PandoraPartyProject

SS詳細

Baby, Don't cry.

登場人物一覧

鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり
鹿ノ子の関係者
→ イラスト


「……ねえ、那岐にい。今日、お外で遊ぶ日だよね?」
「ん? ああ、その筈だけど」
「だよね……でも、なんでだろ。何人か、いなくない?」
「……?」
 微かに首を傾げた。
 その問いは確かに正しかった。今日は外で果物を取ったり、砂で遊んだり。そういったことをする日だと、母さんに言われていたから。だから、俺達は外に居た。それが誤算だとは知らず。
 母さんは俺に家への鍵を託し、買い物へと出掛けた。きっとこれは留守番の訓練なのだろう。部屋の中には刃物もあるから、きっと外の方が安全だ。そう、考えていたのだろう。それが甘いことは、今はまだ、知らなかった。
 いち、に、さん。指折り数えれど、確かにそこに『居たはず』の兄弟は、どこかへと隠れてしまったのだろうか、そこにはいなくて。少なくとも、俺の目の届くところに居てくれなくては困るから、面倒な気持ちにふたをして。運動には丁度いいのだと己を鼓舞して、重い脚を引き摺って。
「鹿ノ子、しばらくここを頼めるか?」
「うん? いいけど、どこいくの?」
「チビたちを探しに。あいつら、部屋の中にいるかもしれないし」
「そぉ? さっきは外で見た気がするけど……わかった。僕に任せて」
「ああ、頼んだ」
 家の鍵を開けて、扉を潜る。
「おーい、お前ら。今日は外の日だぞ」
 と、叫ぶも、しんと。人が居ない時の声の響き方をして。一応カントクセキニンというものはあるから、ノックをして此処の部屋を覗いていく。が。
「……なんでいねえんだろ、あいつら」
 不自然なほどに静かな部屋の中。窓の外からは楽しげな声が響いている。やはり気のせいか、それかトイレにでもいっているのだろう。
 なんて甘い考えを抱いて、俺は外へと戻った。いなかったと鹿ノ子に伝え、今度は森を往く。
 うっかり迷い込んだのか、それとも鬼ごっこか。いずれにせよ森に居るのはあまり望ましいことではない。
「おーい、お前ら、俺の目の届くところに居ろよな」
 声を挙げる。が、届いた素振りはなく、先ほどの在り処にのみ聞こえたきゃらきゃらとした笑い声が耳を撫でる。
 おかしいな。そんなに遠くに行けるはずもないのに。
 陽光が落ちる森は弟妹たちも愛するものだった。奥へと行き過ぎれば、モンスターや野生動物達に襲われる危険性もはらんでいる。実際に彼らの正体を母さんたちと確認したし、何より一人で森に入るのは危ないと何度も何度も言い聞かせてある。だからそんなはずはないだろうとは思いつつも、小さい子は何をするかわからないのが経験則だ。
 鍵を任された以上は、今は俺が最年長だし。迷子になって帰ってこられなくなって、遺体で見つかりましたはもっといやだ。

 辺りを見渡したその時。

「ん゛ーーーーッ!!!! う、ん゛ーーーーーーーーッ、フーッ!!!!!!」
「や、めてっ、離して!!!!」

 確かな違和感が、そこに存在しているのを、俺は理解した。
 日常に芽生えた非日常。その芽を。俺は。俺は。

「その手を、離せっ!!!!!!」

 俺は。


 盗賊だ。
 刹那、理解した。孤児おれたちのなかには、希少種が故に家族が居ないものだっているのだ。それを見越し、密売にでもかけるのだろう。俺の身体は咄嗟に動いていた。冷静さなど、置き去りにして。
「クソッ、気付かれたじゃあねえかよ!!」
「おい、餓鬼一人だけなら何とかなるだろ!! こいつも捕まえて殺しちまえ!!」
 ギラギラと金属が、ナイフが煌めいた。それでも、まだチビたちが人生を終えるには早い。早すぎるのだ。
 盗賊のひとりに体当たりし、チビたちを逃がす。
「おい、逃げろ!! 鹿ノ子に伝えろ。走れッ!!!」
「な、なぎ、にぃ」
「早くッ!!!!」
 気迫。涙を浮かべたチビたちは、家へと走った。
「クソが、お前っ、何しやがる!!」
「うるせえ! 俺の家族に手を出すな!!」
「黙れ! 痛い目見せてやる!!!」
 拳の雨。痛みの嵐。
 羽交い絞めにされ。
「う、グ、ああああああ!!!!!!!!」
 翼を折られ。
「やめろっ、やめろ!!!!! あっ、ああ、あああああああ!!!!!!!!!」
「うるせえ! もっと潰してやろうか?!」
 指を切られ。
 それ以上の惨き痛みを。ただ、恐怖を与えられ。
 かくして、俺のちっぽけな人生は、生を終えるかと思われた。

『かわいそうに』
『力が欲しいのね?』
 くすくすと、耳を撫ぜる甘やかな響き。
 下衆な男たちの笑みが霞んでいく。守れないままに、死んでしまうのか。
 それは、嫌だ。
『家族を守るちからが、ほしい?』
(おまえは、誰だ?)
 心の中で問いかければ、声の主はもったいをつけるように溜息を吐いた。
『そんなことどうだっていいじゃない。ねえ、力を貸してあげましょうか?』

(ああ)

「おい、こいつ死んじまったぞ」
「まぁいい。死体もバラせば金になる。家を燃やして餓鬼を追い込め。皆売るぞ」
「おう!」
「兄貴も悪っすなあ~」

(俺は、力が欲しい)

 それは、世間では原罪の呼び声クリミナル・オファーと呼ばれるものだった。
 けれど、そんなものはどうだっていい。俺は、家族を。

「かぞく、を。まも、る」

 力が、溢れる。
 これが、愛なのだろうか。腕を振るえば男達は細切れになって散ってしまった。
 こいつらが悪いのだ。だから、仕方ない。死んでしまったって、仕方ない。

「……鹿ノ子は、」
 大丈夫だろうか。
 チビたちも、見に行かなくては。
 やけに軽くなった身体。翼を波打たせ空を飛ぶ。燃えた屋敷の玄関。そこにチビたちは集まっていた。
 ただひとり。涙をこぼす鹿ノ子。チビたちは不安げに鹿ノ子を囲むが、それを振り払って鹿ノ子は逃げ惑う。
「な、んでっ、ううっ……」
「鹿ノ子……?」
「ひっ!!」
 俺がそっと声をかける。安心したように振り返るが、その瞳には怯えの色が滲んだ。
 すとん、と力が抜けた様に崩れ落ちる鹿ノ子。身体を支えようと手を伸ばすも、後ろに後ずさりされてしまっては、どうしようもない。
「鹿ノ子、落ち着け」
「い、いやだっ、来ないで、こないでよぉ!!」
 燃えた家。血に濡れた俺。『なぜか姿を変えた家族』。酷く取り乱した鹿ノ子。声は、届きそうにない。
 はぁ、はぁ、と酷く泣いた鹿ノ子の近くにしゃがみ、俺は笑った。

「……つらいなら、今は忘れてもいい。でも、いつか必ず迎えに行く」
「……」

 鹿ノ子は答えない。頭を撫でようと伸ばした手。
「嫌ぁ!!!!!」
 それは、弾かれて。鹿ノ子は森の奥へと、逃げてしまった。
 虚空に下りた手は、血に濡れて。姿を変えていた。
(……俺は)
 小さくため息をついた。そんな俺を、呼ぶ声がする。
「那岐にい」「那岐にいさま?」「いこうよ」
 どこへいけばいいというのか。
 俺達は帰る場所すらも無くしてしまったのに。けれど、俺は最年長で。お兄ちゃんだから。だから。
「……そうだな、往こう」
 俺たちだけの、世界へ。

 振り返れば、鹿ノ子の姿はもう遠くへと消えてしまった。
 あの笑顔を見ることは、もう無いのだろうか。
 神なんて信じちゃいないが、それでも願うならば。
 どうか……もう泣かないでほしい。
 お前が泣くのは、みたくはない。

 だから。

「鹿ノ子……」

 もう、お前が泣かなくていい世界に、なりますようにベイビードントクライ

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