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放浪の果てから
登場人物一覧
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俺は放浪者だ、絆に縛られず組織に加担せず国にも帰属しない。
そんな生き方に目的はない、だからこの放浪にもなにか理由があったわけでもない。
装備はない、展望もない……それでもなお俺が旅を続ける理由は……嗚呼──。
「そう、これだ。これがそうなんだ。」
それは少し前の話。
『錆びついた放浪者』バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)はあの
目的地など更々決めないまま彼の赴くままに足を進めた結果、人気もなく魔物でも出そうな場所を歩いていた。或いは山岳地帯を住処とする山賊が出るかもしれないけれど、何にも属さないとしている彼とて
「……結構、登ってきたもんだな」
彼は息を乱しながら来た道を振り返る。ただひたすらに登ってきたものだから、こんなに高所まで来ていたのだと少し驚いた。振り返り際に落としてしまった装飾品には目もくれることもなくなっていた。この道中こうした事は多々あった。これまで身に着けていて愛着もあったはずなのに、今のバクルドは気にも止めずに歩き続けるだけで。
「……だがまだ高いな」
バクルドはぽつりと呟く。確かに彼が登る山はまだまだ山頂には程遠く、空を昇るような気すらして来る程に目の前の道のりは途方もない。だが彼は進むらしい。その途方もない頂きに大して興味があるようにも見えないと言うのに、どうして登ろうと思えるのか……不思議でたまらない。
「登ろう」
その言葉と共に疲労で重くなり始めてきていた無理に足を動かし始める。今は何故か休憩すらも必要ないと思える。どうしてなのかはわからなかった。
バクルドは登る。登る。
まだ山頂から半分ぐらいのところになるか。頂きはそう簡単に登れまいとは思って居たが、それにしては装備を
「アンタ、何やってんだ?」
そんなバクルドにふと声がかけられた。バクルドはピタリと止まる。きっとこんな岩山の中で声をかけられるとは思っていなかったのだろう。
「……お前さんこそ何故ここに」
「アタシは見ての通りの山賊よォ。アンタの事も襲ってやろうかと思ったんだが……あまりにもあんまりな程軽装なもんだからつい声掛けちまったって訳よ」
「軽装?」
「おや? 気づいてないのかい? アンタ、旅人なんだか登山家なんだか知らないが、この岩山を登るには適してない格好だよ?」
山賊と名乗る女性にそう指摘されて自分の身なりを見下ろす。ああ、確かに今の自分は水と軽い栄養物とこの旅路でボロボに成り果てたコートしかないのか。
「言われて気づいた。通りで軽い気がしたよ」
「馬鹿かいアンタ? そんな軽くなってんのに気づかないなんて……よっぽど鈍感なんだねぇ、そんな様子なら盗まれた事にすら気づかれなさそうだよ」
「きっと違いない。上に行くのに無我夢中になっていた」
「上? ……え、山頂に行く気かい? それで?」
「ん? ああ」
「馬鹿も大概におしよ。この上には魔物だっているってんだから……アタシ達にとっては生きる為のご馳走でも、一般人のアンタなんかそんなほっそいと軽くやられちまうよ!」
「ん? 一般人って訳でもないんだがね」
「なんだい? 本当は強いって言いたいのかい? アタシからは想像も出来ないよ、そんなひょろひょろしてて」
バクルドは巷で言うところの天下の特異運命座標だけれども、彼自身何処にも属さないと言う心情を掲げている為か運が良かったのか、あの特異運命座標としての仕事を受ける以外の場面ではあまり
「俺はイレ……」
「この前ここに特異運命座標が来てね」
「うん?」
山賊の女性は少し懐かしむような調子でそう切り出し話し始めた。
「なんでもアタシ達の討伐を任されたらしいんだけど、アタシ達は山賊ってったって他所からしたら人から盗みを働くのはそこまでってわけじゃないし、まぁ魔物は狩って食ってるがそれはこの岩山を見ればよくわかる事だろう? 仕方の無いことだ」
厳しい環境に適していく為にはどんな事にもこなしていかないと生きていけない。彼女達は正にこの環境に上手く適応することが出来たのだろう。
「でもアタシ達にとってはこれが
「……そうか」
特異運命座標と名乗りかけたバクルドの口は絞り出すようにそう返した。
「ま、その時来た特異運命座標が話のわかる奴らでねぇ! こうして命は助けて貰ったって訳よ。流石勇者様だね、話せばちゃんとわかってくれるのは好感が持てるよ」
「……そう、だな」
段々と「その特異運命座標と俺は同じ」と言うのも気が引けてきた。俺はどこにも……ローレットにすら属さないと個人的には決め込んでる特異運命座標だ。ましてや今、放浪と理由をつけて特異運命座標としての活動をしていない。勇者とは程遠い存在に成り果てているだろう。
だからと言って放浪をここで辞めるか? と聞かれればきっとノーと応えるだろう。これは自分にとってこだわりであり生き甲斐でもある。ふらりと数々の場所を訪れるのは最早自分自身の
「また面倒くさそうな顔してんねぇ……その調子だとその持ってる軽食にすら暫く手をつけてなかったんじゃないのかい?」
「まぁ……いつ食べたかは忘れたな」
「全く……どれだけ夢中で昇ってきたんだい?? そこまで夢中になれる程の山かね、ここは??」
「ああ……遠くから見た瞬間、いつの間にかここまで惹き付けられていた気がするよ」
「……アンタ一体どこから……まぁいいやアタシは無粋なことは聞かないことにするよ! ただ
ニッと笑う山賊の女性にバクルドは少し驚く。
「随分気前がいいな、助かることはそうだが」
「なぁに、これも何かの縁ってやつさ。……ってーのは建前。本当は特異運命座標の……勇者様の真似事をしてみたくなったってだけさ」
「真似事?」
「さっき話しただろう? 助けてくれた上に食料も少し置いてってくれてねぇ、あーゆーのが勇者様なんだなぁと感心したもんさ」
「……なるほど、な」
つくづく、その勇者様とやらは
「ってわけだから、これはアタシのエゴでもある。遠慮なく食べてってくれると嬉しいよ」
「んじゃあ……そうするとしよう」
そんな言われ方をしてしまえば、バクルドがいくら複雑な感情を抱いたところで無意味だろう。正直腹が減っていないと意地を張るには無意識に歩き過ぎていたのもあり、彼女の厚意に不本意さは抜けないが観念して甘えることにした。
「またどっかで会える、そんな気がするよ」
彼女が別れ際に残したのはそんな言葉だった。放浪はこんな出会いがあるから止められないと思う。だがだからと言ってまさかこんな岩山まで来るとは自分でも思っても見なかったが。
さぁ休憩はここらでいい。あとはひたすらに登ろう。
バクルドは登る。登る。
ここから山頂へ向かう道中でも何点か装備を落としてしまっていたが、彼はもうあの頂きしか見えていなかった。
昼であろうと、夜であろうと登り続ける。最早時間の感覚すらなくなっていたのかもしれない。だが正直ここまで登れたのは特異運命座標が故の運命力の強さも影響しているのではないかと後に思える。
上に上がってくるにつれて霧も濃くなってくる。これはきっと雲だろう。視界の悪い雲海の中を無我夢中で歩き続ける。もうここまで来た時には履いてきた靴もボロボロだった。靴だけではない、無我夢中で歩いてるものだから岩肌や出っ張り等に引っかかったのか、着ているコートすらもボロボロだ。
それでも
雲が段々と薄れて少しずつ光が見えてくる。暗い中で歩き続けてきた彼に注がれる柔らかな光。
それでもうすぐ辿り着けると確信した。
この雲海を抜けた先にきっと自分が求めているものがあると、何故か強烈に思えた。
惹かれ惹かれ、足が進む。最早豆だらけで感覚がなくなりそうになっていても歩けた。
雲海が晴れる。空気が一気に澄みきるのがわかる。
そして見えたのは青空と──
「……戻ろう」
ふと、
(この放浪の果てはここだ、もうこれ以上進むことが出来ねえ)
もう、戻ろう……だが何処に?
帰る場所なんて無い、だから放浪者なのだ。つまり果てがここで終着点。
(こんな景色見て骨を埋めるのも……悪くねえな)
「……?」
だが、通り過ぎた風がどうにも騒がしく感じられ、とても懐かしさが感じられた。
あの街角での喧騒、これからを夢見てはしゃいだ彼奴等……彼らは今どうしてるのだろう?
彼処はただ通りがかった街、少し居心地の良かった中継点。
そのはずなのに、どうして──。
……戻ると決めたその先のことは、この景色をもう少し力なく目に焼き付けてから考えることとしよう。
錆び付いた目に飛び込んできた非常に小さな