PandoraPartyProject

SS詳細

物語のような、

登場人物一覧

マッドハッター(p3n000088)
Dr.
有栖川 卯月(p3p008551)
お茶会は毎日終わらない!

 シャイネンナハトが近づけば、街は華やいだ。再現性東京はクリスマスカラーに変化して、アドベントカレンダーが店頭に並んでいる。
 ハロウィンの喧噪をも通り過ぎた冬の街。練達は相も変わらずの人工の明かりが星のように輝いている。
「こんにちは」
 マッドハッターの研究室はサロンを思わせる。ガーデンには無数の花が咲き、終わることなく飽くことないティーパーティが開催されている。何時いかなる時もその門とは開かれて居るのだから変わり者の帽子屋はその『設定』を忠実に守っているかのようだ。
「やあ、特異運命座標アリス
 常の通りの声音に卯月はにんまりと微笑んだ。そのかんばせに貼り付けたのは最大級の笑み。つまりは、一番に可愛い私なのである。
「こんにちは、マッドハッターさん。今日もお茶会ですか?」
「ああ。そうさ。私は何時だって、何処でだって茶を楽しむことが好きなのでね。君は忙しない毎日に、ふとした拍子に立ち止まりたくなることはないかい?
 私は停滞しているのさ。だから、私のお茶会は何時だって同じ事を、同じだけ繰り返す。毎日がお誕生日で毎日が幸せなティーパーティさ。ところで、お茶は如何?」
 ティーポットから漂った穏やかな香り。それは卯月が選んでマッドハッターに贈った茶葉と同じ店で購入されたのだろう。どうやら、購入店を気に入ってリピートしてくれている。様々な茶葉を試し、茶菓子も時によって変化しているのは彼の周辺の研究員の工夫なのだろうか。
 彼の生活の一部に自分の存在が認められたような気がして卯月は「頂けますか?」と幸福を噛みしめるように微笑んだ。
「このお茶、私も気に入って一時期ずっと買ってました! その……このティールームの茶葉はお口に合いましたか?」
「ああ。そうだね。飲みやすいと研究員達にも好評さ。遥はミルクを入れるのが美味しいと言っていたか。操も同じように言っていた。
 君はどう思うだろうか。私は時折、うんと甘い砂糖を食べたくなってしまってね。そういう時にはカップに角砂糖を三つも落とすのさ!」
 操と遥。練達の研究員の名を呼ぶことにはちょっぴりと嫉妬が浮かぶ。自身は特異運命座標として認識されている。いつか、卯月と名を呼んでくれるのだろうか――否、自分が「呼んで下さい」と言えばその時だけは呼んでくれるだろう。彼はサービス精神が旺盛な男だ。R.O.Oの中でも自身等を判別するために個別のネームを呼び上げることはある。
 うさてゃん、と。それは仕事の上で名を呼んでいるだけなのだ。彼自身が此方を『個』として認識して名前を呼んでくれている訳でもない。
 だと、言うのに――それでも好きなのだ。
 これは憧憬と呼ぶべきものではない。もっと生々しくて、メルヘンにはほど遠い感情。名前を付けてしまえば、一気に関係性さえ崩れそうな。
 恋と呼ぶべき感情が胸の中に渦巻いている。卯月はマッドハッターをちら、と見遣った。頬杖をついて此方を眺める男は相変わらずの笑みを浮かべている。
「あの」
 唇から滑り出したのは、彼へと話しかけるための切欠。
「外がシャイネンナハト一色になっていました。マッドハッターさんは、どのようにお過ごしになりますか?」
「私は誘いがあれば出掛けていくけれど、なければ此処で茶会を楽しんでいるだろうね。特異運命座標アリスはどうだい?
 私はセフィロトから出ることはないが、君は様々な場所を見て回ることが出来るだろう。素晴らしい場所に出掛けることもあるだろう? 不思議の国ワンダーランドの外は君にとって未知の世界か、それとも勝手知ったる場所なのか」
「そう、ですね。私もあまりしらない……かな?」
 照れたように言葉を紡げばマッドハッターは「それも良いさ」と微笑んだ。あなたが知らない世界なんて、知らない――なんて言えやしないまま卯月は「そのぉ」と呟いた。
「……あの、誘いがあれば、ですよね」
「ああ」
「それで、私とシャイネンナハトにディナーを、というのは駄目でしょうか? マッドハッターさんが、嫌なら勿論、いいんです。
 でも、私と一緒に過して下さるなら――……ッ」
 捲し立ててから、彼を見た。その瞳がまじまじと自分を見つめていることに卯月は息を呑む。
 彼の青い瞳が、細められている。頬杖をついて、此方の言葉を先を待ち受けるような。
 そんな表情をされてしまえば、卯月の頬に熱が上がった。自分だけを見ている、彼の瞳。あの青く無垢なばかりに見えてしまった静かな瞳に自分だけが映っている現実が、心を震わせる。
「あ、その、」
「ゆっくり、君の言葉を教えてくれ給え」
 そんな、優しく言われては。卯月は唇を震わせた。俯いて、スカートが皺になろうとも構わないとぎゅうと掌に力を込める。
「私は、イレギュラーズです。オタク、だと思います。あなたのファンですし。でも、そうじゃないんです。
 シャイネンナハトの、輝かんばかりのあの夜の、たったの一時。その時間だけでいいんです。その時間だけ……
 ただただ、あなたが好きで仕方が無い、恋する私に下さい。どうか――どうかお願いします」
 懇願するように、卯月はそう言った。目をぎゅうと瞑る。言ってしまったと唇は震える。断られるかも知れないという可能性ばかりが脳内を駆け巡る。
 彼が自分を側に置いてくれるのは特異運命座標だからだ。彼は、『私をアリスと呼ぶ』のだから。個人として認められているのかさえも分らない。
 練達の三塔の一角だから。童話の中の登場人物だから。そんな、可愛らしい理由なんかじゃない。
 マッドハッターと名乗る彼を、愛おしいおとことして見ている――見てしまった『私』
 そんな自分を彼が見ている。あの静かな青い瞳が此方をまじまじと。それだけで、緊張で心臓が動きを止めてしまいそうに震えている。
「はは」と彼が笑う声が聞こえた。可笑しそうな、それでいて何処か愉快だと言いたげな笑い声に卯月はそろそろと顔を上げる。
「成程、君はその時間に私と共に過ごしたいのだね。ああ、そうだ。時を定めるのは必要だ。時計兎とて決められた時間に遅れぬようにと駆けずり回る。
 私という生き物はそうした時間には縛られずに生きてきたのだが、此処は童話の中おかしなせかいではないのだからね。
 時間は有限さ。殊更、その誘いに異議を申し立てることはないさ! ああ、そうだ。この世界の時間は進んでいくのだから。
 君が私に約束を求めるのならば、私にはそれを拒絶する理由は無い。何故って? 紛れもなく私の愛する特異運命座標アリスが望むのだから――!」
 回りくどく、愛だ恋だ。そんな言葉さえ求めることさえも出来ない。何時も通りの彼の長口上はそれでも傍らに居ることを赦してくれたのだろうか。
「良いんですか!?」
「勿論さ。君が望むなら、私はYesと答えよう」
 全て、自身へと与えられた選択肢。それでも傍らに居ることが赦されたことに卯月は笑みを零した。
 あなたと過ごせる輝かしい夜。それだけで彼女の心は躍る。頬を緩めて、笑み零して。
「約束ですよ」と弾んだ声音は踊り出しそうに。もしも、声音に姿があったなら、今すぐワルツを踊り、完璧なパフォーマンスを見せてしまう。
 卯月は幸福を噛みしめるように「また、お迎えに来ます」と微笑んだ。
「ああ」、なんて。端的に返された返事のただ一つだけ――あなたに恋する私が、どれだけ喜ぶかもしらないくせに!

  • 物語のような、完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2021年11月10日
  • ・マッドハッター(p3n000088
    ・有栖川 卯月(p3p008551
    ※ おまけSS『テーブルに残ったストロベリータルト』付き

おまけSS『テーブルに残ったストロベリータルト』

 去って行く卯月の背中を見送ってからマッドハッターはティーカップを手に取った。
 彼の背後にはファン・シンロンが立っている。何時も通り、どこからか此方の様子を伺っていたのだろう。
 全く優秀な男だ。世話を頼んだわけではないが、彼が世話をしてくれなければマッドハッターは『人未満』な生活を送ることを彼も分りきっているのだろう。故に、此処に居る。隠れて、息を潜めて、此方の様子を眺めていた。
「酷い人ですネ」
「何がだい? 私は彼女の望んだ応えを返したと思うが。彼女はYesと答えて欲しかったのだろう。私はその通りに答えたのさ」
「いいえ、そういうことでは――まあ、言っても無駄なのでしょう」
 嘆息するファンがテーブルに残ったストロベリータルトを取り上げた。食べかけたそれをフォークで適当に突き刺して遊んでいたマッドハッターは「ふふ」と小さく笑う。
「私は特異運命座標アリスが大好きなのさ! 可愛らしくて、妬ましくて、愛らしい。だからこそ、私は彼女達を否定はしない。
 何故って? それは私が彼女達を愛しているからに他ならない! 君はそれを可笑しいというかい?」
「いいえ?」
 何も言わないまま皿を下げて行く男の背を眺めてマッドハッターはご機嫌に鼻歌を混じらせた。
 さあ、君はどんな風に私を迎えに来るだろう? 期待を乗せた瞳は、物語のヒロインのようにさぞ喜びを湛えているのだろうね!

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