SS詳細
たった1つの、忘れられない日常。
登場人物一覧
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――バッテリー残量:98%
――充電完了。おはようございます、個体名:■■■■。
機械的な音声とともに、目を覚ましたCONRO。――と混沌世界では呼ばれているが、実際の名前はまた違う。メモリーの破損によって本来の名前が見えなくなっており、今や彼は商品名で呼ぶしか無い。
そんなCONROのメモリーの中、とある過去に起こった普通の日常が再生されていた。
充電器であるベッドから立ち上がると、数秒の停止。
CONROの自動チェックログが僅かな時間で何行にも渡って事細かに記されていく。
――チェック。破損箇所確認...
――頭部破損:なし
――脚部破損:なし。なお、多少の泥汚れ■■。
――腹部破損:なし
――各種センサー:全起動確認
――メモリー破損:■■。前日のチェックログを外部保存。
――バッテリー残量:98%
――チェック完了。ログは内部チップへ保存
――個体名:■■■■、次のチェックは6時間後です。
過去の記憶とはいえ、メモリー破損している現状では再生されない部分も出てきてしまっている。それでもチェックログにオールクリアと記されている以上、この時は問題なかったため大丈夫だったようだ。
あらゆる五感のセンサーが起動したことを確認すると、ベッドからゆっくりと立ち上がる。朝ごはんのいい匂いが部屋の中を包み込んでいるのがわかるが、それよりも前にCONROはある人物の匂いに気づく。
香ばしいパンの匂いで身体中が包み込まれていても、CONROにははっきりとわかる不思議な匂い。自分をこの家へ連れてきてくれた、オーナーである人物――。
「ギャゥン!」
そこに彼がいると知ったCONROは、ベッドを飛び降りて一目散に駆けてゆく。視覚のセンサーで落ちている物を的確に避けながら、嗅覚のセンサーで大好きなその匂いを辿って元気よく室内を走っていく。
「おお、起きたのか、■■■■。おはよう」
「ギャン!」
おはようと声をかけられたので、CONROもおはようとオーナーたる人物へと返す。昨日の出来事をメモリーの中から探り当てては、オーナーに向けて色々と喋りかける。
楽しかったね、また遊んでね、また一緒に行こうね……等、様々な言葉がCONROのメモリーの中を駆け巡っては口から発せられるが、その言葉は全て鳴き声へと変換された。
「はっはっは、そうだな、また昨日みたいに遊べる日を作ろうな!」
「キャオーン!」
CONROの身体の中を駆け巡る、喜びの感情。それは昨日与えられた感情とはまた違ったもので、CONROのメモリーに新たに刻まれてゆく。
朝ごはんを食べ終えたオーナーは、CONROの首に付いたセンサー付きの首輪にリードをつけて、散歩の準備を済ませる。CONROも既にメモリーに記されている『散歩の時間』であることははっきりとわかっているので、オーナーと共に外へと出た。
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冷ややかな風が、CONROの毛を揺らしてゆく。
それと同時にセンサーが起動すると、ログが流れていった。
――外気温:6度
――少量の路面凍結有り。オーナーの転倒に注意。
前日に冷え込んだ影響で路面凍結していることを注意されると、ぐい、とオーナーを引っ張って安全な場所へと連れて行く。オーナーから見ればそっちに行きたがっているようにみえるが、これはCONROなりのオーナーを守る方法である。
オーナーを滑らせないように細心の注意を払いつつ、いつものお散歩コースを歩くCONRO。秋も終わり、冬になったおかげかCONROのセンサー類も様々な警告をログの中に作り出していた。
歩いて少し経ったところで、CONROはピタリと止まってオーナーの顔を見る。
発生したログが多くて、今日のお散歩はやめない? といった表情が映し出されていた。
「クーン……」
「ん……そうだな、少し寒いよな。■■■■、今日は何処か寄り道をしていくかい?」
「キャゥ??」
あれ、そんなこと言ったかなぁと少し首を傾げたCONROだったが、オーナーが何処かに行きたいのなら一緒にお供したいと思うのが個体名:■■■■に生まれた感情。暖かくて、オーナーと一緒にいることが出来るのなら、お散歩じゃなくても良いかなという小さな感情が芽生えていた。
じゃあ、とオーナーが指差したのは、少し小洒落た喫茶店。ペットロボ同伴可能なこの喫茶店で、少し休もうかとオーナーは提案してくれた。
「ギャン!」
「じゃあ、ちょっと休憩だ。■■■■、寒かったのにごめんな?」
よしよしとCONROを撫でたオーナーが、喫茶店へ入ってく。
その後ろをついていくCONROが喫茶店の扉をくぐり抜けると――。
――ログ破損。これ以上の再生は出来ません。
――復旧作業...不可。致命的なエラーにより失敗しました。
――致命的なエラーにより、再生を終了します。
おまけSS『むしさん、ふんじゃった。』
――これは、再生より少し前の時間。
「クーン……」
「ん? どうした、■■■■」
家を出て数分後、CONROの身体は急に止まった。
ロボットなので排泄などはないのだが、オーナーがリードを引っ張ってもそこから動く様子はない。
何があったんだろうとオーナーが近づいてみると……。
「ありゃ……虫を踏んじゃったか」
CONROの足によって潰された小虫が、葉っぱと一緒にくっついている。
肉眼では捉えきれないようなサイズの虫だったが、センサー機能が完備されたCONROにはその感触がはっきりとわかる。
――なんか、きもちわるい! と。
「じゃあ、一旦おうちに戻ろっか。足が汚いままじゃ、お散歩も嫌だよな」
「キャゥン!」
「ついでにもうちょっと暖かくしような。今日、結構寒いし」
「キャゥーン!」
オーナーと一緒に家へと戻ったCONROは温かいお湯で足を綺麗にしてもらって、ついでに前日の汚れも綺麗にしてもらう。
虫さんにはメモリーのどこかで、ごめんなさい、と謝りながら……再び散歩へと繰り出したのだった。