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僕が魔種になったらどうしますか?

登場人物一覧

リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
リゲル=アークライトの関係者
→ イラスト

●「僕が魔種になったらどうしますか?」

 愛槍はとうの昔に折れてしまった。そのときにすでに自分の心も折れていたのだと思う。
 だけれども、ただあいつに負けたくない。ただ、それだけで立ち上がった。
 それは自分の領地に降り立った悪竜との戦い。指揮した部下たちはもう黒焦げに焼け焦げていた。
 たったひとり。一人だけで戦うしかない絶望的な状況だ。それでも立ち上がる。
 ただ、立ち上がっただけ。目の前の敵に勝てる手段などもう無い。
 武器はない。魔力もない。吹けば吹き飛ぶ程度の自分。
 なぜ? なぜ自分はこんなに『弱い』のだ。
 僕はこんなところで死んでしまうのか? こんな、こんなつまらない場所で。
 友人は勇者や英雄と呼ばれているのに。なぜ?
 自分はこの世界では『英雄の友人A』でしかないのか?
 所詮僕はこの世界の端役にすぎないのだろうか?
 そう思うと情けなくて悔しくて涙が溢れてきた。
 憎くて憎くてしかたなかった。自分の弱さが。
 こんなことで涙を流すほどに弱い自分が悔しくてしかたないのだ。
 
 ――強くなりたい。力がほしい――!!
 絶体絶命の今、そう叫んだ。
 それは魂の叫び。彼が英雄であればきっと、きっとパンドラの函の底の「希望」が願いを叶えてくれて、悪竜を一人で倒すことができただろう。
 しかし運命はかれには応えない。
 しかし、しかしだ。
 人の希望――欲望と言い換えてもいいかもしれない――を叶える存在は、なにもパンドラの函だけではないのだ。
 
 ――いいわよ、あげるわ。
 原罪からの甘い甘い、砂糖菓子のような呼び声。
 手をだせばやけどをするだけではすまないそれは甘く甘く呼びかける。
 
 欲しい!
 
 その甘い毒に少年は応えた。そう、応えてしまったのだ。不可逆の甘い闇に。
 堕ちていく。堕ちていく。
 ――堕ちていく。
 
 ――――。
 
 『深碧の天秤』エトワール・ド・ヴィルパンは魔種である。
 呼び声に応えた日から自分は変わった。
 もう、弱いなんて誰にもいわせない力を得た。
 もとより誰も彼を弱いなどと揶揄するものなど居なかった。エトワール・ド・ヴィルパンを弱いと揶揄していたものは自分自身のみであったと、彼は気づいていない。
 そう思わせていたのは弱い彼の劣等感だけだった。
 ジュウリンセヨ。
 ジュウリンセヨ。オカセ。ヒキサケ。チギレ。サラセ。
 頭の中で声がする。
 あの日からずっと聞こえ続けている囁きはいまもなおとまらない。
 煩わしくはない。甘いその誘惑は優しく自分を包み込む。
 ああ、そうしよう。それは面白そうだ。
 滅びのアークが求める滅びを今ここに顕現しよう。残酷に、悲劇的に――。

 エトワールの胸に浮かぶ蹂躙すべき人物はただ一人。
 英雄とよばれた光り輝く一つの星。
 今の自分であればあいつを殺すことなど一瞬で事足りる。それほどまでの力を得た。
 しかし、それではつまらない。
 僕のこの煮えたぎる憎しみを癒やすために一瞬で終わらせることなどできない。
 あいつに最高の苦しみを与えた後に逃れることのできない絶望の淵で殺す。
 そう、奇跡に願ってもひっくり返すことすら叶わぬその絶望の中で。
 そうまでしないと、あいつが僕にあたえてつづけた劣等感は拭うことができない。
 そう、これは贖罪だ。あいつが僕にできる贖罪なのだ。
 
 手始めにあいつの周囲の友人を殺した。
 もちろん誰がやったのかをわかりやすくしておいた。気づかれなかったらおもしろくない。
 あいつは僕がやったと知って悲しむだろうか? 怒るだろうか?
 そうだ、怒れ。
 憤怒に燃えて僕を殺しにこい。
「なぜこんなことを――?」
 お前があいつの友人だから殺されるのさ。なんの意味もない。お前があいつの友人だから殺されるだけだ。
 どうだ? あいつと友人になったことを後悔しただろう?
 と尋ねたら、後悔などしていないと答えた。
 お前がこうなるのもあいつの所為だ、と足を指先から5センチずつ輪切りに削ぎつづけてやった。膝までそいだところでもう一度後悔しているだろうと尋ねたら、していないと答えた。
 ここまでされてもあいつの所為にしないことが腹立たしくてたまらなかった。
 なぜだ。
 なぜそうまでしてあいつを憎まない。
 なぜそこまでできる友人があいつにはいるんだ?!!!
 自分はこれほどまでに憎んでいるのに。
 ――不意につまらなくなって首を跳ねた。
 ボールのように転がる頭をつま先で蹴れば、ぐしゃりと潰れた。
 つま先にこびりつく血が煩わしいが、洗うことはなかった。
 これはあいつの大事なものを壊した証拠だ。
 ぶちりと髪を頭皮ごとちぎる。これも証拠だ。

 僕はそれからもあいつの友人を殺し続けた。
 ひとり、ふたりと。
 でもあいつの友人たちはあいつと知り合ったことを否定することはなかった。
 みんなみんな、あいつと友人であったことを誇りに思っていた。
 みんなみんな、あいつが好きだった。
 あいつはみんなの中心だったのだ。
 なのに、なのに、なのに――。
 僕はどうしてこんなにあいつを憎んでしまったのだろう?
 どうして?
 原罪の声に尋ねるが、返事がかえってくることはない。
 どうして?
 ――どうして?
 
「やめてくれ」
 あいつが悲痛な声をあげた。いい加減あいつの友人のストックも切れてきた。
 とうとうメインディッシュを食べる日がきたのだ。
 なんと心地よい響き。あいつの悲痛な声は、今まで聞いたどの音楽隊の演奏より心地よく聞こえる。
「僕と戦わないとこいつは死ぬよ? いいの? 大事なひとなんだろう?」
 あいつが愛するものの腕をちぎれば悲鳴があがる。この女とは何度も話をしたことがあるがいつだってこいつが口に出すのは、あいつ―― リゲル=アークライト (p3p000442)のことばかりだった。
 やれ今日は何を一緒にたべた。やれ今日は彼を守ってあげた。挙げ連ねれば不愉快きわまりないことばかりをこいつは口にしていた。
 そうだ。そんなあいつを見えないように目をくり抜こう。爪先を女の目にあてがう。
「やめてくれぇ!!!」
 あいつが叫んで止めるがやめない。ぐり、と目をくり抜く。あいつの悲鳴は心地いいのに、女の悲鳴というものはなんとも煩わしい。
 取り出した目玉を指先で弄ぶと、あいつの目の前でぐちゃりとつぶしてやった。
 この女がお前をみることはもう二度と無い。
「ここまでしても、僕と戦わないというのかい? リゲル」
 あいつの名を読んだ瞬間、怒りと、悲しみと、悔しさと、そして憎しみが湧いてくる。
 あいつの女をボロボロにした。引き裂いた。だというのに打ちのめされた様子のリゲルは自分に戦いを挑む様子はない。
 まだ足りないのか? 
 なぜだ? 僕に臆したのか?
 だめだ!!! それじゃだめなんだ!!
 武力をもってリゲルを圧倒する。それこそが胸でくすぶる劣等感を払拭するたったひとつの冴えたやりかたなのだ。
「僕はこれほどまでに強くなった! もうお前には負けない!!」
 僕は女を投げ棄て高笑いをする。
 女は動かない。
 あいつも、リゲル=アークライトも動かない。
 

 青年は過去親しい人が魔種となった。
 魔種となり、一つの国をめちゃくちゃに蹂躙した。
 だからその魔種を、父を自らの手で殺した。
 自分に剣を教えてくれた騎士の中の騎士である父を殺したその事実は今なおリゲルの胸を焦がす。
 もう二度と、親しい人を魔種になんてさせないと誓った。
 誓ったのに、運命の女神はまたもや自分を裏切る。
 失われていく、世界が失われていく。
 青年はもう、剣を持つことが――できない。
 友人が、弟とも思っていた友人がまた魔に堕ちた。きっと自分が差し伸べる手があったはずなのに。
 自分はそれを為すことができなかった。
 もっとはやくきづいていたら? 
 彼を助ける道はあったのかもしれない。だけれどもその道は絶たれた。
 魔種がもとに戻ったという事実はない。
 笑う少年をもとに戻す方法などはもう――どこにもない。
 
 ●僕はそう、彼に聞いた。
「この意気地なし! 僕が怖いのか?!」
 激高して僕は叫ぶ。
「違う。違うんだ。俺には君を救うことができない」
 なにが違うんだ? 戦え、戦えよ! 救いなんて求めてなんかいない!
 僕はお前に勝ちたいだけなんだ!!
「はあ? このごにおよんでまだ君は上から目線なのか?」
「違う、ちがうんだ。本当に――」
「煩い煩い煩い煩い!!!!!!! 戦えよ! お前は勇者で、英雄なんだろう?! なんでだよ!」
「エトワール、本当に――」
「剣をもて! 大事なものを殺した相手だぞ! 仕返しをしないのか?! 復讐をしない腰抜けなのか?!」
 戦えよ。戦えよ! 僕と戦えよ!
「俺は、戦えない」
「はあ? なんでだよ! 手の届くものは全部助ける英雄様がなんてざまだ」
「なんとでも言ってくれ。それでも君は。大切な友人の君は殺せない」
 甘いことだ。その甘さがお前の友人たちを殺した。
「奪ってやる。お前の大事なものを!」
 全部ぜんぶ奪ってやった。あとはあの女だけだ。
 放置しておけば死ぬだろうが、それでもあいつの目の前で奪ってやるのだ。そうすればあいつはきっと僕と戦ってくれる。
「それでも――」
「立てよ! 剣を構えろよ! 僕と、僕と戦え!!!!!!!」
 ゆらりとあいつが立ち上がる。やっと戦う気になったか。
「エトワール君は僕の大事な友人だ。そんな友人を助けることができなくて本当にご――」
 ふざけるな。何を言おうとしている。それは僕を侮辱する言葉だ。
 いわせない。絶対に。絶対に言わせない!
 だから僕はその言葉を言う前にあいつの首を切り落とした。
 ごとんとおちたリゲルの頭の口の形が「ん」の形に閉じられていたのが不愉快で、不愉快でしかたなかった。
「嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼」
 だから叫んだ。喉から血が出ても叫んだ。ずっとずっとずっと。僕は叫んでいた。
 やっと、失ったことに気づいたから。
 失うことができたことに気づいたから。
 悲しいのか、嬉しいのか僕にはもうわからない。
 僕にはもう、なにもなにも――わからない。
 
 ●
「どんな未来がみえたんだい?」
 占い師の老婆に声をかけられ、少年エトワールは水晶玉に見入っていた自分にはたと気づく。
 そうだ、町中で占い師に声をかけられ、未来がみえるという水晶玉を覗いたのだった。
「どんな、未来ですって?
 僕が勇者として世界を救う未来ですよ。
 悪い竜をたおして、姫君をたすけだし――」
「そうかい、お坊ちゃんの未来は明るいねえ」
 占い師は笑う。その未来が嘘であることはお見通しだろう。それでも倒れてしまいそうな程の壮絶な未来をみたエトワールは気丈に笑い、嘘をつく。
 心臓がまるで壊れたブリキのおもちゃのように跳ね回っている。息が苦しい。
 でもそんな弱さはみせることはできない。
 エトワールは占い師に別れをつげ馴染みの果物屋で一番好きな青りんごをかじって帰路につく。
 胸がもやもやする。
 気持ちが悪い。
 あれはありえるかもしれない未来。
 友人に、助けてもらえずに裏切られてしまった――未来。
「やあ、エトワール。随分とおいしそうなものをたべているね」
 今一番あいたくなかったそいつに出会ってしまった。最悪だ。運命の女神はほんとうに僕のことが嫌いで仕方がないらしい。
 本当に、最悪にもほどがある。美味しかった青りんごだってとても酸っぱく感じる。
「なに、こんなところで油を売っているのですか? それは悠長なことで、英雄どの」
 罪悪感が言葉を悪口で粉飾する。そんな事が言いたいわけじゃないけれど、ことばはうらはらだ。
「君だって、おやつの時間だろ?」
「今日は非番ですが街のパトロールも兼ねた散歩ですから貴方と一緒にしないでください」
「はは、ほんとにエトワールは口が悪い」
 言いながらもリゲルはエトワールの隣を歩く。なんともなんとも気まずい。気まずいからエトワールは質問を投げかけた。
「僕が魔種になったらどうしますか?」
 その問いに、リゲルは固まる。当たり前だ。彼は魔種化した父親を失ったばかりだ。なんとも意地の悪い質問。悪趣味極まりない質問だ。
 どうせ、おなじだ。助けることはできない。そんな答えがリゲルからかえってくるのだ。
 期待などできない。
 醜い自分。自分自身も傷つくことがわかっていながら、そうやって同時に友人をも傷つける。まるで肌を寄せ合うヤマアラシのようだ。
「冗談でも言ってほしくないが……」
 ほら、また彼を傷つけた。いつもこうだ。自分がいやになる。
 リゲルは足をとめて、まっすぐにエトワールをみつめた。
 エトワールもまた足をとめ振り向く。
「その時は、君と真っ向から向かい合うよ。戦う必要があれば、戦いもする」
 その真剣な瞳に嘘はない。
 IFの未来ではボロボロで剣も持てなかったくせに。
 なのに、本当の君は――。
 現実の君はIFの君より随分と人間くさくかんじた。
 当然だ。英雄と褒めそやされる彼とて、人間だ。
 そして、醜い想いを抱え、劣等感に悩まされる自分だって、人間だ。
「はっ、そこは、君は魔種になんてならないと思うと答えるのが友人でしょう?」
「え、魔種になる前提の話じゃ……?」
「そこはふかよみしてくださいよ、だから朴念仁、鈍感っていわれるんですよ」
「いや、その、えっと……ごめん?」
 『ごめん』。その謝罪がやけに気持ちよく感じた。あの『ごめん』ほど気分の悪くなるものはなかったから。
「いいですか? 世界でなにがあろうとも、僕だけは魔種にはなりません。
 僕をだれだとおもっているんですか?
 エトワール・ド・ヴィルパン、ヴィルパン家の当主になる男です」
 その言葉にリゲルは微笑む。
 そうか、そうだね。なんて呟いている。妙に嬉しそうなのがなんかこう、イラっとした。
「ありがとう、俺は君を信じているよ」
 なんて、笑顔で返すものだから。
「いてっ! なんで蹴るんだい?」
 思いっきり脛を蹴ってやった。

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