PandoraPartyProject

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志は葉に包む

登場人物一覧

加賀・栄龍(p3p007422)

●愚者の行進
 あいつはよく話しかけられる。
 他愛ない話、相談事、愚痴。
 意味のあるものから、意味のないものまで。
 上司から、部下まで。
 あいつは馬鹿正直で真面目で、だからこそ話しやすいのだろう。
 本当にあいつは――栄龍はよく話しかけられる。
 けれどそれは、決して良いものばかりではない。

「加賀准尉殿!」
 今日もまた、あいつは話しかけられている。
 栄龍を驚かせようとこっそり後を尾けていた俺は響く声に角を曲がる前で足を止め、息を潜めた。
「どうした?」
「折り入って相談がありまして……」
 周囲を窺うようなそいつの声は、どこか落ち着きがない。
(またか……)
 きっとまた、金の無心だろう。
 この手の類に、俺は察しの良いほうだった。……と言うよりも、あまりにもこいつかクソ馬鹿正直で箱入り娘かってくらい相手を疑おうとしないから、俺が疑うことや見抜くことに長けてしまったのかもしれない。
 出そうになる溜め息を飲み込み、俺は歩を進めて角を曲がった。
「此処に居たのか、栄龍」
「志村」
「し、志村准尉殿っ」
 顔を出した俺に、田村だか田所だか知らない部下が泡を食ったような表情になる。
(やっぱりな)
 周囲の目を気にするような小物に度胸はない。大方俺の居ないタイミングを狙って声を掛けたのだろう。視線を向ければ肩を跳ねさせ怯えている。もっと感情を隠さねぇと出世できねーぞ。ま、栄龍に金を無心する時点で底が知れているが。
「上官殿がお前を呼んでいたぜ……っと、話し中だったか?」
「い、いえ! 自分は急いではいないので!」
 些かわざとらしかった気もするが、栄龍はこれくらいでは気付かない。
 直角に頭を下げてから慌てて立ち去っていく部下の背中を、片頬を上げて見送った。
「何方だ?」
「あー、誰だったっけ。……すまん、忘れた」
「……志村、お前って奴は……」
 頭痛がすると言いたげに栄龍が眉間を押さえる。……本当に押さえたいのは俺の方なんだが。
 俺はすまんすまんと笑い、お前の肩を叩いた。

●言わぬが花
 俺の顔を見て逃げていく奴はまだいい。
 問題は、俺を見ても逃げ出さない面の皮も神経も図太い連中だ。
「加賀准尉殿」
 今日も呼びかけられた栄龍は足を止め振り返り、他愛もない会話をぐだぐだとしていた俺も一緒に振り返る。声を掛けてきた部下は一瞬『あ、しまった』と顔に出したが、それをすぐに引っ込めて栄龍へと切り出した。
「どうかお金を貸しては下さいませんか! 家族に仕送りをしてしまい、必要なものが買えなくなりまして……」
 嘘に決まっているだろ。本当だとしても、計画性の無いお前が悪い。
 けれど本当にこういう奴等は栄龍の優しさ甘さに付け入るのが上手くて。
 そして俺の隣の男は、『家族』『仕送り』という単語に滅法弱い。
「何……そうか。わかった、いくら必要だ?」
 そうか、わかった――じゃねえよ、馬鹿栄龍。
 出すなよ、出すなよ……と念じる俺の隣で、この男はすんなり懐から財布を出し、言われた通りの額を手渡してやり、更に「これで足りるか?」と案じてみせる。お前、どこまでお人好しなワケ? そうやって何でも聞いてやっちゃうから、こういう部下が出るんだろ。
 俺が半眼になって栄龍に呆れている間に、極力俺と目を合わせないようにしていたそいつは栄龍に感謝を告げて去っていった。
「……あのさあ栄龍。さっきの奴絶対金に困ってないぜ」
「何を根拠に……困った部下がいれば助けるのが上官の務めだろうが」
 これだよ。だからお前、格下相手に食い物にされているんだよ。
 栄龍の実直さは時に好ましいが、御国のための献身とこうした面は愚直で――腹が立つ。
 あいつらの嘘より俺の助言を信じろよ、莫迦栄龍。

「じゃあな、栄龍。俺は少し用があるから」
「なんだ志村。誰かに呼ばれていたのか?」
 頭の後ろで手を組んで離れる俺に、栄龍は真っ直ぐな視線を向けた。すっと少し目が据わったのは、俺が上官に怒られるようなことをしでかしたのではないか、と思ったのだろう。『またお前は……』と言いたげな視線に、そんなんじゃないと俺は組んだ手を解いて手を振って返した。お前と違って俺はもっと上手くやってるだろ、栄龍。
「なぁに、栄龍ちゃんも興味ある?」
 小指をひとつ立てて、にやり。
「な! お前という奴は!」
 笑って見せれば、栄龍は想像通りの表情と仕草で俺を追いやった。
 さっさと行けと追い立てる栄龍から、俺は笑いながら軽い足取りでその場を後にし――あいつに背を向けたところで笑みを消す。ついでに歩調も軽薄そうな足運びから忍ぶものへと変えた。
 向かうところは、女の場所でも上官の場所でもない。
 爪先を向けるのは、兵舎裏。
「上手くやったなあお前」
 近寄れば聞こえてくる下卑た笑い声は、腑抜けた新兵共のもの。
 こんなところに誰も来ないと思っているのだろうか。新兵が同輩との談笑の場に思いつくような場所など、先達が知らぬ訳がないというのに。
「頼み事はすぐ聞いてくれるって専らの噂だったしな」
 思ったとおり。さっき栄龍に金をせびったあいつの声だ。
「もう少し金額を釣り上げたって、きっと問題なかったさ」
 違いない、と新兵共が笑い合う。
(まあ、そうだろうな)
 正直俺も、そう思う。栄龍は部下が困っていたら見捨てられない。例え己が苦しい思いをしようとも、手を差し出すはずだ。
 しかし、だからと言ってあいつが嘲笑の的になるのを許せる訳ではない。あいつは――栄龍は、本当に好い奴なんだ。こんなクズ共が笑っていい相手ではない。
「その金でどうせ酒と博打でもやるんだろ?」
(ほらみたことか)
 栄龍が横に居たら顎で示していただろう。
 けれど俺は、こうなると解っている時は絶対にあいつを連れてこない。別にあいつがこんな事を知る必要はないからだ。
 ザリ、とわざとご丁寧に音を立てて土を踏めば、癇に障る笑みを浮かべたまま俺を見たひとりが表情を強張らせ、慌てて同輩の袖を引いた。
「お、おい」
「あん? ――し、志村准尉殿……」
 こういう時のこいつらは、どいつもこいつも似たような声で鳴きやがる。俺の顔を見て逃げていった部下と変わらぬ響きで俺の名を口にした男へ、俺はな笑みを向けてやった。
「さてそこのクソ野郎諸君、ちょーっといいかな?」
 栄龍はあのままでいい。馬鹿正直に疑わず、真面目に信じていればいい。
 あいつは積んだ善行をひけらかすことも鼻にかけることもない、本当に馬鹿正直すぎるいい奴だから。
 だからこういうことは、俺がやる。俺の領分だ。

「……なんだ志村? この金は」
 栄龍は俺が手に載せた金をマジマジと眺める。
「お前にこの間金貰った奴がさあ、結局使わなかったから返しといてって言ってた」
「む……そうだったのか。わざわざ悪いな」
 お前は俺の言葉を疑うこともなく、自分で返しに来ない不義理を責めることもなく、そういうことならと金を財布にしまい込む。
(お前って本当にそういう奴だよな)
 いい奴だ。
 馬鹿真面目の堅物で、大黒柱みたいに太くて真っ直ぐな性根の。
「そういえば昨日、3人負傷兵が出たらしいぞ」
 知っているかと話を振ってくる栄龍に、俺は「何それ。知らないね」とどうでも良さげに笑う。
 隊内の事に興味を持て、気を配れ。真面目な顔で告げてくる変わらないお前。
 俺は少しだけ安堵覚えて聞き流す。

 ――お前は変わらずそのままでいてくれ、栄龍。

  • 志は葉に包む完了
  • GM名壱花
  • 種別SS
  • 納品日2021年12月24日
  • ・加賀・栄龍(p3p007422

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