SS詳細
ティシエール街、美味探訪〜年の終わりと初めの味〜
登場人物一覧
マシュマロの雪がこんこんと、白い雲から降り落ちて、そのマシュマロがふわふわと、柔らかく足元を包みこむ。
混沌の雪とはまた違う甘く大粒な冬の結晶を、えいっとその手に掴み取り、あむあむと口の中で噛み締めた。
陽光を受けた雪だるまのように少しずつ溶けて、広がって。最後には儚く消える、優しい甘さ。
まだまだ雪と一緒に過ごしていたくって、もう少し食べていたいけど、ここはぐっと我慢、我慢。
だって、今日はまだ、大きな楽しみが待ち受けているのだから。
いつものように店のドアを開けば、暖かな声と空調が、紫紡を頬から温めてくれる。
さて、今日の甘味はどんな味?
●ティシエールホワイトツリー&きらきらシャンパングラスを添えて
店内を鮮やかに飾るキャンディな電飾。或いは、来店した客を心身ともに温めるためにと灯された、クッキー造りの暖炉の炎。
今、紫紡の目はそれにも負けず劣らず輝いていた。なぜなら。
「ほ、ほう! ほほう! これが、限定メニューの……!」
そこには、ほんのりこんがり焼き目のついたマシュマロが、かまくらの様にこんもりと。
そこに、オーナメントのように輝くアラザンが散りばめられて。
さながらホワイトクリスマス・ツリーのような一杯が、彼女の目の前に立っていたからだ。
「かわいい……」
しかしなぜこのような見た目なのだろう、と小首を傾げていると、こんな事を教えてくれた。
「ティシエールに古くから住まわれている方々からお聞きしたのですが、この街には12月から1月に跨って征く年を偲び、来る年がより良くなることを願って、自宅の木を飾り付ける習慣があるそうで。それを参考に、ここの皆で考えてみました」
混沌で言うシャイネンナハトのような習慣が、この街にもあると言うことだろうか。
かまくらを割るようにさっくり刺したスプーンに、とろりとマシュマロが、そしてその中に隠れていた真っ赤ないちごのジャムが絡みつく。
注文を受けた直後にバーナーで炙るのだというマシュマロはまだほんのりと温かい。いつものクリームともアイスとも違う、柔らかくもちっとした食感に甘酸っぱい苺が絡んできて、嗚呼、なんと至福の時間だろう。
ツリーの幹にあたるグラスのうちにも目を向ければ、甘くずっしり、濃厚なチョコが染み込んだブラウニー。
ざくっとクランチの乗ったブラウニーの大地を割って、その中を覗き込めば、今度はトロットロなチョコレートソースがお目見えだ。
マシュマロとフォンダンショコラの木に舌鼓を打ちながらグラスを傾けたなら、その中でシュワシュワキラキラ、シャンパンの泡が弾けていた。
フルーティ&クリーミーな上層から、リッチで濃厚でほんのり暖かなチョコレートソース。その変遷を、爽やかな口当たりが心地よく後押ししてくれる。
ごちそうさまでした、と手を合わせる紫紡の元に、小さな箱が置かれた。
「はえ?」
きょとんと瞳を瞬かせる紫紡に、ウェイターはにっこり笑って語りかける。
「いつも私共のパフェを楽しみにしてくださるお客様へ、ささやかなプレゼントです。どうか、この街の素敵な冬をお持ち帰りください」
中を見ても良いですかの問に、どうぞと柔らかな声が返ったなら、彼女はシャイネンナハトの贈り物を解くように、そっとそれを開いていく。
箱の中に再現されたのは、街のシンボルたる噴水を模したチョコレート。
一見なんの変哲もないベッコウ飴の形にも、街の常連たる彼の女にはピンとくるところがあった。甘いシロップに満たされたハニー池とそっくりそのままの形をしているのだ。
他にも、ベークド通りの石畳を思わせる焼き菓子や、シュガーハーバーに眠る金平糖が飾られて。
奥にちょこんと居るゴーレムは、きっとソーダ味の飴なのだろう。
紫紡に送られたのは、ティシエールの街並みを再現した、小さなお菓子の詰め合わせだ。
しばらく感嘆の息を吸っては吐いていた彼女。しばらくするとようやっと顔を上げて、にっこり笑顔で告げるのだ。
「ほんとの本当に、ごちそうさまでしたっ!」
胸の中に小さなティシエールを抱えて、紫紡は街を後にする。
マシュマロの雪は、いつしか細やかな粉糖へと変わっていた。
おまけSS『とあるカフェ店員の独り言』
『折角だから、この街の風習を模したパフェを作りたい!』
商品開発の会議でそんな意見を出したのは、だれだっただろう。
確かにうちの店では毎月季節ごとの果物だったりを使っては来たけれど、そういえば、何かこの街のイベントとかと絡めたパフェ、というものはあまり作ってこなかったように思う。
実の所、僕もこの街に住み始めてからせいぜい数年といったところで、あまりこの街の歴史にも明るくなかったのだ。
兎にも角にも僕含めて、満場一致で次の期間限定メニューがその方向性に決まり、さて、どんなものを参考にしよう……と日々考えていた時。
「そろそろ、家の木を飾ってあげないとねぇ」
そんな風に呟いていた老婦人に、思わず声をかけたことが、今回の商品の開発に繋がった。
人が忙しく動いている時も、穏やかな日常を過ごしている時も、ただただ変わらずそこにある木。
主が不在の間もじっと帰りを待って、帰りをずっと待ち続けてくれる一本の木。
それにゆく年くる年の願いを託すのは、なんだかとても素敵なことに思えた。
皆とビジュアルや味についてもとことん話し合って、さて、今回のメニューが完成したわけだが。
『ねえ、いつも来てくれるお姉さんにも、何かプレゼントしようよ』
その言葉にも、僕はすぐに『賛成』と返した。
さて、次にあの人が来たら、いつものように歓迎して、いつもありがとうの気持ちを伝えなければ。
次はいつ来るだろう。その日が、とても楽しみだ。