PandoraPartyProject

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たとえ、消えるものが小さくても

登場人物一覧

ニル(p3p009185)
願い紡ぎ


 気が向かない依頼であった。
 街道から外れ、大きな森の中に荷馬車が入る。それに護衛として連れ添うニル(p3p009185)は、どこか物憂げな顔で馬車の『荷物』に視線を向ける。
「……どうかしましたかい、特異運命座標(イレギュラーズ)さん」
「いいえ。何でもありません」
 依頼主への義務的な返事。
 何処かもやもやした気持ちを悟られずに済んだろうかと、ニルは少しだけ心配した。

 ――依頼内容は、或る奴隷商人の護衛だ。『商品』は主に10歳以下の子供達で――

 和装の少女が『ローレット』で話していた依頼内容。『商品』を運ぶ都合上野生の獣が多く出没する森を通る際、その護衛として雇われたのがニルを含めた幾名かの特異運命座標達であった。
「………………」
 ちらり、もう一度荷台の側を見る。
 馬車に乗る少年少女たちは、互いの手足を細い鎖でつながれていた。
 歴戦の冒険者からすれば脆いものだが、あくまで子供たちの力を考えれば逃走への対処としては一先ず十分な処置だと言える。
「?」
「……あ」
 ふと、子供の一人と目が合った。
 乗っている子供の中では一際幼い少年だった。彼はニルの方を見て首を傾げた後、ふいと視線を何処かに逃がす。
 ――覗く瞳に、希望の光は見当たらなかった。
 

「……よし、今日はこの辺りで野営をしましょう。依頼の通り、火の番は特異運命座標の方々にお願いします」
 不精髭を生やした商人の言葉にニル達は頷き、陣の設営や夕食の調理に回る者などにメンバーも分かれていく。
 調理班に回ったニルは、その過程で何者かからの視線を感じ、その方向へと顔を向ける。
「………………」
 瞳を向けた先には、奴隷の子供たちが並んで座っていた。
 彼らの手には既に『夕食』が渡されていた。――家畜用の飼料である生野菜を安い堅パンに挟んだものが。
(……それは)
『おいしくない』のではないだろうか、とニルは感じる。
 今なお食事を作るニルには、味覚から生じる『おいしさ』を常人と同じ感覚で捉えることは難しい。
 今調理している簡単なスープも、予め教えられたレシピを正確になぞっているからこそ人並みの味に仕上がるのだ。シトリンの秘宝種は、そうした意味で彼らの想いに共感することは出来ない。
 ……それでも。

「あの、これを」

 少しだけ、時間を置いて後。
 ニルは、大鍋に半分ほど残ったスープと、耐水処理が施された使い捨ての皿の残りを奴隷商人に持ち寄った。
「……こちらは?」
「夕食のスープの残り、です。
 あの子たちに、分けてあげたいと、思いまして」
「それは……」
 一瞬、商人は言葉を濁し、しかしニルに視線を向け直して言う。
「確かに、今彼らへ向けている待遇は良いものとは言えません。
 これは食事だけでなく、此処に来るまでの扱いにも言えるでしょう。ですがね」
 例え今、彼らに優しくしたとして。
 商人は売り先を選べない。彼らも生活の為に奴隷を扱う以上、それが彼らにとってどれほど劣悪な環境に売られることも許容せざるを得ないのだ。
「そうした、半端な優しさを与えた後に苦しませる真似をするよりは、最初から希望を見せない方が良い。私はそう思いますがね」
「……むずかしい話ですけど、ニルは、そう思いません」
 商人の言う事も一つの真理だ。けれど。
 或いは、誰かに優しくされたことを切っ掛けに、彼らの心には何かが残るのかもしれない。
 それを頼りに、辛く、苦しい環境に置かれても逞しく生きていくことが出来るかもしれないと。
「今だけは、それを、信じてみてくれませんか?」
 苦笑を浮かべた奴隷商人は、そうして奴隷の少年たちにニルと、ニルが作ったスープの余りを別けて貰える旨を伝えた。
 奴隷たちは、喜びよりも困惑や疑念を湛えた表情でスープに口を付けて……やがて、その表情を少しだけ緩める。
 その表情を見て、ニルは、少しだけ嬉しくなった。
 嬉しくなった、のだ。


 一夜を明けて、翌日。
 夜間には火の番がついていたこともあって獣に襲われることはなかったが、その幸運も長くは続かなかった。
「獣は!」
「後ろ三方向にぴったりついてきてる! 『荷物』を抱えてちゃ逃げきれない!」
 移動を再開した後すぐに、野生の狼と猿――厳密にはそれらに酷似した獣が荷馬車を襲ったのだ。
「――ニルが、振り払います」
 両手に握るゴブレットが、ニルの魔力を受けて微かに宙へ浮き上がる。
 杯から溢れた冷気が獣たちの四肢を凍てつかせる。明確な脅威と判ずるには容易であるそれに、獣たちの挙動は確かに乱れた。
「このまま……っ?」
 逃げられれば。そう言おうとしたニルの瞳が、刹那、見開かれた。
 馬車の安否を確認すべく、微かに向けた視線。その先では――御者台に座り馬を駆る商人へと、子供たちが襲い掛からんとしていた為に。
 鎖につながれながらも動ける限り動き、恐らくは昨夜の野営の内に拾っていたのであろう尖った石を振りかぶる子供達へと、商人は瞠目し、叶う限りの抵抗を試みる。
 それでも、商人は獣から逃れるべく、馬車を走らせている。しかも森の中で。
 子供達への対処に意識を向ければ、最悪操縦を誤った馬車は木々に叩きつけられ、そのまま彼ら諸共商人は死んでしまうだろう。
 ゆえに、商人は子供たちに対処できない。
 ならば、
「ニルッ!」
 今尚追い縋る獣たちの残りに対処する冒険者の仲間が、叫んだ。
 その意図が何を指すかなど、偶然、仲間たちの誰よりも馬車に近しいニルには解り切っていて。
「……っ!!」
 繊手を向ける。練り上げた魔力が術式を介さず、そのまま子供たちの一人へと叩きつけられた。

「――――――、あ」

 攻撃を受けた子供は。最初にニルと視線が合った幼い少年は、驚愕にも満たぬ程度の些細な驚きを表情に浮かべて、頽れる。
 ひ、と息を吞む音が聞こえる。明確な暴力に子供たちが怯んだその隙に、ニルは御者台に乗り込んで商人と子供たちの間に立った。
「……おねがいです。これ、以上は」
 子供たちに向けた言葉の先は、告げられない。
 否、告げる必要も無かった。『そうした結果どうなるか』を体現した少年へと、子供たちの視線は注がれていたから。
「……ごはん。ごはん」
 明確な致命傷を受け、意識も朦朧とした様子の少年は、荷台に倒れた状態で、ゆっくりと虚空に手を上げる。
「あったかいおうちで。みんなといっしょに。パンと、おかしと、ああ……」
 ニルは何も言えぬまま、少年を見続けていた。
「……あのスープ。また、たべたい」
 彼らに言葉を掛ける資格が、今の自分にはもう無いのだと、知ってしまっていたから。


「……それじゃあ、依頼はこれで完了と言うことで」
 獣たちを撃退し、目的とする街に着いた商人は、市場の前で特異運命座標らに別れを告げた。
「報酬は『ローレット』を通じて後日支払わせて頂きますんで。皆さんには……大変な思いもさせましたし、色は付けようと思ってます」
 荷馬車の中には誰も居ない。既に仲買人を通して、子供たちは市場へと送られていた。
「……その、亡くなってしまった『と言う』子は」
「運んでる最中に死んだ奴隷、一人一人を弔ってちゃ大赤字ですからね。
 それでも最低限、荼毘には伏せようと思いますが」
 苦笑する商人は、そうして、ニルの側へと視線を向ける。
「……いろいろと在りましたが、お辛くは無いようで。それだけは安心しましたよ」
 対するニルは、それに対してきょとんとした顔をする。

 ――「何のことですか?」。

 あの後。
 子供たちの一人をその手で葬って、末期の言葉を聞いたニルは、仲間たちが馬車に戻って態勢を立て直した後、その意識を失った。
 ギフト、『ニル・アドミラリの片鱗』……自身が受ける心の痛みを、忘却と言う手法を以て失くすという祝福を以て。
 目が覚めたニルからは、彼の子供達に関する記憶が失われていた。その詳細を他の特異運命座標から教えられた商人は、そんなニルに対してそれ以上の言葉を重ねることはしない。
 ただ、
「……これは、私の個人的な願望ですがね」
「はい?」
 ニルの瞳をしっかりと見ながら、商人は言葉を続けた。
「貴方が、痛みに耐えられるくらい、強くなって欲しいと思いますよ」
 ――辛い記憶も、苦しい記憶も、『失ってしまう』ことはきっと悲しいことだから、と。
 そうして馬車を牽き、市場の中に消えていく。
 ……子供たちに関する記憶が失われたニルには、その言葉の意味を理解することは出来なかった。
 けれど、それでも。
「……ありがとう、ございます」
 意識せず、口をついて出た言葉.
 それはきっと、埋没した記憶の中に潜んだ、ニル自身の言葉であった。

  • たとえ、消えるものが小さくても完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別SS
  • 納品日2021年11月15日
  • ・ニル(p3p009185

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