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サークラちゃん
登場人物一覧
●抑圧
「――サクラちゃんって本当にサクラちゃんだなあ!」
時折、親友から聞く台詞に首を傾げる時がある。
特におかしな事を言ったり、したりした心算は無いのだが、周囲が『ざわつく』事は昔から少なくなかった。
「まぁ、サクラちゃんだからね!」
……ハッキリキッパリとそう言われればまだ分かる方だ。
何も頓着しない親友は気安く、彼女のそんな所はむしろサクラの救いであった。
むしろ困るのはハッキリもキッパリもしない方であり、そういった事態は大半の状況に当て嵌まる。
例えばそれは寄宿舎での出来事だった。
――サクラちゃん、爪伸ばさないの?
理屈では女の子が爪を伸ばすお洒落をする事は知っている。
しかしながら、そう問われたのは未来の天義を担う騎士を養成する日の一幕だ。
――伸ばさないよ。剣が振り難くなっちゃうから……
――剣? ああ、サクラちゃん実技の成績いいよね。
――うん、私は天義の聖騎士になるから。最低限は戦えないと。
――本当に騎士になる心算なの!?
――え? だってここはそういう学校だよ。その為に私は……
――サクラちゃんって変わってる。こんなに可愛いのに!
フォン・ルーベルグの騎士学舎は貴族階級の為の訓練場である。
サクラも――ロウライトの家もそれは例外では無く、『同期』には名家の子息令嬢ばかりであった。
まだしも男子ならば天義の正義を胸に燃やし、騎士道を歩む者も多かろう。しかしながら、大半の子供達にとってその場所は『親に与えられた居場所』に過ぎなかっただろう。天義貴族の子女として最低限の『箔』をつける教育課程は、こういった騎士学舎に進むか、教会組織に進むかの二択であり、それは謂わば彼等彼女等の義務に他ならなかったからだ。
良く良く考えてみれば、同期の可愛らしい――重いもの等殆ど持った事も無さそうな柔らかそうな手は余りに剣を握るに向いてはいなかった。
――ありがと。でも私はやっぱりいいや。
砂糖菓子で出来たようなふわふわの女の子――
思わず守ってあげたくなるような、そんな
例えば、こんな事があった事も思い出す。
――君の事が好きなんだ!
……青春の中の一ページ。校舎裏で、夜の広場で、シャイネン・ナハトに。
男の子からそう切り出された事は少なくなかった。
自分で言うのは憚られたが、友人達の言葉を借りればサクラは「すごく可愛い」らしく。
そうして想いを切り出してくれた男の子達の言葉を借りるなら「明るく優しく真っ直ぐで眩しい」らしかった。
――えっと……その、私の事が好きって……
経緯こそ様々なれど、サクラは何時も決まって困らされた。
友人として、或いはクラスメイトとして彼等の事が嫌いな訳ではない。
しかして、情熱的に自分を求める彼等の言葉や想いが自分のそれと異なる事に気付かぬ程、サクラは鈍くはない――
――えっと、私も好き? だよ?
――いや、訂正しよう。『最初の頃』はご覧の有様だったが。
閑話休題。そんな時サクラは良く考えたものだった。
(好きって言って貰えるのは嬉しいけど)
――果たして自分は彼が言うような女の子だろうか?
(明るい……には明るいかな? 暗くは無いよね。
優しいかは分からないけど、人には親切にしようって思ってるかな?
真っ直ぐ……うう、真っ直ぐ。アリサも猪突猛進だー! って笑ってるし)
それでも自身を称して『眩しい』と言われればサクラはどうしても複雑な感情を禁じ得ない。
サクラは幼い頃から、自身と周囲の中にある致命的なずれを感じずにいられない少女だった。
親や周囲といった『周り』が悪いのかと問われれば違う。恐らくは『自分自身』が悪いのだと考えて生きてきた。
友人には「勿体ない」と囃し立てられた。当然のように、繰り返しの恋模様に悲しいピリオドを打ち続け『難攻不落』、『変わり者』。
(そんなのじゃないんだけどな――)
唯、圧倒的に『違う』だけだった。
本当の自分を律する以外に術を知らない。
見えない首輪をつけられて、雁字搦めに縛られて――
(――そんなのじゃないのに)
サクラ・ロウライトは昔から無自覚の内に不器用なだけの女の子だった。
●解放
「……居たんだよなぁ……」
地面に叩きのめされて天を仰いだサクラが不意に呟いた。
「何がじゃ」
妖刀ならぬ木刀を一振りした死牡丹梅泉に答えず、悔しそうにサクラは言った。
「センセー、木刀なんて使うんだもん」
「……何故、主にお遊びにわしが本気でやってやらねばならぬのじゃ」
「遊びじゃないよ。本気だよ。今日は一本取って
「主は『しょっちゅう』じゃろうが。人が珍しく花の一つも愛でようという頃合に性懲りも無く」
嘆息した梅泉が荒い呼吸で胸を上下させるサクラを見下ろしていた。
少しだけ目線を下げて呆れたような彼の顔を見た彼女は「私って変かな?」と半ば冗句のように問い掛ける。
「面妖、奇怪じゃな。主に限った話でもないが――」
肩を竦めた梅泉は『つくづくも女難に遭う相』である。それはサクラも知っている。
「センセー、今のは駄目だよ」
「……うん?」
「今、私とは別の女の人の事考えたでしょ。小夜さんとかたてはさんとか」
絶句した梅泉に構わず、人心地を取り戻したサクラは強かやられた後だというのに、殊の外元気に体を起こした。
「センセ、ペナルティ一つね。そこの芝生でお話しよ」
バダンデール邸の庭園には座って時間を過ごす位の場所は事欠かない。
北部の冬は冷える。今日は比較的温かだったが、手を繋ぐなら汗をかかない季節がいい――
(……あ、汗臭くはないはず!)
頭を振ったサクラの一方で、勝手に自分の手を取ったサクラに梅泉は反論も面倒だったのか「まぁ良いか」と小さく呟く。
「それにしても、だよ」
「うん?」
「センセーって何食べて何考えたらこんな訳分からない強さになるの?」
「知れるか、戯け」
回答は半ば予期した通りのものであり、サクラは「意地悪だなあ」と嬉しそうに笑っていた。
吹き抜ける風は『運動』の後に心地良く、靡く髪にサクラは目を細めている。
「花を愛でる頃合」と口にした梅泉は綺麗なものが好きな彼らしく、口の悪さとは裏腹に絵になる風景に何処か機嫌が良い。
「私って、多分変だったんだよね――」
不意に口を突いた言葉は前後の話と繋がっていない。
「――夢を見たんだ。昔の夢。それで思ったの。ずっと、私は私じゃなかったんだって。
いつもモヤモヤしてて、スッキリしなくて――そんなのずっと嫌だったのに、嫌な自分が駄目なんだって思ってた」
当を得ない独白は相手の理解を求めない実に身勝手な告白だ。
「センセーってすごいよ。まるで私、お姫様になったみたい」
梅泉は意味を問わず嘆息する。
視線を外し、頬を掻き、娘のような年齢のサクラの瑞々しさを持て余している。
刀を握り、殺り合いになれば獰猛な男だが、毒気さえ抜けてしまえば『これ』である。
この局面はサクラが望んだ通り、まさに彼女に『一本』だろう。
咳払いを一つ。彼は思い出して話題を変えた。
そしてそれは期せずして『別の物語』の歯車になる――
「サクラ。主に頼まれた方の話じゃ」
「センセー、誤魔化した?」
「戯け。セツナとフウガか。
兄二人が失踪したという話じゃが――クリスチアンの奴めが笑うて見せた」
「――――」
緩い空気が緊迫を帯びる。
関わりがあるかは知れないが、何かを知っているならば――そして笑みを浮かべるような事があるならば。
それは穏当に済む話であるとは限らないのだ。
「……」
「……まぁ、強くなる事じゃな」
藁にも縋る彼女の問いに返事をしたのは気まぐれに違いない。
されど、そう言って立ち上がった梅泉は考えた。
――余計な世話を焼くではないか、死牡丹梅泉。
嗚呼、考えてみれば、弟子のようなものをとったのは初めてか――
柄にも無く『気詰まりを少し心配した』自分に梅泉は今日一番の苦笑を浮かべていた。
- サークラちゃん完了
- GM名YAMIDEITEI
- 種別SS
- 納品日2021年11月15日
- ・サクラ(p3p005004)
※ おまけSS『すぱだり』付き
おまけSS『すぱだり』
「センセーって王子様だよね」
「は?」
「所謂スパダリってヤツだよ。私、本で読んだよ」
「……は?」
「まず強いでしょ。カッコいいでしょ。何でも出来るでしょ」
「……………」
「実家太いし短歌とか読むし、モテるでしょ。冷たい割に優しいでしょ。
朴念仁で『わしが何かしたか?』って顔してるでしょ」
「……しておらぬが?」
「うん、言ってたら何か腹立ってきた」
「は? サクラ???」
「パフェ付き合ってね。言っとくけどこれ決定だから」