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ティシエール街、美味探訪〜11月の巻〜
登場人物一覧
●運動(?)の秋、そして、やはり欠かせぬものは
蝶のように華麗に、とはいかず、未だに地を這う今日この頃。けれど、再び飛び上がる蝶が出会ったのは、角を隠さぬ花嫁と、不思議な不思議なお兄さんと、師匠を全力で追い回す、わんこのようなあの子。
師からの(これでも『姉』よりは優しいらしい)手厳しい教導にも、すっかり慣れて……否、相変わらず厳しい事には違いないけれど、共に鍛える仲間がいれば、心折れずに前を向けると言うものだ。されど、前向きに身体を動かすからこそ、やはりお腹はすくと言うもので。
そんな時の行き先は、やはりあそこに決まっている。
●ごろごろさつまとキャラメリゼナッツの秋色サンデー&アップルシナモンティー
早朝と夕方頃からは思わずブルル、と体が震え上がるような空気。しかし重たいジャンパーやコートを羽織るには大袈裟で、まだまだ暖房を使うには早いかと迷うような、秋の終わり、冬の入り口。その中で、今日も彼女は、あの店のドアを開いた。そのしぐさはたおやかに、けれど、胸の鼓動と挨拶は高らかに。
「こーんにちはー!」
その声に微笑むのは、いつものあのウェイターだ。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」
そういって彼は、ティシエールの風景がよく見える、あの窓際の席へと彼女を案内した。もはやこの店に勤めるものであれば、彼女を知らぬ者は居ない、と言っても過言ではないだろう。その道すがらでも、彼女等の交わす言葉は明るく弾んでいた。
「あっ、この前のクッキー、すごく美味しかったですよ~!」
「そう言っていただけると、僕もとても嬉しいです。ご注文は、『いつもの』、ですかね?」
「はいっ、お願いしま~す!」
そしていつもの店員との会話も、もはや阿吽の呼吸に近づきつつある。『少々お待ちください』と下がっていく彼の背を見送ると、今度は窓の外の風景を見下ろした。風が真っ赤に色づいたメープルキャンディーの葉を揺らしている。あれもきっと甘くて美味しいんだろうなあ、と口腔にじわりわき上がる唾をそっと飲み込み、紫紡は首を振った。いやいや、楽しみはこれから来るのだから、まずはそれを堪能しなくては!
その思いに応えるように、グラスとティーカップが、彼女の前に並んだ。
「ふぁああ……!」
それは、真っ白なバニラアイスの上にちりばめられた、キラキラ輝く秋の実り。それを包み込むようにぐるりと回りを囲う、銀杏の葉のように鮮やかなさつまいもは、可愛らしく・食べやすくダイスカットされていた。
まずはバニラアイスと共に、カラメルを纏って輝くアーモンドをいただいた。
口の中でほわりと溶けていくミルクの中に、甘くてほろ苦いナッツの、カリカリした味わいが実に楽しい。
皮付きのさつまは、舌で潰せる程に芯まで柔らかく、ほっくりとした匂いが鼻を抜けていく。これも実に秋らしい味わいだ。その下に隠されたふっくら甘い小豆、さらにほうじ茶のクリームが、さらに気持ちを和ませてくれる。
さて、店内は暖かいムードと言えど、アイスなどを食べた口はそうはいかない。冷え冷えの口内を暖めようと、ティーカップを口元に近づければ、香ってくるのは果実の甘い香り。柔らかな湯気と共に口に含めば、ただただ甘いだけでなく、ピリッと刺激のアクセント。この正体は何だろう?
「ん、林檎が良い匂い!」
「ね、ここはスイーツだけじゃなくってお茶も美味しいのよ。シナモンもしっかり利いてるでしょ」
紫紡と同じものを頼んでいたのだろう、女性客の安らぐ声が聞こえてきた。ポカポカの日が短くなっていく秋の中で、少しでも体が暖まるように。その気遣いが、とても嬉しくて。
秋の日は釣瓶落とし。あっという間に、カップもグラスも、すっかり空っぽになって、その分、彼女はたっぷり満たされて。
「今月の甘味も、美味にございます~!!」
今日も今日とて、パフェスリー・カンロ中に広がる歓喜の声。それにつられるように、ウェイター・ウェイトレスは勿論、キッチンにいるパティシエまでもが笑顔になっていた。幸せは連鎖するものだ、と誰かが言ったが、その連鎖が果たしてどこまで続いているのだろう。
──それはきっと、紫紡の想像の及ばぬくらいに、遠く遠い果てまでだ。
おまけSS『とあるカフェ店員の日誌より』
このところ、とあるメニューを頼まれるお客様が増えた。
その名はズバリ、『今月のスイーツとドリンクのセット』。……そのままと言わないでほしい。
『パフェと言えばチョコバナナ一択だったけど、最近はシーズンものに目移りしちゃうの』だとか、『迷ったときはそれを頼んどけば外れないから!』とか、そういう話し声が聞こえてくる事もあるけれど、一番の理由は『他の人が食べてるのを見て、美味しそうだと感じたから』……だそうだ。
そういえば、毎月それを頼んでくれる彼女が、初めてこの店を訪れたのは何時だったろうか。……そうだ、まだまだ茹だるように暑い夏の日の事だ。季節はそこからすっかり遠ざかり、それから、もうすぐ年を跨ごうと言うところまで月日が流れた。
来月も、そしてこの街がまた新しい年を迎えた後も、この店を末長く愛してくれると嬉しい。
さあ、来るべき12月も、とっておきのメニューで、皆をお迎えしよう。