PandoraPartyProject

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十字路で、出会っただけの

登場人物一覧

シャーラッシュ=ホー(p3p009832)
納骨堂の神

●十字の交わる昼刻にて

 特異運命座標にとって、練達はどのような場所なのであろうか。底知れぬ『兎の穴』への入り口、『三塔』集う賢者の地、或いは、この世に魔など存在せず、ここが世界のすべてと『希望』を抱く人々……そのような人々の安住の地と捉える者も居ようか。
その中で、ここ、再現性東京1970街は、見渡す限りの畑や田んぼ、連なる山々が広がるほどの長閑な田舎町であり、特異運命座標……その中の、一部の旅人が『昭和だ』とこぼすに違いない風景だった。そんな閑静な雰囲気を裂くように、一人の少年が畦道を走っていた。

「あーらケンちゃん、アイスキャンデー、あがるかね?」
「ごめんミヤばあ、今急いでるから!」

ミーンミーン、ジー、ジーと虫の声は高らかに、昨日も降った大雨の名残が、朝っぱらから容赦なく湿気として襲いかかる。その中を、急ぎ足の少年が、真っ赤な顔で駆け抜けていく。つばの擦れたキャップに覆われた頭が早くも蒸し上がりそうなほどだが、こんなことで少年は足を止めていられないのだ。

「ああもう、今日はたっちゃんと約束してたのに! 寝坊した~!!」

手の中で強く握りしめた十円玉が、焦燥と暑さで汗に濡れる。それを落とさぬようもう一度握り直すと、その足はいつもの十字路に差し掛かった。ここは地元の者であれば、誰もが知る通り道だ。このまま行けば駅や商店街、こっちへ曲がれば病院、あっちへ曲がれば学校へと通じる、人間や自転車がすれ違うには充分だが、農家の軽トラック等はとてもすれ違えないので、どちらかが道を譲ることになる。たまにこの地に慣れぬ者が車で無理矢理通ろうとしてタイヤがハマる事もあり、その時は通りがかりのもの皆で助け出すのが慣習となっていた。

そんないつもの十字路の中心に、熱気に揺らいで、何やら見慣れぬ黒い『もの』が立っている。

「えっ……?」

少年の足は少しずつ速度を失い、走りから歩みへと変わり、やがて十字の交わる数メートル手前で立ち止まった。そして、その『もの』の正体を確かめる。
まず目についたのは、この辺りのサラリーマンがまず着ないような、シワひとつない立派なスーツ。それと同色のネクタイは、一部の緩みもなく締められている。昨日まで降り続いていた雨がようやっと上がってそこら中に泥濘があったにも関わらず、革靴は土埃一つ分の曇りもなく、日中の太陽を照り返し。短い黒髪の下にあるのは、日に焼けて真っ黒で、背の順では一番前の少年と、全く対を行く色白の肌と、太陽を遮るとさえ錯覚するような高身長の男。
そんな人物が、微動だにせず、ただただ、十字路の先、その一点を見つめていた。

(もしかしてあの人、ガイジン?)

とうちゃんは、毎日酒の匂いをつれて帰ってくる商社マン。そんな父から、こんな愚痴を聞かされたことがあった。

──ケン、お前、ガイコクジンって見たことあるか? 最近うちに来たやつがいるんだけどよぉ、それがまあ、スーツが似合うわ、見上げるほどでっけえわ、すっげえインテリでやがるわで、部長が顔色変えてヘコヘコしちゃってさあ。短い手足でウチを支えてる俺の事も、ちったあ労えってんだよぉ。それにさぁ、ギャージンってだけでさあ、うちの事務もキャアキャア喜んでさあ、俺だって無遅刻無欠勤でやってんのに、一個も誉めらんねぇしよぉ、嫌になっちゃうよぉ……。

スーツが似合って、背が高くって、おれよりずっと勉強できそうな大人の人。ああそうだ、あれが父の言っていたガイコクジンに違いない。けれどどうしよう、ガイコクジンって確か、違う国の言葉を喋るって聞いた。たっちゃんと作ったポンペロン語じゃきっと通じない。だってこれは、おれ達の秘密の暗号なんだから。今この人に話しかけられたら、おれは何と返せば良いのか……?

「如何されましたか」

その声がどこから聞こえてきたのか、少年の理解は数秒遅れた。『へ?』と間抜けな声すら漏れたかもしれない。

「先程から、貴殿が私を見ているようでしたから。何かこの地における無礼を働いたのなら、即座に改めますが」

目の前のガイコクジンが、おれを見て、ニホンゴを話している。キデンとかブレイとか、ちょっと難しい言い回しをしているけれど、言葉が通じている?
こっちを見る目は、どんな気持ちなのか、おれには全くわからない。ガイジンだからだろうか。全然知らない人だからだろうか。でも、言い方に棘はない。だから多分、あの人は、怒ってる訳じゃない?
その事実が、少年の心を大いに安らがせた。あっちがニホンゴなら、おれもニホンゴで良いだろう。

「えっと、おじさん、知らない人だから。どこから来たのかな~って」
「と言いますと、貴殿はこの近くにお住まいなのですか」
「う、うん。おれんち、蒲公英団地。おじさんは?」
「お察しの通り、我々はここの人間ではないのですよ。友人にここで待ち合わせるよう言いつけられまして」

ユージン。友達の、大人の言い回し。その人との待ち合わせと聞いて、少年は大きく『ああ』と息を吐いた。確かにこの十字路には視界を遮る植木などは何一つないし、見張らしもよい。その中で相手が現れたのなら、きっとすぐに見つけられる筈だ。待ち合わせ場所としては、確かに最適に違いなかった。……そうだ、友達、といえば!

「いっけねー、たっちゃん! 怒ってるかな?」
「おや、何方かと約束があったのですか。早く行っておやりなさい」
「うん、そうするっ。ばいばい、おじさーん!」

友達との約束を思い出した少年は軽く手を振り、男の側を通り抜けていく。背後で小さく『おじさんですか』と呟く声が聞こえたが、そんなことには構っていられない。急げ、青木商店に!

少年は男を背にし、猛ダッシュで走っていく。さあ、もうすぐ十字の頂点を抜けるぞ、そう考えた時だった。

「すいません」

不意に耳元で男の声が聞こえ、急ブレーキをかけたかのように、少年の靴底が地を滑る。恐る恐る振り返れば、後ろにいたのはさっきまで話していたあの男だ。

「こちら、落とされたようですが」

男の手にあるのは、少年の肌に近しい色の、あの硬貨。自らの掌を確めれば、確かに、大事な軍資金が滑り落ちていたようだった。

「え、あ、ありがとう、おじさん」
「構いませんよ。少年にとっての硬貨は、全財産に等しいものと聞きましたから」

わざわざ自分を追いかけてくれたのだろう、その気持ちはとても嬉しかった。だけどその割には、彼が息を弾ませた様子はないし、自分以外の足音は聞こえなかった、ように思う。まるで十字路のど真ん中から、出口までワープしてきたかのような。
……いいや、ただでさえ遅刻して、大事なお小遣いを落とすほどに回りが見えていなかったのだ。自分の注意力が足りていなかっただけだろう。

「じゃーね、本当にありがと!」

後ろも見ぬまま手を振って、今度こそ十字路を抜けていく。ミラー越しに、男が片手を上げているのが見えた。

……それにしても、あのおじさん。スーツで暑くないのかなあ?

少年の心配は、汗と共に流れて落ちていった。

●十字の交わる夕刻にて

 夕焼け小焼け、カナカナと、虫が家路を急がせる。右ポケットにガム包み、左ポケットにガチャポンをパンパンに詰め込み、少年はお古の袖を揺らしていた。

「よかったあ、たっちゃん、許してくれて……」

遅刻の代償はコーラ瓶一本と、少年にしては手痛い出費ではあるが、男の友情には代えられない。それより、今日はアイスの当たりが出たし、念願だったガチャポンのシークレットが手に入った。その収穫を喜ぶべきだろう。ポケットの膨らみを指で確かめながら、底の磨り減ったズックを機嫌よく揺らし、顔を上げる。さあ帰ろう、いつもの十字路を通って。

「あれ?」

少年の足は、そこで止まった。この十字路は、視界を遮るものは何一つなくて、人の往来がとてもよく見える。だからこそ、遠目から気づいてしまったのだ。オレンジに沈み行く町の中で、あそこだけ真っ黒なインクを塗りつけたかのように。

「おじさん?」

おれとあのおじさんが会ったのは、今よりずっと太陽が眩しかった時間。おれはケンちゃんといっぱい遊んで帰るところなのに、まだあの人、あんなところに立っている。一体どうしたのだろう。パタパタと、少年は黒い男へと駆け寄っていく。

「おや、昼間の少年。あれから御友人と会えましたか」
「う、うん。……おじさんは、まだなの?」
「はい、恥ずかしながら。全く、彼方は『直ぐに行く』と言ったのですがね。我々と時間の感覚が違いすぎるのでしょう」

男の言葉は一瞬、愚痴のようだとも思えた。しかし、酔えばとにかく上がり下がりが激しくなる父と違い、男の言葉は静かに過ぎるし、波がない。今日会ったばかりの男の機微を言葉尻だけで読み取るには、限度というものがあった。
それ以上に、この男は今どんな顔でここに立っているのか。怒っているのか、呆れているのかも分からない。
いや、もっと、それ以前に。昼間見た男は、果たしてどんな顔をしていた。一体、どのような目鼻立ちだった?
恐る恐る顔を上げて、思い出そうとしたけれど、夕日を背にした男の顔が、影になってよく見えない。もう日は暑くない筈なのに、温い空気が十字に集って、少年のすべてを包んでいく。手足はこんなに重かっただろうか。ヒグラシのなく音が、遠く不確かになっていく。
その中で、不意に背に風を受けた少年は大きくよろめいた。帽子が、天高く飛んでいく。

「おっと」
「わっ……!」

帽子諸共飛ばされぬよう、少年はなんとかそこに踏みとどまる。一体今度は何なのだ?
そんな彼の様子を見て、『やっと来ましたね』、そう呟く男の声が耳に届いた。

「私を呼び出したのはお前でしょうに。そもそも人様を押し退けるとは何事ですか」

初めて、男の声に不機嫌が滲んだような気がする。それに返事する声の変わりに、ビリビリと、耳を揺らす低音が何処からともなく聞こえてきた。しかし、ここにはスピーカーも何もないし、周りを見ても、やはり少年と男以外の人間は見当たらない。どうしていいのか、分からない。

「私の友人が失礼をお掛けしました。此方はお返ししますね」

だから、いつの間に男が飛ばされた筈の帽子を手にしていたのか気づく由も無ければ、一瞬にして少年の目の前に差し出していた事にすら驚けないし、受け取った次の瞬間には少年との距離が大きく離れている事など、指摘すらもできなかった。

「ああそうでした、貴殿のお名前を伺っていませんでしたね」
「け、健太郎だけど」
「ふむ、健太郎殿ですか。長らく心配をお掛けしましたね」

そう言うと、男は小さく片手を上げた。

「我々はこれにて失敬します。どうか、お元気で」

待って、おじさん、最後に教えて。おじさん、一体何者なの。そう言いたくて手を伸ばしたけれど、強い風が、少年の目を閉ざす。再び開いたその後には、男の姿は、影も形も残っていなかった。


●×月×日、少年の日記より一部抜粋

 結局、あのおじさんがどこから来て、なんて名前なのかも分からずじまいだ。
本当は誰かにすごく言いたかった。変な人が、変なのと待ち合わせしてたって。でも、家に帰ってきたとき、かあちゃんが言ってた言葉。おれじゃなくって、ユウ兄ちゃんに言っていた事だけど。

『世の中にはね、知らない方が良いこともあるの。というか、そういうのは気になっても追いかけちゃダメ。後で痛い目見るわよ?』

どうしてそういう流れになったのかは知らない。でも、おれに向けて言った訳じゃないのに、その言葉が、ぎゅっと胸を締め付けて。ああそうかもしれない、って思えちゃって。
だからユウ兄ちゃんやかあちゃんには言わなかったし、とうちゃんにも聞けなかった。たっちゃんにだってもちろん内緒。

だからもう、この事は、もう忘れよう。気にするのはこれっきり、もうおしまいだ。

ああでも、あのおじさん、何を考えてるか分からないけど。いい人だったらいいなとは、ちょっとだけ、思った。


  • 十字路で、出会っただけの完了
  • NM名ななななな
  • 種別SS
  • 納品日2021年11月21日
  • ・シャーラッシュ=ホー(p3p009832
    ※ おまけSS『なんてことない、親子の話』付き

おまけSS『なんてことない、親子の話』

……何よユウちゃん、どうしたの。今日、変な音を聞かなかったかって?
……うーん、アタシは知らないわよ。どうして?

……ええ、今日は公園に行くって言ってたわよね、アンタ。そこで最初、何かゴゴゴーって、変な音が聞こえたわけ。
低くって重い音。それが、公園から、つつじ坂。坂から、紫陽花通りに移っていって。ふんふん、それで?

……そのまま、音のする方についていったけど、途中で……聞こえなくなって?
そのまま、どこに行ったか探そうと思ったけど……夕方になったから帰ってきた、ですって?
うーん、気になるのはわかるけどね、ユウちゃん。一人で行くのはダメよ、そういうの。アンタ一人で行って何かあった時、だれがお巡りさんを呼ぶの?

そもそもね、世の中にはね、知らない方が良いこともあるの。というか、そういうのは気になっても追いかけちゃダメ。後で痛い目見るわよ?

……あーらケンちゃん、おかえり! 辰夫君には、ちゃんとごめんなさいって言ったの? そう、なら良かったけど。
さっき電話があったけど、お父さん、今日もお仕事で遅くなるんですって。だから皆で食べちゃいましょ。

さっ、早く手ぇ洗ってきなさーい!


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