PandoraPartyProject

SS詳細

いつか、遥かな冒険へ

登場人物一覧

月待 真那(p3p008312)
はらぺこフレンズ
夢字狎 魔魅(p3p010169)
看板娘



 町行く誰もがケープやマフラー、コートが手放せなくなってくる今日この頃。ひゅう、と外吹く冷たい風も、窓の向こうまでは届かない。その代わりに、優しい太陽がほんわかと、この空間を暖めてくれる。

ここは古本喫茶、『夢字狎堂』。
店主の老夫婦が各地から集めた本と一緒にドリンクや甘味が楽しめる、古き良き雰囲気の古民家カフェだ。カラン、と扉を開けばほら、ほんわか看板娘の夢字狎 魔魅……通称『マミ』が今日もお客さんに笑いかける。店内の雰囲気と彼女の人柄も相まって、常連にとってはまさに癒しの空間なのだ。

だが、そんな憩いの場所も、今日は少しばかり雰囲気が違った。

「いらっしゃいませぇ~」
「いらっしゃいまっせー!!」

空気を孕んだ栗色の髪と柔らかな狸の耳尻尾の、その隣。きらきらと差し込む陽光を受け止めた白髪は、青いリボンでポニーテールに結われ。空の青さを写した羽織の袖が、風を含んでゆらりと揺らめき、異国情緒漂う袴の裾を汚さぬよう、ゆっくりと客に向き直る狼の娘。

つまり、看板娘の装いをした真那が、マミと並んで立っていたのだ。




 その理由は、およそ数日前に遡る。真那の目の前に並ぶ、かわいい雑貨の数々。犬や猫や梟がシャイネンナハトの格好をしている、季節限定商品のディスプレイだ。その前で密かに、財布の中身をひっくり返す。手元にちゃりんと3、4枚の硬貨だけが乗る。足りない、全然足りていない。真那は大きく溜め息をついた。

真那は若い娘であれど、ローレットで働く仕事人でもある。そんな身でありながら、なぜそんなにもお金がないのか。その理由は至極単純だった。
彼女が愛用する得物は銃。弾薬の補充や定期的なメンテナンス、磨耗した部品の交換は欠かせない物だし、それに加えて、細かなカスタムにまで手を伸ばせば、際限なく出費がかさむ。馴染みの店主も、弾を売るついでとばかりに、マーナガルムロアーにあれはどうだ、これもいいぞとあれこれ勧めてくるもので。……要するに、銃に注ぎ込みすぎたのだ。

「真那ちゃん、どうしたのぉ?」

ほわんとした声に呼ばれ振り返ると、そこに籠いっぱいの野菜を抱えたマミの姿。たらんと下がっている耳尻尾をしゃきんと整え、真那は何時ものように笑って見せる。

「いや~何でもないねん! ホンマに!」
「……本当に~?」

マミは訝しげに真那をじっと見つめると、雑貨屋、そして彼女が後ろ手に隠した財布へと、順繰りに視線を投げていく。

(そやった……むーみんは人の顔とか様子とか、よう見てる子やったわ……)

確か以前にも、マミの洞察力で外道が隠し持ったナイフを見抜くという事があった。あの時と同じように、マミは真那が何を思っているか、よくよく考えて見て居るのだろう。やがて彼女は、『ああ!』の声と共にポンと手を叩いく。と同時に、ぽすぽす真那へと歩み寄り、小さな声で問いかける。

「もしかして真那ちゃん……お金に、困ってるの?」

核心を突いた問に、真那は『ウッ』と声を漏らす事しかできない。弱々しい『せやねん』という声に、マミはそっと手を差し伸べた。

「真那ちゃん、それならさ。うちのお店、お手伝いしてくれない?」
「ふぇ?」




 斯くして、マミの紹介で臨時のカフェ店員となった真那。制服はマミのものを借りているのだが、豊穣のような装いに袖を通すのは、真那としても胸踊る経験であり、マミも『似合う似合う!』と褒めてくれるものだから、その姿はどこか誇らしに映る。

「ありがとうねぇ、真那さん。いつもだったら私も、お茶を運んだりしてるんだけど……この通り、足首を捻っちゃってねぇ」

マミの祖母、こくりが申し訳なさそうにそう言うものだから、いやいや気にしないでと首を振る。実のところ、真那自身も夢字狎堂での仕事を気に入っていた。ローレットでの仕事は気を張る事が多いけれど、ここではピリピリする必要はなにもないし、お客さんの『美味しかったよ』が直接聞こえる。人と話すのも、人の笑顔も好きな真那にとっても、悪くない環境だった。

「すいませーん」
「はあい」

また、常連の声が聞こえてくる。マミが普段と変わらぬほわっと、ゆったりした仕草で注文を取りに行った。

「あ、あのー……」
「はーい!」

その一方で、他のお客さんが手を挙げたなら、明るく素早く真那が応じる。その一声だけで店内もまた一層明るくなり、真那の笑顔に、初見の客も表情が解れる。穏やかなマミも活発元気な真那も、夢字狎堂の雰囲気を盛り立ててくれている事は間違いないだろう。

やがて夢字狎堂の客足もピークが過ぎ、閑静な空気に包まれた頃。

「二人ともお疲れ様、休憩にしましょ。今からご飯、準備するからねぇ」

こくりに勧められ、二人はカウンターに座った。本棚にずらり並ぶ背表紙、それがなんだか気になって、真那はその一冊を手元に引き寄せる。年月を経て色のくすんだ革表紙を開けば、そこには細かな文字がつらつらつらと並んでおり。暖かな空気がこの店を包む分、何だか少しずつ……眠く……。

「真那ちゃん、何読んでるの?」

横からにょっと伸びる首に、真那は一気に目が覚める。中を見るなり、マミの目は懐かしさに細められた。

「これ、あたしのお父さんが好きだった本! えっとね、海洋の航海記なんだって」
「はえー……」

確かによくよく見てみれば、当時の日付や気候、その日の船員の体調まで、事細かに記されている。晴れて穏やかな日は、美しい自然への賛美が。嵐に揺れる日は、如何なる苦難にも心折れぬ決意が。そして何かしらの発見があった日は、その喜びがありありと描かれているようだった。

「あたしのお父さんも冒険者で、海に行ったり、山に行ったりしてて。行った先の事、色々お話ししてくれたんだよぉ。小さい頃の事だけど、ずーっと覚えてるんだあ」
「そやったんかあ……」

頁をパラパラと捲るうちに、一枚の挿し絵が目に入った。曰く、ある日の航海中に見つけた洞窟、その中のスケッチだと言うが。

「わあ……むっちゃ綺麗やん……!」
「そうそう、水晶の洞窟! 足元から天井まで、ずっとキラキラしてたんだって!」
「カラフルな花に覆われた小島! 不思議やな、思いっきり波被っとるのに、なんで枯れへんのやろ?」
「うん、不思議だよねぇ。持って帰って、調べられたらいいのになあ」

不思議で、綺麗で、時に危険な数々の冒険譚、そして世界を前向きにとらえる、決して挫けぬ筆者の心情に、彼女達は大いに盛り上がった。

「一度でええから、こういうとこ見に行ってみたいなあ」
「そうだね真那ちゃん。……それまで、あたしも頑張って鍛えなきゃ!」

そう、彼女達はイレギュラーズ。これからも多くの依頼が舞い込み、時に誰も知らない場所へ行く事もあるだろう。今日はカフェ店員だけど、いつか戦うその日のために。

「お待たせ、伸びないうちに食べてねぇ」

二人の前にごとんと並ぶのは、山菜たっぷりの暖かいお蕎麦。おつゆの匂いが食欲をそそり、真那は思わず、ごくりと唾を飲んだ。そう、何かと戦うその前に、腹ごしらえも必要なのだ。

「おおきに、こるりばーちゃん!」
「それじゃ、いただきま~す!」

ほかほか湯気を頬に受けながら、手を合わせる。山菜の楽しい歯応えが口を喜ばせ、甘めの汁が、温かく胃と心を満たしてくれた。さあ、これを食べたら、もうひと頑張り。

遥かなる冒険、という大きな夢のその前に。
まずはお小遣いという小さな夢を、二人揃って勝ち取るとしよう。

  • いつか、遥かな冒険へ完了
  • NM名ななななな
  • 種別SS
  • 納品日2021年11月30日
  • ・月待 真那(p3p008312
    ・夢字狎 魔魅(p3p010169
    ※ おまけSS『小さな夢のその後で』付き

おまけSS『小さな夢のその後で』



「ふんふんふーん♪」

 紙袋を抱えて、真那は町を歩いていく。すっからかんで困り果てていたところで、渡りに船のアルバイト、そこで得た臨時収入に、彼女の懐はそれなりに潤った。先日の雑貨店で見かけたかわいいあの子だけでなく、話題のコスメや、話題の新作までお迎えすることができたのだ。

「あっ、いたいた! 真那ちゃ~ん!」

ほくほく顔で歩く耳に聞き馴染みのある声が飛び込む。振り返れば、そこにいたのは魔魅だった。

「なんやむーみん、えろう焦っとったけど?」
「あっ、いや、そのねぇ。真那ちゃん、一週間後、暇かなあ、って」
「んー、空いてたと思う。なんで?」
「よかったあ。あのさあ、真那ちゃん!」

ピランとマミが見せたのは、とある依頼の張り紙。そこに記された行き先に、真那はにまりと口の端を釣り上げた。

「ちょうど、これ、人を募集してたみたいだから。真那ちゃん、一緒に、どうかなって」
「ええで、むーみん。うちらの無敵パワー、見せつけたろ!」

普段は、明るく活発な少女と温厚でのんびり屋の少女。この前は、老夫婦が営むカフェの店員。今度の彼女達は、冒険者の顔になろうとしていた。

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