SS詳細
我が忠節は海よりも深く
登場人物一覧
●
知っている人ぞ知っている。
『女王忠節』秋宮・史之(p3p002233)にとって、海洋国の女王イザベラが特別な存在であることを。
彼女は女王として気品が高く、見た目も美しい。そして何より、偶に魅せるお茶目な所も魅力的だ。
そんな彼女に恋慕にも似た忠節を抱いた史之の部屋は、イザベラ女王のグッズでいっぱいだ。360度、まるでイザベラの豊満で曲線美な肢体に抱かれているような気分にさえなる程に、部屋一室の壁、棚、に敷き詰められるコレクションは壮観。
今日は、このグッズの手入れの日である。
やはり放っておけば、それなりに綺麗にしている部屋であっても、埃がたまってしまうものだ。
勿論細心の注意を払い、コレクションにとっての環境は極めて良好な状態にはしているのだが、それでも、だ。
故に、週に3度はそうして綺麗にする日。
いやしかし、この3度というのはあくまで決めている数字であって、気づいたときに掃除をしてしまう為、結局、3度以上はきっと掃除しているのだが。
「よし!」
やる気の覇気が出たのだが、しかし史之の鼻の下は少しずつ伸びていた。
だってほら、大好きなイザベラ様のグッズを見ただけで、あの方を目にした時の全身に迸った感覚は、今でも忘れられない。
片手に真新しい布巾を持ちながら、もう片方の手でイザベラのフィギュアを持った。
「ああ……」
妄想が膨らむ。
『おぬしか。よければわらわの身体を拭いてたもれ』
「は、はぁぁはははははひぃい!!」
風呂上がり。湯気を登らせるイザベラがタオル一枚を躰に巻いて、後方に控えていた史之に語り掛けた。
史之は頭の中、天にも昇る勢いで飛び上がったが、現実の彼は至って不出来な冷静を装う。
顔は赤らむ、そして目の焦点が合わない。あのイザベラ様のお身体の水分を、この俺の手のなかにあるタオルで拭っていいものか、嗚呼願わくば、このタオル、持ち帰りたい。持ち帰るのを赦されたい。
「――い、イザベラ、様……ぁぁ」
史之の眼鏡が傾き、口は緩んでいる。
幸せな妄想を膨らませながら、史之はイザベラのフィギュアを丁寧に拭いていた。少しだけ埃が被っていたからこそ、より丁寧に。
と思ったその時。
「あっ」
ふいに史之の手がつるんと滑り、手にあったイザベラのフィギュアは床へと真っ逆さまに落ちていく。
ぱきん。
「ああ」
嫌な音がした。そう、それは何かが折れてしまったような――。
「あああああああああああああ!!」
イザベラのフィギアュアの片腕が、肩のあたりから複雑に割れて取れてしまったのだ。
史之の頭の中が、真っ白な閃光に包まれた。
これは、あの海洋の女王のフィギュア。しかも限定品。つまり此の世に出回っている数は多くはなく、早朝、長蛇の列に並び整理券を渡され、その抽選――には落ちてしまったので、なんとか当たった人から譲って貰えないか試行錯誤し、それでやっと見つけたひとつなのだ。
それを壊したという事は、ある意味女王への忠誠がなっていないという事ではないだろうか。史之はそこまで自分を追い詰める考えをしていた。
何故なら女王イザベラを、何より愛しているからだ――。それが例えフィギュアの形だろうが関係はない。
ふと、史之の頬を濡らした涙。
零れて、零れて、零れていく。嗚呼、このフィギアも、腕が取れて痛かっただろうに。
女王陛下よ――我が忠節は疑うものは無いはずなのに。でもこうやって、貴方さまの分身を壊してしまった。
それは史之の身が実際に引き裂かれるよりも、心が痛むものだ。
だから、せめて。
史之の瞳が、きらんと光った。
取り出したのは瞬間接着剤(闇市に出回っている奴)。それをイザベラのフィギアの肩に僅かにつけると、腕と割れ目ときっちり重なるようにしてくっつけていく。
この行動がなんだっていうのだ。いや、でも何もしないよりも、こうして復元という罪滅ぼしをしない手はない。
割れ目がわからなくなる程にきっちりとつけるのだ。そう、それこそ数ミリ単位の作業。
戦闘でも発揮したことがないような集中力で、イザベラのフィギアを回復させるのだ――。
腕が、落ちた。
「――ハッ!!」
という所で史之は目が覚めた。
全身汗だくで、イザベラのグッズが置いてある一室の中央で寝ていたのだ。
飛び起きて、史之はイザベラのフィギアを確認する。どうやらそこから全く移動していないようで、腕が取れている気配もない。
詰まる所、あれは夢であったのだ。
しかし意地悪い夢だ。寝ていたというのに、心は疲れ、躰も痛い。
夢で経験した罪悪感と悲しみ、そういったネガティブな感情た史之を支配していたのだ。だがまるでパンドラの箱のように、もう二度とああいったミスを犯さないという希望を添えて。
とその時、史之の手がつるんと滑って、イザベラのフィギアが真っ逆さまに。
――今度は、きちんとその身体を受け止めたのである。