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上を向いて歩こう
登場人物一覧
高く高く階段を登ったその先に、例の社は存在する。
俺がなんとなくここに通うようになったのは、その見晴らしの良さからだった。
この高い場所から、里を一望すると自分の抱えた小さな悩みなど吹き飛んで綺麗サッパリ忘れてしまいそうで。
それに――
「おや、また来てくれたんですか? 少年。熱心に参拝してくれますねぇ」
箒を持って、ひとりの巫女が現れた。境内の掃除中なのだろう。
「さ、参拝とかじゃねーし別に!」
この、正純サンという巫女に会えるかもしれない、というちょっとした下心。
美しい紫の長髪に細身の体躯、紅い袴がとても良く似合っている。顔は……里には居ないタイプの美形だ。
この外見は文句の付け所のない巫女に、何となく会えたらいいなー……とか、そんな下心は正直持たないでもない。
「風景が、綺麗だろ? ここ」
「ああ、高台ですからねぇ」
「この景色を見に来てるんだよ」
「わざわざ『昼』に、ですかぁ?」
「……それはどういう意味だよ?」
「この、――星の社――の本領は、晴れた夜に発揮されるんですよ」
今度ぜひ、晴れた夜にこの社に訪れては? と正純は提案する。
「夜か――」
そっと、家を抜け出して、ここまで勢いよく走って30分。頑張れば何とかなるかもしれない。
「ぜひぜひ、その時はお茶でも用意してお待ちしておりますよ」
これはまた、魅力的な。正純サンは俺の下心に全く無頓着なようだ。
まあ仕方ない、ずっと歳下だもんな、俺。
俺は少しむくれたが。
「おや? 何かご機嫌に触りましたか?」
正純サンは原因に全く気づいて居ないようだった。……ちょっと悔しい。
それでは、と言って正純サンは境内の掃除の仕事に戻る。
俺はまた、景色を眺めるように方向を里の方に変える。
ふぁあ。のんびりとしたこの時間がもっと続けばいいのに。そうすれば俺も家や学校のことなんて忘れて穏やかな気持になれるのに。
俺は、次期当主、次期里の長としての重圧に、日々蝕まれていた。
――数日後の夜。
今日は快晴で月も星もよく見えている。
こんな日に『星の社』に来い、と正純サンは言ったのだろう。
そっと家の裏口から抜け出して、星の社のふもとまで走る。ふもとからの階段は――それはもう数えるのもうんざりする段数なので、なるべく早足で、しかし息が切れない程度の速さで進む。
「まあ、本当に来てくださったのですね」
正純サンが階段の上から俺を出迎えてくれた。
「今晩当たり、来るかと思ったんですよ」
正純サンは、まるでとっておきの笑顔のような表情で俺を出迎えてくれた。
昼に見る彼女より、夜に、宵闇に溶けるかのように境界がうすぼらけた彼女のほうがずっと、ずっと綺麗だった。
もちろん、昼に見る正純サンも魅力的なのだが(だから俺はここに通っていたわけで)。
星の社の高さまで登ると、月も、星も、里から見るよりもより一層輝いて、そして近く見える。
「ちょっと、身体が痛いのでご不便おかけするかもしれませんが」
「ええっ!? 無理しないでよ正純サン!」
「……無理ではありませんよ。これは私の、そう、祝福なので」
そう不思議なことを言って、正純サンは境内の縁側で約束通り俺にお茶を出してくれた。
『星見茶』と言う、ちょっと特別なお茶だそうだ。こんな夜にはぴったりな名前だな。
「……どうですか、ここから見える星々の風景は」
「……綺麗だな」
この星の社から見る星々は、里から見るソレよりもずっと綺麗で。距離も近く、光は手を伸ばせば今にも届きそうだった。
「あなたはいつも里を見下ろしていましたが、天を見、上を見、美しい
「……!」
そう言えば、俺はこの星の社まで来て、
「……敵わないなぁ、正純サンには」
俺はお茶を一口、すすった。ほろ苦く、しかし甘い、不思議な味だった。
「ふふ。
そう言って、正純サンは俺に微笑んだ。
俺は多分、顔が真っ赤になっていたと思う。顔にアタマに、熱が、熱が収まらない。
「星の声、聞こえますか?」
正純サンは俺に尋ねた。
「うーん、わからないや……。――けど、この星の、
「それは私のおかげではありませんよ。星のおかげで思し召しです」
正純サンは急須に入った『星見茶』の残りを、俺の分の茶碗に注いでくれた。
「正純サンも、星に救われるコトがあるの?」
「……そうですね。私にとって『星』とこの『星の社』は生きている証のようなものです。星の力が、瞬きが強いほど生命力を感じます……」
「ふうん……なんだかよくわからないけど、やっぱり『巫女』なんだな、正純サンは」
「はい、『星の社の巫女』ですよ」
「あなたもまた、何か悩みや抱えていることが合ったら気軽にこの星の社に訪れてくださいね。全ては星の思し召しのままに――あ、出来たらお賽銭もお願いします。ふふっ」
「あ、は、はい! って、いつも手ぶらで悪かったな……」
「いいえ、子供のお小遣いから無理にとは言いませんので」
『子供』……俺は正純サンからの子供扱いに少々ムッとしたが、実際、彼女から見たらまだまだ子供なのだろう。だからこんな夜に何の悪気も警戒もなく招待されたのかもしれない。
そう思うとちょっと、悔しいけれど。
「いつか大人になったら――」
「『大人になったら?』」
「俺は里の長になるから、そうしたら――」
「『そうしたら?』」
正純サンと対等な大人になれるだろうと思ったけど、なんとなく、ここは黙って。
「星の社に寄付する!」
「おおー、それは嬉しいですね! ありがとうございます!」
うっすらと、夜が明けていく。星もうすぼらけた朝日にかき消されていく。
「あら、いつの間にかこんな時間ですね!」
正純サンも時間に気づいて驚いているようだった。
「それじゃあ、俺はウチへ帰るから! またな、正純サン!」
「……はい! また、ぜひ星の社へお立ち寄りくださいね!」
「もちろん!」
俺は胸を張って言った。
「今度は、正純サンの言う通り、下じゃなくて上を向くために
おまけSS『見えるもの見えないもの』
正純サンと初めて会ったのは、いつだったか。
「君、ここに座り込んで何をしているの?」
境内を登る階段の最上段から、里を見下ろしていた俺に声を掛けてくれたのが正純サンだった。
「別に。ただ、風景を眺めていただけ」
「ふーん、そっか。確かにここは見晴らしがいいですものねぇ」
「でも、この社の名前を知っていてここに来ているのかしら?」
「『星の社』だろ?」
「知ってるんだ……」
「どうして?」
「わざわざ昼に登ってくるひとも珍しいなって」
「昼じゃないと、見えないだろう。風景は」
「――そうですか。『見えない』かぁ――」