SS詳細
冬の朝はあなたと
登場人物一覧
霜が降りていた。外を歩く人々は分厚いコートを着込みながら寒そうに身体を丸め、冷たい風に顔を赤く冷やしている。秋はいつの間にか終わり、寒くなってきたと思えばすぐに冬が訪れる。毎年のことと言えど、身体は冬に慣れるまで時間がかかるようで天気予報で今日は昨日より暖かいとは言っていたけれど、実際、昨日との違いがまるで分からなかった。欠伸をし、エストレーリャ=セルバ(p3p007114)は寝ぐせのついた髪を手櫛で撫でつけ、冷たい朝に目を細める。鼻先がツンと冷えている。そろそろ、雪が降るかもしれない。冷えた空気を大きく吸い込みながら、エストレーリャは今日はとてもいい日になりそうだと思った。理由は無いのだけど、何だかウキウキする。
「まずは部屋を暖めないとね……」
エストレーリャは寝室で眠るソア (p3p007025)の為に──すぐに冷え冷えとした部屋をストーブで暖め、やかんに水を二人分注ぎ、一週間前にソアと買ったお揃いのマグカップとコーンスープの粉末を手に取り、薄い唇から息をそっと吐き出した。息は白く、煙突から吹き出した煙のように真っ直ぐ進み、冷たい部屋に消えていった。エストレーリャはコーンスープの粉末をマグカップにさらさらと落としていく。とても良い匂い。甘くて優しい香り。そういえば、ローレットに立ち寄った際に誰かがコーンスープに胡椒を入れると美味しいと言っていたけど本当なのだろうか。そんなことをエストレーリャはふと思い出した。ソアが起きたら、胡椒入りのコーンスープに挑戦するか聞いてみよう。エストレーリャは微笑む。大切な人とのひと時は、全てが忘れられない思い出となる。火にかけたやかんから心地よいリズムが聞こえだす。そろそろ、ソアが起きてくる頃だろうか。ガスコンロの火を消し、沸騰した湯をポットに注ぎ、エストレーリャは掛け時計を見つめ、首を傾げた。
「あれ、ソアが起きてこない……?」
そうなのだ。いつもなら、
「ねぇ、エスト。ボク、明日は寒いから起きられないよぉ」と。その時、エストレーリャはソアの額に口づけ、じゃれ合うように抱き着き、「じゃあ、ボクがソアを起こしてあげるよ」とにっこりと微笑んだのだ。
「ソア……有言実行の時間だよ」
エストレーリャは唇に人差し指を当て可笑しそうにソアが眠る寝室に向かう。スリッパで抜き足差し足、忍び足。
「むにゃ……んん……」
エストレーリャが寝室に向かっている頃、ソアは一人、夢を見ている。そう、とても賑やかで暑い夢を。
「おーい!」
「おーい!」
「犬は見つかったのかな……?」
海の家でソアはそれが至極、当然であるかのように呟く。人々は砂に隠れた白い犬を探し、ソアは顔よりも大きなチョコレートドーナツをしっかりと両手で支え──客も店員さえもいない海の家で頬張っている。
「……こんなに美味しいんだもん。半分、エストにお土産として持って帰るんだぁ……」
波の音を聞きながらソアはポトリと服に落ちたチョコレートにハッとする。服が汚れちゃう。パッと胸元を見れば、落ちたはずのチョコレートは何処にも見当たらなかった。それにソアはワンピースの水着を着ていた。さっきまでセーラー服を着ていたはずなのに。水着に描かれた無数の漆黒のこうもりは、紅い目を光らせ、人々を眺めている。
「なぁんだ、これなら問題ないね! 汚れたらあのオレンジ色の海に飛び込めばいいんだもん!」
視線をオレンジ色の海に向け、ソアは夢中でチョコレートドーナツを口に含みながら、エストレーリャを想った。お土産も良いけど、エストレーリャと一緒に食べたらもっと幸せで美味しいのに。エストレーリャは、今日は
「!! あれ、地震?」
金色の大きな目をより大きくし、柔らかな耳をぴんと立てソアは心地よく揺れている。揺れているのは、
「あ……エスト飼育当番はぁ……もう終わったの……? あのね、此処にチョコレートドーナツがあって……エストの分もちゃんとのこし……あれ……?」
きょとんとし、エストレーリャを見上げる。食べていたチョコレートドーナツは欠片さえ残っていない。口の中にはチョコレートドーナツの美味しさが鮮明に残っているのに。
「飼育当番? 何を飼っていたのかな。ソア、ドーナツは美味しかった?」
楽しそうにエストレーリャは笑った。ソアはきょろきょろし、何度もエストレーリャを見つめる。夢を見ていたのだと気が付く。
「うん、美味しくてエストにお土産にしようと思ったんだ。ええと、多分、でっかい狐かな……忘れちゃった」
「ふふ、ソア可愛いね。それとお土産をありがとう。きっと、夢の中のボクが美味しく食べたと思うよ」
「うん……そうだと思う」
ソアは満足そうに頷き、瞼が重くなっていく。ぽかぽかの布団と大好きな人。安心し、またすぐに夢を見てしまう。
「ソア?」
耳元で聞こえる優しい声にソアは薄目を開ける。
「んっ、んん……? あ、エストだ……んんっ……」
「ソア、起きて? 朝の時間だよ?」
エストレーリャはソアの肩をそっと揺らす。
「ううん……エストしゅんみん……あかつきを……覚えずだよ……だから大丈夫だよぉ……」
ソアはもぞもぞと布団の中に顔を埋めていった。
「ソア、それは春のことだよ?」
エストレーリャは布団を少しめくり、ソアを見つけ──目を細める。愛おしくて、とってもかわいい人。
「うん……でもぉ、こんな寒い日にお布団から出たら冷え冷えになっちゃうよぉ……ボク風邪を引いちゃうかも……」
ソアは布団の中でぶるりと震えてみせた。
「大丈夫だよ、部屋は暖かくなってるよ」
エストレーリャは微笑む。
「そうかなぁ……ん……」
ただ、ソアの瞼は重いようで抗うことなく、すぐに目を閉じてしまう。これぞ、布団の魔力。
「……ほら、すぐ目を閉じない。また寝ちゃうの、ソア〜? 二人でコーンスープでも飲もう? ぽかぽかになるよ」
エストレーリャはにっこりしソアの頬に口付ける。
「ん~~……」
目を閉じたまま、身じろぎをするソア。エストレーリャは指先でソアの頬を優しくツンツンする。
「ん~~んん……コーンスープ……エスト、くすぐったい……あのねぇ……瞼がボクに閉じてってお願いしてるんだ。布団もホカホカぬくぬくで……今、お布団から出たら絶対後悔しちゃう! エストもそう思うでしょぉ? だって、今、驚くくらい寒いからね……お布団から出て……もう一回寝たいなって思ったとしても……お布団は冷え冷えでガーンってなっちゃう……それだったら……今、二度寝した方が幸せだと思うんだ」
ソアは力説し、エストレーリャを見つめる。ソアはとっても眠そうな顔をしている。エストレーリャは笑う。ソアの言う通りかもしれない。だって、布団の中にいるソアは幸せな顔をしているから。同じ幸福を感じたいとエストレーリャは思った。
「……エストも一緒にお布団に入ろう?」
もぞもぞと両手を伸ばしたソアがエストレーリャの頬に触れ、目を丸くする。
「わっ!? これはだめ!」
ソアは叫び、奇麗な八重歯がエストレーリャのオレンジ色の瞳に映り込んだ。
「ソア? どうしたの?」
エストレーリャは言った。ソアの手は熱くて心地よかった。
「むぅ……エストの顔、こんなに冷たい……んもう。エストぎゅ~……」
ソアは唇を尖らせ、強引にエストレーリャを自らの布団に引きずり込む。エストレーリャのスリッパがあらぬ方向に落ちている。
「!!」
今度はエストレーリャが驚く番だった。
「へへ、ほかほかでしょ? 冷えてるだろうから足もあっためてあげるね」
くすくすと笑い、ソアはエストレーリャの足に
「うん、ソアもお布団もぽっかぽかでびっくりしたよ。でも、ボクまで起きれなくなっちゃうよ」
「えへへ。起きるのだぁめ……離さない。二人ですやすやしちゃうんだ」
ソアは笑い、エストレーリャを胸に抱きよせる。エストレーリャはごくりと喉を鳴らした。ソアの胸元の開いたパジャマがプリンのようにプルプルとした胸の谷間を、はっきりと教えてくれる。
「ほら、ぎゅ~したらもっと暖かい」
「うん。それにソアの匂いがする……」
「好きな匂い?」
エストレーリャの耳元でソアが囁いた。ソアの息にエストレーリャの全身が瞬く間にピリピリしてしまう。
「うん、大好きな匂い」
エストレーリャはソアは胸の谷間にちゅっと口づける。大好きで、ドキドキして、安心する匂いだ。
「ちゅーされちゃった! ありがとう、ボクもエストの匂い大好きだよ」
ソアは笑い、クンクンと甘えるようにエストレーリャの匂いを嗅ぎ続ける。どんな匂いって聞かれても答えることは難しいのだけど、ソアはエストレーリャの匂いが大好きだ。
「くすぐったいね、ソア」
少しだけ恥ずかしそうな顔をエストレーリャはしている。
「いやぁ?」
ソアはエストレーリャの顔をじっと見つめている。気が付けば、見惚れてしまう。ずっと見ていたいと思った。
「ううん、嫌じゃないよ」
「良かった。エスト……おやすみなさい」
「おやすみなさい、ソア」
エストレーリャとソアは目を細め、おやすみのキスをした。
「エスト、同じ夢を見れたらいいな」
「そうだね。じゃあ、待ち合わせ場所は新しく出来たケーキ屋さんの前にしようか」
手を繋ぎ、ソアとエストレーリャは笑い合う。
おまけSS『one day』
「あれ? ソア、お店の人に何を貰ったの?」
「んんとくじ引きの券! ほら、ニ枚も貰った!」
「それはいいね、沢山だね。あの列がそうかな?」
「うん、沢山! わっ、そうかも!? エスト早く引きにいこうよ! でね? これはエストとボクの真剣勝負だ」
「いいね。ソアとの勝負、とっても楽しみだよ」
「うん! あっ、エスト今、誰もいなくなった! すぐ引ける、ラッキーだね」
「ね、じゃあ、箱が二つあるみたいだから一斉にくじを引こう? 中にカラーボールが入ってるみたいだよ」
「よおし……負けないぞ! ええと一番は金色!」
「ふふ、張り切ってるソア可愛いな」
「へへ、嬉しい! ほらぁ、エスト引くよぉ? いっせーの!」
「「!!」」
「え、え? エストもボクとおんなじ……金色! ピッカピカだ! すごい! 露天風呂付きの温泉旅行だってさ! やったね、二回行けちゃう!」