PandoraPartyProject

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海洋の酒場、テラスにて

登場人物一覧

ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)
人間賛歌

「一つ問おう」
 秋の夜風が吹き抜ける。暗闇の中を紅葉が散らされ、テーブルの上の酒瓶へとへばりつく。
 褐色の指が弾くと再び風に乗り月明かりに照らされたのも束の間、それは夜の闇へと吸い込まれていった。
「聞くだけ聞こう」
 手向けるように傾けられたワイングラスの中を深紅の葡萄酒が揺れ、その口がその『少年』へと向けられた。彼――E-Aと呼ばれた彼は胸元のコインを月光に晒しながら、ヤツェクへとか細い声でこう問い直した。
「貴君はこの『星』についてどう思うかね?」
 ヤツェクはそれを鼻で笑い、傾けていたグラスを自身へと向け命の水を流し込む。この小生意気な人工知能はこう言いたいのだろう。『この混沌と言う世界に居続ける事についてどう思うのか』と。まさか真剣に悩めというわけではあるまい、これは目の前の酒と、呆れるほど長い余暇を潰す手段に他ならない。
「随分と俗に染まった言い回しだ」
 そしてその質問に答えてやるほど、ヤツェクという男は安くない。喉に流れていくほど良い酔いの感覚に身を任せ、言い返す。
「この世界は終点と呼ぶには窮屈だ、あの月と言う衛星の上で踊り明かす事すら、私達の物語ではかなわない!」
 天に輝く満月へと手のひらをゆっくりと広げわざとらしく悲劇の様に振る舞うE-Aのそれは、彼とよく似た境遇の――おそらく練達のAI達の――受け売りだろう。
「これはまたになったものだ」
「ああ、何処かの誰かが私を置いて昼寝をしてくれたおかげだ」
「なら、そいつに感謝の言葉でも投げかけてやるといい」
「魂の無いAIに心を伝えろとは、俗に染まったのはどちらかわからないと言うのは傲慢な考えかね? ヤツェク君?」
 グラスが空になった、どうにもこの『男』と話していると酒も口もよく回る。秋の涼し気な空気すらその心地よさの前にできあがった頭の火照りを覚ますには程遠く。
「だがこの箱庭は悪くない、一つ街から足を踏み出せば物語に溢れている。未知の生物や秘境、そしてこの酒もまたそうだ」
 コインから形を以て映し出されたE-Aはヤツェクのグラスへと大仰な身振りで命の水ワインを注ぎながら不敵な笑みを浮かべる。
「それは本心か?」
「おっと、それすらわからないとは! どうやらこれは思ったよりも強い酒だったようだが」
「一々考えているほど長生きじゃあないからな」
 ヤツェクの言葉に今度はE-Aの方が鼻で笑う。わかっているだろうに、そう言いたげだ。ヤツェクはその表情に応えずに、E-Aの話題に『乗ってやる』。
「まったくその通りだ。この世界は歌の内容に困らない。無限に続く海原にも、幻想的な森にも、そして、魔に魂を焦がす故に生まれる悲劇にも――」
 しばらく考え込み、そして一言。
「もう少し居てやっても、良いかもな」
「貴君のもう少しは信頼ならないな。精々3年は居ついてくれたまえよ」
 E-Aの皮肉に「アンタが飽きなければな」とだけ返し、ヤツェクは空を眺める。言われてみればあの月も遠い存在になったものだ、もう1年か、それ以上か。『寓話』の世界を飛び降り、地に足の付いたこの冒険を行う事となったのは。
「ほら、現にもう月に行きたくなっているじゃないか!」
「……あんな小さな星で踊りたくなるアンタを憐れんだのさ」
 注いだ半分ほどになったグラスを揺らし、ゆっくりとテーブルへと乗せると、ヤツェクはボトルを手に取る。目の前の口減らずなAIを黙らせるには、言葉よりもこちらの方がいいだろう。
「飲むと良い、アンタに形を与えている俗な文化とやらに感謝をしながらな」
 その言葉と振る舞いにE-Aは納得か、あるいは嘲笑か、胸元のコインを指で弾き揺らすと、その手でそのままヤツェクの施しを受けるのだ――
「貰おうではないか、人工知能に酒を与える奇妙な主人の為に!」
 それ以上の説明は必要あるまい。男が二人と酒があれば、時間は流星のように流れていくものだ。
 口から零れるは、冒険の数々の記憶と、その倍は皮肉や小言の応酬。だが、堂々巡りの言い合いの最中、彼らの顔に不快な様子はほとんど見られない。最早その半生を共に過ごしたに相応しい戦友に、素直な言い回しも顔色を伺う必要性も存在しない。
「――そう、ヤツェク君がこの混沌で紡いだ物語を忘れるものはいないだろう、貴君が手にかけた女性たちもだ、かつて私が『大芝居』をした時の彼女も――」
 E-Aが何かを話そうとした、その時。誰かがいつの間にか彼らの隣を歩いたのか、それとも手が酔いでぶつかった事にも気づかなかったのか。空いた酒瓶がテーブルにゆっくりと転がる。重くゴトンと机の揺れる低い音と振動が心地よい。転がる酒瓶を眺めながら、彼は何かを思いだしたように唐突に。
「ああ、そうだ。一つ言い忘れていたことがあった、大事な事だ」
 E-Aは恍惚としたように空を仰ぎながら、ぽつりと呟いた。混沌法則なるものがAIであるはずの彼へも酒が回したのだろうか、元からこのような気がするが。
「ずっと物足りないと思っていたのだが――」
 E-Aの減らず口にヤツェクは何か言ってやろうかと言葉を暖かい頭で捻ろうとするも、彼の次の言葉にそれを試みる事はない。
「この星には音楽が足りない。心を揺さぶる計器のリズムも、星々を産む星雲オーロラも。一つ奏でてくれたまえよヤツェク君! ちっぽけだが、確かな歌を」
 ああ、そういう事か。それは大事な事かもしれないな。
 彼の言葉には了承も皮肉もいらない。ヤツェクは静かにギターを取り出し、一つの曲を奏でる。
 刺激と、趣味と、冒険を愉しむ男達の唄を、唇に魔法を乗せ、楽器から放たれる幻想的な曲と光はそれを受けたものを幻想的な世界に引き込み、より享受しようと近づけるだろう。
「そして終わったら拍手喝采だ――貴君には似合わないと思うが。悪くはない余興だろう」
 君のソレの前にはこの海の街の喧騒も、草木が風に奏でる音楽も、海の儚くも力強い波しぶきも叶うまい。ヤツェクの唱へとグラスを傾け、E-Aは小さな独り言を呟いた。
「この窮屈な終点に、グラスに写る楽園に、そしてそこの小さな若い主人ヒアシンスに。乾杯といこうじゃないか」
 その言葉を男が聞いたかはわからない。ただ、心なしか、彼は微笑を浮かべていた、気がした。
 ただ静かな酒場に男の歌が響き渡る。透き通るような空へと染み通り、それは彼らのはるか上の月へととどくかのようであった――

  • 海洋の酒場、テラスにて完了
  • GM名塩魔法使い
  • 種別SS
  • 納品日2021年11月15日
  • ・ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093
    ※ おまけSS『ヒューッ!と言いたくなる気持ちを必死に抑えていた』付き

おまけSS『ヒューッ!と言いたくなる気持ちを必死に抑えていた』

「それでヤツェク君、かの世界ROOの貴君はどういった見た目なのかね?」
「……好きに考えてみるといい、人工知能はそういうのは得意だろう?」
「やめておこう、貴君がそういうことを言うときは大抵、私にしたら不味いものであるだろう?」
「……」
「言わないでもいい、その顔でわかるさ、良い顔だな、何故か退屈が満たされる気がするよ、ヤツェク君!」


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