PandoraPartyProject

SS詳細

弾丸の残した痕

登場人物一覧

コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)
慈悪の天秤

「――また来るわぁ」
「……毎度あり」

 最近通い始めた酒場の入り口で彼がすれ違ったのは女性にしては少々長身で煙草の匂いがする女ヒト。
 肩口で揃えられた灰色の髪とその身長は黒いロングコートがよく映える。
 どこかで会ったような気がした彼はすれ違いざまに会釈すると、その女はそれに答えて軽く手を挙げるとそのまま店から出て行ってしまった。
「今の人は……」
「お前さんより常連だよ。知ってるのか?」
 どこかで見たことがある気がする。と彼が言う。
 すると店主は一人納得した様子でグラス磨きを再開しながらぶっきらぼうに言い放つ。
「大方ローレットですれ違ったんだろうさ」
 成程、と彼は納得した。
 というのも先日特異運命座標イレギュラーズになったばかりの彼からしてみれば顔だけ知っている先輩など数え切れないほどいる。
 傍目には自分より小さな少女にしか見えなくとも歴戦の特異運命座標だったりは日常茶飯事だった。
「気になるのか? アイツが」
「えぇっと……はい」
 特異運命座標になったばかりの彼からしてみれば先輩たちがどんなことをしてきたのかという話は是非とも聞いておきたい。
 これから自分がどんな風に特異運命座標として活動していくのか。その道しるべとするために。
 いつものを御願いします。と注文を入れながら彼は店主の前のカウンターへと腰を下ろした。
「と言っても俺は特異運命座標としてのアイツはよく知らねぇんだ。俺が知ってるのはその前だな」
「特異運命座標になる前……ですか」
「俺が初めて会った時のアイツはまだまだガキで駆け出しの傭兵だった。多分今のお前さんよりもっとガキだったころだ。銃の扱いや立ち回りは上手いくせによく人に騙される甘ちゃんよ」
 カウンター越しに差し出されたエールを受け取り、彼は店主の話の続きに耳を傾けた。
「拠点がこの国じゃなかったんで年に数回会うだけだったがアイツの噂は他の客からもよく聞いた」

 あの女は駄目だ。人を殺すのが上手すぎる。味方にいれば心強いが相手にはしたくねぇ。戦場に響くあの女の銃声はもう聞きたくねぇんだよ。
 躊躇いがない……というのは少々違うな。あれにとっての銃を撃つことは我々のそれとは意味合いが違うのだろう。
 自分が悪人だと自称し、酒も煙草もやる癖に祈りの所作はピカイチと来た。あんなよくわからん奴はそうおらん。
 礼拝には遅れず参加して、毎回寄付までいただいてるんです。本人はそういう気分だから、としか言わないんですけど。

 彼女――コルネリア=フライフォーゲルの 特異運命座標としての活動は一年にも満たない。
 しかし傭兵として動いていた年月はその十数倍にも及ぶ。 特異運命座標としてのコルネリアを知らずとも戦場で福音の弾丸を撃ちこむ射手を知る者は大勢いた。
 その弾丸に命を救われた者も、奪われた者も同様に。

「俺が知ってるのはこれくらいだな。特異運命座標になったってのはアイツから聞いたが詳しい仕事内容は知らん」
「……すごい」
 話を聞くことに集中し過ぎて温くなってしまったエールを一気に飲み干す。
 コルネリアの名を聞いて彼はローレットで耳にした彼女に関する噂を思い出していた。

 人当たりもよく面倒見もいい姐御肌。
 悪を自称しているが善人さを隠し切れていない。
 依頼に対する姿勢は至極真面目で頼りになる。

 そんな彼女は彼からしてみればすごい先輩の一人であり、特異運命座標はやはり特別なのだ、という思いが彼の中で膨れ上がる。ここ数年、多くの国で名を轟かせている者たちの一員になれた、という事実に心が躍る。

「まぁ、仕事の内容が変わったくらいで他は大差ないとも言ってたな」
 世界を救うために戦ってるのよぉ? 凄いと思わない? などと軽口を叩いていたがコルネリアにとって特異運命座標としての依頼はその程度。
 彼女にとって大事なのは立場そこではなく、自分が何をしているかだった。
 例えどんな立場になろうとしてきたことはなくならないし、これからすることも変わらない。
 今までしてきた仕事に世界を救うというおまけがついてきただけ。

 その命ある限りコルネリアはただ弾丸福音を撃ち祈り続ける。

「……」
 その言葉を聞いて、アルコールで熱くなっていた彼の顔に宿った熱が急速に引いていった。
 自分が特別なのだという酔いに浮かされるよりもすべきことはたくさんある。
 立場が変わったとしても自分は何も変わらないのだから。

「お代、ここに置いておきます!」
「毎度」

 青年は一杯だけ飲んだエールの代金をカウンターに叩きつけると店の外へと駆け出した。
 その身に宿る熱はこれまでの物ではなく別の物に。憧憬から決意へ変わる。
 銃を持った女の話福音は一人の特異運命座標を変えた。

 善でも悪でもない天秤の支柱は曲がらない。しかしその姿はそれを見た誰かに変化をもたらすこともある。
 折れず曲がらぬその姿。それを見て何を想うかは当人次第。


「で、お前さんはずいぶんと早い『また』だな」
「まーね」
 彼と入れ違いで店にやって来たのは件のコルネリアだった。
 しばらく前に店の前までやっては来たが、自分の話をしているところへは入りづらかったのだろう。寒くなった外気に照らされたその頬は少しばかり赤くなっていた。
「これこれ、これを忘れたのよぉ」
 するりと店の中へ入ったコルネリアは自らが座っていたであろう椅子の下へ潜る。
 ゴソゴソと音がした後、下から出てきたコルネリアの手に握られていたのはまだ中身の入った煙草の箱。店を出て、外の寒さに耐えかねて吸おうとしたところで落としたことに気がついたのだろう。
「新しい箱開ければよかっただろう。次に来た時に回収すりゃあいい」
「今日はそういう気分だったのよ」
 そのまま椅子に座るとコルネリアは慣れた手つきで煙草を咥え、ポケットから取り出したマッチで火をつけた。
「随分と面白そうな話をしてたみたいねぇ」
「当たり障りのない話をしただけだ。酒場で客の話をして何が悪い」
 店主も彼に自身の知るコルネリアの全てを話したわけではなかった。
 傭兵になった理由も知っていたし、その切欠になった人物も知っている。
 しかしそれは軽々しく口にしていい話題ではない。だから彼にした話は当たり障りのない部分。コルネリアの傭兵としての活躍だった。

 とはいえ店主も今回は少々喋りすぎた自覚はある。
 何も言わず黙って紫煙を吹かす女へこちらも黙って灰皿と共に酒を出すことにした。
「……奢りだ」
「ごちそうさま」
 特異運命座標になってからはこの国にいることも増えたのかこの店に来る回数も増えている。ここは機嫌を取っておいた方がいいだろう。店主は自分にそう言い聞かせた。

 そしてあんな話をしたからだろうか。

 少女と言ってもいい年齢の頃から知っている目の前の女。
 傭兵になり、そして特異運命座標に選ばれた目の前の女。
 保護者とまでは言わないが顔見知りではある目の前の女。

 コルネリア=フライフォーゲルが今何を思っているのか、ふと店主は気になった。
「で、どうなんだ。特異運命座標ってやつは」
「――悪くないわねぇ」
 コルネリアは吸殻を灰皿へ押し付けるとたった一言、それだけ言ってタダ酒へと口を付けた。

  • 弾丸の残した痕完了
  • NM名灰色幽霊
  • 種別SS
  • 納品日2021年11月15日
  • ・コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315
    ※ おまけSS『特異運命座標は見た』付き

おまけSS『特異運命座標は見た』

 数日後、彼はローレットで報告書を漁っていた。

「裸エプロン? 男物水着? VDMランド? 魔法少女? 得意運命座標って何なんだ一体……。うわ、まだほかにもある……」


 それは神のみぞ知る。

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