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ここにしか咲かない花
登場人物一覧
戦闘を終えたものの、負傷者2名では次へは進めない。しかし今、自分たちがいるのは荒涼とした崖だ。
ここにしか咲かない花を求めて仕入れで訪れた『闇之雲』武器商人(p3p001107)と、それに随行を願い出た『皆の翼』ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)と『雪中花蝶』斉賀・京司(p3p004491)がここに住まうモンスターに襲われたのだ。そのうち京司が脚をやられ、それを庇ったヨタカが腕と脚をやられたのだ。死ににくい武器商人だけが無傷だった。
「ふむ……。目的地ではないが、先に休憩しようか」
「……ああ、そうした方が…良いだろうな……」
ヨタカに肩を貸しながら先頭を歩く武器商人が提案し、壁伝いに片足を引き摺って歩いていた京司が賛同する。「この先にちょうど良い場所があるんだ」と武器商人が言いながら、一度ヨタカを壁際へ座らせる。ゆっくり振り向いて京司へ向き直ると、その細い腰を両手で掴むと持ち上げ、突然のことに暴れる京司をよそに片肩へ抱き上げてしまった。
「さ、小鳥。おいで」
あんまり暴れると落とすよ、と小さく脅すと京司が呻いて静かになったので、ヨタカに向き直る。ヨタカは隣の頭を見上げる。見上げた先には武器商人の肩に爪を食い込ませる京司がいた。いまだに不服らしく無言の不服申し立てだ。
「……斉賀、商人の服が傷む…………」
ヨタカは手を伸ばして爪を立てる行為を辞めさせた。この友人はなぜか武器商人には少々厳しいがヨタカには優しく甘やかしてくれた。もしかしたら、武器商人の狐耳の使いに影響されたのかもしれない。
少し歩いた先に、小さな草原になっていた。ここが武器商人の言うちょうど良い場所だろう。武器商人が京司を抱き上げたまま座る。
いつまでも反抗的な拾い子は逃げようとして、阻止されていた。
「……こんなところに、草原が…………?」
「ところどころに、こういった場所があるのさ。岩と水に、わずかな草花。ここはそういう界(さかい)」
京司を手当てしながら歌うように武器商人が言う。やがて終えたのか、ヨタカを呼ぶ。入れ替わりに自由の身になった京司が草花の観察を始める。
「…なら、目的の花はこの近くか……?」
大人しく手当てされながら、当初の目的へ思いを馳せる。ゆっくり草花の表面を撫でると、思ったよりも滑らかで気持ちが良かった。
「いいや、さらに上さ。目的の花は超高山植物でね、あの山にある」
そういって指差す山の標高はゆうに1000は越えてそうだ。飛べたら速そうだが、残念ながらそうするには道が狭く岩やモンスターが数多いる。
「まあ、今は休もう。時間はたっぷりある」
どさり、ヨタカを手当てし終えた武器商人はそのまま抱きしめて、ついでに草花を調べるため背を向けていた京司にも腕を伸ばして草原に倒れ込んだ。
「……んん………」
「はぁ……」
そのままヨタカの耳を舐め、首筋に何回かキスを贈る一方で、普段のポーカーフェイスから明らかに不貞腐れた顔をする京司の頭をよしよしと撫でて愛でる。
抵抗を諦めた京司は体勢を変え、武器商人の頭を掴んで強引に振り向かせると魔力供給に口移しさせたのち、後は好きにしろと寝たフリをした。
「……やれやれ、素直じゃないねぇ」
片腕に京司を抱き込んだまま、今度はヨタカの頭にキスをする。魔力供給とはいえ、唇同士を合わせるキスを見てしまったヨタカは可哀想なほど真っ赤だ。
「……しょ、商人……今のは…………!?」
「ただの魔力供給だよ、安心おし」
つれないコだよねぇと笑ってヨタカの前髪をかき揚げる。武器商人が美しいと思っている薔薇柘榴石の色が、そこにある。
「綺麗だねぇ……」
うっとりとそれを眺めて、愛おしそうにその瞳を舐める。
驚いたヨタカはそのまま硬直してしまい、武器商人が満足するまで抱きしめてうなじから腕を丁寧に甘く噛む行為を繰り返す。
それに無抵抗の無関心を決め込んでいた京司が背中をくすぐられている感覚に反応してしまい、胸元をするする撫でられながら服を脱がされることに気付いて武器商人の手の甲をつねり上げた。
「あ痛い」
ちっとも痛くなさそうな声を武器商人があげる。気にせず京司はその不埒な手をヨタカの方へ投げ渡すと、2人に背を向けて服を着直す。
投げ渡されたヨタカは仕方ないので武器商人の指先を握って、少し赤くなった手の甲を撫でていた。かなり強めに抓っていたことが窺える。それに武器商人が頬を寄せて甘える。
時間にして30分ほど、三人はまったりした休憩を終えてまた山へ挑んで行った。
ようやく登り切った山に広がる風景は、言葉を忘れさせた。どこまでも高く澄んだ大きな空の下、神秘が広がる。
背こそ低いが、可憐な花弁は淡い菫色から清涼な白色へ向かう色を見せて憐れを誘う雰囲気だ。
それらが一面に広がる様は神秘としか言えまい。思わず呼吸すら忘れて足を踏み入れることすら恐れてしまう。
「……なんて綺麗なんだ………! これが目的の花か、商人…………」
「すごい……」
「そうだよ。今年も見事に咲いてる」
武器商人が花を踏まないように慎重に歩き出す。ヨタカと京司はうっかり踏んでしまうことを恐れたのだろう、花の咲いてない平地で待った。
何時の間にか取り出したアンティークなバスケットに花を摘み取って行く武器商人。慎重に歩くから普段より時間がかかっているようだ。しばらくして戻って来た。
「お待たせ。……おや?」
武器商人が戻ると、京司がヨタカに寄り掛かって眠っていた。京司はイレギュラーズの中でも体力はあまりなく、まして行きで暴れ倒したために今になって疲れたらしかった。そっと武器商人がその黒髪を梳かすみたいに撫でる。
「……どうする、商人…起すか……?」
小声で聞いて来るヨタカの頭も撫でて摘んだ花を入れたバスケットを預ける。それを確認してから、武器商人は京司を抱き上げた。
「いや、いい。このまま降りよう。拾い子の寝起きは良くはないし、長くいても山の主に怒られてしまうからね。岩の怪物に食べられたくはないだろぅ?」
冗談めいて言って来た道へ踵を返す。武器商人は京司を抱いているからか、行きよりもペースを落としていた。
ヨタカも腕の中の花を傷つけまいと慎重に歩いて武器商人の後をついて行く。
朝から来ていたのに関わらず、下山したころには夕方だった。
ヨタカはそっと腕の中の花を見て、無事を確認して安堵の息を吐いた。京司も途中で目を覚まし、自分の脚で下山した。
「………一日がかりだったな、今回の仕入れは……」
伸びをしながらヨタカが呟く。さすがに疲れた様子で、腕を回したり首を回して身体をほぐす。京司が視界の隅で帰り支度をしていた。
武器商人はヨタカから受け取ったバスケットから花を一本ずつ取り出し、小瓶に移してはアタッシュケースに収めていく。
全部で十数本くらい。アタッシュケースを閉じて、よしよしと撫でている。
「……そういえば商人、その花は何になるんだ……?」
実はずっときになっていたんだとヨタカが帰り支度を終えた京司の隣に立って尋ねる。あの美しい花は、どのような魔法を秘めているのだろう。香りはあまりしなかった記憶があるので、サシェやポプリの花材には向かないはずだ。
「これは薬になるんだ。乾燥させて粉末にすると、大切な約束を思い出したり優しい気持ちになれる薬が生まれるのさ」
まあ最も、と付け足しながら武器商人がアタッシュケースも行李に仕舞い込んで立ち上がる。出発の準備が整った。
それにヨタカと京司が続いて歩き出す。
「この花の美しい姿を知ったら、ニンゲンは誰だって気持ちは落ち着くものだろぅ?」
ヒヒヒヒヒ……と妖しく美しく艶やかに、まさに花に良く似た瞳を銀の隙間から覗かせて武器商人は笑う。
それにヨタカと京司は頷き合い、今はもう天空の果ての山に咲く可憐で美しい健気な花を仰ぎ見た。
儚く美しい、それでいて厳しい環境にだけ咲き続ける花。それはきっと、人間も同じだ。