SS詳細
木漏れ日キャンプ
登場人物一覧
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豊穣のとある山中。レイリー=シュタインとエレンシア=ウォルハリア=レスティーユは少し大きめの荷物を抱えて、山道を進んでいた。
さくさく、かさかさと枯れ葉を踏む音が辺りに響き、2人の存在を周辺の動物たちに知らしめる。
「大丈夫? エレンシア」
「ん、大丈夫だ」
今日の2人はオフモード。何故なら、今日は楽しくキャンプをしよう! とレイリーがエレンシアを誘ったからだ。
仕事や何やらで忙しかったのもあって、最近なかなか話せていない2人。お互いをより知ることが出来るならと、エレンシアは嬉しさですぐにYESの返事を返して準備を開始したという。
レイリーはキャンプ地で使うための器具類や寝具類に加え、昼食のサンドイッチとサラダを用意。
エレンシアは狩りに備えて武器をしっかりと研いで、いつでも取り出せるように準備しておいた。
えっちらおっちら、山の中を歩く2人。
抱えている荷物が少々重くても、足を阻む枯れ葉が邪魔になっていても、2人で揃って歩けば気にならなかった。
「今日はとっても楽しみにしてたんだ。天気に恵まれて本当に良かった!」
レイリーが空を仰げば、爽やかな風に揺れる木々の隙間から見える太陽の光。そして山の中に住まう動物達の鳴き声が聞こえてくる。
前日には雨が降るかもしれないと豊穣に住まう人々が言っていたが、その予報は外れたようで。
「あたしもな、正直楽しみで仕方なかったよ! 今まで滅多に無い経験、興奮して眠れなかったぐらいさ!」
エレンシアは言葉通りに楽しそうに返答しつつ、キラキラ輝く木々を眺めてはゆっくりとレイリーの後ろを歩く。
彼女の背に宿る黒い翼を使えば山道は簡単に飛び越えられるのだが、今日は、今日だけはレイリーと同じように歩いてみたかったと、後に彼女は語る。
他愛のない話で数十分ほど花を咲かせ、和気藹々とした雰囲気のままに事前調査で見つけておいた野営地へと向かう。
途中、小休憩を挟みつつではあったが、予定していた時間よりは少し早く到達することが出来たため、これから行うキャンプの注意事項をレイリーが伝えた。
「テントは風向きをよく確認して、入り口から風が入り込まないように張ること。じゃないと、簡単に吹き飛ばされちゃうからね」
「寝床が急に吹っ飛ぶのは嫌だからなぁ……。あ、これここで良いのか?」
「うん、そこに突き刺して。こっちは木の方に括り付けて、と」
「あっ、ごめん抜けた!」
「あれー!?」
色々とエレンシアが苦労している面を見せつつも、レイリーが持ち込んでおいたテントを張って焚き火用に周囲の枯れ木や枯れ葉を集めておく。
今日の夕飯の食材は現地調達なため、テントと焚き火の準備を終わらせたらすぐに出向かなければならないのだ。
「暗くなる前に、鹿とか猪が見つかるといいわねぇ。ふふふ、今日は丸焼きを食べるぞー!」
「はははっ、じゃあ今日は2人で食いきれないぐらいの大物でも狙うか!」
準備を終わらせた後、2人は狩りのためにどのように動くか、罠を何処に仕掛けるかなどの作戦会議を軽く練ってから森の中へと進んでいく……。
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狩りの最中では、森の中を進むのはレイリーのみだった。
獲物を見つけ、引き寄せる役割。それは戦闘における盾役の役割と同じだということで、盾役の心得を持つレイリーが前に出たのだ。
「……見つけた」
木陰の奥で佇む鹿の群れを見つけたレイリーは、様子をうかがうために身を屈める。
親子なのだろうか、3匹いるうちの1匹は少し身体が小さい。そのためレイリーは周辺の観察を数秒で終わらせ、一歩足を踏み出した。
ところが、鹿の親子は何かに気づくとその場から逃げ出す。レイリーに気づいている様子ではなく、別の方角からの気配に気づいて逃げ出した様子。
「なんだ……?」
鹿の動きから何かが近くにいる、ということだけしかわからないレイリー。立ち上がって周囲を見渡しても、何も見つからないのだが……僅かに風上から獣の匂いが漂っていることに気づいた。
がさり、とレイリーとは真反対の草が揺れた。反射的にレイリーはもう一度屈んでその先を見守っていたが、そこから現れたものに一瞬だけ息を呑む。
――山の主かと思えるほどの巨体の猪が、暗い木陰から現れたのだから。
「……あれは、いけるか……?」
罠の近くで待機してくれているエレンシアとの連携を取るならば、声を出しておびき寄せるのが一番だ。
だがその巨体からして、人の速度を超えるのは間違いないだろう。己の盾でもその突撃を弾き返すことが出来るかどうか。
様々な不安が頭の中を駆け巡ったが、最後に流れてきたエレンシアの言葉――楽しみにしていた、という言葉が彼女の思考を掠めると、今までの不安を吹き飛ばしたように笑った。
「何も、躊躇う必要はないじゃないか」
ふるふると頭を振ったレイリーは、その場で立ち上がって大声を張り上げて猪の注目を浴びる。
猪は彼女の声を獣の声と勘違いしたのか、新たな縄張りを奪われることを恐れて彼女を探し出し、唸りを上げて身体を前へと進める。
猪突猛進という言葉はまさにその名の通り、猪はレイリーが次にどう動くかなどを考えることなく真っ直ぐに突進してきた。
これをレイリーはひらりと横に逸れることで回避し、大きな動きをすることなく猪を罠とエレンシアのいる方向へ走らせる。
猪は全く、何も見えていない。木々さえも吹き飛ばせばいいと思っているのだろう。
だからこそ、足元の注意も散漫なわけで――。
「残念、足元注意だ!」
エレンシアの声と猪の鳴き声が同時にぶつかる。
猪の足には事前に準備しておいた罠が絡みついており、それが肉に食い込んで離さない。突進の勢いも罠によって止められてしまい、進むはずだった猪の身体は前のめりに倒れた。
「大きいな……。一撃では難しそうだ」
エレンシアもそう呟くほどの巨体の猪は、罠を外そうともがき続けている。罠に捕らわれたという時点で自身の身が危険だとわかったのだろう、逃げなければと必死だった。
だがしかし、エレンシアの大太刀は猪を逃がすことを許さない。巨体故に一撃で仕留めることは難しかったが、全力の連続斬りを放つことで猪を倒した。
倒れた猪を見て、レイリーとエレンシアはハイタッチ。
狩りの成功の喜び、大物を捕らえることが出来た喜び、今日の夕飯が豪勢になる喜びが一気に吹き出したのだから、2人共良い笑顔だ。
「やったな、レイリー!」
「さすが、エレンシア!」
お互いの良かったところを褒め合った後、腐敗が進まないように猪の肉を剥ぎ取る。流石に2人が見上げるほどの巨体なため、丸焼きには出来ないだろうと解体をすることにした。
食べれそうな部位は持ち込んだ水で血を洗い流し、不要な部分は森の中に置いておく。こうすることで少しでも森の動物達の成長を促し、更に豊かな土地へと広げることが出来るのだ。
なお、余った部位を置いたことで鹿が結構集まってきたので、2人はまたも得物を構えた。
丸焼きもほしいなと思っていたところの鹿の大群。それを見逃すわけもなく、2人は再び連携を取って鹿を1匹仕留めた。
●次にやりたいこと
キャンプ地に戻ってきた2人は早速焚き火を付け、夜が近い山の中を照らす。少々冷え込んでいたのもあったので、2人はまず身体を少し温めた。
「よし、じゃあ焼いて食べよう。エレンシアはどんな味付けがいい?」
「んんー……やっぱり新鮮なお肉だし、まずは塩だけにするのどうだろう?」
「じゃあこれを、こうして……」
手早く金串に肉を刺し、焚き火の網にくっつかないように広げて塩を軽くぱらぱら。ただこれだけなのだが、表面が焙られることで香ばしい匂いが漂ってくるのがよくわかる。
じゅうじゅうと滴り落ちる脂。それが炭に落ちれば煙がもうもうと肉を包み込んでくれるものだから、お焦げの良い匂いもたっぷりと肉に染み付いた。
しっかりと肉に火が通ったことを確認すると、2人はそれぞれ金串を両手にかぶり付く。
そのお味は、当然。
「「美味しいー!!」」
夜の帳が降りた山の中、2人の声が響き渡る。
連携を取り合って狩ることが出来た猪肉と鹿肉。それを塩だけで焼いたのだから、美味しくないわけがない。
更にはレイリーが前もって準備しておいたソースや葉物野菜もあるため、2人は思い思いに山中ディナーを楽しんだ。
そうして食べてる最中に、ふとレイリーがエレンシアに尋ねた。
「あのさ、エレンシア。次に2人でやりたいことって……ある?」
今回はレイリーから誘ったキャンプ。
2人で楽しみたいと思って手を差し伸べたので、今度はエレンシアから希望を聞いてみたい。ただ純粋にそんな思いから彼女に尋ねたようだ。
「ん? 2人でやりたいことか?」
葉物野菜で包んだお肉にかぶりつき、少々考えるエレンシア。
レイリーと2人でなら何でも楽しめそうな気はするが、改めて尋ねられるとすぐには思いつかないもので。
「そうだなー……まあ今度は、都会の洒落た店で美味いもん食ったり、あとは買い物とかか?」
なんでも無い普通の出来事っぽいようにも聞こえるが、と注釈を入れたエレンシア。
しかしレイリーは『買い物』の単語を聞いて、目をキラリと輝かせる。やりたいことがあるんだ、と言わんばかりの目だ。
「じゃあ、エレンシアに色々な服を着せてみたいわね。フリフリなのとか、大人っぽいドレスとか!」
「いや待て、なんでそういう方向になるんだ!?」
思わずツッコミを入れたエレンシアだが、レイリーと2人で楽しめるならそれもそれでありなのか? と頭の片隅を通り過ぎる。
このやり取りが今後どうなるかは……今は誰にもわからない。
2人で会話をするのも楽しいが、普通に遊ぶのも悪くない。
今日のキャンプで改めてレイリーとエレンシアの友情が深まったのだった。
おまけSS『そりゃ、山の中なので。』
食事を終わらせ、焚き火を消してテントに戻ったレイリーとエレンシア。
もこもこ寝袋の中に入って、明日から何をしようか、今度はどうしようかと楽しい会話を行って。
いい感じに眠くなってきたので、さあ寝よう! と明かりを消して眠りについた。
……はず、だった。
「……なあ、レイリー」
「ん?」
「さっきから、虫がすごいうるさい」
淡々と告げたエレンシアの耳に、ぶーんぶーんと虫の飛び交う音が届く。
テントはしっかりと入り口を閉じたのだが、2人が入った時に一緒に入った羽虫がまだテントの中に残っている様子。
未だに暗闇の中を飛び続けているのか、羽音が少々うるさい。
どうしたもんかと悩んでいるエレンシアだったが、野営慣れしているレイリーはたった一言だけアドバイスした。
「出そうと思って入り口を開けたら、また別のが入ってくると思うの」
「あー……」
それを言われちゃ無理だわ。となったエレンシア。
ひとまず耳の安全を守るため、背中の黒い翼で器用に自分の顔を覆ったという……。