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SS詳細

秋は永くも冬は越せず

登場人物一覧

冬越 弾正(p3p007105)
終音
冬越 弾正の関係者
→ イラスト

●音に貴賤はあるものか
「「もう、兄さんは何もしないで」」
 その声が頭から離れない。口にしたのは誰だったか、嗚呼、分かっている。弟だ。血を、否、魂を分け合った双子の弟、長頼。あの声は誰をも魅了する響きをしている。汚点というものが見当たらず、それらをすべて肚の中においてきてしまったかのようなできの良さをしている。嗚呼そうではない。そうではないのだ。長頼は。そうでもなければあれほど綺麗で人好きする声で澄んだ音に満たされているはずがない。だが、けれど、俺はついぞ長頼に嫉妬することこそあれ、恨むということはしなかった。できなかったのだ。魂と謂ふものが繋がっているような双子の弟を、誰が恨めようものか。己の好みを、己の在り方を、変わっていると言われても変えることが叶わなかった自分には、長頼のことを羨むことしかできなかった。『音』の因子を持つ秋永一門にとって、何者かが生み出した音よりも自然本来の生まれたる音が尊ばれることを、久秀じぶんは重々承知していた。それでも、久秀は人工音が大好きだった。人の手が加わるということに、自然から生まれる音ではない新しい可能性に、久秀は惹かれていったのだということを理解している。然るに父に「ヒャッハァ! ざまぁ見やがれクソ親父! やっぱ爆発音ってのは最ッ高だな!」などと悪態をついて自らを見よ、この爆発の音の妙味を知れと、声高に表現することしか出来はしない。久秀は知っているのだ。「ノイズだらけの子」などと言われてしまった自分の立場を、人工音を忌避する一族にとって異端の嗜好を持ってしまったその因果に思わぬところが無い訳ではないのだ。ただ、固定観念のなかで生きていくこと、その心根が哀れでならぬがゆえに、己が目立つことでその価値観ごと爆薬の音のように壊してしまいたかったのだ。長頼。長頼。長頼。誰もが弟の名を呼び手をのばすその状況。久秀に伸ばされた手はただひとつ長頼からのものだけで、どんな顔をすればいいのか皆目見当がつかなかった。別に頑張っていないわけではない。その年その日、久秀は柄にもなく必死に訴えかけ、一族の祭りを執り行う立場を手に入れた。その背景に長頼の手が回っていたことも、その祭りで何が起きてしまうのかもわからぬまま。斯くして執り行われた祝祭の席で、久秀の努力を嘲笑うかのように現れた不吉は人々へと恐怖を与え、悪意の音色を掻き立てた。颯爽と現れた長頼の行為に、久秀は心からの強烈な嫉妬と、それと同じくらいに強く志向していた彼からの失望に心が千千に引き裂かれる想いがした。久秀、という名すらも己には過ぎた長物であるかのように感じられた。深緑から出奔し、練達へ渡り、高名たる逸話を借りて『冬越 弾正』と名を改めた(偽名を名乗った)ことも秋永一門への静かな復讐心ゆえであったのやもしれぬ。久秀という価値観は鳴りを潜め、弾正という控えめな男がそこにはいた。名に語った冬を越えられる日は、未だ遠くにある。

●格好がつかぬ
「「もう、兄さんは何もしないで」」
 その言葉が口をついて出た数日後、久秀あには姿を消していた。
 秋永長頼にとって、久秀は魂を分けた双子であり、自らにないすべてを持って生まれた、敬愛すべき相手であった。
 人と接するのは得意だった。求めている音を奏でれば、そのとおりに響く相手のなんと御しやすいことか。声と所作で音を奏で、わかりきった音が返ってくるのは決して楽しいものではない。どちらかといえば、退屈だったのだと思う。
 だからこそ、強がりながらも人工音を奉ずる己のあり方を変えなかった久秀には酷く感心したことを覚えている。同じ肚から生まれた同じ血、同じ魂を分け合ったはずの兄はどこまでも自由だ。長頼はどこまでいっても『正解』から逃げられない。
 誰とも等しく接することができるということは、誰にも長頼自身が知られぬということでもあり。澄んだ音をしていると言われても、そう云う上辺をみているのだろうと疑ってしまう。だからだろうか? 久秀が己に向けてくる視線に、この上ない切望を覚えてしまったのは。
 「お前の兄は落ちこぼれだ」と人は言う。落ちこぼれたのは久秀を認められないお前達ではないか。
 長頼はそんな本音をおくびにも出さず「「兄さんの分まで僕が頑張るんだ」」と口にした長頼の姿に、秋永一門が向けた感嘆と、ほんのちょっとの憐憫の籠もった視線が忘れられない。
 長頼という才能への羨望とともに、兄がであるから頑張らねばならぬのだなという透けて見える見当違いの憐憫が鬱陶しい。
 僕はただ、久秀が劣っているように言われるのが我慢ならないだけなのだ。僕が秋永の人々の目をすべて奪えば、久秀へ向けられる非ぬ評価を含んだそれを打ち消せるだろうか。
 だから僕は、久秀へと手を差し伸べることを諦めなかった。
 姿を消したその日でさえも、屹度伸ばした手の向こうに久秀がいるのだと思ってた。
 祭りの日を前にして久秀が強く求めたことは、佳い切掛になると思っていた。思っていたのだ。
 だというのに、その日に限って現れた――どうにも理解できない――厄災は、祭りの主役である久秀を完膚なきまでに傷つけて叩き潰した。
 そんなのってあるだろうか。そんなことなどあるのだろうか。
(僕がそんな現実を音ごと吹き飛ばすから)
「「もう、兄さんは何もしないで」」
 久秀にいさんに悲しい思いをしてほしくはなかった。久秀の自由闊達な姿が好ましかった。
 だから僕がすべてを背負って久秀が思い悩むことのないよう、力を求めたのは事実だった。
 だから、魂を分けた久秀が自分の前から姿を消すまで、その本心は何一つ『聞こえて』いなかったのだと知った。然るにその目を塞いだ。
 話したいことがある。伝えたいことがある。ただただ口にしたいことがある。けれどそれには力が足りず、自分自身が秋永の家という薄い蜘蛛の糸の上で藻掻く羽虫だったなどと、その瞬間まで気付くことはなかった。
「「いつか手に入れられる力の為なら、兄さんと会える鍵になるなら、僕は僕であることだって捨てられる」」
 そう『格好つけた』自分が呼び声などに触れることはなかったけれど。
 それ以上に取り留めもなく戻る場所の無いところに足を踏み入れたのかを理解したのは、その男の甘言に乗って歪んだ音にまみれた里を見たあとだった。

おまけSS『離れざる魂の輪』

「長頼。お前は俺のこと、落ちこぼれだって思うか?」
「「兄さんは兄さんだよ。誰にも似てない一人だけの兄さん」」
「答えになってねえだろ。……お前は俺の音、忘れないでいてくれるか?」
「兄さん?」

「「忘れたことはなかったけど、兄さんは屹度僕の音を忘れてしまった。だから、今度逢った時は」」

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