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悪戯アクアスプレイ
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「海洋王国主催のサマーフェスティバル、改めてお疲れ様」
海洋王国へと訪れたティアは直ぐにカヌレの元へと向かった。サマーフェスティバルは友好の証として神威神楽の賓客も招かれて盛大に行われていた。
貴族派筆頭コンテュール家の一員であるカヌレも忙しなく走り回っていた。シスコン、失礼、自身を大切にしてくれる兄による花嫁水着を着用して居たのが今でも思い出される。
「ええ、お疲れ様でしたの。それで、本日は?」
「その時に約束したデートのお誘いだよ。まあカヌレの都合がつけばだけど」
揶揄うように微笑んだティアにカヌレはくすくすと笑う。デートだなんて、と微笑んだ。
護衛役としてティアが名乗り出てくれたことで街へと遊びに出掛けられたのはカヌレにとっても良き思い出だ。それをデートと称すのならば、何処か気恥ずかしさを感じさせる。
「もちろん、ソルベには内緒でね?」
悪戯っ子のように笑ったティアにカヌレはくすりと笑った。
「ええ、『デート』ですものね」
デートだなんて告げれば、兄は混乱し頭を柱にぶつけ続け兼ねない。勿論、そこに特別な意味がないことはカヌレも分っている。
それでも兄の『ガード』が固かった分、デートという言葉だけで少し心が躍ってしまうのは……仕方がないのだ。
「あ、そういえば、あの時はごめんね」
「――――ッ! もう! ティアさんはいつもそうやって……駄目ですわよ。私、恥ずかしがり屋なのですから」
ハプニングを思い出しては、ティアはクスクスと笑う。そう言いながらも友人とお出かけできることだけで彼女が心の底から喜んでくれていることが分るのだから。
街へ出掛ける為に、カヌレが選んだのは外出用のワンピースだった。普段着用するドレスでは動きづらいからなのだろう。
「如何でしょう? こちら、兄が選んで下さったのですわ。私に良く似合うサマーワンピースだとか……」
くるりとターンするカヌレもまんざらではなさそうな表情をしている。どうにも、この兄妹は『べったり』とした関係性だ。
ティアは「良く似合うよ」とカヌレに頷いた。可愛らしいシンプルなワンピースを自慢げに着用して居るカヌレは自分では余り服を選ぶことがないらしい。
曰く、兄からのプレゼントや使用人が用意してくれるドレスで事足りてしまうから、らしい。
「折角だから、街に遊びに行ってカヌレの服とか見てみない?
またカヌレの可愛い衣装とか見てみたいなぁ。色んな服似合いそうだよね。海洋って貿易拠点だし珍しい服とかありそうだし」
「ふふん。勿論ですわっ」
海洋王国の事が褒められたのだと自慢げであるカヌレにティアはくすりと笑みを零した。友人のそうした様子は可愛らしい。
カヌレにとっては数少ない同性の友人だ――勿論、貴族社会に生きる以上は『お知り合い』『お友達』と呼ぶべき存在は多く居るのだろう。貴族派筆頭コンテュール家の令嬢なのだから。だが、ティアのように軽口を交わせる友人の数は少ないのである。――こんな風に、国を誇り「お兄様の実績ですわ!」などと口に出来ることはそうそうない。
「カヌレはソルベが好きだよね」
「えっ!? ま、まあ……兄とは年が離れておりましたし多忙な両親より構ってくれていたのは兄でしたから……
それに、あんな風ですけれど本当はとっても格好良いんですわよ。ティアさんもびっくりすると思いますわ! 兄が本気を出したときなんか!」
兄自慢が始まったことにティアは小さく笑う。クレープを食べてみたい貴族令嬢は初めて食べたクレープの事なんて忘れて兄語りに夢中である。
「カヌレ、足下を見ないと転ぶよ」
「え? 嗚呼、それで、あの時のお兄様―――はぁっ!?」
言わずもがな。お約束だと言うくらいに彼女はつんのめった。危ないと手を差し伸べれば……何時ものことではあるのだが支えた彼女の胸元をがっしりと掴むことになる。
「――――――!?」
最早声にもならぬカヌレが「ああああああありがとうございます!?」と慌てふためいて距離を取る。誰にも彼にもふれあいにも慣れていない彼女にとってティアの『ラッキー』は驚愕でしかないのだ。
そろそろティアも『狙って』居ることを気付いてもいいのだろうが、カヌレは初心だ。そして世間知らずでもある。そんなこともつゆ知らず楽しい友人とのデートに浸っているのだろう。
二人が辿り着いたのはブディックであった。コンテュール家も懇意にしているこの店はカヌレにとっても慣れ親しんだ場所だ。
「普段とは違う服を選んでみよう?」
「そうですわね。普段は動きやすいことを狙っていましたの。そうではないものも良いかも知れませんし……」
何かあったときに真っ先に駆け付けられるように。そんなスローガンを掲げている貴族令嬢がどこに居ようものか。お出かけ用の服を探してみるのも良いとカヌレは棚と睨めっこ。ティアは「選ぼうか?」と彼女の背中に提案してみて――輝く笑顔にその提案が受け入れられた事を知った。
「そう言えばカヌレってスタイル良くなったよね? 水着着てた時に思ってたけど」
胸元を狙うような狩人の視線をじいと向けて手を、掴み掛かる形にしてみせるティアにさっと胸を隠したカヌレは「だ、だって、ティアさんはそれなりにあるではありませんの!」と叫んだ。
「え? どういうこと?」
「……悔しかった――あ、ち、違いますわよ。いいなあ、と思って。似合いそうなお洋服の幅があるではありませんの」
だからこそ、必死に運動を繰り返したのだとかなんだとか。怪しげな薬を飲もうとして兄に止められたのは良い思い出である。
「じゃあ、そうだね……ドレスの種類も幅が出そう。
結婚式用のドレスとかも見てみる? 普段着もオシャレだし似合いそう」
水着もウェディングだったしと揶揄うティアに「ドレス」とカヌレは小さく呟いた。どうやら、彼女もそろそろお年頃――結婚式には理想があるようである。
「カヌレはどんなの着てみたい?」
「私は……ひらひらと揺れるものが好ましいのですわ。ドレスもふんわりとしたものを好みますの。
ヴェールは長めが良いですし、私は肌が浅黒いので、白いドレスがいいかなとも思いますの。ああ、カラードレスが嫌いなわけではございませんのよ?」
希望を並べていくカヌレにティアは「じゃあ、これとか」と白いドレスを差し出した。まさしく結婚式用のものである。
「背中側、閉められませんわね……ティアさん手伝って頂いても?」
「うん」
広く開いた背中のファスナーが一人で着用するのには困難だったのだろう。どうしたものかと試着室でもだもだとしているカヌレは意を決したようにティアに声を掛けた。
ひょこりと顔だけを試着室に突っ込んで頷いたティアは背中側の中央のファスナーをそろそろと上げていく。
「カヌレって肌が綺麗だね」
「あまり外に出ないからかもしれませんわね? ああ、けれど、ティアさんもお肌はおきれいだと思いますもの。どんな手入れをなさっているのか」
気になりますと呟いたカヌレのファスナーを閉めきれば、後はティアラを着けるだけだという。ふんわりとしたヴェールを纏って本来の花嫁衣装にするという彼女はわくわくとした調子だ。もしもこの様子を兄が見たならば卒倒するのだろうかとティアはぼんやりと考えていた。いや、あの兄だ。最初に感涙し、良く似合っていると言った後、此方を攻撃してくる可能性まである。妹離れの出来ない彼のことを思うだけで少しだけ愉快になるティアなのであった。
「ティアさん、いらっしゃいます?」
「うん。居るよ」
「着用できたので、見て頂けますか? その、少し、緊張しますの」
こくりと頷けば試着室から顔を出したカヌレがそろそろと歩き出す。真白のドレスに身を包んだ彼女は本物の花嫁のようで――
「きれい」
思わず口に付いた言葉にカヌレの頬が赤く染まった。本当は似合わないと言われてしまうのではないかと緊張していたのだ。自身は気も強い。そしてコンテュールの令嬢だ。それ故に、心ない言葉も多く聞いてきた。だと、言うのに。彼女は素直に褒めてくれるから。
「ま、まあ、私が似合わないはずがッ――!?」
――やっぱり、と行った調子で裾を踏ん付けたカヌレが顔面から転びそうになる。慌てて受け止めに走ったティアも支えるには少し足りず。
勢いよく倒れたカヌレの体に下敷きにされてしまう。「ティアさん!」と叫んだカヌレが慌てて起き上がるが、ティアは「大丈夫だよ」と頷いた。
……成程、彼女の胸元が顔面に着地したのだろう。それはそれでラッキーなのだろう。
「如何なさいましたか!?」
駆け付けてくるショップ店員にカヌレは何もありませんと慌てたように立ち上がった。ティアが「転んじゃって支えられなかった」と告げれば、カヌレの手をそっと取った店員達は「余りご無理をなさらずに」とお叱りの様子である。
「申し訳ありませんわ……」
「いいえ。ですがお嬢様に何かあれば、当主様に叱られてしまいますから」
何処まで行っても兄の影――ティアは其れが可笑しくなってくすくすと笑った。
「友人に笑われてしまいましたわ。これもお兄様のせいでは……?」
ぼそりと呟いたカヌレは溺愛してくれる兄のことが気恥ずかしくなって身を縮めた。何時か、兄に「大切なお友達」なのだとティアを紹介しよう。
イレギュラーズは、自分にはないものをたくさんくれるから。カヌレにとって、彼らは憧れの英雄ではなく、ひとりひとりが大切な友達なのだ。
「テ、ティアさん何時まで笑っていらっしゃいますの!?」
「ふふ、ごめん」
着替えておいでよ、と促すティアの前でもう一度転んだカヌレが「お兄様の呪いですわー!」と叫んだのは……兄にとっては少しばかりとばっちりだったのかもしれない。