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天高く、二人は出会い
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秋の空は高い。本当に、空が高くなったみたいに、空が澄んで見える。
涼しさと、暖かさと、少しの寒さと。色々な温度を乗せた秋の風が、橋場・ステラの頬を優しく撫でた。
ほう、と息を吐く。見上げてみれば、紅葉の木々と、青い空が見えた。
ステラの領地は豊穣にある。領地は、まさに豊穣と言った様子の建築が並んでいたけれど、でもいつぞや用意したバウムクーヘンオーブンがごとごとと動く音が聞こえて、バウムクーヘンを焼くにおいが漂う。和洋折衷と言おうか、なんだか不思議な場所ではある。
まぁ、仕方ないよね。この場所も、バウムクーヘンも、どっちも好きなんだから。とステラは頷くと。手を止めていた作業を再開した。ステラの足元には、沢山の落ち葉があって、それは領主であるステラのいる、この大きな奉行所風の役所の庭のものをかき集めたものだ。御昼過ぎくらいからずっとその作業を続けていて、もうすぐ日が落ちるかと言うこの時間帯になっても、まだ全部を集めきらない。
「ほう、まさに山盛りに御座るなぁ」
と、声が上がった。感服した様子でこちらを見つめるのは、侍風の男であった。
「……ああ、怪しいものではござらぬよ。こう見えても、神使……イレギュラーズに御座る」
「あ、じゃあローレットの。お仲間ですねぇ」
えへへ、とステラは笑った。
「なるほど、ではお主が領主殿に御座るかな? 拙者、咲々宮 幻介と申す」
「橋場・ステラです。観光ですか?」
「いや、近くで一仕事終えたところで御座ってな。せっかくなので、今日は一晩宿を探そうと、役所に道案内を頼んだところに御座るよ。ステラ殿は掃除で御座るか?」
「ええ、それもあるんですが……」
と、ステラは懐から、何かを取り出した。
「ほう、サツマイモに御座るか」
幻介が笑った。
「確かに、ちょうどよい時期に御座るなぁ。焼き芋は良い。腹も膨れるし、何よりうまい」
「ええ、ほくほくで、甘くて……と言うわけで、幻介さんもいかがですか?」
ちょいちょい、とステラが手招きする。
「む、かたじけない……いただくだけと言うのも申し訳ない、掃除も手伝おう」
幻介が、壁に掛けてあった竹ぼうきを手に取った。それからしばらく、二人で何を話すでもなく、小枝や枯葉をはいて回った。二人もいれば、作業効率も良い。あたりが赤く染まるころには、葉っぱが山盛りになっていて、ステラは顔をほころばせた。
「さっそく、火をつけましょう! ……あれ、えーと、マッチ、おいてきちゃったかな……?」
わたわたと懐を探るステラをせいして、幻介は言った。
「ああ、火打石を持っているで御座るよ。これでつけよう」
と、枯葉の山に近寄ると、かち、かち、かち、と火打石を鳴らした。ステラは興味深げに、それを覗く。
「わぁ、まるで時代劇ですねぇ」
「てれびどらま、と言う奴で御座るな? うむ、某、ウォーカーで御座るからナァ。丁度そのような年代の世界に生きていたのかもしれぬ」
「拙が見た奴だと、旦那さんが出かけるときに、お嫁さんが、行ってらっしゃい、かちかち、ってやってましたよ?」
「切り火で御座るな。清め……まぁ、安全を祈る奴で御座るよ。俺には縁のない話であったが……おっと、火が付くぞ?」
そう言うと、火打石から飛び散った火の粉が、燃えやすい葉っぱに燃え移った。それがチロチロと火をあげると、すぐに周りを巻き込んで、ぱちぱちと大きな火になる。
「少し火が落ち着いてから、芋を入れるで御座るよ」
幻介の言葉に、ステラは頷いた。それから、丸太を少し整えた椅子を持ってきて、二人は火の近くで腰掛ける。何を話すわけでもなかったが、何となく秋の夕暮れの焚火は、観てるだけで心地よいものだ。
果たして、少し火が落ち着いてきた時に、ステラは濡らした紙にくるんだサツマイモを焚火の中に放り投げた。
「秋ですねぇ」
ステラがぼんやりとそう言う。少しずつ温まる芋の匂い。夕暮れ。冷えてきた少し冷たい風と、目の前でぱちぱちとはぜる温かい焚火。
「そうに御座るなぁ」
幻介が相槌を打つ。元々、初対面の者同士。共通の話題があるかどうかはわからない。積極的に会話して深堀しても良かったが、なんだかそれも、この場においては無粋な気がした。
こういう場には、静けさが似合うのかもしれない。ノスタルジックな風景。きっと、誰もがこんな光景を実際に体感したことはないのかもしれないけれど、誰もがそれを見れば、なんだか暖かく、懐かしく思うような光景。それが、秋の夕暮れ空の、焚火なのかもしれない。
「今年も大変でしたねぇ」
「まっこと、そうに御座るなぁ」
まったく、とりとめのない会話。そう言うものがいいのかもしれない。決して居心地が悪いわけではない。のんびり。ゆっくり。そうさせてしまう魔力が、秋の焚火にはあるのだろう。
「そろそろ焼けましたかね?」
棒を一本取りだして、芋を取り出す。厚手の手袋をして、やけどしないように紙を外した。その段階ですでに、甘い香りが漂ってくる。二人はその芋に視線を合わせる。ステラが、「えいっ」と芋を割ってみた。真ん中から割れた芋、黄金色の身から湯気を立てて、二人の前に現れた。
「おお!」
思わず幻介が声をあげる。これはおいしそうだ。たまらず口中に唾液が浮かぶのを自覚した。二人の視線が合う。思いは同じ。速く食べたい! そう理解したからこそ、二人はふふ、と笑ってみせた。
「どうぞ!」
ステラは、半分を幻介に差し出す。「かたじけない」と、幻介は手拭いを何度か折り重ねて、やけどをしないように芋を手に持つ。
「では!」
二人はぱくり、と芋を口に含んだ。口中に広がる、上品な甘み。ほくほくとした身が口の中でとろける……。
「ううむ、極上の菓子のような味わいに御座るな……良い芋に御座る。領地で取れたもので?」
「はい。農家の方からおすそ分けいただいたのですが……これは美味しいですねぇ」
ステラは満足げに笑った。
二人は、あっという間に半分を平らげる。それから、焚火の山の中から、残りの芋を全部取り出して、カゴに放り込んだ。すっかり全部取り出したのを確認したあと、ステラは近くの井戸から水を汲んできて、熾火になった焚火に、えいっ、とかけた。じゅう、と音がして、すぐに火が消えてしまう。
そうなると、なんだか不思議と、寂し気な気持ちにもなるものだ。一日が終わってしまうような、楽しかったものが終わってしまうな、そんなような寂しさ。
「……お手伝い、ありがとうございました!」
ステラは、そんな寂しさを吹き飛ばすように言うと、籠の中からいくつかの芋を取り出して、紙袋に包んだ。
「これ、お礼です。宿で食べてください」
「おお、かたじけない。夕食にちょうど良い」
幻介は笑うと、それを受け取った。
「今日は馳走になった。同じローレットの者同士、縁があえば、また会う事も御座ろう」
「そうですね。ご縁があえば。あ、火打石、打ちましょうか? かちかち、って」
ステラが手でジェスチャーして見せるのへ、幻介は苦笑した。
「俺は、そう言うものとは縁の遠い男で御座るよ。それではな」
片手をあげて去っていく幻介の背を観ながら、僅かに交わった縁の路、いつかどこかで会えれば面白ものだな、と、思う。
のんびりとした秋の一日はそうして過ぎていき、きっとまた明日からは、忙しい日々が始まる。