SS詳細
みやこ市のウワサのヒロイン
登場人物一覧
「パンが焼き上がりましたよ〜!」
「いらっしゃいいらっしゃい! 今日はブリがお買い得、秋鮭もあるよ!」
「白菜がお買い得ー! 今日はお鍋!」
活気のあるアーケード商店街を人が行き交う。ここはみやこ市。再現性東京の一地域。郷田 京と偶然にも同名であったため、彼女がノリで領地として頂いてしまった区域である。といっても、京自身は領主として振る舞っていないし、なんなら「市」なので領民の認識する一番偉い人は選挙で選ばれた市長だ。
雰囲気としては関東地方、もっと言えば東京都の市部。設定としてはおおよそ戦後昭和の時代を想定して作られたものの、どういうわけか治安まで一緒になってしまい放火や強盗、傷害事件に爆破予告がそう珍しくはないという状態だった。過去形なのは、京がざts……ダイナミックに解決したから。
領主なりたての京がみやこ市を歩けば、犬も歩けば棒に当たると言わんばかりに事件に出くわした。
早朝、明らかに怪しい集団がビルに爆薬を仕掛けようとしているところとか。
白昼堂々の銀行強盗とか。
夜に夕飯食べに出かけたら下着ドロとか。
そんな連中を見たらもう、みやこ市の領主はいてもたってもいられない。ヒーローのように颯爽と、悪漢どもを蹴散らしにいく。
「いくぞ悪党! 自慢の蹴りを受けてみよ!! とりゃーっ!」
「ひっ!? 例の女子高生っ!?」
朝のジョギング中、ビルに爆薬を仕掛けようとした怪しい集団に出くわせば、自慢の健脚が炸裂して一網打尽の簀巻きが5分足らずで完成するし。
銃と包丁を持つ銀行強盗と警察が睨みあう緊迫の現場に遭遇すれば、突如として強盗が吹っ飛んで一気に御用となるし。
どこかのアパートから下着を盗もうとする不届き者を発見すれば、文字通りの飛び蹴りが叩き込まれて警察に突き出される。
「あっ、おばあちゃーん! 大丈夫? 荷物持とうか?」
「あらお嬢ちゃん、いいのかしら」
更には彼女の活躍は悪漢退治だけでなく人助けにまで及んでいた。歩道橋で困っているおばあさんの荷物をヒョイっと持ち上げたり。軽やかにジャンプすれば木に引っかかったボールをいとも簡単に取ってしまったり。木に登って降りられなくなった子猫をスイスイっと救出して里親まで見つけてしまったり。
……というダイナミックな解決劇は当然人知れずというわけでなく、もちろん目撃者も数多く。
『君は街でウワサの謎の美少女を見たか!』
『風になびくポニーテール! スーパー少女またもお手柄』
『颯爽たる格闘少女、普段は高校生?』
というセンセーショナルな見出しがご当地新聞に踊ったのが少し前。突然現れた、正義感の強い元気な女の子が悪党を華麗に成敗したり、困っている人を助けたりする。さらには、人知れず異形の怪物とも戦っているという話も――彼女がこの街の領主だなんて、誰一人思っていなかったりするのだけど。
京のおかげで治安も向上しつつあり、レトロな雰囲気を求めて移住者もぽつぽつ出てきたとか。
そういうわけで色々な明るい話題をみやこ市に提供している話題のヒロインは、名義だけだがくろねこ荘の大家でもあり。実際に大家の仕事をしているのは1Fで純喫茶をしているおじいさんだけども。
質素なアパートを連想させる名前に反して、くろねこ荘は真新しい集合住宅。要するに団地の一棟。
なのだけど、最上階だけルーフバルコニーのようになっていて、京が住んでいる部屋の真横は屋上庭園になっている。今の見頃は菊。それと、春に向けての球根たちの準備の時期。ちなみに火気使用可なのでバーベキューも家キャンプもオッケー。
「そーいえば、この庭。誰がお世話してるんだろ?」
名目上の大家さん、ふと首を傾げる。
そして、希望ヶ浜学園に通う一人の女子高生でもある京。というか、こっちが本業。
日々の課題にテストに宿題に追われる日々であるが、女子高生のお約束といえば甘い物。
肉体の研鑽を極めれば兵器すら凌駕しうる超人、時代さえ違えば神仙と呼ばれそうな種族といえど腹が減っては戦も勉強も出来ぬ。並の男を上回る上背に、普段の運動量が合わされば自然と食いしん坊にもなって……ぶっちゃけ、甘い物が無いと頭が動かない! 宿題もヤマかけも進まない!
「おじいちゃーん、ホットケーキ! 2人前で! あと紅茶!」
「はいはい、クリームは多めかな」
駆け込むには1階の純喫茶。実際の大家の仕事を代行している老店主がニコニコと顔を出して京のオーダーを受ける。縁があって大家の実務を請け負った彼だが、京のことは元気の良い孫娘のように思っている。
お出しされるのは二段重ねの上に山盛りの生クリームが乗ったホットケーキ。クリームの上には円陣を組むようにくるりとフルーツが載っている。それが二皿。
客もまばらな平日の夕方、ホットケーキで糖分を補給しながら京はテーブルにノートや参考書を広げる。今日は化学と現国を勉強する日。時折唸りを上げる京を見て、老店主は優しげに目を細める。
「あま〜い」
1ページ進める毎にホットケーキを大きく一口。少しもったりしたクリームに、フルーツの酸味が合わさって口の中で調和する。うーん、勉強もホットケーキのように甘ければ……と思ってしまうのは高校生の常。
ホットケーキの甘味に応援されつつ、何とか今日の課題を片付けた時には、すっかり日も暮れていた。
秋は夜も早い。
空に星が輝きだす頃合いに、京は路地裏を一人歩いている。
そのまま自宅に戻っても良かったのだが、なんとなく外に出ずにはいられなかった。治安そのものは領主である彼女の活躍で上向きつつあるが……再現性東京には、犯罪者や天災以外の別の脅威も潜む。夜妖、いわゆる怪異の類も街の物陰から善良な市民を虎視眈々と狙っている。
空き地に屯する野良犬の群れ、電柱からこちらを見下ろすカラスたち。毛布を被った浮浪者と見せかけて、その下に明らかな異形を忍ばせた何か。
切れ長の目が、それらを一瞥する。悪行も、無辜の人々を害されることも、一つたりとも見過ごさない。
「かかってきなよ。皆を襲う位なら、このアタシを襲いな!」
飛びかかってくる怪異目掛けて、三日月の軌跡を描く長い脚が叩き込まれる。
郷田 京がみやこ市の領主だとは誰も知らないけれど、彼女は影に日向に市内の平和を守り続けているのだった。