛かる。
(――八極拳は剄を発する際、その力を同時に全身に巡らせる事で奇襲や予想外の方向からの迎撃にも対応するという。だが、真剣ならば…傷がつかないはずはない。それは彼に刻まれた傷跡も証明している筈だ…!)
――常識的に考えれば、道場主の算段は合理的であった。
そこに唯一、誤算があったとすれば――『李無月は常識を超えた化け物であり、彼に傷をつけられたのは、それを上回るレベルの化け物である』と言う事だろうか。
「木人如きにやられるはずもない」
表情の一切が込められていない言葉が、放たれる。
渾身の力を込めて突き出された筈の刃たちは、全て、服を貫いた時点で――止まっていたのだ。
「フンッ!」
気合と共に腕を広げれば、暴風に煽られるが如く吹き飛ばされる男たち。壁に叩きつけられてもその勢いは衰えず、バウンドして今一度、今度は無月の方へと吹き飛ぶ。
「俺の糧として……疾く、砕けろ」
跳ね返った男たちを、両腕を広げてそれぞれ心臓を拳で貫く。
後方に跳ね返った者は向きをも変えずにそのまま後退し、鉄山靠で壁にめり込ませてミンチと化す。そのまま自身をもバウンドさせ、肩から前の男に突っ込み、柱に叩きつけて全身の骨を粉砕する。
「ひ、ひぃぃ!?」
――左右前後、4人を一瞬に殺害した無月に対し、さすがに恐怖心が他の感情を上回ったのだろう。
武器を捨てて逃げ出す者たちが出て来始める。
だが――
「今日、ここに、俺以外の生き物は一人として残らない」
一歩で追いつかれた。驚異的な脚力による跳躍。
力の『溜め』と『発し』に特化した八極拳の達人に掛かれば、このような芸当すら可能だというのか。
拳が腰椎にめり込み、一瞬で意識を刈り取られ、死に至る。
――暴風が吹き荒れた後、そこに立っていたのは、無月と道場主のみ。
「さすがだ。だが私も――」
「木人に語る言葉はない」
その道場主が刀を振り上げるよりもさらに早く、無月の拳は彼の眼前へと迫っていた。
「…フン」
拳についた血と肉片を振り払う。
無月の目には、今までに殺害した道場の男たち等、誰一人として映ってはいなかった。
その目に映るはただ一人。自身が挑むべき、『最強』たる者のみ。
「…必ず、乗り越える…!」
――彼が立ち去った後。そこに残ったのは、血と肉に塗れた、煉獄のみであった――