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ポイントオブビュー【part-A】

登場人物一覧

鹿王院 ミコト(p3p009843)
合法BBA


 街の喧騒というものも、少し道を曲がれば様変わりするもので、大通りを外れてしまえば、人気もなくなり、物寂しさを醸し出すように成る。
 やれ新しいドーナツ屋ができた、大型のショッピングモールがリニューアル開店でイベントをやっている、雑誌に載っていた冬の新作がオシャレだった、そのような日常的華々しさとはまるで無縁のシャッター街。電源の入っていない自動販売機が、回収もされずに放置されている。
 建物というものは、使われていなければ朽ちていくものだ。今にも落ちてきそうな駄菓子屋の看板が、いやにミコトの目を引いた。
 哀愁が漂い、生命の息吹が感じられない空間。このような雰囲気だけを切って取れば、実のところ、ミコトはそれほど嫌いでもなかった。
 この場所が、失われるだけの結末はあったのだろう。店を営んでいた誰もが打ちひしがれながら、生きるために手放さざるを得なかった結果があったのだろう。
 しかしミコトにとって、そんなことはどうでもいい。そのような話、ひとつひとつに首を突っ込んで同情してやるような、時間もなければ発想もない。ミコトからすれば、今この瞬間、一種の死を連想させるようなこの空間が心を落ち着けてくれる。その刹那を享受しているに過ぎなかった。
 だが、問題もある。人の居住区内に、このような静寂は長続きしないということだ。人の手が入らぬところ、人の目が届かぬところ、そういった場所には、人の手も目も加えられたくない連中が集まるもの。まあつまり、ミコトを今取り囲んでいるような、そういう連中だった。
 どうしてこうなったのか。ミコトが可愛らしく小首をかしげても、答えはまるで出てこない。過去に行った己のそれを振り返ってみても、何故私刑に合わねばならぬのか、何も出てこない。
「姫怨寮……あそこは男はいかんかったか。ザグロスメラルダ家は……ひとりも残っておらんよのう。格好を気にする為落商会の手のものにも見えん。のうお主ら、どこの子飼いじゃ?」
 恨まれる行為をした覚えながないわけではないが、恨まれる縁を残した記憶はない。話せる相手とはしっかりと話しをし、話せぬ相手はきっちりと縊ってきたものだ。ミコト個人ならいざしらず、可愛い一族に遺恨を残すような真似など、できるはずがないのだから。
 しかしまあ、怨みではないのだろう。好戦的ではあるが、殺意はない。怒気すらも今は感じられない。なんというか視線の大半は野卑であり、今にも舌なめずりをしそうな、そういう目をしている。
 気の早いものは短刀を抜いているが、どうして右手と左手でショートパスを繰り返しているのだろう。呼吸を崩してくれと言わんばかり、ああ、そうか。
「素人かえ?」
 別に聞かせるつもりもなかったが、隠すつもりもないその言葉に、途端、男たちから怒気が膨れ上がる。挑発と受け取ったのだろう。それぞれが威嚇混じりに何かを言っている気もするが、ミコトの耳には届かない。
 意味がわからないのではなく、意味をわかるつもりがないのだ。
「もう日も暮れて長い。子供は寝る時間じゃぞ?」
 今なら見逃してやるからとっとと帰れ、というニュアンスだったのだが、残念なことに伝わらなかったらしい。彼らの代表なのだろう、取り囲む男らのうち、ひとりが一歩、前に出た。
「帰っておねんねしたきゃあ、出すもん出せよ」
「なんでじゃ?」
 恐喝されて、いるのだろう。それはミコトもわかっている。その事実から、恨みつらみのたぐいではないということも、とっくに悟っている。
「肩がぶつかっただろ。だから詫びだよ詫び。古い言葉でイシャリョーってやつだ」
 慰謝料は死語ではない、とか、医療費という意味でもない、とか。そんな事を言っても伝わらないのは目に見えている。
「いや、無理あるじゃろ。馬歩でもしとったのかえ?」
 途端、代表の男もまた、意味のない怒号ばかりになった。せっかく話をできそうな相手であっただけに、残念だ。
 男らが輪を狭めてくる。体格差があるのに、こちらに間合いを合わせてくれるらしい。
「親切じゃの、とか言ったらまた五月蝿くなりそうよの。ガキ共、ひとの親切は素直に受け取るものじゃぞ?」
 そのせいで、これから命を落とすのだから。


 甲高い悲鳴が響く。喉の奥から絞り出したかのような、命の限り嘆願するような、そういう悲鳴だ。無論、ミコトのものではない。
 今や膝をつき、ミコトよりも視界の低くなった男の顔。そこに込める力をもう少し加えてやれば、小気味の良い音と共に、悲鳴は鳴り止んだ。
 手を話すと、どちゃりと後頭部から地面に崩れ落ちる男。ミコトはハンカチを取り出すと、手についた液体を丹念に拭き取った。
 ぐるりと一瞥すれば、男らの視線はもう、先程までのそれとはまるで異なっている。
 怯えるもの、己を鼓舞するもの、とうに光を映さず横たわるだけのもの。
 それがあまりに想像通りのものであったから、ミコトは思わず笑い出しそうになった。
 彼らはいったい、どのような光景を想像していたのだろう。
 暴力に顔を歪ませ、青あざを作り、衣服をひん剥かれたミコトが、懸命に許しを請うところだろうか。
 如何にもだ。しかし、こうも張り合いがないと余計な思考の一つも浮かんでくるもので。検討すべき事項やもしれぬと思いつく。もしや、そのようにか弱い女性像というものはウケが良いのだろうか。
「一度、孫らの前でやってみるかの?」
 どんな反応を見せるだろうか。喜ぶだろうか、嫌がるだろうか、呆れるだろうか。どんな顔を見せてくれても、それはそれで面白いと、頭に浮かべたそれらに思わず、かんらかんらと笑みを零した。
 それをどう受け取ったのだろう。まだ残っている男らのひとりが、いきり立って雄叫びを放ちながら、ミコトの顔に思い切り殴り込んできた。
 ミコトは避けない。顔の中心にクリーンヒット。その手応えに、あるいはミコトが反応も出来なかった(男にはそのように見えた)己の功夫に、男はニヤリと顔を歪ませるも、すぐにそれは怪訝なものに変わる。ミコトが、倒れるどころか、身じろぎのひとつも見せなかったからだ。
「儂がの」
 無論、ミコトの口から出てくるそれも、悲鳴などではありえない。
「普段相手取るような連中と、おぬしらの何が違うと思う?」
 小さな手が、己を殴りつけた手首を掴む。めきりと骨が軋む音がなって、男は痛みに顔を歪めた。
「速さも、気力も、運動性も、何もかも足りてはおらぬが、何よりもどうしようもないのがな―――」
 より鈍い音がなって、顔を歪めた男がついに悲鳴をあげる。ミコトが手を離すと、その手首はあらぬ方を向いていた。
「膂力じゃよ。痛くも、なぁんともない。うちの孫や娘婿ほどとは言わぬが、分家筋ほどには鍛えんと、喧嘩を売る相手の選び方もわからんじゃろ」
 片足を高く持ち上げる。娘が見いていれば、はしたないと苦言を零すだろうが、預かり知らぬところだ、黙っていればわかるまい。
 そのまま高下駄の底を、悶絶する男の顔に勢いよく振り下ろした。
「だから、命を落としよる」
 殺した、わけではない。鹿王院の家にあだなすならともかく、ただただ分別をしらぬだけの子供を躾けてやるのに、命まで奪うつもりはない。
 それでも情けを込めたつもりはないため、早々に医療機関へ見せねば、日が明けるまで保つことはなかろうが。
「……ん?」
 ふと、ミコトは自分の手のひらについているそれに気がついた。眼球である。今しがた蹴りつけた男のものではない。自分の体に、まるでそこが眼窩であるとばかりに植わっている眼球。
「おや、出してしもうたか。いかんの、年甲斐もない」
 冷や水冷や水と唱えながら前を向けば、もう残すのは、代表であろうと思われる男だけ。残りは逃げたのだろう。それで良い。勝てぬから逃げる。自然なことだ。
 残った男は自分を指差し、懸命に何かを叫んでいる。きっと化物だ、とか、巫山戯るな、とか、そういう類のものなのだろうが、ミコトの耳には届かない。聞こえてはいるが、聞いてやらない。聞こえてはいるが、聞き分けるつもりがない。代わりに幼子をあやすような仕草で声をかけてやる。
「のう、もうやめておけ。痛いのは、いやじゃろう?」
 心から親切心で言ったつもりが、挑発に聞こえたようだ。男はより怒気を膨れ上がらせて、こちらにゆっくり(おそらく、彼基準では迅速に)走り寄ってくる。そうして拳を振り上げたところで、ミコトの脚がその腹に突き刺さった。
 腹を抱え、膝を折って悶絶する男。その顔に、先程彼の仲間にそうしたように、足を振り上げて踏みつけてやる。踏みつけてやる。踏みつけてやる。
 あがる悲鳴。
 踏みつけてやる。踏みつけてやる。踏みつけてやる踏みつけてやる踏みつけてや―――とっくに、動かなくなっていた。
 両腕を夜暗に翳せば、そのいたる所に眼球が浮き出ている。男の仲間はきっと、これを見て逃げたのだろう。親切心を見せるなら、はじめからこれを見せてやればよかったかもしれない。そうすれば、助かる命もあったろうに。
 次があればそうしようと、明日には忘れそうな決意を胸に秘め、通りの隙間の向こうに目をやる。そこにひとり、女が増えているのは気づいていた。
 何もせず、蹲って震えている。たまたま迷い込んで、恐ろしくなってしまったのだろう。この暗さに暴力の音だ、仕方があるまい。
 老婆心を出して送っていってやろうかと、声をかけようとしたら、こちらを見て、悲鳴をあげて走り逃げていった。
「なんじゃ、ひとを物の怪みたいに」
 娘夫婦がここにいたら、まさしくそうだろうと、溜息をつくだろうか。

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  • GM名yakigote
  • 種別SS
  • 納品日2021年11月23日
  • ・鹿王院 ミコト(p3p009843

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