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SS詳細

フィリーネ嬢のスペシャルスイーツ

登場人物一覧

フィリーネ=ヴァレンティーヌ(p3p009867)
百合花の騎士

 『百合花の騎士』フィリーネ=ヴァレンティーヌはその可愛らしい顔にけわしい表情を作っている。彼女の前には長机がドンと置かれており、その上にはドドンと分厚い本が何冊も積まれていた。淑女たるもの、ましてやレガド・イルシオン王国の名門ヴァレンティーヌ家の長女であるならばそのような顔をするものではありませんといつもならば嗜める女中長も、今だけは此処にいない。
 フィリーネがいるのはヴァレンティーヌ家が所持する書斎ではなく、街中にある本屋だった。調べ物ならばうちでもできるだろうと呆れたような声も上がったが、フィリーネの言葉に結局根負けしたのだ。

「ヴァレンティーヌ家の書斎にはウォーカーがもたらした知識の記載がある書物が少ないので」

 かくして、フィリーネは今日こうしてレッスンを放棄してまで調べ物をする自由の一日をもぎ取ったのだ。あの日、婚約を破棄させる約束を取り付けた時のように。

「……ありましたわ!」

 白い指が文章をなぞり、そして暫くして御目当てのものを見つける。それは彼女が欲しくて堪らなかったウォーカーの知識……と言う名の、レシピだった。





 さっそく調理場に向かえば、料理長が難しい顔をした。自身の両親にフィリーネをキッチンに立たせたことがわかったら頭と胴体がさよならするかもしれないと不安がる料理長へ、フィリーネは「それならば、私が無理矢理命令したことにしましょう」と告げる。
 一応、何かあったときのために証拠に文書も作りますねとどこからか取り出した誓約書を見て、あまりにも準備が良すぎると料理長は説得を諦めた。こうなったらせめて、フィリーネが火傷や切り傷を作らないようにするくらいしか自身は役に立たないだろうと早くに察知したのである。
 さて、フィリーネは食料庫を覗き込む。使えないものは除外する。葉野菜であるキャベツも一度手に取るが、書物の写しを記載したメモを見てやめた。てっきり使えると思っていたが、どうやらお目当ての相手の身体にとっては毒になるらしい。感謝を伝えるために祝うことはしたくとも、呪うつもりは毛頭ないフィリーネは簡単に選択肢から切り捨てた。

 彼女がかわりに選んだのはさつまいも、にんじん、かぼちゃ、りんご、バナナだ。しかしここで問題が発生したのである。

「うーん……? かぼちゃは叩いて良い音がするものを選ぶといいと聞いていたのですけれど……」

 フィリーネは困惑する。目の前に今あるのは、全て『数秒前まではかぼちゃだったもの』達だ。料理長は苦笑した。イレギュラーズ、ましてやその前線で戦うと名高い彼女が全力で殴ればそうもなる。このままでは全滅するであろうことは火を見るよりも明らかだろう。なるだけなら全てフィリーネが選んで作りたいと思っていたが、こうなっては仕方がないので、生き残ったかぼちゃから料理長が選ぶこととなった。

 まず、りんごとバナナ以外を全て蒸す。柔らかくなるまでに時間はかかるものの、これからすることに関しては必須の作業だ。柔らかくなったかぼちゃはくり抜いていき、さつまいもとにんじんは皮を取り除いて潰している。
 一般人、あるいは剣を握ったこともない普通の御令嬢ならばあっというまに根を上げただろうが、フィリーネは戦い慣れていた上、力もあった。料理長が想定した時間よりもいくらか早く、かぼちゃとさつまいもとにんじん、そしてツナギにバナナを合わせた綺麗なペーストができあがつた。
 料理長がここに干し葡萄を加えるのはどうかと提案すれば、フィリーネはそれは素晴らしい考えだと言わんばかりにぱぁっと表情を明るくさせて笑う。

 さて、そこに刻んだりんごと料理長の助言通り干し葡萄を加えて、先程のカボチャに中身を詰めていく。いくらか余った分は他に使うとして、ひとまず目的のものを先に焼き上げる。
 此処までで随分とがんばっていたフィリーネはついつい、かまどの前でうつらうつらとしてしまったが、焼き加減を此処で間違えると全てが水の泡だと思い、手の甲を何度かつねって眠気と戦った。
 ……もっとも、料理長が居るのでダメになることはありえないのだが。フィリーネは全て自分でやりたいと言っていたため、料理長はもっぱら火の具合を調節するだけの係になっていた。

 かくして、竈門の中から現れたのは一見ただのかぼちゃに見える特製のスイーツだ。スイートポテトにもよく似たそれは、フィリーネが愛する、そして何にも変え難い相棒が大好きなものだけで出来ていた。
 早く渡したい、と浮き足立つのを我慢して、出来上がったそれをあら熱を取ってから一晩冷蔵庫で冷やす。これでしっとりしたスイーツになるはずだ。飾りににんじんの葉っぱを刺しておく。かぼちゃに生のにんじんの葉が生えたそれを料理長はなんとも言えない眼差しで見ていたが、特に何かを言うことはない。見た目は少々歪ながらも味は良いのだ。かえって努力が知れるだろう。きっと。

「……これで、完成ですわ!」

 翌朝、稽古が始まる前に渡したいと思っていたフィリーネは朝告げ鳥が目覚めるより先に手作りのスイーツを手に愛する者が待つ場所へ足取り軽く向かうのを、料理長だけが見送った。あれを渡されるのは誰なのだろうと思いながらも、詮索はしない。こういうものは下手につつかない方が良いのだ。平民の首などまな板の上の魚のように簡単に飛ぶのだから。

(――しかし、いくら誓約書があるとはいえ、流石に嫁入り前の娘が徹夜というのはいただけないだろうなぁ……)

 なにか理由付け……という名のご機嫌取りの1つくらいはないと、良い歳をした淑女と2人で厨房に立っていたことに当主は激怒する。長い間、料理長は当主に支えていた為、これは確実だった。
 幸い、フィリーネが砕いたカボチャやペーストはまだあるのだし、パイにしてスイーツを献上するのが無難だろう。フィリーネにも後ほど口裏を合わせてもらう必要があるが、必要な取引だとわかれば頷いてくれる。……おそらく、そのはずだ。



 後日、自領の草原でご機嫌に愛馬に乗り駆けるフィリーネの姿があったそうだ。当主は娘が焼いたというスイーツに上機嫌になり、レッスンをしっかりするという名目で、今日は乗馬の訓練である。もっとも、訓練にしては自由にしすぎるだろうと夫人は困り顔でいたが、フィリーネの騎馬技術でいくらか功績を残しているのは事実である以上、反対もしづらかった。

 ――さて、かの特性スイーツは誰の胃袋におさまったのか。それは当事者だけしか知らない物語である。

  • フィリーネ嬢のスペシャルスイーツ完了
  • NM名蛇穴 典雅
  • 種別SS
  • 納品日2021年11月24日
  • ・フィリーネ=ヴァレンティーヌ(p3p009867

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