PandoraPartyProject

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天牢雪獄

登場人物一覧

吹雪(p3x004727)
氷神

 ――輝く月光を転輪せしめ、今こそ、その闇を受け入れて頂く。

 その言葉に、吹雪は頷いた。月閃。それを習得することがこれからに役立つのだ、と。
 遮那から卑踏の教導を受ける事を進められ、訪れた場所では『壮絶な苦しみ』が待ち受けているとさえ言われた。
 だからといって諦めるわけがない。『神使』達は救世主として謳われる存在だ。
 故に、卑踏の言葉通りにするために覚悟を決めたのだ。覚悟を決めねばその身に闇を、夜妖を宿すことなど出来るまい。
「ええ、構わないわ……受け入れてやろうじゃない」
 吹雪は姿勢を正し、目を伏せる。さあ、その身に受け入れろ。

 ――………。

 何の声だろうか。目を伏せていた吹雪の意識に無理にでも介入するのは悍ましき気配だ。
「何、」
 唇が震えた。目を開けば、見慣れぬ景色が広がっている。愕くばかりの闇。右も左も、何もかもが狂ってしまったかのような悍ましき空間。
 脚を縺れさせるかのように影がその身を引き摺った。吹雪は膝から崩れ落ちる。悍ましき気配がその身を包み込み、体が拉げたかのような幻影を見た。
 憎らしい。それは何に向けたか。吹雪には到底想像は付かない。
 助けて。その声に応えることは出来ない。自身はこの力を身に付けなくては――助けてやることも出来ないというのに。
「だ、大丈夫。大丈夫だから」
 誰に言ったわけでもない。吹雪は己を納得させるように声を発した。穏やかな女のなりをしていても、その心は幼い。幾ら大人びた女のロールプレイをしようとも、直ぐに『本来の自分』が露見する。
「だいじょ――、」
 次に遅い来るのは激怒、悲愴。言葉にするのも生ぬるい。吹雪を包み込んでは離さぬ強烈なる負の感情。叩きつけられては骨の髄まで貪られるかのような苦しみが鬩ぎ合う。

 ――受け入れ、されど飲まれてはなりませぬ。掴み、そして離さず。

 その様な言葉を重ねられたとて。無数の感情を受け入れることはどれ程に難しいか。
「ボクは――」
 唇が戦慄いた。胸の内側を掻き毟られる。まるで、暗澹たる泥の中に沈み込み、呼吸さえも儘ならぬかのような底なし。引き結んだ唇が解けた。
「あ、ああ――ッ、ぼ、ボクが……ボクがその想いを発散させるから」
 ぼとぼとと涙が溢れた。今の吹雪は『大人のお姉さん』なんかになれなかった。形振り構わず、悍ましい感情の中で藻掻きながらも力を求める。
 神と呼ばれた存在は其れ等全てを受け入れるべきなのだ。父は屹度、そうしてきた。人間の浅ましさも、深き闇夜に沈むような気配さえ。全て受け入れて、そして己が力として昇華せねばらない。

 ――さあ、魔性を解放するのであります。

 藻掻くように、地を掻いた。臓腑をぎゅうぎゅうと締め上げるかのような無数の感情。汚泥の中から我武者羅に手を差し伸べる吹雪は何かを掴まんと力を込める。
「ボクがその想いを発散させてあげる、この国を守る為にその力を遣うからッ」
 喩え、世界が敵に回ろうとも。その力を駆使し、必ずや無念を晴らして遣ろう。それが誓いのこと場のように。
 吹雪は藻掻いた。泥濘より抜け出した感覚に、それでも尚も取り込まんと引き摺り込まんとする影を蹴り付ける。
「邪魔しないで!」
 叩きつけるように手を振りかぶれば指先より出でる黒き影。それは、音を立て全てを霧散させて行く。
 飲まれてはならない。だと言うのに、涙が溢れ、苛立ちだけが体を支配する。
 死んでしまえ――! 何もかも、受け入れられぬと言うならば、全て消してしまえ――!
 叫び出したくなるそれを嚥下し、吹雪は叫んだ。殺す事は救いではない。消え去るとしても残るのは無念だけ。
 その様な苦しみを何度も『この力の源』:へと与えるわけには行くまい。
「黙って!」
 吹雪は叫んだ。地を踏み締め、闇を睨め付ける。黒き、輪郭のない気配。
 そこに何があるのかを女は知らない。それでも、『それ』に言わねばならない。己が決意を、己が存在の在処を。
「憎しみや怒りを敵にぶつけて、敵を倒すことで恐怖をなくして、これ以上悲しみを生み出さない! だから、大人しくボクに力を貸して……!」

 瞬間、澱む闘気が身体中を包み込む。
 それまでの苦痛は消え失せ、強大な力が漲るのを感じた。

 目を開けば、卑踏が手を叩き立っていた。これが『月閃』の力か。
 吹雪はぐたりと身を壁へと預ける。その体に溢れていた苦痛は気付けば消え失せ、その身に滾ったのは強大な力。
 漲る己が力が、光を穿つためのそれであることが実感される。
「おめでとうございます。それが魔哭天焦『月閃』にあります」
 人の身でありながら、妖の力を。怨嗟を全てその器に受け入れる。其れが何を指すのかを分らぬほどに無知でもない。
 吹雪は「代償は」と震える声で紡いだ。

「さりとて、ゆめゆめお気を付けめされよ」
 卑踏は続けた。
「人の身が妖の力を纏う、その代償は未だ知られておりませぬ故――」

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