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戦場の悪魔
登場人物一覧
「……所で、戦況はどのような具合?」
「ああ……現状は圧倒的な劣勢だ。周りの同士の軍勢はほぼ壊滅状況だ。まともに戦えるのは……恐らく俺達だけだろう」
ファリス・フレイシア(p3p010026)の問いに、諦めとも絶望ともつかない息を吐くのは、妙齢の男。
周りからは発砲音やら、爆弾の爆破音等々が響きわたり、ここが戦場であるのは明らか。
そんな彼の言葉に、やれやれ、と言った感じで肩を竦めるは、この小隊の中において一番陽気な男。
「まったくっすねぇ……今日もまた地獄って訳っすか? いや、今回だけじゃないっすよね。前も、その前も……いーっつも小隊長と行く戦場は地獄ばっかりっすよ?」
大げさな身振りで空を仰ぐ彼……だが、その言葉を受けたもう一人の男。
「そうだな。まぁ……それでも毎回毎回、命からがら生き残ってるのは事実なんだよな。これは……幸運の女神は、地獄に呼び寄せられる性分なんですうかね?」
ニヤリ、と笑みを浮かべて茶化すのは、この小隊においては中堅所の役割を担う男。
男三人と、女一人、その年齢も、個性も、戦場の経験もバラバラな一小隊。
しかしこの戦場において、彼女らを残し次々と倒れていき、もはや残るは一個小隊のみとなってしまっていた。
このような圧倒的不利な状況下ならば、戦略的撤退という選択を執るのも憚られる事は無いだろう。
だが今迄も、そのような戦場に置いてめざましい戦果を上げてきたのが、彼女が率いる小隊なのだ。
中堅の男の言葉に、更に陽気な男と妙齢の男が。
「そうっすねぇ。そんなんだから敵さんからうちらは死神とか悪魔とか呼ばれてるんっすよ? それっていいんっすか?」
「それでいいだろう……死に直面した戦場であっても、我らは生き延びた。だからこそ、彼女は我が軍からしてみれば英雄、しかし敵から言えば死神であり悪魔……さ」
そんな部下達の言葉に、ファリスは眼を閉じる。
「……あれ、隊長。気を害しちまったっすか?」
不味い事、言っちまったかもしれねぇ、とばつの悪そうな表情を浮かべる陽気な男。
それにファリスは。
「別に気にする様な事ではないわ」
と軽く微笑む。
「そうっすかぁ……そいつは良かったですねぇ、小隊長。さて、それで今度はどんな作戦を展開するおつもりで?」
と作戦を問い掛ける彼に、ファリスは真っ直ぐに地平線の先の戦場を見据えながら。
「圧倒的な戦力差……その戦力差をひっくり返すに考え得る作戦は……ただ一つ。『正面突破』のみ」
戦場を見据えた彼女から出たのは、迷い無き言葉。
「……そうだな。下手に意表をかく作戦を執るにしても、この戦力差をひっくり返すには分が悪い。ならば正面から刃を交えた方が、後腐れが無いでしょう」
「そうだな……かなり分が悪い賭けではあるが、一蓮托生……その賭けに乗らせて貰うぜ?」
うなずく軍曹と、どこか嬉しさを隠しきれない中堅の男。
そして陽気な男も。
「そうっすねぇ……んじゃま、こっちも一太刀震わせて貰うとするっすよ!」
と、どこか愉しそう。
……そんな仲間達と共に、ファリスは腰に佩いた軍刀を抜く。
そして、仲間達の先陣を切り、軍馬と共に敵陣へと駆ける。
「っ……? 敵襲、敵襲!!」
「一斉掃射、放て!!」
と戦場を駆けるファリスら一小隊を認識した、数十人の軍勢が横に居並び戦陣を確保。
そして指揮官の号令の下、一斉掃射でファリス達を撃ち抜かんとする。
……だが、ファリスは軍馬が撃ち抜かれようとも、己が腕や足を撃ち抜かれようとも……先陣であるファリスの動きは止まらない。
「……!」
そんな数多の攻撃を受けても、決して退かず、表情をも変えないファリスを目の当たりにした敵軍税は。
「う、うわぁ……!! な、何だよアイツは!! 腕も足も撃ち抜かれているのに、何故倒れない!!」
「知るかよ! あ、アイツは……伝説の悪魔か……!!」
恐怖に戦き、立ちすくむ敵軍。
……そんな敵軍の元に、数多の箇所を撃ち貫かれしファリスが到達すると共に……その軍刀を一閃。
「ぐ……ぁっ……!」
その首お叩き落とされ、絶命する男達。
ファリスは絶命せし彼らに対し。
「私の刃に刃向かうのは誰? 私の刀の錆にしてあげるわ!」
威風堂々と叫ぶ彼女の鬨。
「っ……あいつは、悪魔だ……!」
「いや、悪魔なんて生やさしいもんじゃねえ……死神だ、俺達に死を齎す死神に他ならない……!!」
恐れ戦く敵陣……その一方で、彼女の振るまいは数少ない仲間達に、勝利へと導く光明を与える光であり。
「へっへっへ……救世主ってな感じっすかねぇ?」
「いや……勝利の女神、とでも言うべきだろう。絶体絶命の戦況であっても、我らに勝利を齎す……な」
「そうだな。ま……彼女に着いてけば、どんな分の悪い賭けも勝ちは約束されたようなもん、って訳さ……さぁ、どんどんと倒して行くとしようかぁ!!」
属する仲間達は、約束された勝利に笑いながらも、気を引き締め己が責務……敵軍の正面突破の為に、敵を次々と殺めていく。
……そんな仲間達と共に、ファリスは今日も又、絶望を勝利へと転換する為に刀を薙ぐ。
「……ん……」
……そんな彼女が目を冷ましたのは……とある宿屋のベッドの上。
「……ここは……何処だ……」
朧気に呟く彼女……先ほど迄の記憶では、軍刀を握っていたはずなのに、今……その手に刀は無い。
……暫くの間、夢と現実の狭間を揺蕩うファリスだが、段々と目が覚めてくる。
「……そうか、ここは……あの国とは違う世界、だったな……」
あの戦乱に身を置いていた時とは、全く異なる異世界。
銃も、矢も……そして魔法もあるこの世界は、今迄『悪魔』と恐れられていた彼女であろうとも、一人の冒険者である。
「……」
そして……夢から醒めた彼女の心に去来するのは、大いなる『喪失感』。
笑い合い、冗談を飛ばし合っていた小隊の部下や、先任の軍曹ももはや、近くにはない。
更に己が身も心も捧げし祖国も、そして守るべき民達も……確認する術は無いが、全て潰えたと思われる。
……彼女を突き動かしていた全ての要因は、もはや失われてしまった。
例え傷ついても、瀕死の重傷を負ったとしても、彼女を突き動かしていた、心を燃やす材料は全て潰えてしまい……彼女の心の中には、ぽっかりと大きな穴が開いてしまったような、そんな感覚さえ覚えてしまう様な状態となってしまったのだ。
「……すぅ……ここで燻っていてはなるまい」
暫くの空虚感を覚えた後、彼女は一度大きく深呼吸。
そしてその身をベッドから起こし、半ば眠ったままの己に活を入れるが如く、洗面台へ。
極めて冷えた水をバシャッ、と顔に一度、二度叩きつけ、寝ぼけた己が気持ちをたたき起こす。
そして……はっきり目が覚めたところで、ファリスは。
「……自刃するのは簡単だ。しかし、今はまだ……その時ではない」
己が守ってきた沢山の命、そして奪ってきた多くの命。
数多の命が彼女を救い、蝕む。
……そんな命の重さを認識為ているからこそ、この世界に転移してきた彼女がすべきこと。
「……今できる事。それは、自分にまた出来る事をやるだけの事。何ら、以前と変わりは無い。私の目的はただ一つ……『誰かの笑顔を守る事』だ」
命を守り、奪ってきた彼女がこの世界で遂行出来るのは……モンスターや事件に巻き込まれた、罪の無い一般人の『命』を守る事。
幸い彼女が元の世界で培いし刀の力は、この世界において槍となろうとも、衰えてはいない。
そして彼女は、己が長い金髪を梳き、後ろで一つに束ねポニーテールに結ぶと共に。
「……さぁ、今日も笑顔を守る為に、出かけるとしよう」
と、決意の表情と共に宿屋の部屋を後にするのであった。