PandoraPartyProject

SS詳細

ふたりで歩むジューン・バッド

登場人物一覧

ソア(p3p007025)
無尽虎爪
エストレーリャ=セルバ(p3p007114)
賦活

「これてとってもブライト・ボルティックじゃないかしら」
 曰く、幻想に或る深き森の近くで少女を攫うオークが居るという話であった。
 そのオークを嗾けているのは悪徳貴族であり村の口減らしとして売りに出される少女たちをオークで攫っては自身の研究に使用しているのだとか――そう告げたプルーの依頼を受けて緑豊かな森での依頼をこなしたソアとエストレーリャ。
 それは偶然だったのかもしれないが、依頼を熟した後にローレットに戻るまでに少しの余暇が生じたのだ。
 美しい森は未だ秋の気配に遠く夏の雰囲気をふんわりと纏っている。
 繁々と草木が並んだその森の中を歩みながら、ふと、どちらともなく寄り道へと誘った。鮮やかに並んだ葉は夏風を受けて豊かなかおりを運ぶ。昨日降った雨など忘れたかのようにからりと晴れ渡った木々は大らかな空を眺め雄大に呼吸をしていた。
 小鳥たちは心地よい夏風に誘われるように晴天へと羽搏きを響かせ、天蓋に飾った穏やかなみどりに口づけを重ねる。
 黄色に黒の縞――それが虎と呼ばれる生物であるとソアは知っていた――の尾を揺らして彼女は気が遠くなるほどの間、茫と過ごした鮮やかなる銀の葉を揺らす森を思い返す。混沌世界の至る所で顕現する精霊種、その中でもソアは初めてその存在が確認された銀の森を住まいとし、人としての営みを謳歌してきたのだそうだ。
 雪化粧に彩られた美しき白は夏の頃であっても変わりなく、氷が花を咲かせたかのように色付く銀葉はこの訪れる森の姿とはまた違う。
 銀の森の葉にも似た柔らかな髪を揺らし、琥珀の瞳で周囲を見回すソアを見詰めていたエストレーリャは彼女が「緑色なんだ」と呟いた言葉に瞬きを何度も繰り返す。
 ぱちりと瞬いたソアの感嘆の息の音を聞いてエストレーリャは「珍しい……かな?」と小さく首を傾げた。
 銀の森という特異的な空間とは違う、深緑で生まれ――そうと言っても彼にはその記憶はないのだけれど――『星見の森』と呼ばれる場所で精霊たちに拾われて育った小さな少年はソアの云う銀の森はこの国の中でも相当に珍しいものだと聞いたことがあると告げた。
「あ、けれど、銀の森は、精霊たちの力で、少し不思議な空間みたいなんだ。
 僕の居た星見の森ともこの森は少し違うけれど、雰囲気は似ていたかもしれない……」
「へえ。銀の森にばかりいると『外界(そとのせかい)』は物珍しいものばかりなんだね。
 ボクにとっては、銀葉に雪の滴が落ちる事も、氷が雨のように暖かく降るのだって何時も通りだったんだけど。
 うん、でも、葉が銀じゃなくて緑なだけで雰囲気はあまり変わらないね。故郷(あのもり)みたいだ」
 けれど、とエストレーリャを振り返ったソアは温かな雪が降り注がないというのも不思議なものだと笑う。
 暖かな雪に雪化粧を纏う森。氷で出来上がった銀の葉の煌びやかなその美しさは儚さまでも感じさせる。その儚さには似合わぬ無骨な古代兵器と暖かな夏色の陽気がミスマッチでありながら何処までも心地よく――それが珍しいからこそ観光名所として名を上げられガイドブックに掲載されるのだろう、とソアは観光客が森に堕としていったガイドブックを思い返す様に唇に指先宛てながら悩まし気に呟いた。
 今まで育ったその場所は、どうにも普通ではないようで――永きを過ごしたその身は新たな世界に驚きを隠せないままだ。
「でも、銀の森も、ここも木々が美しい『森』である事には変わりないんだね」
「……そうだね。何所も変わりがなく自然が沢山あって、精霊たちが幸福そうに笑っている森なんだね」
 エストレーリャとソアは二人揃って顔を上げた。見上げれば木々は擽られるように笑みを溢し、風がその間を遊ぶように通り抜ける。精霊たちが楽し気にステップを踏みながら草木の間を走り抜けている様だとエストレーリャは感じ取った。
「あ、精霊たちだ。こういう時に、『人間』達はどう思うんだろう……?」
「どうだろう。きっと、銀の森みたいに、観光名所だって呼んで綺麗だって喜ぶのかもしれないね」
 けれど、精霊たちを見る事が出来ない人には風が吹き荒れただけに見えるのかもしれないと笑みを乗せる。
 稀に訪れる人々の持ち物から人間たちを知っていた。その時、一冊のガイドブックを手にして世界にはまだ沢山の場所があることを知ってソアは可笑しな気持ちになったのだという。
 感動、や、感涙などと言った気持ちを示す言葉と共に自身の故郷や様々な場所――鍾乳洞で会ったり、花畑であったり――が記載されているのは何とも不思議で、人というのはこういうものが好きなのだろうかと勉強になったものだ。
「観光名所に行って『人間』は嬉しいなって思ったり、楽しいなって思ったり。
 素敵なものを見て『綺麗だね』って口にしたりするんだ。それって精霊たちとも変わりないんだよね」
「そうだね……僕も人間より動物や植物精霊の方が身近に感じていたけれど。
 やっぱり人間はみんな、好きなものを好きだって告げたり、綺麗なものはきれいで、沢山のものを共有し合うんだね」
 譬えば炉端に咲いた一輪の花を雑草と呼ぶ事無く美しいと褒め讃える人がいるだろう。その花を美しいと共有し合い、共有したという事実に心を動かされる。それが人間らしいというのかもしれないとどこか考察するようにエストレーリャは言った。
 ソアにとってはそれは銀の森に忘れられた書物であったりだとか、食べかけのサンドウィッチであったりだとか――そして、木の上で転寝をしていた頃に誰かが告げた思い出の話だったりだとか
 思い出の片を拾い集めて、知識として自身に蓄えていく。ひとつ、ふたつと指折り数えた『人間たちの営み』がどこか面白くて二人は顔を見合わせて小さく笑った。
「人間って不思議だなって思うんだ。だって、こんなにも近くに居るのに一人一人違うんだ」
「そうだね、空の星々みたいにひとつひとつの輝きが違って、ひとつひとつのあり方も違うんだ。
 精霊たちはみんな自分たちに責務があって、司るものがあるから何にも縛られない世界って言うのはどんなものなんだろうって僕も思う」
 自身は人間でありながら精霊たちと共に在ったから、まだ、分からないだと言う様に小さく笑う。
「人間って言うのは奥が深いんだね。ボクもいつかは人間になりたいと思ってるけど――なんだか、一歩進んだら三歩下がっちゃう気持ちだよ。とっても面白いのに、とっても難しくって、ううん、凄い悩ましんだよね」
 うんうんと小さく唸ったソアにエストレーリャは確かにと小さく頷いた。彼自身も人間としての営みの前に記憶をなくし、精霊たちと其れそのもののように過ごしてきた。それ故に身近でない人々の営みが物珍しく一人でない世界は何処までも不思議で溢れていたのだ。
「召喚されたときに僕も思ったよ。ソアも同じかな」
「ん?」
「『こんなにたくさんの人間がいるんだ』って」
「……思った。それに『こんなに面白いことが沢山あるんだ!』って」
 二人は顔を見合わせて笑う。様々な人がいた。勇者だと名乗るものも聖女だと名乗るものもいれば、悪人だと名乗るものもいる。誰かを救いたいと願う者もいれば慈悲などないと刃を振り下ろす者もいた。其々のスタンスはそれぞれのものであり、ソアとエストレーリャにとっては『人間とは様々なのだ』と考えさせられるようなことで。
「僕は森で過ごしていた時に外敵から護るために戦っていたから、敵は敵だと認識してるけど、そうじゃない人だっているよね」
「ボクは人間が好きだから人間同士が傷つけあうなんて考えても見なかった」
 二人だけでも違う。そう思えばソアはどこかおかしくなって目を細めた。そうだ、先程だって『ソアにとってのエストレーリャは予想外で面白かった』ではないか。
 ソアにとってのエストレーリャは『先程』の光景が印象的であった。愛らしいかんばせと親近感のある森での生活――それ以上に、ローレットの依頼で受けた『ブライト・ボルティック』な一件で悪として認識した外敵への無慈悲な一撃は「外見に寄らぬ」のだと認識させて。
 つい、くすりと笑ったソアにエストレーリャがこてりと首を傾ぐ。
 樹精の腕輪に光を湛え、薔薇を咲かせた彼の放った無慈悲なる黒薔薇に「見かけによらず意外とワイルドなんだなとおもって」と思いだしたようにソアは笑った。
「そう?」
「そう。でも人間ってそういうギャップが面白いんだって聞いたんだ。
 ボクだってそうだろ? ボクは雷の因子を好みに宿した精霊種だけど――」
 獣種と言われればぴょこりとした耳がそうだと思わせるとソアは例え話のように告げた。
 それは彼女にとって『人間(ふつう)の人々』と同じであるという一種の期待だ。そうして、誰とも変わらず受け入れられるというのがどれ程までに嬉しい事か。
「ボクはそういうエストレーリャ――エストを見て、とっても面白かったんだ」
 人間はだから面白くて、だから愛おしいのだとソアは柔らかに笑みを溢した。
 指先に降り立った小鳥は彼女に挨拶を一つして、さあ、さあ、と誘う様に翼を広げる。
 面白い、という言葉にふとエストレーリャは何か思い立ったようにソアを呼んだ。
「人間ってとても面白いね。ローレットに来てから、そう思うんだ。
 ……友達もたくさん作れるかな、って。いろんな世界が開けていくようで、とても眩いよね?」
 エストレーリャの言葉にソアはぱちりと瞬いた。
 そう、そうなのだ。精霊たちだけではない人間たち――純種だけではなく旅人もとなれば厳密には人間ではないのかもしれない――とも手を取り合ってこれからを進んでいければ。エストレーリャが願う共存と、ソアが思う『いつか人間になれる』ことはベクトルが違えど歩むべきは同じだと言う様に。
「よければ、友達になれない、かな?」
「……友達だよ。いろんな世界を見て、いろんな文化に触れて、人間の友達をたくさん増やしたいんだ!」
 そうして、いつか、自身を『人間』だと誇れるように。
 鮮やかな草木の気配に後押しされるようにソアはにんまりと微笑む。花々は『森の王』に会釈をし、さあ、こっちにいらっしゃいと花畑へと誘った。
 足取り豊かなエストレーリャはソアの言葉に笑みを湛えて、半透明の狼の耳と尻尾をゆらりと揺らして笑みを溢す。
 森たちは二人を歓迎するように、幸福の中へと誘う。さあ、友人同士でまだまだたくさんの話を使用。積み重ねた言葉はきっと無駄にはならないのだと知っているから。
 華やぐ気配を感じ取り、夏風に背を押されて淑やかに頭を垂れた木々にひらりと手を振ってその一歩を踏み出すのだ。

 ざあ、と吹いた風が髪を煽る。ふと、顔を上げれば風の精霊が楽し気にひらりと手を振っていた。
 唇がぱくりぱくりと動き「そろそろ帰る時間よ」と告げる其れが耳朶に流れる雨垂れのように落ちてくる。
 鮮やかなジューン・バッド。深い緑の季節ももうすぐ終わり、色めく赤と黄色に着飾って、ひらりひらりと宙を踊れば眠りの季節がやってくるのだ。
「さ、帰ろう」
 エストレーリャの言葉に頷いて。ソアはさくりと土を踏み締めた。以前より深く沈み事無く軽やかに進んだその足先は何処へでも行けると、告げるかのようで――

  • ふたりで歩むジューン・バッド完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別SS
  • 納品日2019年09月07日
  • ・ソア(p3p007025
    ・エストレーリャ=セルバ(p3p007114

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