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本日快晴、冒険日和
登場人物一覧
ㅤカノンは冒険者だ。なぜ冒険者なのかと問われれば。
「んー、そこに未知があるから、かな?」
ㅤ大体そんな感じである。
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「薬草採取、ですか」
ㅤとある村でカノンは一人の少女に話しかけられる。聞けば、母親が病気になってしまい、それを治すためには森の奥にある薬草が必要だという。
「薬草は森の奥の小さな泉の近くに生えてるんだけど、私じゃそこまで行けなくて……お願い冒険者さん!ㅤお母さんの病気を治して下さい!」
ㅤぺこりと頭を下げる少女。そんな彼女の頭にカノンはそっと手を乗せる。
「もちろん、私に任せてくださいっ!ㅤすぐに採ってきてあげますよ!」
ㅤそれは、冒険を望んでいたカノンにとって願ってもない状況であった。
ㅤここはバグってしまった世界。何が起こるか予想はできない。
「だからこそ、冒険のしがいがあるってもんだよねっ!」
ㅤ冒険者は冒険を開始する。
●
ㅤカノンは森の奥へと進む。入り組んだ木々の間を縫うように抜け、森を切り拓いていく。
ㅤと、そこで、眼前に広がる光景に目を見張る。
ㅤ──木が燃えている。
「……えっと、なにこれ」
ㅤ自然発火なのかなんなのか。ともあれ、大事なのは木が燃えているという事実であり、燃え広がりつつあるという現実である。
「……よし、これは何とかしないとねっ!」
ㅤカノンがすばやく杖を取り出し、一振り。
ㅤ無数の魔弾が中空に形成され、燃え盛る木を中心に降り注ぐ。
「燃え移る前に燃え尽きれば問題ないよね!」
ㅤ一見脳筋に見えるこの対応だが、水も砂も何も無いこの場においては最適解だ。
ㅤやがて音がなりやみ、土煙が晴れたその場には、先程の木はもはや跡形もなく、少し開けた場所があるのみであった。
ㅤと、ガチャっと音がし地面が
「えっ、落とし穴っ!?」
ㅤ通常ならいかに意味の分からない罠と言えど事前に気づく事が出来たはずだが、燃え盛る木に気を取られて反応が遅れる。
ㅤ咄嗟にインベントリから取り出した鉤縄付きロープを近くの枝へと投擲。絡めることによって宙吊りの状態で止まる。
「ふぅ、危ないなぁ。なんだろこれ、遺跡とかの罠みたいなのを森で再現されてもなぁ……」
ㅤ下を見れば、ハッチでも開いているかのような不自然な割れ方で地面が直角に折れている。穴の中は暗く、底が見えない。
ㅤ──突然の浮遊感。
ㅤ上を見れば、縄が切れている。というか燃えている。
「えぇ!?」
ㅤ解決法を即座に模索したカノンだったが、今度こそは為す術なく穴の底へと飲み込まれていった。
●
ㅤ落下。
ㅤだがカノンは慌てない。こういうときに冷静に対処する事こそ、冒険者に求められるスキルである。
ㅤといっても、解決法は既に見つけている。なんのことは無い。サファイアの指輪に一節唱えれば即座に解決だ。
ㅤカノンは媒体飛行によってなんなく地面に降り立つ事が出来た。
「うーん、あのエリア一帯が自然発火するエリアだったのかな……?ㅤバグってるなら考えても仕方ないのかもしれないけど」
ㅤ思考をまとめるには情報が足りない。
ㅤ冒険者たる彼女は立ち止まって考えるのは性にあわない。フィールドワークこそ冒険者の在るべき姿だろう。
「まぁいいか!ㅤまずは辺りを散策しよう。出口も無くなっちゃったしね」
ㅤ上を見れば、既に穴は存在しない。カノンが降り立つと同時に消えてなくなってしまったからだ。
ㅤそうしてカノンが何故か熱を感じさせない溶岩を尻目に遺跡を進むと、自分のものでは無い足音を耳にする。
「蟻……?ㅤこんなところに?」
ㅤフォレストアント。その名の通り森に棲む大型犬程の大きさの蟻型モンスターだ。
ㅤ女王を持たず、少数規模の群れを幾つか作り、隣合って巣を形成するという変わった性質を持つ。
ㅤしかし、自身の魔物知識を参照しても、このタイプのモンスターが遺跡に生息しているという情報はない。
ㅤ先の落とし穴で落ちてきたというなら一応の納得は出来るが。
「だとしても巣があるのはおかしくないかなっ!」
ㅤ小部屋の中の遺跡の壁に幾つかの穴が空いており、そこから複数の蟻の姿が見て取れる。
ㅤ
ㅤこれはおかしい。そもそもいくら頑丈な顎をもつフォレストアントといえど、遺跡の壁を壊すのは至難の業であろう。
ㅤともあれ。
「考察はあとだね。まずは何とかしないと」
ㅤ敵対心を顕にするようにギチギチと顎を鳴らすフォレストアントへの対応を優先することにしたカノンは、杖を構えた。
「遺跡が崩れちゃまずいからね!ㅤ行動を縛らせてもらうよ!」
ㅤインタラプト。魔力を込めた杖より放たれしその魔法は、フォレストアント達をすっぽりと包み込み、その全ての動きを止めてしまう。
「一気に行くよっ!」
ㅤかつての自分をその身に重ね、杖を振るう。
ㅤ振るう杖が二重三重にも重なって見え、その全てが別々のフォレストアントへと突き刺さる。
ㅤいかに冒険者と言えど、護身は欠かせない。冒険をするのは死と隣り合わせだ。どんな状況でも万全の戦闘が出来てこそ、一人前の冒険者と言えるだろう。
ㅤその後も固まったままの蟻を殲滅することに成功したカノンは、思考を纏めつつあった。
「あー……テクスチャのバグ?ㅤいや違うなぁ、これもしかして森と遺跡の情報が入れ替わってるのかな」
ㅤ燃え盛る木、不自然な落とし穴、熱くない溶岩だまりに森に居るべきモンスター。
ㅤこれらから導き出される回答は、
ㅤ何らかのバグによって遺跡の性質を持った森と森の性質を持った遺跡が誕生してしまったのではないか。
「だとするなら……薬草採取の依頼を受けた私が探索するべきなのは、この遺跡ってことになるね!」
ㅤひとつの仮説へとたどり着いたカノンは、遺跡の奥地へと進むべく、歩みを早めた。
ㅤその後も天井になる木の実や何度も同じ所へ戻ってくる迷いの森的なギミックなど、幾度と訪れる森的な要素をくぐり抜けると、やがて開けた場所に出た。
ㅤそこには小さな泉があり、周囲には季節を無視した様々な花々が咲き乱れている。
ㅤただし、泉は宙に浮いており、花々は石造りの遺跡にそのまま生えていた。
「ここかな……?」
ㅤ最初に少女に聞いた情報と合致するであろう場所にたどり着いたカノンは、早速薬草を探す。
ㅤそうして、さほど時間を掛けることも無く目当ての薬草を見つけることが出来た。
「あった。これが薬草だねっ!ㅤ早く持って帰ってあげよう!」
ㅤしかし、結局出口と言えそうな場所は存在しなかった。薬草を採取すればクエストクリアで村まで転移、という訳でも無さそうだ。
ㅤどうしたものかと考えるカノンだったが、とあることを思いつく。
「もしかして、ここが森だとするなら……」
ㅤカノンはサファイアの指輪に一節唱えると、杖に跨りそのまま浮かび上がる。
ㅤそして、そのまま
「やっぱり!ㅤ森なら天井なんて無いよね!」
ㅤやはりというべきか、天井は天井では無く空だった。枝や葉っぱの様な多少の引っかかりはあったものの、それさえ気をつければ脱出は容易であった。
ㅤそうして遺跡(森)を抜け、森(遺跡)まで戻ることが出来たカノンは急いで村へと戻った。道中には遺跡にあるような罠もあったが、もはやそうであると分かっているカノンにとって、その罠の数々を対処するのはわけない。
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「冒険者さん!ㅤありがとうございます!」
ㅤ村にたどり着いたカノンは早速少女の元へ行き、薬草を手渡す。
「これ、お礼です。少ないけど……」
ㅤ少女が差し出したのは小さな袋に入ったゴールドだった。
「そうですね、受け取っておきましょう」
ㅤ一応はクエストという形で受領したならば、報酬は受け取るべきだろう。
ㅤ受け取りはするが、それをどう使うかはカノンが決める。
ㅤカノンは少女に、今受け取った袋を握らせた。
「そして、これはお見舞金です。お母さんが少しでも早く治るように、これで元気が出るものでも食べさせて上げてください!」
「で、でもそんな……」
ㅤなおもこちらに袋を渡そうとする少女を手で制す。
「困っている人を助けるのが冒険者ですからねっ!」
ㅤそう言い残し、カノンは村を去っていった。
「いやぁ、楽しかったなぁ。次はどんな冒険が待っているんだろう」
ㅤ彼女が何故冒険を続けるのか。
ㅤそれは、そこに未知があるから、である。