SS詳細
『いつもの』海と、水着と、君と
登場人物一覧
普段は練達・再現性東京<アデプトトーキョー>から出ないひよのやなじみもサマーフェスティバルへと旅行へ行くとやって来た。
そうと聞けば男・越智内 定が海洋旅行に出なければ嘘というもの!
折角の彼女達との海洋だ。本物の海である。花丸に言わせれば「海の幸が美味しい」場所である海洋王国は『あの絶望』を乗り越えて早くも一年――賑わいを取り戻しているかのようだった。
夏のシーズンには各国からの旅行客を受け入れる。観光にも栄えたリッツパークの浜辺には出店が並びある意味で食べ放題で選び放題なのである。
「うーーみーーだーーー!」
「でっかいぞーーーーー!」
叫んだ花丸となじみの背中をひよのはやれやれとでも言った様子で見つめていた。二人は大きなビニールバッグを手にし、海洋王国のビーチに心を燥がせている様子である。
熱さでぐったりしないようにと大きな麦わら帽子をなじみにかぶせられた定は何故かすいかとビニールバックで両手が塞がっている。
「定さんのそのスイカは何用ですか?」
「花丸ちゃんがスイカ割りをしてから、それを食べようって言うんだ。やれやれだぜ」
「そっちの鞄は?」
「レジャーシートに僕の水着。ああ、それから、日焼け止めとか。色々東京から持ってきたんだ。
なじみさん、帽子と水着しか持ってきてないだろうなって思って……ひよのさんも大荷物だぜ? その中身って――」
「ええ。定さんと同じくレジャーシートに水着。日焼け止めと虫除け。あとは救急セットになじみの着替えをもう一着。花丸さんのも用意すべきだったと後悔している最中です」
「……お母さんか」
「違いますけど」
世話焼きになってしまうのはあれだけ天真爛漫な二人を見ているからだろうか。互いに苦労をするのだと定はひよのをまじまじと見遣った。
サマーフェスティバルの喧噪を離れても、その賑わいを謳歌する観光客の数は多い。早速水着に着替えに行こうと更衣室へと向かう二人を追いかけてひよのは「また後で」と定に手を振った。
ひよのさんがいれば安心だな、などと思う定の胸中を花丸が知れば「花丸ちゃんもしっかりしてるけどなあ?」とどやされること間違いなしだ。
(と、言うか。水着か。水着。まあ、僕のは適当に買ってきた奴なんだけどさ。
いやいや、そう言う場合じゃ無いぜ。花丸ちゃんが水着を着てても『可愛いじゃん』って感じだし、ひよのさんは綺麗系なんだろなって思うけどさ。
――なじみさんは!? なじみさんの水着って花丸ちゃんとひよのさんと選びに行ったって聞いたけど何系!?)
電波の繋がっていないaPhoneを取り出して定はメッセージアプリの履歴を確認する。
確か……そう、そうだ。数日前に海洋旅行が決まったと言う連絡が来て慌てて花丸が二人と水着を買いに行って……。
――ジョーさん! サイコーの水着をなじみさんに買ったから楽しみにしてて!
違うんだ。花丸ちゃん。そんな期待だけを煽っちゃ――! 煽っちゃ僕って奴は期待で潰れて外に出れなくなってしまうんだ!
叫び出したい心を抑えて、いそいそと着替えを行った定はスイカをぎゅっと抱き締めていた。端から見ればスイカを溺愛する奇妙な人間だがそんなことに構ってなど居られなかった。
そう、詰まり。更衣室の外では準備を終えた三人娘が水着で待っているのだ。
緊張し、スイカを抱き締めたまま定は外に出て――まず見えたのは花丸だった。
黒のハイネックに同色のショートパンツ。同じデザインの手袋とクールに決めた帽子が何時も通り可愛らしい。白い厚底サンダルで少し背が高く見えて定は俯きながらついつい見上げた。
「可愛いじゃん」
「へへー、ありがとう!」
「おや、私には?」
花丸の隣から顔を覗かせたひよのはワンショルダーの水着にショートパンツを着用していた。スレンダーな彼女は其れを活かしたスポーティーな水着にしたのだろう。
「キマってる」
「ありがとうございます。可愛らしいものや、チョットだけきわどいのも悩んだんですが。皆さんと遊ぶならこの方が良いかと」
よくよく見れば花丸と同じようにハットを被っている。帽子で『おそろい』を併せてくるのだから憎いのだ。二人で買いに行ったからなのだろうか。
ネイルをした花丸の爪先と同じくひよのも赤色のネイルで飾っていた。お互いの目の色で、という粋な併せ方に定は同性の友達というのは良いものだと頷くのだった。
「それで、メインディッシュなんだけど」
「大丈夫? ジョーさん心臓発作で死んだりしない?」
「花丸ちゃんは僕をなんだと思っているんだい?」
――死ぬかも知れない。
そう思いながら定は「ごめーん!」と更衣室から駆け寄ってくるその人の到着を待って――待って、待って――死んだ。
~~越智内 定くんの冒険譚は終了した!~~
――と、なる訳もなく。(心臓が止まりそうなのは本当だった!)
藤色の髪には可愛らしくヘアピンなどでアレンジが施されている。細かいフリルなどが飾られたビキニタイプの水着を着用したなじみが惜しげも無くその姿を披露して駆け寄ってくる。
可愛らしいサンダルでしっかりと地を踏み締めたなじみに定は「な、なじみさん」と声を震わせた。
「花丸ちゃんに可愛いっていったのになー?」
「私にはキマってるって言いましたよねー?」
ひよ丸コンビニ追撃をされながら定はぐぅと息を呑んだ。彼女達の水着を見て別にテンションが下がったわけでも、適当に評価した訳でもない。
花丸の水着はスポーティーでこれから遊びに行くのにぴったりだった。ひよのも彼女の水着に合わせてきたのだろう。同じく可愛らしい。
だが、それとこれとは別問題だ。二人ともショートパンツでこれから遊ぶのにうってつけの格好だ。なじみはと言えば――「なじみさんはショーパンは履かないの?」と定の唇から思わず言葉が滑り出した。
「え? 必要かな。あのね、スカートを買ったんだけど、面倒になって」
「そう、面倒だって履かなかったんですよ。水に入ると広がって邪魔になるって」
「パーカーも買ったんだけど、それも今から海に入るんだーってね?」
ひよ丸コンビの言葉に定は頭を抱えた。いや、素晴らしいものを見せて貰った自覚はある。この水着を選んだのが花丸ならば『天才で賞』を送りたいレベルである。
定はスイカを取りこぼしながら自身の来ていた白Tシャツを脱いだ。スイカは突然の衝撃で気付けば地面とキスをしている。
「あっ!」
花丸の非難の声が聞こえようと関係ない。なじみの水着姿は素晴らしい。だが、それを沢山の人に見られるのは――とTシャツを頭からかぶせれば「ぶっ」と何ともかわいげの無い声が聞こえた。
「びっくりしたー。えー? 着るの?」
「うん。着て欲しい。なじみさん、そのままじゃ焼きそばが食べれないぜ?」
「えっ!? じゃあ着るね! サンキューだぜ、定くん!」
男・越智内 定。ちょっぴりと独占欲を滲ませた……様な、気もしたのだった。
●
「さて、食事はしました!」
「……先に?」
胸を張った花丸にひよのが問いかける。次は腹ごなしのビーチバレー大会が開催されるのだという。ちなみに、スイカ割りは定の手から落ちたことによって『デザートのスイカ』に変化した。
ビーチバレーはひよのと花丸、なじみと定に分かれてのプレイになる。その後は水遊びをしようと計画済みだ。
「花丸ちゃん、一つ良いかい? イレギュラーズとして活躍中の君と僕じゃあ、そりゃあバレーボールの俊敏性にも欠けるさ。
それでもやるっていうなら、ハンデが欲しいものだね。例えば、なじみさんの得点が倍になるとか」
「なじみさん有利すぎないかい?」
定に首を傾いだなじみはボールをぽん、ぽんと器用にトスしていた。ひよのは「一応はできます」と言っていたが、どちらかと言えばスポーツに向いているのはなじみだろうか。定は「猫だしなあ」となんとなく彼女の様子を見て考えていた。
「まあ、いいや。ひよのさんとなじみさんは得点が倍で」
「おや、いいんですか? では、なじみ、コートから出て下さい」
「おいおいおい、ひよのさん。それじゃあ、僕が一人になっちゃうぜ? そんなの得点取り放題じゃないか。寧ろ、点数のオンパレード過ぎてオーバーフローで直ぐに決着だよ。コールド負けとも言える」
慌てて止めに入った定に「やってみないとわかりませんよ!」とひよのは軽やかにサーブを打ち込んだ……と見せかけて空ぶった。慣れていない。一応。そんな言葉を冠に着けていた彼女は視線を逸らしてから呟いた。
「初めてなんですよね、ビーチバレー」
「奇遇だぜ」
少しだけ心の距離が縮まった気がした定はなじみをコート内に呼び寄せてから正々堂々としたバレーに勤しむのだった。
勿論、花丸の活躍で勝利の女神が何方に微笑んだのかは分かり易い。それでも奮闘して見せたというなじみと定はくたくただとその場に座り込んだ。
「ほら」
花丸が二人に差し出したのは瓶ラムネ。蓋をしたビー玉がきらりと輝き、美しい。なじみは瓶を割って取り出したいとでも言うだろうか。
定が親指で勢いよくビー玉を押し込めば、彼女も真似てぐぐっと押し込んだ。炭酸の海を泳いだビー玉はきらりと輝いて目を癒やす。
「風情ですなあ」
「どういう感情だい?」
「んー、こんな遠くに旅行に来て、怖いところだったらどうしようかなって思ってたけど凄い楽しくって拍子抜けしてる感じだね。
なじみさんの初めて旅行に定くんが一緒で良かった。定くんにとっても初めてでしょ? なら、皆の初めてで倍楽しいって奴さ!」
にんまりと笑ったなじみに定は何と答えるべきかと視線を右往左往させる。その頬にぴたりと宛がわれたのは棒付きのアイスキャンディが入れられた袋だ。
「わぁっ!?」
「如何ですか? 美味しそうで買ってきたんですよ」
ソーダ味とブドウ味。ひよのが花丸に何方が良いですか? と差し出す様子を見れば日常が其処にはある。
「ひよのさん、後でたこ焼きも買いに行こうよ」
「たこ焼きって、此処の蛸って本当の蛸ですか? モンスターでは無く?」
「……」
「花丸さん、答えに詰まらないで下さいよ。色々途惑ってくるじゃないですか」
躊躇いと途惑いが生まれると詰め寄っていくひよのに花丸は確かなことが言えないと目線を逸らして笑った。確かにゲテモノが混ざっている可能性は、ほんのちょっと――いや、少し――もしかしたら結構――あるかもしれないのだ。
「もうっ、安全そうなの探しに行きましょう」
「うん。おなか空いたよね」
「えっ、結構食べてから動きませんでしたか? 二人は待っていて下さいね」
食事を買い出しに行くその背中を見つめてから定となじみは顔を見合わせた。
少しして戻ってきたひよのと花丸は串焼きを手にしていた。人数分の食事を適当に済ませてから海へと歩を進める。レジャーシートに荷物を置いて、花丸は「ひよのさん」と少しばかり躊躇う彼女の手を一気に引っ張った。
「ちょっ」
ぱしゃり、と音を立てた波。ひよのは半身が『外の海』に入ったことにどこか驚いている様子だ。それはなじみもだろうか。そろそろと脚の指先を海に浸けては「ひゃー」と呟いている。
「二人とも、海は不慣れなんだね。大丈夫だよ、少しずつ慣らしていこう!
怖ければ、手を引いてあげるよ。大丈夫?」
「ああ、じゃあ……その……」
花丸が手を差し伸べればひよのはそろそろと進む。彼女は最初の勢いで深いところまで訪れた事が吉とでたのだろう。
対照的に入るところから途惑っていたなじみは「ちょっと待っててね」と足の先をつん、と浸けてからゆっくり進んで膝まで浸かり、波に攫われそうだとレジャーシートに座っていた定を振り返った。
「なじみさん、置いてかれるー! 全く、ひよひよと花丸ちゃんは凄い早さだぜ」
そうは言いながら来ないのかと問いかける視線に定は曖昧に笑顔を返した。白いTシャツが濡れて張り付いた彼女の姿は眩しいのだ。
「花丸さんが慣れているからですよ。私は正直おっかなびっくりです。こんな……凄いですね……海。ふふ、海だ」
可笑しそうに笑ったひよのに花丸がぱちりと瞬いた。どうしたの、と問えば「海って凄いなあと思って」と取り留めない言葉が返される。彼女達の世界は全てが張りぼてだ。だからこそ、こうした自然に触れ合うことが可笑しくて、不思議で堪らないのだろう。
「ああ、『本物の海』に入るだなんて考えたことも無かったです! 凄いですね」
ばしゃりと音を立てて花丸へと飛沫を掛けたひよのに花丸は「わあ」と笑った。
「やったなー!」
「わあ、待って下さい」
水の掛け合いが始まった二人へとなじみが「混ぜてー!」とばちゃばちゃと水の飛沫を立てて飛び込んでいく。
「転ばないようにね」と声を掛ける定へとなじみは持っていた水鉄砲を乱射した――届かないけれど、それでも気分は味わえる。
「定くんもおいでよ!」
水の掛け合いを始めた女子三人を眺めながら定は「ちょっとしたらいくよ」と答えた。楽しげに彼女達が笑っているだけでもこの旅行に来た甲斐がある。
花丸のように世界を股に掛けては居ない。練達という場所から出ることだって少ない。けれど、決心して良かったと定は楽しげな練達ガールズ&花丸を眺めて改めて実感したのだった。
●
「この装置? を着ければいいんだって?」
「うん。そうするとね海の中を自由に歩き回れるんだって。でも、ちょっと怖いよね。歩行訓練する?」
「歩行訓練って。まあ、そうだよね。花丸ちゃんは慣れてそうだけど僕たちは浅瀬からチャレンジしようか」
散歩をしようと練達製の『懐中歩行装置』を身に付けて、定となじみは浅瀬での機能確認から。頭のてっぺんまでが水に浸かっても苦しくない。「あー」と声を出しても水が喉へと落ちることも無く、呼吸も可能。さすがは未来だと顔を見合わせた定となじみはもう少し、と沖まで歩いて行く。
「転ばないようにね」
「転んだら浮くのかな?」
「さあ。でも、寝転がって見るのも中々面白そうだぜ? 空の光が落ちてくるんだ」
「本当だね。海の、水面の下に居るって中々ないから……まるで光がカーテンみたいで、綺麗。
こんなのプールじゃ味わえないよね。学校のプールの底に張り付いても、ちょっと残念だったし」
「張り付いたのかい?」と定は聞きかけてから、なじみが勢いよく寝そべったことに気付いた。まだまだ水面には近い。それでも身長よりは空は上。
そんな場所で意を決してごろりと寝っ転がったなじみに倣って定はそろそろと寝転がった。
「怖いかい?」
「……べ、別に」
彼女が簡単に寝転がってしまうのに自分が臆しているなんて格好付かないからと定はそろそろと寝転がった。
目線の上を魚たちが悠々と泳いでいく。光が差し込んで、まるで――空が近い。
「きれい」
呟いた彼女の横顔を定は盗み見た。これが花丸やひよのなら「君の方が綺麗だぜ」なんて適当な言葉の一つ吐き出せただろうか。何も言えやしないと彼女に気付かれないうちに顔を上へ。
「空が近いみたいだ。海の中なのに、変な感じさ」
「うん。でも、空が掴めたのなら、一番の思い出になるよ」
手を伸した彼女に定は難しいよと笑った。宙を――本当は、水中を――掻いた指先が砂を掻く。指先に口付けた魚たちは可笑しそうに二人を見下ろしていて。
近く、人の喧噪を感じてからゆっくりと起き上がった。まだまだ陸に近いから、ここまで泳いでくる誰かと鉢合わせてしまうかも知れない。
顔を見合わせて「どうする?」「どうしよっか」と問い合えば、答えが出ないことが可笑しくて。
「よーし!」
なじみは勢いよく立ち上がった。定は慌て、立ち上がり「どうしたんだい?」と問いかける。差し出された手は重ねれば良いのだろうか。迷っている暇も無いのだとそろそろと伸せばなじみがぎゅうと強く握りしめてくれた。
「定くん、こっちだよ」
手を引いてなじみは走り出す。「待って」と脚を縺れさせながら走る定は気付けば笑っていた。
彼女と出会う前の自分に言ってやりたい。凄いだろう、こんな『海洋王国』なんて場所にまで旅行に来て。海の中を走ってるんだ。
――まるで、魔法みたいだろう?
●
「はは、面白かった」
「そうですね。ビーチバレーも中々……。それに、焼きそばも美味しかったですね。ああ、けれどメインディッシュは此れでしょうか?」
海中を歩行できる装置は練達の製品ではあるが使用するのは初めてだとでも言うようにひよのは不思議そうに瞬いた。
深い海へと降りて行く。光さえ遠離って、夜闇へと閉ざされるような世界で――ひよのは花丸をちらりと見遣った。
「どうしたの?」
「不思議な感じがしませんか。花丸さんと、こんな海の奥底で二人きり」
「ふふ、そうだね。花丸ちゃんと二人だけ。海の底はひよのさんは初めましてかな?」
イレギュラーズである花丸にとっては水中行動という技能はほど近い位置にある。ひよのにとっては未経験だろうと踏めば彼女は小さく頷いた。
だからこそ、この光が遠離る海に驚いたのだろう。少しの恐怖がちらりと見える。ここは『あの箱庭』よりも遠く遠く、国を隔てた場所なのだから。
「私は、イレギュラーズの皆さんと知り合わなければ再現性東京<アデプトトーキョー>から出る事はなかったでしょう。
……いいえ、最近までは出る意味さえ感じてませんでした。外は、危険ですし。私の常識では通じないことも沢山ある」
「例えば?」
「aPhoneが使えないとか。水夜子さんみたいに『外』の情報収集が趣味なら違うのでしょうけれど……私にとっては未知ばかりなのですよ」
水族館よりもダイナミックな海の風景。夜色のように広がった海には水泡がのんびりと上がっていく様さえも可笑しい。まるで人魚にでもなったようだと笑ったひよのの手を握って花丸は「踊ろう」とおどけて見せた。
「ええ。エスコートをして下さいね」
まるで海の中の舞踏会のようで。静かに二人だけ笑い合いながらくるり、くるりと踊り続ける。光も指さぬ場所だから、秘密のダンスホールを見ているのは魚たちだけ。
「ねえ、ひよのさん。また来ようね? 世界は危険で一杯だけど、花丸ちゃんがひよのさんの手を引っ張っていくから!」
にんまりと微笑んだ花丸が両手を広げる。傷だらけの掌。彼女の努力を隠した手袋。女の子らしくないと固くなった掌を頑なに隠した彼女にひよのは困ったように笑う。
彼女が傷つくことは本意じゃない。それでも、彼女は何かがあれば真っ先に助けに来ようとしてくれるから――
「ええ。また来ましょうね。今度、手を繋ぐときは手袋を外して下さいよ。
……私にも、あなたの冒険を、あなたの傷を半分分けていただけませんか。護られてばかり、じゃ、先輩にはなれませんから」
困ったように笑ったひよのに、花丸は同じくらいに困ったように笑った。
狡いのはお互い様。互いに心配して、互いを護りたいと考えながら『頑張り屋さん』は目を逸らす――平穏を護るのは自分でいいから、と言いたげに。
「それじゃ、そろそろ二人を迎えに行きましょうか」
手袋越しに手を繋いで、輝く海に目を遣った。何処までも続いていくこの海の暗闇の向こう側。もっとずっと先まで、彼女達は渡っていったという。
恐ろしき竜を退けて、傷ついても立ち向かい。死者を出してまでも、どこまでも。
そんな彼女が遠い存在に感じてひよのはその手を握りしめた。あのちっぽけな箱庭の中でだけでも、彼女が笑っていられる世界を守れますように。
海より浮上すれば暮れかけた夕日が影をのっぺりと伸していた。
「……うん。行こう、ひよのさん」
ざざんと音が立った。波の音から遠離るように歩き出す。二人の足跡が波に攫われて消えないように――海から逃げるように走り出して。